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第13話-2 帝都の二大派閥 

 皇太子の執務室。


 今は主不在の部屋で、二人の女が座に座り会話していた。


 一人は皇太子のお付き騎士セミック。

 もう一人は、皇太子が七つの時一回選び、その後外された元お付き騎士候補で、今はとある商家で働いているニフラーと言う女だった。


 つまりは、これも数多あるお付き騎士のつながりの一つだった。


「では、うまくいったか?」


「ええ。流石南方蛮地で鉄弓猟で名をはせた男。見事にやってくれた」


 その言葉を聞いたセミックは安堵したように、手元の杯から水を飲んだ。

 昨夜の狙撃は、すでに帝城内では話題になっていた。


 イツシズの部屋を業務のため訪れていた近衛騎士の女が、突然鉄弓で撃たれて死亡したのだ。

 火薬の破裂音を聞いた者も多いため、騒ぎとなった。


 だが、すぐさま近衛騎士団が捜査を理由にかん口令を敷いたため、城外には広まっていない。

 動きを見越し、手の者によってすでに、実行犯の猟師と鉄弓は帝都の外だ。


「あのイツシズの狼狽っぷりはすごかったって、猟師も笑ってた。しかし良かったの? あの距離なら、イツシズも狙えたって話だけど?」


 ニフラーの言葉通り、鉄弓による射撃を実行した男の腕前ならば、同室にいたイツシズをも狙えたのだ。

 だが、それに対して、セミックは首を振った。


「今イツシズを撃てば、確かに今の派閥争いには勝てる。皇太子殿下と私の立場は一時的に強まるだろう。だがな、強すぎる力は反動を生む。イツシズの居ない我々には、すぐに守旧派が立ちふさがるだろう。その勢いはイツシズの比ではないぞ」


 セミックの言う通り、今はイツシズとセミックと言う()()()が皇太子を中心とした中枢を担っているからこそ、守旧派の勢いは抑えられていた。


 実のところ、グーシュが言うほどイツシズもセミックも保守派という訳ではない。


 あくまで、皇太子は皇帝の主張する民衆への権力移譲の速度を緩め、民への統制を強くするのが目的であり、守旧派の言う皇帝権限の強いかつての帝国に戻すことが目的ではないのだ。


 その点はイツシズも同様で、自身の権力基盤を壊さないような、緩やかな改革を志向している。


 だからこそ、やみくもな派閥抗争で、狂信的な守旧派をのさばらせるわけにはいかなかった。


 ちなみに、グーシュの主張を大別するならば、改革強硬派とでも言うべきものだ。

 民衆中心とでも言うべきもので、民からの受けはいいが、あまりに急すぎるというのがセミックの考えだった。


「あーめんどくせえ。やっぱりお前に譲って正解だったよ」


 ガラリと口調を変えて、ニフラーはカラカラと笑った。

 本来はこういうサバサバとした女だ。


「何を言っているのか……殿下に聞きましたよ。あなた七つの時、一緒に寝てた殿下を寝台から蹴落としたそうじゃないですか。殿下は腕枕をして、ゆっくり眠るのが好みなのです。ガサツなあなたには務まりません」


「相変わらずだなあ」


 そう言って二人で笑いあうセミックとニフラー。

 だが、不意にニフラーが真顔になった。


「だがな……お付き騎士にならなくて良かったと思ってるのは本当なんだ……ミルシャの事……残念だったな」


 ニフラーの言葉に、セミックが顔を伏せる。


「お付き騎士として、主が第一ですから……それでも……あの子は……」


 かつてセミックが、皇太子とグーシュの対立下でも、ミルシャという後輩を可愛がっていた事は、お付き騎士や関係者の誰もが知っていた。


 だからこそ、今回の事態を受けて、世間や重臣達は兎も角、お付き騎士とその仲間たちは、セミックの苦しみを理解し、誰よりも悲しんでいた。


「辛くても、殿下のためならばやる事はやる。非情になり切れない私とは違い、お前にだけ出来ることだ。辛いだろうが、誇っていい……お前は、私なんかとは違う立派な女だ。さあ、弔いにはやや味気ないが……飲もう。可愛い後輩のために……我らが主のために……」


 そう言って、水の入った杯を掲げるニフラー。

 顔を上げたセミックも、それに応じた。


「ええ。可愛い……頑張り屋さんの、後輩のために……妹思いの、優しい我が主のために……」


 コツリと、杯が触れる音が部屋に響いた。

 



「じゃあ、今日はこれくらいでな。遅くなると副会頭がうるさいんだよ」


 商家に務め、今では帝都の店を一軒任せられるニフラーが言った。

 あの後しばらく幼い頃の思い出話に花を咲かせた二人は、夕刻になった事で語らいを終えた。

 

 しかし、セミックはその言葉に込められた意味合いを知っていた。


「それはな、もうすぐ嫁になる女が遅くなれば心配なんだろう」


「! 知ってたのか……」


 ニフラーが驚くが、セミックの伝手には情報畑の人間もいることも考えれば当然の事ではある。

 

 中心のセミック以外は全容を把握しづらい事も、このお付き騎士たちの集まりの強みだった。


「今回の事は本当に助かった。イツシズも今回の事で思い知っただろう。これで皇太子殿下の周辺には手出しをしてこないはずだ。だが、お前も気を付けろよ」


 セミックの言葉に、ニフラーは腰の短刀を軽く揺らした。


「皇太子殿下の許可のおかげで城でも帯刀できるんだ。心配はいらないよ。それに、門から出れば護衛もいるんだ。安心しなよ」


 そう言って笑うニフラーは、セミックをギュッと抱きしめた。


「頑張れよ姉妹(きょうだい)……絶対に、あんたの主を支えてやるんだ……私たちが付いてるからな」


 そして、熱い抱擁に涙ぐみながら、セミックもニフラーを強く抱きしめた。


「ありがとう、姉妹(きょうだい)


 そうして、二人は別れた。

 部屋を出たニフラーは、心配そうに見送るセミックに剣を掲げると、蝋燭に照らされた帝城の廊下を歩いて行った。


「……イツシズは冷静な男だ……警告を受け取れば大それたことはしないだろうが……」


「セミック! どこだ!」


 なおも廊下を眺めるセミックに、隣室の皇太子から呼び出しが掛かった。

 先日の大広間での芝居のために、少し甘やかしすぎたようだ。


 起きている間、セミックがいないとすぐにああして呼びつける。

 普段はああした甘え癖を抑えて、皇太子としての演技が出来るのだが……。


「そろそろ皇太子としての生活に戻さんとな……」


 友への心配を振り切って、セミックは愛する皇太子の元へと向かった。




 鼻歌交じりで帝城の廊下を歩きながらも、ニフラーは油断なく周囲を警戒していた。


 イツシズは冷静な男だ。

 警告を受け取れば、一旦行動は控える。


 セミックはそう言っていたが、商売をしていた彼女は疑っていた。


 人間というものは、他者を評価すると、知らず知らずのうちにそれに縛られるものだ。


 イツシズは冷静な男。だからこうする。

 もしそれが、間違いや相手の演技だとしたら。


 騎士ともなると、行動一つ一つに面子が絡んでくるため、余程の馬鹿以外は中々ボロを出さない物だが、事が商人となると違ってくる。


 今まで冷静だの浅はかだの、頭がいいだの悪いだの。


 そう言った評判や自分の評価が、致命的な出し抜きや破滅の時に覆るのを、何度も目にしてきた。


 つまりは、この土壇場でイツシズという男が本性を現したとすれば……。


(ま、だからってやられるとは思わないけどね)


 ニフラーは心中で呟くと、腰の短刀を強く握った。

 七つまでだが、帝国最高峰の訓練を受けた。

 

 商家に貰われてからも、皇帝のお付き騎士だったハルビュ様の口利きで、名のある道場に通う事が出来た。


 今でもそこらの騎士に負けないという自負がある。

 現に道場に通う現役の近衛騎士ですら、ニフラーには敵わない。


(逆に、商人の女と侮ったイツシズの仲間が来たら返り討ちにしてやる。そうすれば、セミックの助けになるはず……私たちお付き騎士が、この帝国をいい方向に変えてやるんだ……)


 そう気合を入れる彼女目に、廊下の向こうから歩いてくる一人の官吏が見えた。

 だぶついたローブに身を包んだ、背の高いやせ細った男だ。


 典型的な文官の姿だが、油断はしない。

 暗器、瓶に入った酸、短刀、仕込み弓……あらゆる奇襲を想像する。


 あと二十歩。


 すれ違うまでの距離を測る。

 いかにも寝不足と言った形相だ。


 あと十歩。


 手に持った書類の束に注意する。

 視線は揺れて、焦点があっていない。


 あと五歩。

 風呂に入る暇もないのか、汗の匂いがした。


 すれ違った!


「あ、どうも……」


 死にそうな顔の官吏が、軽く会釈をして挨拶してくる。

 気負いすぎて一瞬惚けてしまったニフラーは、一拍遅れて会釈を返す。


(恥ずかし……久しぶりの実戦の空気に浮ついたかな)


 商家の身だが、ニフラーにも実戦の経験があった。

 二十歳の頃、もうすぐ旦那になる男と行った南方蛮地で、現地の盗賊から荷物を守るため、一人で複数人を相手に立ち回ったのだ。


(偉そうなこと言う前に、もっと鍛錬しないと……)


「あれ、すいません」


 すれ違ってから数歩歩いた所で、不意に声を掛けられた。

 先ほどの痩せた官吏だ。


 再び緊張感を取り戻し、警戒しながら振り向く。

 すると、男がこちらを振り向いて、懐に手を入れていた。


(!? やはりか!)


 予想通りの光景に、身体は瞬時に反応してくれた。

 腰の短刀に手をやり、素早く抜刀する。


(セミック! 私だってやってや)


 次の瞬間、短刀を構えた右の脇下に、ひんやりとした感触を覚えた。

 何事かと思い、視線を下げた瞬間、胸に激しい痛みが走る。


 そして、何が起きたのか悟るまもなく、ニフラーは死んでいた。



 「……恐ろしい手練れだった……」


 驚いたような表情で死んでいる女を見降ろし、男は呟いた。


 男はイツシズ配下の暗殺者だった。

 手口は単純。

 

 一般人を装い、長いローブに身を包んだ状態ですれ違う。

 その直後に声を掛け、相手が振り返った所で懐に手を入れるそぶりをする。


 すると相手は剣を抜刀し、構える。

 構えなければ、構えるまで待つか、逃げる。


 そして相手が構えた瞬間、ローブで隠していた靴のつま先に仕込んだ針で、相手の脇下から心臓に向けて蹴りを放つのだ。


 男は幼いころからこの暗殺術だけを学んできた。

 上の人間が誰なのか、考えたことも無かったが、今回の仕事や噂を考えるに、どうも国に関係する人間が雇い主だったようだ。


「……美人なのに可哀そうに……悪いな、これも仕事なんだ。女神ハイタの加護あれ……」


 男は悲しそうな顔で、その場をゆっくりと立ち去った。


 

 騒ぎを聞きつけたセミックがやってきたとき、すでにニフラーの遺体は片付けられていた。


 周囲は近衛騎士に囲まれ、女官たちが血で汚れた廊下を掃除していた。

 

「そんな……ニフラー……」


 呆然と立ち尽くすセミック。

 無理もない。


 皇太子を寝かしつけようとしていたその時、女官の悲鳴と大勢の足音を聞き、急いで現場に向かったセミックを待っていたのが、出入り商人の女が死んだという知らせとこの現場だった。


 状況から見て、何が起きたのかは明らかだ。

 イツシズが昨日の鉄弓による射撃の報復をしたのだ。


「……見誤った、のか……」


 イツシズは冷静な男で、自分の意図を読むはずだという考えが誤りだったことに気が付き、セミックは腹の底が冷えるような思いがした。

 

 セミックとしては銃撃はあくまで皇太子への手出しに対する報復と警告であり、イツシズの態度の軟化を期待してのものだった。


 強硬策に出れば守旧派の復権を招き、自分達の首を絞めることがわかり切っている現状で、これ以上の泥仕合を望むはずがないという考えからの行動だったが、こうして目の前で起きた光景は、それらを完全に覆していた。


(いや、まだ判断には早い。それこそ守旧派の策略の可能性すらあるのだ。まずはイツシズと対話を……)


 性急な考えをしそうになるのを律し、セミックはこれ以上の報復合戦を防ぐべく、慎重な策を選択した。


 だが、全ては遅かった。


「セミック!」


 突然大声で自分の名を呼ばれ、驚いたセミックがそちらの方を向くと、帝弟の十六男のお付き騎士であるカイミが走りながら叫んでいた。


「どうしたカイミ、何があった?」


「ロカ伯爵夫人のとこのサシュが殺された!」


「そんな!?」


 ロカ伯爵夫人は東方の貴族であり、サシュはそこに嫁いだ先帝の孫娘のお付き騎士だった。

 そして彼女は、ちょうど先ごろ脱出させた鉄弓使いの猟師を帝都から脱出させる役割を果たすため、帝都を出たばかりだった。


 愕然としたセミックは、息を切らすカイミをよそにイツシズの元へと走った。

 その後を、カイミが慌てて追いかける。


「セミック! どこに行くつもりだ!」


「イツシズの所だ! 早く話をして誤解を解かないと……これ以上の殺し合いになれば落としどころが……」


「セミック!!!」


 怒号の様に大きなカイミの声に、セミックは驚いて足を止めた。

 そしてセミックは振り向き、涙をボロボロと流すカイミの顔をじっと見る。


「もう遅い……近衛騎士団やイツシズの配下達はもう警戒態勢だ……街中ではこっちの協力者や商店の手の者と小競り合いまで起きてる」


「そんな……」


「覚悟を決めろセミック……私たちは、もう殺すか殺されるかの瀬戸際にいるんだ」


「…………連絡役と手の空いたものを私の部屋に集めろ……それと、各々護衛を付けて単独行動を控えるようにもだ」


 セミックはもはや、覚悟を決めざるを得なかった。


 そしてこの出来事をきっかけに、イツシズ派とセミック派による対立は本格的なものとなる。

 これ以後、帝都に死体の無い日。

 生首や手足の転がらぬ日は存在しないこととなった。

26日更新の告知を破ってしまい、誠に申し訳ございません。

家に帰ってきて寝過ごした行為に一片の情状酌量のよりはありません。


お詫びのしようもないので、唯一出来る執筆で皆さんに応えたいと思います。

どうか性懲りもない作者の作品を、よろしくお願いします。


次回更新は本日27日の夜を予定しております。

重ねてよろしくお願いします。


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