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第6話―2 演説

 ルニの街でパレードが始まる三十分ほど前。


 ガガーリン装甲車の指揮型に乗り込んだグーシュは、車内に四つん這いになって乗り込んだ一木と、その隙間で窮屈そうにしているマナ、ジーク、(シャー)、シャルル、そしてミルシャと、演説の内容について打ち合わせをしていた。


 ハッチから上半身を出し、海風を全身で感じるグーシュは機嫌よく、手元のノートに演説の内容を書きなぐっていた。


 一方、車内では一木達が窮屈そうに、グーシュの演説計画の完成を待っていた。


「しかし一木司令よぉ。さすがに演説直前にぶっつけってのはないんじゃないか?」


 パイプ椅子に毛の生えたような椅子に座った(シャー)大佐が、時折ぶつかる一木の背部パーツに顔をしかめながら言った。

 それに対して一木は、ミルシャに頭部アンテナがぶつからないようにモノアイだけを動かして(シャー)大佐の方を見ると、すまなそうに答えた。


「正直グーシュや皆さんには悪いんですが、これも試金石の一つという事で。ルニの街の住人からの支持を取り付けられなければ、反皇太子派の構築なんて土台無理ですからね」


「大丈夫さ(シャー)、皇族ってのは帝王学を身に着けているものさ。純朴な田舎の民草ならなんとかなるはずさ」


 四つん這いになった一木の真下。押し倒されているような位置に寝そべったジーク大佐が言った。

 普段ならもう少し理路整然としたことを言うはずなのだが、どうにもいい加減な事を言っている。


 心なしか顔も赤い。

 感情表現が強い、精神的に高揚している証だ。

 

「いや、ジーク。相談した時はそんないい加減な理由じゃなかっただろ。言ったろう? ルニ子爵の考える余地と断る選択肢を無くすために、グーシュの到着報告と反皇太子宣言と、住人への説得を兼ねた演説を一度にやるって……」


 一木達は、当然ルニ子爵が内心では反発心を抱いている事も、帝国中央即ち、皇太子とイツシズの派閥に対して、表立って対立したがってはいないことを察していた。


 そうなると、一木達が得たグーシュとの協力関係という手札を有効に活用するためにも、ルニ子爵とその領地を丸ごとグーシュ派としてまとめ上げる必要があった。


 勿論ルニ子爵個人はグーシュと親しいが、あくまでも個人的な事である。

 いかに忠誠心があっても、自分の領地と民、そして家族を危険にさらし、反逆者の汚名を着かねないグーシュ派への参加をすんなり了承するとは考えづらい。


 そして、ルニ子爵が中立ないし、皇太子一派に付くようなことがあれば、それはそのままグーシュという手札の価値の低下につながるのだ。


 それはそうだ。

 一番親しい貴族すら味方にならず、あやしい異国の軍隊だけが味方の第三皇女に、だれが味方に付いてくれるというのか。

 そして主要貴族や官僚、皇族が味方にならなければ、結局苦労してグーシュと協力関係を築いた意味はなくなり、結局帝国との泥沼の交渉と戦闘は避けられなくなる。


 そうなればグーシュは帝国民衆から見ても、単なる異国の傀儡に過ぎなくなる。

 そうなれば民衆からの支持も失い、支持を広げるどころの話ではない。


「そうそう。だからこそ、グーシュ殿下の到着を報告して、その後の演説でなし崩しに反皇太子宣言と住民への説得を行う。そうすればルニ子爵はどんなに地球連邦に疑念を抱いて、危険な皇位争奪戦への参加を嫌がっていても、グーシュ殿下の味方をせざるを得なくなる。この規模の領主が、住民の大多数の意思と、皇族の意思の両方に逆らうのは困難だからね」


 一木に水を向けられてドヤ顔で説明を終えたジーク大佐だったが、そんなドヤ顔を押しのけてマナが一木の下に押し入ってきた。


「ジーク大佐、説明が終わったならそろそろどいてください。弘和君の近くは私の物です」


「いやいやいやいや、準備を整えた僕にだってたまにはいい思いをする権利がるんじゃないかな? そもそも、二人で協力して一木司令を支えるって約束じゃ……」


「私を差し置いてべたべたするのは違うと思います」


 一木の下で火花を散らす二人。

 そしてそんな様子を、シャルル大佐はニコニコと。ミルシャは呆れた顔で見ていた。


「君達はいつもこんなふざけた態度で侵略行為をしているのか?」


 先ほど、地球連邦異世界派遣軍の仕事について簡単な説明を受けたミルシャの言葉には、棘があった。


 とはいえ仕方が無いことではある。

 どんな人間でも、当人たちですらよく話からない理由で、地球連邦への参加を半ば強要するためにこんな大戦力がやって来ていると聞けば、こういう反応にもなるだろう。


「ミルシャちゃん、ジーク大佐はふざけてるけど、一木司令と異世界派遣軍はふざけてはいないのよ」


 笑みを絶やさないまま、シャルル大佐が優し気に言った。

 だが、そんなシャルル大佐の言葉にも、ミルシャは不満げだ。


「それでも……なんばーずとかいう連中の曖昧な指示のために、こんな事をしているんだろ。あんな理由なら……」


 そんなミルシャの言葉は、ハッチから降りて来たグーシュがミルシャの頭を小突いた事で遮られた。


「なーに文句言ってるんだミルシャ。お前は理由があれば何されてもいいなんて思ってるのか?」


 グーシュの言葉に少しおびえたような態度を見せるミルシャ。

 どうも、先ほどの一件が尾を引いているようだ。

 そこで、すかさずマナがフォローする。


「グーシュ殿下、ミルシャさんは別に……」


 マナが庇おうとすると、すぐにグーシュは笑いながらミルシャを背後から抱きしめた。


「なーにびくついてるんだ、別に怒ってなどない」


「で、殿下……僕は……」


「ミルシャには気まずい思いをさせたな。まずはわらわが詫びねばならん。すまなかった」


「殿下……」


「帝国を裏切る……そう思っていたのはミルシャだけではない。わらわもだ……だからこそ、それを口にしたお前に冷たく当たってしまった……結局、吹っ切れたつもりでまだ、兄上や母上の言葉に縛られているのだ……情けないことだがな」


 そう自嘲するグーシュ。

 一木からは表情は見えないが、どうにもらしくない。


「グーシュ! 何を落ち込んでいる!」


「一木……」


 声を張り上げた一木に、グーシュをはじめとする車内の視線が集まる。


「これからこの国の皇太子、そして皇帝になろうって人間が、随分と小さい事で悩んでいるようだな。会談中の豪放磊落な態度はどこへ行った。兄さんや母親の言葉に縛られてたら、民主化や改革なんて出来ないだろうが。いつも通り、豪快に笑いながら進めてみろよ!」


 一木の発破に、グーシュはいつもの調子を取り戻した。


「一木も随分と言うな……ま、確かにその通りだ。国を裏切っただの主流派だのは、結局勝った側が決めることだ。ミルシャ! わらわについてこい。勝って、兄上たちを裏切り者にしてやろう」


「はい、殿下!」


 言い切ったグーシュの言葉に対する、ミルシャの反応は素早かった。

 一時の勢いだとしても、ある程度は吹っ切れたのだろうか。  


「しかし一木……その格好で女を二人下にしてあんな事を言っても……締まらんな」


「いや、この指揮車の天井が低すぎるんだよ……」


 実際のところ、このガガーリン装甲車指揮型の天井はそこまで低いわけでは無い。

 他のタイプより天井を高くしてあるため、一木と同じ身長二メートルの人間でも、少し注意すれば立てる程度の高さがある。 


 しかし、一木の体は55式強化機兵である。

 人間と違い弾力性の無いその体で、窮屈なこの空間内で立ち上がれば、車両や一木の体を壊してしまう可能性がある。

 そのため、わざわざ四つん這いの姿勢でいるのだ。


「ああ、すまんな。話が逸れた。とりあえずこれでどうだ? アイムコ先生直伝の演説だ」


 そう言ってグーシュは、演説内容を書き込んだノートを一木に差し出した。

 そのノートに社内にいる全員が群がる。


「ちょ、せ、狭い……」


「僕とマナの頭の上に置かれると見えないよ」


「わらわのせいにするな。そんな所にいるのが悪い」


「このラト語全然読めねーな」


「な、何を! 殿下の字はラト書道の先生からお墨付きを貰うほどなんだ! その言い方はなんだ!」


「これは中々の美書ですねー。読めないのは、達筆すぎて翻訳アプリが読み込めないんですよ。今翻訳掛けてアップデートするからちょっと待っててくださいね」


 そう言ってシャルル大佐が十秒ほどノートを読み込む。

 そこからさらに十秒ほどで、一木達の使用する翻訳アプリがアップデートされ、ノートの内容を読み取れるようになった。


「な!」


「こりゃあ……」


「ふんふん……」


「え、僕はまだ読めてないのに……」


 その内容に、一木達連邦勢は驚きを隠せない。


(これは……この国の歴史に残る演説になるかもな) 


 無線通信でグーシュの構想に沿った指示を飛ばしながら、一木は心地よい緊張感を感じていた。

 ルニの街の門が、すぐそこまで迫っていた。

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