07話 『碧い鳥 後編』
「うぅ……また負けました……」
手から一枚カードを抜き取られたエトナは、そこに描かれた絵柄を見ながらショボンとした声を出した。
「これで、私の五連勝ですね」
五連勝とは、このババ抜き的なカードゲームにおいて、俺がエトナに五回連続勝利したという意味だ。
エトナは悔しそうに、両手をギュッと握りしめている。
恨めしそうな目で、俺を見る。
「どうしてアルさんは、いつも一発で当ててしまうのですか?」
「それは……」
そりゃあ、エトナの表情が分かりやすいからだろう。
二枚のカードの上で手を動かしたら、ババの上では笑顔になり、正解の方では悲しそうな顔をする。
どうやら、本人には自覚が無いらしい。
将来、悪い人に騙されてしまわないか心配だ。
そう思いながらも、教えてやったりはしない。指摘して直るようなもんでもないしな。
「――さて、どうしてでしょうか? 例えば、私には不思議な力があって、カードを透かして向こう側の絵柄も見えるのかもしれませんよ?」
透視は男の夢だ。
俺の青『能力』がそんなのだったらいいなという願望を込めながら、俺は試しに目の前に落ちているカードに目を向ける。
目に最大量の魔素を集めながら凝視してみるが、当然ながら透けてきたりはしない。顕微鏡を通しているかのように、微細な傷が見えてくるだけだ。
ちなみにだが、これを利用したら全てのカードの区別が付けられる。つまりは、俺に絵柄を覚えられる頭さえあれば、ズルのし放題だったりする。
「なるほど!」
言って、エトナは床に落ちているカードを束ねだした。
何が「なるほど」なんだろう?
疑問に思っていると、エトナは嬉しそうにカードをシャッフルし始めた。
「もう一回しましょうっ!」
――
俺の手には、二枚のカード。エトナの手には一枚。手番はエトナだ。
これまでの五回は、例え俺の手札に最初からババが含まれていようと、途中でエトナが引き抜いていた。
一度エトナの手に渡ったなら、俺がもう一度ババを抜いてしまう可能性は皆無。
とはいえ、今回はたまたま運が良かったらしい。エトナはこの段になるまで俺の札から一度もババを抜いていない。
エトナは分かりやすく緊張していた。本人も、これが、これまで一度も巡ってきたことのないチャンスだと分かっているのだろう。
エトナはむむっ、と難しい表情を浮かべながら、俺の札へと手を伸ばした。
引き抜いたのは――
「やった! 勝ちました!」
こっちが嬉しくなるくらい、エトナは心の底から喜んでいた。
俺は苦笑いしながら、自分の手の中に残ったババ――教会の三環マークの描かれたカードを、カードの山へと加える。
「わたしの勝ちですっ。はじめて、アルさんに勝ちました!」
「正直、負けるとは微塵も思っていなかったのですが……完敗です」
ほんと、運が悪かった。
「最後の一枚、アルさんの言ったとおりにしたら、本当にうまくいきました……」
「ふふふ」と小さく笑いながら、エトナは俺のことを見つめている。
何か言いたいことでもあるのかな、と思っていると……エトナは薄っすらと頬を染めながら、おずおずと頭頂部を向けてきた。
どうやら、さっき頭を撫でられたのが嬉しかったらしい。
俺の方も吝かではないが……ちょっと躊躇しながら、右手でエトナの頭を撫でてやった。
「――楽しそうだな。余も混ぜてくれぬか?」
微かに震えている声に、俺は手を止めた。
エトナが顔を上げる。
俺の後方、そこにある扉に目を向けた途端――パアッとエトナの顔が輝いた。
「お父様!!」
背後から、国王が歩く足音が迫ってくる。
「聖官殿、体調はどうだ?」
もちろん、俺は陛下の出現に気付いていた。
冷静に上を向くと、陛下の笑顔が見えた。
赤色の瞳が、いつも以上に濁っている。
「悪くないです。しっかりと休養が取れたので、むしろ調子が良いかもしれません」
「そうか……差し入れはどうだった?」
差し入れと言うと……ああ、あの洋梨型の果実のことか。
「美味しかったです、ありがとうございました」
「それは重畳。言って、明日の聖官殿の朝餉に出させよう」
陛下は良い笑顔を浮かべている。
明日の朝食にあの果物が出てきたら、しっかりと胃袋を保護しておこうと、俺は決めた。
「お父様! 私、お友達ができたんですよっ!」
声をかけられた瞬間、陛下の目が心なしか柔らかくなったような気がした。
エトナの方へと足を進めながら、いつもとは全く違う優し気な声を出した。
「お友達?」
チラリと、一瞬だけ俺を睨む。
「そうか……良かったではないか。そのお友達というのは、アル聖官のことか?」
「はいっ、アルさんです!」
「……エトナ、そのように呼んでは失礼だぞ。聖官と呼ぶのが相応しいと思うが」
「えっ……」
小さく声を漏らしたエトナは、俺に悲し気な目を向けてきた。
「私は、どのように呼ばれても構いませんよ」
笑顔でそう返事をしてあげると、陛下は振り返って恨みがましい目を向けてきた。
笑顔を微動だにせず無視していると……陛下は一つため息を吐いた。
「聖官殿がそう言うのなら、余は何も言わないが……」
「それなら、アルさんって呼びます!」
にっこりとしながらエトナが言うのに混じって、ギリッという音が小さく聞こえた。
――
「次は、余だな」
呟いて、陛下は俺が差し出すカードへと手を伸ばした。
カードを抜き取ると、全く表情を変えることなく自分の手札へと加えた。
……見事なポーカーフェイスだ。ババを取ったことは、傍から見たら全く分からないだろう。
これで、陛下は残り四枚。エトナは一枚。俺が二枚だ。
「私ですね……」
緊張した面持ちで、エトナは陛下が扇状に広げるカードへと手を伸ばした。
ここであがれれば天国、ババを引いたら一転地獄だ。
俺がエトナからババを引くことは無いので、エトナの最下位が確定する。四分の一の確率だ。
……そう、四分の一のはず。
俺は自分の目を疑っていた。
陛下の手札、三枚しかないんだが?
エトナは不自然な点に全く気付かないまま、目を閉じたまま、えいやッと一枚引き抜いた。
……ゆっくりと目を見開く。
「やった! 私の勝ちですっ!」
エトナはカードをペアにして、山へと放った。
「ははは、またエトナが一番か。何か、コツでもあるのか?」
「気持ちのままに引くことが、いちばん大切ですっ!」
陛下はエトナの回答に重々しく頷いた。
「うむ……深い、深いな。含蓄に富んだ助言だ。参考にさせてもらおう」
陛下は、俺からしたらエトナを馬鹿にしてるとしか思えない台詞を吐いた。
だが、ひねくれている俺と違って、エトナは言葉のままに受け止める。嬉しそうに、全く邪気の無い笑顔を浮かべている。
……この時、確かに場には、和やかな空気が流れていた。
――少し経って、現在。
俺と陛下の一騎打ち。
陛下からは、見事に柔らかい気配が消滅している。
傍から見たらよく分からないかもしれないが、触れれば切れそうな空気が、俺と陛下の間には流れていた。
陛下の手に握られているカードは三枚。
さっき見た時も三枚で、エトナに一枚取られたはずなのに三枚のままだ。
この不可思議な現象の答えは一つしかない。
こいつ……やりやがった。
おそらく、エトナにカードを引かせるとき……ババだけを後ろに隠して、万が一にもエトナが引かないようにしていたのだろう。
……セコイ。セコ過ぎる。
こんなセコイことをするなんて、一国の王様とは思えないぞ……。
俺はポーカーフェイスの陛下へと目を向けた。
――負けたくない。
初めてそう思った。
こんなカードゲーム、所詮は子どもの遊び。そう思っていた。
やる気なんてほとんど無かったのだが……恥ずかし気もなく不正をしている三十路のおっさんを目にして、俺の中に初めてやる気が生まれていた。
――
身体を満たす喜びを噛みしめながら、俺は陛下と二人で廊下を歩いていた。
無事このおっさんに勝てて、今の俺は気分が良い。
窓から覗く景色を見るに、時刻は既に夕方。思っていた以上の時間、俺はあの隠し部屋にいたらしい。
「――陛下、聞いてもいいですか?」
「駄目だ」
俺が足を止めると、陛下はそれに構わず進んでいく。
俺は小走りで陛下を追い抜き、陛下の眼前に立ち塞がった。
陛下はスルリと、俺の隣を抜けていった。
……こいつ、子どもかよ。
「陛下」
言いながら、俺は陛下の背中へと魔素の塊を叩きつけた。
同時、陛下は肩をビクリと震わせ、やっと足を止めた。
ゆっくりとした足取りで陛下を追い抜き、再び陛下の目の前に立ち塞がる。
今度は、陛下も逃げようとはしなかった。
「陛下……あの部屋はなんですか? そして、エトナは……誰ですか?」
額を汗で光らせている陛下は、俺から目を逸らしながら言った。
「さあな、余は知らぬ。――あと、エトナの名を呼び捨てにするでない、馴れ馴れしいぞ」
「エトナと呼ぶのが駄目なのでしたら、なんと呼べばいいのですか?」
「それくらい、自分で考えれば良いだろう。それと、またエトナを呼び捨てにしたな」
言って、やっと陛下は、濁った瞳で俺を捉えた。
それを見つめ返しながら、俺は挑発するように言った。
「……では、王女殿下とお呼びすることにしましょうか?」
瞬間、圧倒されそうになるほどの強い力が、陛下の赤い瞳に宿った。
「聖官殿は、いったい、何を言いたいのだ? 余には子などおらぬ。十二年前に……妻と共に失った。その事実を思い出させて、余を不快にしたいのか?」
唾をゴクリと飲み込んで、俺は陛下の圧力に反抗するように、口を開いた。
「……陛下、それを私が信じると思っているのですか? 王宮のあのような場所に、隠されている少女。見るに、おおよそ十二歳程度でしょう。
仮に例の、陛下の御子が生きていたならば、ちょうど同じ年頃ではないですか?」
陛下は俺の目を見つめたまま、数秒間沈黙を保っていた。
その間、俺は陛下の濁った瞳を、しかと捉え続けていた。
……先に目を逸らしたのは、陛下だった。
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