表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/535

第6話―5 演説

 グーシュがなぜ、地球連邦の服を着ていたのか。

 なぜ、地球連邦軍の鉄車に乗り、まるで指揮官の様に振舞っていたのか。

 地球連邦と帝国の交渉はどうなるのか、どうなったのか。


 そう言った多くの疑問に、グーシュ自身が答えてくれる。

 子爵公邸前に集った街の人々はそう思っていた。


 しかし、期待を持って集まった人々は、すでに四半刻強(約二十分)程もの間、人間が密集した窮屈な広場で待たされていた。

 すでに不満を抱えた人間から子爵や連邦のSSへの不満の声も上がっている。


 当然、子爵もそれに焦り何かしらの対応を取ろうとするのだが、なぜか子爵達と共に並んで立っている一木とその部下に制止され、何も出来ずにいた。


(なんだ……演説で住人をどうにかするのではなかったのか! これでは説得するどころか、演説の前に暴動が……まさか!)


 汗を流しながら思考を巡らせる子爵は、恐ろしい考えに至った。


(このまま暴動をおこし、それの鎮圧を名目に子爵領を制圧するつもりか……愚かな! 武力で押さえつければ、一時は良くともいずれ統治にほころびが出る! そんなことも分からない程、殿下は追い詰められているのか……もはや!)


 子爵が、殺されてでも状況を何とかしようと、声を張り上げようとした瞬間、不満の声を上げる群衆から甲高い女性の声が上がった。


「ミルシャ様だ!」


 その声を皮切りに、不満で溢れていた広場は一転して期待に満ちた空気に染まる。

 子爵もその声に反応して、公邸の入り口を振り返ると、地球連邦の服に身を包み、愛用の曲刀を持ったミルシャがゆっくりと歩いてきた。

 その後ろには公邸の使用人が二人、腰ほどの高さの机を運んで来ていた。

 

 そして、使用人に持ってこさせていた机を、入り口の前、群衆から見えやすい位置に置かせ、そのまま支えるように命じると、声を張り上げた。


「これより! グーシュリャリャポスティ第三皇女殿下による演説を開始する! ポスティ殿下万歳!」


 声を上げると同時に、曲刀を抜き高く掲げるミルシャ。

 それに呼応して、広場を囲む様に立っていた歩兵や、鉄の巨人たる強化機兵達も手にした武器を掲げ、声を張り上げる。


「「「「ポスティ殿下万歳! ポスティ殿下万歳! ポスティ殿下万歳!」」」


 SS達による声に、ざわめいていた群衆もつられるように声を上げはじめ、やがて広場はグーシュを称える声に包まれた。


 そうして広場が統一されると、狙ったかのようにグーシュが姿を現した。

 瞬間、公邸前の両脇にいた軍楽隊が壮大な音楽を奏でる。


 そうなれば、もはや広場の空気は一変する。

 先ほどまでの不満一色の空気は消え、声を上げて美しい皇女を称える高揚感だけが、その場を支配した。


 そして、グーシュはその高揚感に迎えられた状態で、ミルシャに支えられながら机の上に立ち上がった。

 そして、しっかりと二本の足で立ち、両手を体の前で組むと、堂々たる態度で広場の群衆を見回した。


 すると、周囲の地球連邦のSS達が声を止めた。

 群衆はしばらく万歳の歓声を上げていたが、大音声で先導していたSS達の声が絶えると、次第に万歳の声は止んでいった。


 そして、広場は再びざわめきに包まれた。

 人々の間には期待が渦巻いていた。

 心には高揚感が満ち、あとは知りたかったことを知るだけ。

 好奇心を満たし、不安を解消する。その開放感と達成感を得るだけなのだ。


 否が応にもグーシュの言葉への期待が高まる。

 だが、グーシュは言葉を発しない。

 ただ、静かに立っているだけだ。


 やがてざわめきの質は期待から疑問へと、そして不満へと移り変わっていく。

 子爵もグーシュの立つ机の横に並びながら、グーシュの沈黙に困惑していた。

 

(なぜ何も喋らんのだ! まさか……演説の内容を……忘れて……)


 子爵がそんな不安に冷や汗をかく間も、グーシュは沈黙を続ける。

 

 だが、グーシュへの沈黙に合わせて、群衆のざわめきは徐々にだが小さくなっていった。

 それはグーシュへの不満からであり、不満を一通り吐き出したからであり、グーシュの言葉に期待しているからであり、グーシュの言葉を聞き逃さんと待っているからであった。


 やがて、広場に沈黙が訪れる。

 群衆も、子爵も、そして子爵領の幹部も、誰もがグーシュを真っすぐに見つめていた。

 

 そんな緊張感の中、子爵だけが一木の小さな呟きを耳にした。


「沈黙を味方にする……ヒトラーの演説そのままだ」


(ひとらー……誰の事だ?)


 瞬間、スゥッという、息を吸い込む音が聞こえた。

 グーシュだった。

 呼吸が聞こえるほど、広場の人間はグーシュに集中していたのだ。


「わらわは、このルニ子爵領の事を、我が家だと思っている。民は優しく、温かい。子爵はうまい飯を食べさせてくれるし、奥方は美人だ。太鼓腹には少々もったいないくらいに」


 最後のところで、広場には少々の笑いが起きた。

 グーシュは笑いが収まるまで一呼吸置くと、手を前で組んだまま続けた。


「だが、何よりもわらわが、このルニ子爵領を愛しているのは、ここが誇りある場所だからだ。かつて、初代ルニ子爵は、国父ボスロ帝のお付きの一人だった。そのボスロ帝が大陸の統一を決意し、そのせいで兄たちに疎まれ襲撃された際、最後まで従い、そして生き残った唯一のお付き、それが初代ルニ子爵だ。そして、その時、襲撃を退けるため戦った護衛兵達の子孫。それがここにいる皆だ。つまり、ここは忠臣の住まう土地なのだ。帝国の、お付きが住まう場所なのだ。ミルシャの腕の中と同じように、落ち着くのは当然のことだ」


 群衆から歓声と、女性たちのキャーっという黄色い声が聞こえる。

 机の下ではミルシャが顔を真っ赤にしていて、「ミルシャ様ー!」「お似合いですよ!」という声が掛けられた。


 グーシュはここで笑顔を見せると、両手で群衆を制するようなしぐさを見せ、広場を再び沈黙させた。


「そんなわらわと、そして帝国にとっても大切な場所に、危機が訪れた」


 グーシュがそう切り出すと、広場に緊迫した空気が流れた。


「皆に言うまでもない。そう、海向こうからの使者が来た。しかも軍勢を伴ってだ。わらわはその報を帝都で聞いた時、心が張り裂けるような思いがした。我が家が、優しく温かい皆が。武人であり、忠義の漢であるカラン・ルニと、優しく美しい奥方が。忠臣である子爵領の騎士や使用人達が。どのような目に遭っているか。それを考えただけで、数年前ミルシャが死にかけた時と同じような恐怖が、心と体を支配した」


 ここで数年前のミルシャの事を持ち出した瞬間、広場の人々の脳裏には皇太子とグーシュの確執の事がよぎった。

 同時に、どんなに広く伝わっていても確証のなかった噂話が、やはり真実だったのかという、そういった思いに人々は至った。


「だが!」


 突然の激しい声に、広場の人々は驚いた。

 同時に、話が聞きたかった部分に差し掛かった事を察し、さらにグーシュの言葉に集中した。


「忠臣であるならば。帝国に仕える者ならば。そして国父の血を引くものならば! 当然感じるべきその恐怖を、感じない者達がいたのだ。そう……」


 ここでグーシュは、前で組んでいた手を離し、目元をぬぐった。

 群衆の多くが、グーシュは泣いていると思い、そしてそのことからこの後呼ばれる名前を察した。

 疎まれていると噂され、それでも健気に慕っていると噂されていた、ある人物の名前だ。


 そして、一瞬ためらったようなしぐさのあと、大きく右手を振りあげながら、グーシュは叫んだ。


「我が兄、皇太子たるルイガリャリャカスティと、その一派だ!」


 広場の人々は、息を呑んだ。

 だが、ざわめきは無い。

 グーシュの次の言葉を、待っていたからだ。

御意見・御感想・誤字・脱字等の報告、いつもありがとうございます。


皆さんの閲覧、ブックマーク含め本当に励みになっています。


よろしければ呼んだ感想や作品の好きな所などを教えていただければ作者の力になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ