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第16話 前哨戦

 そうして二人は部屋に残り、シャルルを含む全員が退出した。

 最後までマナとミルシャが抵抗していたが、やってきた二人の憲兵に促されるとしぶしぶ退出していった。

 その様子や反応がどうにも似ていて、一木は二人が仲良くしてくれることを少し願った。

 アンドロイドであるマナに、異世界の人間に友人が出来れば、それはとても素敵なことのように感じられた。

 それはこれからの交渉次第の面もあるだろうが……。


 シンとした室内。

 互いに目の前にはミネラルウォーターの入った水が置かれているが、マナのいない一木にとっては無用なものだった。

 それでも、シャルル大佐の配慮が嬉しかった。


「ところでだが……」


 ふいにグーシュ皇女が切り出した。

 もう、交渉という名の闘いは始まっているのだ。

 一木は平静を装いながらグーシュ皇女の言葉を待った。


「先ほどこの部屋のせきゅりてーを切ってもらえたのはありがたいが、一木代表自身に装備……着ている……なんといっていいのかわからんが、ともかく遠くの者と話せる仕組みはどうなっているのかな?」


 一対一の話し合いという前提条件を、未知の仕組みに臆さずに突き詰めるグーシュ皇女の観察眼に一木は舌を巻いた。

 だが、これ以上失態を重ねるわけにはいかない。

 一木は焦らずに、ゆっくりと話す。


「どうしてそうお思いになったのですか?」


 少しは余裕があるように聞こえただろうか。一木は不安に苛まれる。

 モノアイが動かないように全力で抑える。頭痛がするが、耐える。


「先ほどの昼食会で、一木代表はミラー殿に関する話題の時は視線がミラー殿を。シャー殿に関するときはシャー殿を見ていた。言葉や返事をする間隔にもどこか会話の様な間があった。耳には聞こえぬ会話を二人としていたのではないかな?」


 少しだけモノアイが揺らぐのを一木を感じた。

 無線通信を過信しすぎていた自分を怒鳴りつけたい衝動を感じながら、一木はイニシアティブを取り戻すべく考える。

 話しながら、考える。


「グーシュ皇女殿下、よく気が付かれましたね。確かに私のこの体にはそういった機能が搭載されております」


 そう口にすると、グーシュ皇女は満面の笑みを浮かべた。

 どこかのアイドルと言われれば、生身の頃なら信じたであろう素晴らしい笑顔だった。

 しかし、今この場ではあの笑顔の裏でどのような策謀をしているのかが気になり、気が気ではない。


「やはりそうか。便利な能力……いや仕組みだな。わらわもそのような体になれるのか?」


「可能ですが、健康体の人間をサイボーグ……こういった人工の体にすることは連邦の法で禁じられています。見たところグーシュ皇女殿下は健康体ですので……」


「むう、その通りだな。健康なのはわらわの取り柄の一つであるし、考えてみれば不幸な事故でその体になった一木代表に失礼な事を聞いたな。許してくれ、一木代表」


 そう言って頭を下げたグーシュ皇女に一木は虚を突かれた。

 交渉の場で頭を自分から下げる行為になんの意味が。

 一般人の感覚と脳みそで必死に続く言葉を考えるが、それを思いつく前にグーシュ皇女が言葉を続けた。


「だが、その体が今は問題であるな。先ほど一木代表は”二人きりで”と言ったな。その仕組みがあれば、あなただけは隣に有能な官吏を置いているのと変わらん。不公平ではないかな?」


 一木は待っていた質問が来たことに安堵した。

 通信能力の事を聞かれるとは思っていたのだ。

 全てが看過されている前提で動けば、一木でも予想は出来る。


 とはいえ相手は油断できる相手ではない。 

 未開の中世人やネット小説に出てくる無知な異世界人と思って接すれば負ける。

 ナポレオンや織田信長と喋っているつもりでいなければならない。


「ではこれでどうでしょうか?」


 そう言うと、一木は後頭部と耳の位置に取り付けられていたアンテナ類を手でむしり取った。

 金属が歪む音と、ゴムが焼ける匂いがした。

 これにはさすがのグーシュ皇女も驚きの表情を浮かべた。


「一木代表、大丈夫なのか? 痛くは……」


「この体では痛みは感じません。まあ、感じるようには出来ますが、わたしは大抵鈍く設定していますので、ご安心を」


 一木はむしり取ったアンテナ類を手元に置いた。

 視界に破損の警報が表示され、通信精度が低下したことが示される。


「なるほど。それで仕組みは壊れたわけだ」


 ここだ。

 この一対一の会談で、主導権を得るにはこれしかない。


「いえ、実はこれでもまだ使えます」


 その言葉にグーシュ皇女の表情に困惑が浮かんだ。

 ほんのつまらないことだが、やっと一本取ったような快感があった。


「ではなぜ頭の部品を壊した?」


「これは私の覚悟です。決して通信機能を使わないという。これは殿下と一対一の会談です。それを申し込んだ私の事を信じていただきたい」


 自壊すら厭わない覚悟を見せる。

 しかし正直に機能が失われていないことを話す。

 その上で、通信を使わない事への信用を求める。


「そして、私はこのような信用をあなたに強いるのです。ですから、私も殿下の言う事を全て信じます」


 そして自分もグーシュ皇女の事を信じると伝える。

 この会談の前提であり飲んでもらわなければならない事だ。


 一木は自分の事を過大評価はしない。

 交渉でグーシュ皇女に立ち向かうことは絶対に無理だ。

 だからこそ、目標を絞り、そしてたった一つの事を武器に挑む。


 それは正直であること。

 一木が可能な範囲で自身の正直な気持ちと情報を出す。

 そして、それによってグーシュ皇女からも、グーシュ皇女の考えと人間性という情報を確実に得なければならない。

 もっとも、一つだけグーシュ皇女に提供できる物があるのだが、それを提示できるかどうかはまだ未知数だった。


「なるほどな……よし! 一木代表がそこまでするのなら、わらわも覚悟を見せよう。そのうえで互いに信じ合おうではないか」


 そう言うと、突然立ち上がったグーシュ皇女は上着を脱ぎ、ネクタイをほどき……つまりは服を脱ぎ始めた。


 一木は隠しようもなく狼狽した。


「で、殿下何を!?」


「ああ、グーシュでよい一木……いや、わらわも呼び捨てで呼ぼう。堅苦しい物言いもしなくていいぞ、その方が好きだ。ああ、それでな。帝国には話姫(わき)という役職があるのだ」


 そう言いながらも、グーシュ皇女は服を脱ぐ手を止めない。

 とうとうスカートに手を掛けながら続ける。


「国同士の交渉の際、隠し事のない信頼の証として、王族や皇族の若い女が一糸まとわぬ姿で交渉の場に同席するのだ。まあ、今ではほとんどやらんがな。その風習に従うわけでは無いが、わらわも一糸まとわぬ姿になる事で……」


 そして、とうとう下着まで脱ぎ捨てると、堂々たる態度で一木に向き合った。


「自らの体を折り捨てた一木の覚悟に報いよう。これより嘘は無しだ。腹の探り合いも無しだ。さあ、一木! 話してもらおう。わらわに、帝国に何を求める!」


 渾身のパフォーマンスで場の主導権を握ったつもりが、一瞬で覆された。

 だが、先ほど自分で言ったではないか。

 一木はグーシュのあばら骨の浮いた瘦せっぽちの体をしっかりと見据えた。

 どうせ勝てるわけはないのだ。

 むしろ望んでいた嘘と探り合い無しの泥仕合に持ち込めた。

 格闘を挑んだら寝技を掛けられたような違和感があるが、何はともあれ実質的に勝ったのだ。

 そう自分を鼓舞した。


 すでに交渉が終了したような疲労感を感じながら、一木は手元の端末を操作し、グーシュ皇女の目の前に空中投影型モニターを映し出した。

 そして、モニターに驚くグーシュにある文面を見せた。

 連邦加入条約の概要だ。


「グーシュ皇……いえ、グーシュ。地球連邦政府の目的はそれです。その条約を結び、ルーリアト帝国を将来的に地球連邦政府の一員としたいのです」


 一木の言葉を聞いたグーシュは少し考え込んだ素振りを見せた。


 ガリガリに痩せた女の子は趣味ではない。

 自分はロリコンではない。

 意外と胸があるな、首筋や腋が意外と……色っぽいところが……。


 ともすれば煩悩に埋め尽くされる脳裏に抗いながら、グーシュの言葉を待つ一木。


 やはりというか、しばらくして発せられた問いは確信をついたものだった。


「政治に介入するのは確かに問題ではあるが、この条約、こちらの益ばかりが大きくはないか? あの動画を見たときから思っていたが、理想郷である地球がなぜこんな遠くまで来て慈善事業などする? 理想郷に縁もゆかりもないわらわ達を入れてくれるなどおかしいではないか。国家が慈善事業するなどと言う幻想が、もしや地球ではまかり通っているのか?」


 動画の歴史についての内容はナンバーズに関する情報を排したものだった。

 それによって生じる、地球の必要性のない対外拡張政策への疑問はさすがと言うべきか。


 一木は意を決して話し始めた。

 本来なら条約締結後に明かされる話だが、もはや後戻りは出来ない。

 全権交渉担当として責任を取るつもりで、一木は地球の歴史を語り始めた。




 一方で、グーシュにやり込められてばかりの一木ではあったが、グーシュの方もある誤算に焦りを浮かべていた。


(いかんな。つい一木の行動に中てられて服を脱いでみたが……思った以上に恥ずかしいな)


 グーシュが場の主導権を握る際には、突拍子もない行動をとる事が多かった。

 これを皇女という身分の人間が行うことで、今までグーシュの思惑通り話し合いや商談の主導権を握ることに成功していた。


 ところが、一木には身分に対する畏怖がない分、グーシュの行動からの復帰が早かった。

 この事がグーシュに行動内容のエスカレートと言う、普段とは違う行いをさせてしまい、結果がこの全裸での会談になってしまった。


(蒸し風呂で皇族の男と一緒になったり、女を口説くときにいきなり裸で迫ったことはあるが……)


 グーシュは努めて平静を装って一木の顔を見た。


 声からして若い男だ。そして話が本当なら中身のない大柄の甲冑だけの人間だ。

 つまりはグーシュが冗談交じりで言っていた理想の存在である。


(嫌いではないが惚れるとは違うと思うのだが……むぅ、しまった。先ほど食べ過ぎたな……腹が膨らんでいる……さすがにみっともないのではないか……あぁ、腋は大丈夫かな……下も……)


 一木の話が動画で説明した部分の確認なのを言いことに、益体もない考えに取りつかれるグーシュであった。


 当然のように、一木はそんなグーシュを見て今度は何を考えているのかと、警戒感を強めるのだ。


 だが、そんな時間も終わりを告げる。


 一木の話がナンバーズに関する部分に達したのだ。

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