第11話-3 会議
来月の休日4日だと……。
ちょっと対策考えます。
次回更新は23日を予定しております。
その音は、大広間の扉を足で蹴って開けた音だった。
場にそぐわない行為による大音量は、猫少佐たちも予想外だったようで、驚きを隠せない。
ただ、ガズルだけが庇おうとしたンデイの乳を掴み、笑みを浮かべていた。
「おお! ルイガではないか! どうした?」
そして沈黙の中、たった今大広間の扉を蹴破った男に声を掛けたのも、ガズルだった。
あまりの出来事と、入室してきた男の風貌に、最初誰もガズルの言葉の意味が分かっていなかった。
「ほ、本当だ……皇太子殿下だ」
「え、ルイガ様?」
「あれが……嘘だろ? なんてやつれようだ」
「グーシュ様が死んで喜んでるはずじゃ?」
「おい! 不敬だぞ!」
様々な声が乱れ飛ぶが、まさしくそのやつれ切った男は、ルイガリャリャカスティ。ルーリアト帝国皇太子その人だった。
だが、その姿は痛々しいほどだ。
髪はボサボサ、服は乱れ切り、目は血走り……。
ふらつくようなその足取りには、皇太子の風格は微塵もない。
後に続く、お付き騎士のセミックの足取りにもどこか力が無かった。
「……おーい、無視か?」
ただ一人、ガズルだけが周囲から浮いていた。
いやもう一人、この部屋で皇太子に声を掛けた人間がいた。
「セミック! 皇太子殿下になんという格好を!」
イツシズだった。
先ほどまでの余裕ある態度が嘘のように、狼狽えていた。
騎士団長を押しのけ、皇太子の前に駆け寄ると、頭を垂れた。
「皇太子殿下! このような場にそのようなお恰好で……将来の皇帝ともあろうお方が……」
イツシズの言葉はしかし、途中で遮られた。
ルイガ皇太子が、抜刀しようと腰に手をやったからだ。
「うお!」
思わずのけぞるイツシズとの間に、走り寄ったセミックが割り込んだ。
「殿下! おやめください!」
「どけ! セミック! イツシズ……貴様が!」
ガラガラに枯れた声で、ルイガ皇太子は吠えた。
セミックは縋りつくようにして、必死にルイガ皇太子を制止する。
「おやめください、こんなことをしても、グーシュ様は戻られません!」
ギシリ。
グーシュ、という言葉に、部屋の空気が音を立てて軋んだ。
先ほどまで誰もが、小声で呟いていた名前だというのに、ひとたび当事者と見られていた人物が言うと、その威力は絶大だった。
しかも、威力絶大なその言霊には、続きがあった。
「うるさいセミック! お前が……イツシズ、お前がやったんだ……グーシュを、妹を……俺は嫌だったのに……イツシ……」
そこまで言った所で、セミックがルイガ皇太子に抱き付いた。
すると、ルイガ皇太子は泣き声をあげ、セミックに縋りつくと、ヘナヘナと床にへたり込んだ。
皇太子の鳴き声が響く中、立ち尽くすイツシズに注がれるのは、疑惑の視線だった。
ざわめき一つ無い中、青ざめたイツシズと、泣き叫ぶ皇太子を中心に、戸惑う帝国の中枢。
皆が、ただただ、戸惑っていた。
(みゃおちゃん、凄いな)
そんな中、ガズルは猫少佐の耳元で囁いた。
(ええ、よもや皇太子とイツシズが、あんな形で仲間割れなど……)
(いや、違う。セミックだ。これはセミックの攻撃だよ。あいつの顔を見てみろ)
言われた猫少佐がセミックの顔を見ると、思わず顔をのけ反らせた。
皇太子の頭を胸に抱く、セミックの顔に浮かんでいたのは、あまりにも凄惨な笑みだった。
獲物を前にした、肉食獣の顔だ。
(共通の敵を片付けたら、次は……というわけだ)
(セミック……お付き騎士が、ですか?)
(そうだ。今の小芝居で、イツシズには疑惑が向けられた一方、ルイガにはイツシズの被害者という新しい視点が生まれた。みゃおちゃん、皇族のお付き騎士を見張ってみるんだ。多分今の出来事をあちこちにばらまく筈だ)
猫少佐は、このスケベな中年の事を、ほんのわずかだが見直していた。
ジッと、ガズルの顔を見る。
右手は、相変わらずンデイの乳を揉んでいた。
(わかりました。……そういえば、ガズルさんのお付き騎士の方はどうしたんですか?)
(ん? 十一の時に一週間相手させたら、逃げちゃったよ)
猫少佐は、心底軽蔑した表情を浮かべた。
「という訳でな、その後兄貴が広間に来て、騒ぎは収まった。ルイガとイツシズも定位置に戻り、お前の行方知れずが通達された」
事も無げに語られた内容は、一木達にとっては晴天の霹靂と言えた。
皇太子を散々悪の親玉扱いした演説を打った同じころ、このような出来事が起こっていたとは。
「猫少佐、もう少し早く報告してくれれば、グーシュの演説内容を変更できたのに……」
一木が少し不満げに言うと、猫少佐がすまなそうに目を伏せた。
殺少佐が、少し狼狽えたように画面の猫少佐と一木を交互に見た。
「あー、いちぎとか言ったか? すまんな、私が止めた」
そんな中、弁明したのはガズルだった。
意外な言葉に一木は驚き、画面の向こうの中年皇族をモノアイで見据えた。
「ガズルさん……いったいなぜ?」
一木の問いに、鼻息を強く吐き出すガズル。
そして、なぜかどや顔で語りだした。
「みゃおちゃんから聞いたよ。グーシュが太鼓腹の領民の前で演説するってな。そんな時にルイガが狼狽えてるなんて伝えてみろ、絶対に演説失敗するだろ。私はグーシュには詳しいんだ」
ガズルの言葉に、相変わらず嫌そうな顔をするグーシュとミルシャだが、数秒するとグーシュがガックリと肩を落とした。
「叔父上の言う通りだ……というか、正直今も少し微妙な気持ちではある……セミックにそそのかされたにしろ、兄上の考えと行動が意味わからなくて……正直混乱している」
少し落ち込んだ様子のグーシュの肩を、ミルシャが慰めるように抱いた。
二人に挟まれる形になったミラー大佐も、グーシュの体をよじ登り、頭を撫でてやっていた。
「結局、兄上は何なのだ……優秀なのか、愚かなのか、わらわが好きなのか、嫌いなのか……今までも分からなかったが、ここに来て情報を仕入れても、余計にわからん」
「グーシュ、お前は頭はいいのに、本当に馬鹿だな」
そんなグーシュに、ガズルから厳しい言葉が飛んだ。
一木達は、そんなグーシュ達に入りこめず、眺めるばかりだ。
「お前は一旦他人の評価を、自己判断や他人の意見やらで決めると、以後その通りに考えるがな。そんな評価なんぞ当てになるか。人間は時や状況によってコロコロ変わるもんだ。ルイガは優秀だがぼんくらだ。ルイガはお前が大嫌いだが、大好きなんだよ」
ガズルの言葉に、グーシュは呆然としていた。
そんなグーシュに、なおもガズルは続ける。
「お前、だから裏表の無い、後先の無い下っ端や民草の事はすぐにわかるんだろう? ところが、裏表だらけでそれをしょっちゅう切り替えて、利益なんぞ度外視で、面子やら拘りに縛られた上役の事はてんで分からないわけだ」
そんなガズルに、グーシュは反論を試みた。
「わらわも、面子の重要性は分かる。だが、時に重臣たちは、碌に価値の無い面子に拘り、帝国や自身の利益を失い……」
「バーカ!」
「!!!」
突然の怒声と、その中身のあまりの子供っぽさに、グーシュと一木をはじめとする一同は凍り付いた。
「面子や拘りの価値を、なんでお前が計るんだよ! そんなもん人間によって価値が違うんだ。時や気分によってだって変わっちまう。そんなことも知らないであんな演説打ったのか」
「聞いてたのか!?」
グーシュの驚いた声に対し、さらにどや顔を加速させるガズル。
「生で、宙に浮いた動く絵で見た。領民や太鼓腹の心をつかんだ、上手い演説だった。だがな、まだまだだ。人間、お前の考えるような単純なもんじゃない。利益や面子の価値は、時に国一つに匹敵するが、その一刻後には餅一枚と同じ価値になる事だってある。リャリャに言われた事を信じるのはいいがな、もう少し考えて働け。地球の人たちに迷惑かけるなよ……あ、そろそろ……」
随分とカッコいいセリフを吐いていたガズルだったが、突然きょろきょろしだした。
そして、猫少佐はその様子を見ると、慌てた様子で立ち上がった。
「しまった! 第二分隊、来い! くそ、やっぱり昨夜栄養ドリンクなんか飲ませるんじゃなかった……第二分隊、接待開始だ! 急げ!」
猫少佐の叫びと共に、ガズルの背後にあった扉が開き、とんでもなく扇情的な格好の美女SSが四人入室してきた。
そして彼女たちは、息荒く猫少佐ににじり寄っていたガズルを捕まえると、引きずるように部屋の外に連れ出していった。
「ああ、いつもの発作です。数時間ほど接待すれば、またまともに会話できるようになりますよ」
猫少佐の言葉にドン引きした一木だったが、今はまずグーシュだ。
モノアイでちらりと見やると、グーシュはなおもミルシャとミラー大佐に撫でられながら、うつむいたままだった。
「グーシュ、大丈夫か?」
「大丈夫でもないし、叔父上の言うことも、分かるのだが……理解しがたいな……」
だが、落ち込んだグーシュはここまでだった。
スッと顔を上げたグーシュは、素早くミルシャに口づけすると、頭の上のミラー大佐を掴んで胸元にギュッと抱き寄せると、頬っぺたを滅茶苦茶に揉みしだいた。
「う、うみゃああああ!」
「よし、治った。分からんことは後だ。一木、まずは状況整理だ。いいか?」
グーシュが一瞬で立ち直った光景に、一木はあっけに取られた。
だが、このまま落ち込んだままよりはよっぽどいい。
一木は、そのまま猫少佐に話を振った。
「猫少佐、先ほどは俺もすまなかった。確かに状況を考えれば、下手に帝都の情報を演説に反映させて、演説会を失敗させるのは得策では無かったな……現地協力者の助言を採用した君の判断に問題は無かった、申し訳ない」
「いえ、私の方こそ。今後は、情報参謀を通じた迅速な連絡を心がけます」
そう言って、猫少佐は手元の端末を操作して、画面に収集した情報を表示した。
「実のところ、ガズルさんの言葉もありましたが、情報の裏付けに手間取ったという面もありました。どうにも、セミックという人物の事が分かりづらくて……」
画面に表示されたのは、セミックと言うお付き騎士の情報だった。
確かに、皇太子からの信頼は厚いようだが、それだけだ。
人事権を握り、騎士団を陰から操るイツシズに対抗できるような力があるとは思えない。
「ああ、それならミルシャが詳しいぞ」
突然のグーシュの言葉に、部屋の視線がミラー大佐を取られて寂しそうなミルシャに注がれた。
狼狽えるミルシャを、グーシュは促した。
「ミルシャ、お付き騎士とはどういう連中か、教えてやれ」
「あ、はい。そうですね、お付き騎士というのは、実のところルーリアトでも特殊な集団ですので……僕の方から説明させていただきますね」
そう言って、ミルシャはミラー大佐をグーシュから奪い取り、話し始めた。
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