第2話
急に自分が何一つ身につけてない事に気恥ずかしさを感じてしまった俺は焦り、急いで着替えた。
「終わったか?じゃあ行くぞタツオ」
「お、おう」
町へ向かい歩き出す二人。
服を着たせいなのか、いつの間にか動揺も収まっていた。
「タツオ、しかし、お前、案外いいもんぶら下げてやがるな」
しっかりと見られていたようで、思わず赤面する俺。
その反応をまた悪戯っ子のような笑顔でからかうエリオ。
「いや…、その」
どう答えていいやら、言葉に詰まる俺。
エリオは俺の反応を見て、楽しんでいるようだ。
彼なりの気配りなのかも知れないが。
「まぁ、冗談はこの辺にしとくか。タツオ、まずお前がどこの馬の骨かを絶妙に誤魔化す必要がある、という事は頭に入れておけよ」
本題、いや確信事項か。そりゃそうだ。お前誰だという話になる。
「タツオ、オレがお前を発見するに至った経緯だが、まー、簡単に言やぁ、ギルドの仕事の途中だったわけだ」
「そうなのか、いや、まだ全然理解が追いついていなくてさ」
ギルドで仕事か、本当に俺は違う世界に来たようだ。
剣を下げ、部分鎧を身につけたエリオから察するに、前の地球で言うなら、中世って感じか。
「タツオ、お前にすぐ全部理解するのは無理も無いだろうが、とりあえず一通り聞いとけ。ここから町までは数刻かかる。で、その間にオレらの方針をある程度固めておく」
まあ、そりゃそうだ。何もわからんこの世界で、いきなりどっかの国の警察権力的な連中に捕まって最悪処刑もあるかも知れない。
何一つ、こちらから主体的にどうこうする事は、今の状況からは想像がつかない。
黙って頷く俺。それを確かめた後、エリオが再び口を開く。
「タツオ、冷静に状況を判断しようとするのはいい事だ。とりあえず馬鹿じゃないらしいな」
そりゃどーも。
「まずは、だ。この世界だが、デカい大陸だ。国は五つある。で、オレが産まれるずーっと前から、この五カ国で、大なり小なり喧嘩をしている」
えっ、地球の常識だと、いずれ勝ち負けが付く話になると思うのだが、ずーっと喧嘩している?戦争?
「ま、五カ国それぞれがいつの時代も凡そ戦力が拮抗していてな、大規模な喧嘩にならないとでもいうかな」
うーむ、全く想像はつかない。二か国や三ヶ国なら何となく理解はできるが、実際歴史的にも小説やゲームなんかでも、そんな事が成立するという感覚が掴めない。
「で、何百年も同じ事を大なり小なりしている。で、どこの国でも優秀な人材を集めたいと考えているわけだ」
ほぅほぅ、戦争の為の駒を広く募る、ってとこか。
非常に殺伐としている世界な気もするが、しかしエリオから察するに、殺伐としたイメージが湧かない。
「つまりこの世界は簡単に言やぁ、強けりゃ成り上がれる、って話よ」
エリオ君、非常にざっくりとした説明をありがとう。そしてこの瞬間、オレが今後も変わらず生存していける可能性は限りなく薄いものになった事への理解も得る事ができました。どうしよう俺。
「そしてギルド、な。これは五か国から独立した形だ。あらゆる仕事はこのギルドを通す、という事になってる。言わば完全なる中立の組織って話よ」
どうやって維持してんだろ?いや、ずっと戦争してるから、そういうシステムになっていったということだろうか?
「で、そのギルドな。まず誰でも登録はできる。幸いな事に、背後関係がどうとか、そういう事は重視されない。要は、強いかどうか、仕事回せる信用があるかどうか、これのみだ。仕事や報酬の上下は、ギルドが算出するランクによる、つー、わけよ」
あー、その辺はゲームとか、それ系のノリか。まあ、わかりやすいならそれに越したことはない。俺は根掘り葉掘り聞かれたらアウトだし。
「で、仕事を受けてこなせば飯は食える、失敗したら、失敗したランクより下からまた始めないといけない、ランクが上がるかどうかはギルドが判断するってとこか」
この辺はすんなり理解はできる。ゲーマーとまではいかないが、それなりに俺も嗜んだし。
ここで俺が口を開く。
「エリオ、ちなみにエリオのランクってどの辺なんだ?」
「個人ランクはD、だな。オレはパーティを組んでないからな。ちなみに一番下はF、一番上はSだ。大陸で見てもそんなに居ない」
S級か。想像つかないけど、何かすごそう。
エリオは下から3番目、つまりは中堅どころって感じか。
「しかしエリオ、パーティってさっき言ってたけど、何で組まないんだ?」
本当に素朴な疑問ではあるが、非常に気になる。
組んだ方が効率的なのでは?
「あー、それな。理由ってか、オレは一人で居て、気ままにやる方が向いてるとでもいうか、まぁ気楽が好きなんだよ」
何するにしても一人が気楽ってのは俺も同意だ。
ガツガツした奴と一緒に居たら、居るだけで疲れてしまいそうだ。
勝手にリーダー面されてもウザいし。
「それは俺もそうだね。いちいち面倒になるからなぁ」
そんな俺のボヤきに何故かエリオが目を輝かせて喰いついてきた。
「そうそれ!タツオ、お前話せるな!いいねいいよータツオ」
えらくご機嫌だなエリオ君。よかった、気は合いそうだ。
これなら何とかやっていけそう…な気もする。
「まぁそういうわけだ、タツオ。要は、ギルドで仕事受けて名を上げて、二つ名で呼ばれるクラスの人物になるってのが、基本的に皆が目指すとこだ」
かぁ〜、ダルそう。で、結局戦争の駒にされるって話か。
「中にはそういうのを望まない奴も当然いる。そういうのは商売したり、とか、そんな感じだな。ちなみに街中に被害を及ぼす真似は五か国で禁じられているし」
禁じられている?何故だ?戦争になったら、大体民間人が犠牲になりそうなもんだが?
あまりにその感覚がよくわからなかった為、俺はエリオに尋ねる事にした。
「エリオ、なぜ禁じられているんだ?その、街に被害を…って辺りの話なんだが」
「えっ?何言ってんだタツオ。街壊したら、次の世代の人間が居なくなるだろ。喧嘩は喧嘩、生活は生活だろ」
あー、いや、ずーっと戦争してる割には何というか、きっちりしてるとでもいうか…。
ぽかーんと口を開けた俺にエリオが、逆に驚いていた。
「タツオ、お前がいた世界って、何でもアリなのか?お前ってとんでもないとこから来たんだな」
…。確かに一理ある、とも言える。
戦争は戦争、生活は生活、か。
勝手に戦いを始めて、勝手にその他大勢まで巻き込んで、正義だ悪だだの、考えてみりゃあ確かにとんでもなく迷惑な話だ。
「まぁいい。で、タツオ、お前は戦え…そうにはなさそうだな。その認識でいいか?」
まともな喧嘩もした事無いですハイ。地球じゃすぐ集団でいきなり仕返しされるか、より何でもアリなバックと繋がってる人間が出てきて、何倍にもお返しされた上、警察も民事不介入です〜なんて玉虫色の三味線を弾く。
やられ損で終わる事が多々あり、やるだけ無駄、謝ってスルー、もしくは関わらない方が結果的に自分に一番被害が少なくなる。
あぁ、そうか。俺はこれまで大人になっていく段階で、そうやって無駄だと思う事を排除してきたのか。
一度始めたら、突き抜けるまでやらないとこっちが酷い目に遭うし、やってしまったら、ややこしい側に繋がりを持たないと身を守れない。
警察は書類を書くだけだ。一々ただの民間人一人の為に能動的に、かつ効果的に動くなんて事はない。
お偉いさんの身内なり、コネやツテでも何かない限りは、ね。
改めてクソみてーな世界だったな、という事を違う世界のエリオに気付かされたのは何とも皮肉。
同時に、この知らない世界に興味が湧いてきた。
もしかして、ここ、スゲーいいとこなのでは?と。
「タツオ、おーいタツオ!聞こえてますか〜?」
「あ、ごめんなエリオ。ちょい前の世界の事考えててさ」
やれやれ、といった顔をしたエリオ。
「まぁいい、それでタツオ。お前の今後の予定なんだが、とりあえずオレと一緒に動いて経験を積め。戦えないお前に無理をさせるつもりは無いが、多少は自分で自分を守れるくらいにはなってもらうから」
おっと、そう来ますか。てっきり何か酒場や食堂の店員でもやらされるのかと思っていたが。
「いいのか?エリオ、俺は多分足手まといだぞ?」
再び、やれやれ、といった表情に、今度は身振りまで付いた。
外人がよくやるあの肩を窄めて手でオーゥ的な馴染みのポーズ。
「タツオ、何の縁かは知らないが、こうして会ったわけだ。しかも話せるし、今のところ、お前は相当なレベルでいい奴だ。」
何かよくわからんけど、ありがとうエリオ。
素直に褒められた事が俺は嬉しい。
「そんな奴にすぐ死なれたりするのは、どーもな。うまく言えないんだが。オレがそうなってしまったらイヤなんだよな」
悪戯っ子っぽい笑顔を見せたエリオ。
「それに、なんかお前と組むのは何か面白そうだ。タツオが強くなりゃあオレも楽できるしな、二人でならこなせる仕事ってのも受けれるようになるし、お前も身を守れるくらいに強くなりゃあ、安心は安心だろ?」
確かに。
どうにもこの世界は、戦う事なり、強い事なりが価値を持つ世界のようだ。
弱いよりは全然いいはずだ、しかも魔物とか何とか…。
まもに襲われて、為す術もなく生きたまま喰われて死ぬだなんて真っ平御免だし。
「了解だエリオ。その方向で行こう。これからよろしく頼むよ」
頭を下げて頼むべきだったか?つい話の流れでよろしくなんて言ってしまったが、何とエリオは、出会ってから一番の笑顔で、俺の決断を喜んでくれた。
「そうか!よし!そうかぁ〜!!うん、タツオ、オレに任しておけ!ふふふ」
すっかり上機嫌なエリオ。
とりあえず今後の大まかな方向性を定めたオレ。
数刻前までの不安がまるで嘘のように、いつの間にか俺の心の中で、小さくなっていった。
同時に腹の虫が鳴いた。現金なもんだ。
「ははは、じゃあタツオ、町に着いたらとりあえず飯にしようか。酒はいけるクチか?」
酒、そうだ酒か!
エリオ君、オレは割と飲めるクチです。
「任せろ」
俺は親指を立て、不敵な笑みを浮かべた。
エリオは俺の肩を強く抱いて軽く叩き、よーしよしよしと喜んでくれている。
「タツオ、もう少しで町に着く、着いたら乾杯としゃれこもうぜ」
「いいね。出会いとこれからの旅の門出にはこの上ないな」
酒が飲めて飯が食える事、単純な事かも知れないが。
今日始めて会って、そいつが思ったよりもいい奴そうで、楽しそうで。
そんな奴とこれから旅を冒険をするという事に、湧き上がるような高揚感を覚えた俺。
まだ、知らない事だらけではある。
これから行く町の事も、国の事も知らない、魔物やギルドの事も詳しくはわからない。
でも、地球にいた頃には、もしかしたら感じた事があったのかどうかも覚えていないような、これから起きる事が、どうしようも無い位に楽しみだ、という感覚。
これまで歩いてきた景色も目に入らないほど、俺はきっと興奮していたのだろう。
どこを歩いたかも覚えていない。
心のままに、エリオと一緒に。
どこまでも行ってみようか、そんな事を思った。