第18話ー2 振り返り
一木の問いに、グーシュはポツリと語り始めた。
「……抑えきれなかったのだ……」
随分としおらしい言い方に一木は驚いた。
先ほどまでの自信にあふれた喋り方とは大違いだ。
一瞬呆然とした一木だが、ふと思いついた事があった。
(そうか、グーシュは第三皇女だ……皇族という身分を意識した相手以外とはほとんど会話したことがない……同じ皇族ですら第三皇女相手となれば、意識しないわけはない)
一木の思い付きは的を射た物だった。
ルーリアト帝国と言う社会において、未だ身分は絶対的な物だ。
もちろん、グーシュは身分を偽り、街中で過ごしたことも多々ある。
そう言った際は当然相手は身分を意識していない。
だが、グーシュは身分差を意識はしていなかったが、無意識に利用してはいた。
交渉相手がグーシュに抱くであろう感情に、意識の有無を問わず、身分が介在している事を感覚的に知っていたのだ。
そういった意味では一木とは、グーシュにとって初めて出会う身分制度から完全に外れた存在であった。
さらに言うと一木が21世紀の日本人であり、外交の素人であることも味方したと言える。
一木には身分を意識する経験も、配慮する知識も欠けていたからだ。
だからもし、この場にいるのがサーレハのようなベテランや、イギリス人や中東の王族であれば展開は違ったかもしれない。
何にしても、こういった積み重ねによって、グーシュは母親と老教授によって授けられた”目線を相手に合わせて下げる”という手法が初めて取れなくなった。
当然の事だ。一木は最初からグーシュと同じ目線に立っていたのだ。
その結果、グーシュは常に余裕を持つことしか出来なかった。
それは一木に警戒感を持たせることはあったが、グーシュのカリスマを際立たせて場の主導権を握るといういつもの流れを作り出すことには失敗していた。
主導権が握れない段階で、連邦大統領という巨大な目標を明かしたグーシュは、結局のところ警戒感を残していた一木に対して切り札を失ってしまった。
先に切った切り札は潰されるのだ。
目標を受け入れるかどうか、冷静に許諾する立場についた一木がこの場のイニシアティブを握れたのは当然の流れだった。
(とはいえ偉そうな事は言えない。グーシュのカリスマは本物だ……どうしてここまで心地いいのか……この子なら出来る気がしてくる。連邦の改革……シキの敵討ち……)
モノアイを覗き込むグーシュの視線に気が付いた一木は、雑念を払い裸のグーシュの前に意識を戻した。
「それは、好奇心をですか?」
コクリとグーシュは頷いた。
やはり覇気がない。
「そうだ。海向こうに行くのはわらわの夢だった」
グーシュの声にやや張りが戻る。
「女神ハイタの末子たる魔王オルドロ……そして魔王がかつてこの大陸から去った時に向かったのが海向こうだ。島があるのか、何かがいるのか……知りようのない大きな”未知”……わらわはそれを知りたかった……」
気になった単語があったが、一木は我慢した。
ここは遮る場所ではない。
「無論、わらわもミルシャの事が心配だった。だから、後悔したのだ……会議が終わり、部屋に戻ったらミルシャに詫びて、その時にはやはり怖くなったからと断る……そんな考えもよぎった」
喋るグーシュの目に、涙が浮かんだ。
だが、一木はモノアイを揺らしもせず、じっとグーシュを見つめる。
「それでも……わらわは考えを曲げられなかった……その後ミルシャが……わらわを抱きしめながら言ってくれたのだ。”絶対にいなくならない”、”生涯仕える”、”自由な心のまま生きてくれ”とな」
思わず始まったのろけ話に一瞬興味が湧いた一木だったが、ここは触れないで続きを促す。
「嬉しかったし、決心がついた……これで憂いなく未知の探求にまい進出来ると思った。それでも、正直あの時は自分が嫌になったのも事実だ。大切な人間より、自分の興味を優先するような屑が自分なのかと思うと……正直へこんだ」
しおらしいグーシュが言った事は、ある意味では予想通りの事だった。
グーシュ第三皇女は騎士ミルシャを以てしても制御困難で、利用するべきではない。
そういう提言が参謀から上がったことは確かにあるからだ。
この発言はそれを裏付けるものだ。
だが、ここは冷静に、情報をより掘り下げていく。
「そうなると、十五歳の時。ミルシャさんが殺されかけたときの事はどうなのでしょうか?」
「なんと!? あの時の事まで調べがついているのか……」
「グーシュの事は本当によく調べさせてもらいました……それで理解できなかかったから、こうして聞かせてもらっているんです」
「どうしたもこうしたも、わらわはあの時はミルシャのためを思って行動したまでだ。抵抗の意を示さず、全面的に兄上とイツシズに降伏し恭順の意思を示したのだ」
一木は引っ掛かりを覚えた。
調査した限りは、三年前に起きた事件の結果は必ずしもグーシュの言う通りでは無かった。
そもそもきっかけはグーシュによる、度重なる皇太子への敵対的行為だった。
それに対する報復として行われたのが訓練中の事故に見せかけたミルシャ殺害未遂だ。
皇太子派は、普段のグーシュの苛烈な性格とミルシャへの溺愛から、必ずグーシュは報復に出ると踏んでいた。
そのため彼らは手ぐすね引いてグーシュの報復に対する準備を整えていた。
それに対するグーシュの行動が、先ほど自身で言った通りの全面降伏だった。
この結果、イツシズたちのグーシュへの感情は単なる政敵から、まったく未知の思考形態を持つ恐怖の対象へと変化したと言ってもいい。
ある意味今の一木達と同じだ。
皇太子派にとって逆鱗でありアキレス腱だと思ったミルシャを害したのに、全く逆の反応を示されたのだ。
理解できない物を人は恐れる。
豪放磊落で民からの信任厚い、改革派の苛烈な皇女。
それが皇太子へ敵意を持った、行動原理不明の放蕩皇族に化けてしまったのだ。
さぞかし恐ろしかっただろう。
「どうも、もう少しさかのぼる必要があるようですね。なぜ、兄上に敵対的行動をとっていたのか、お聞かせいただけますか?」
「敵対的行動?」
本気で分からない、と言った具合にグーシュは言った。
小首をかしげるしぐさは、年相応に可愛く感じられた。
「大臣と幹部官僚参加の朝礼で、皇太子を散々に言い負かした件ですよ」
「まさか!?」
グーシュは心底心外だ、と言った風に反論した。
「あれは兄上の事を思いやってやったのだ。母上に言われた通り、わらわは兄上と切磋琢磨し、皇帝にふさわしい方になっていただきたくてやっていたのだ」
(ズレの原因はこのあたりか?)
グーシュリャリャポスティの核心に近づいてきた感触を、一木は感じた。
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