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01話 『謁見』



 この一年ちょっとで俺の尻も適応したのか、フカフカの椅子でも寛げるようになった。


 俺が現在いるのは控室、と呼ばれている部屋らしい。この部屋に通されてそろそろ一刻になる。


 机の上に用意されていた菓子や茶を摘まむのにも飽きて、腕を組みつつ半目になっていた所に――ノックの音が聞こえた。


「聖官様、入ってよろしいでしょうか?」


 居住まいを正して「どうぞ」と答えると、控室の扉が開けられた。


 入ってきたのはメイド。聖国の黒メイドと白メイドの服装を半々にしたような、モノクロなデザインのメイド服を身にまとっている。


 メイドさん、と言われてパッとイメージするのは、どっちかと言うとこっちの姿だろう。


「お待たせして申し訳ございません。陛下のご準備が整いましたので、謁見の間にご案内致します」



 ――



 メイドに連れられて調度品の並んだ廊下を抜けると、突如巨大な空間が現れた。


 天井は高い。十メートル以上あるんじゃないだろうか? シャンデリアが小さく見える。


 繊細な彫刻や色とりどりの宝石、王国の紋が織り込まれた赤い旗など、豪華な装飾が、空間を飾り付けている。


 それらの飾りは全て、計算ずくのものなのだろう。自然と、俺の視線は最奥へと誘導されていた。


 そこに玉座がある。


 ……俺は緊張を息で吐き出してから、堂々とした態度で歩き始めた。


 たくさんの視線を感じる。


 玉座の周りには、沢山の人が立っている。


 国王のすぐ隣には一人だけ服の色が異なる爺さん。


 玉座の左右には近衛兵らしき、帯剣をしている兵士。


 玉座の段差下には文官らしき頭良さそうなオッサンが数人。


 それ以外にも、玉座へと続く赤い絨毯を挟むように、壁際には兵士が等間隔で並んでいる。


 誰一人言葉を発さず、俺のことを見ていた。


 玉座の前で足を止める。


 そこで頭を下げた状態で待っていると、男の声が降ってきた。


「面を上げよ」


 顔を上げると、玉座に座ってる男の姿が見えた。


 赤を基調とした、高そうで重そうな服。特に良くも悪くも無い、平凡な顔立ち。ガッシリ目の体格。


 どこにでもいそうな、三十くらいの男が玉座には座っていた。


「余が、ハインエル王国第九十八代国王ヴィルヘルム・ハインエルである。――して、聖官殿。本日は何用で王宮に来訪したのだ?」


「お初にお目にかかります、陛下。聖官のアル・エンリと申します」


 ここで、国王の隣に立っている爺さんが、国王に何やら耳打ちしたのが見えた。


 爺さんからの耳打ちを聞き終えた国王は、表情を少しほころばせながら言った。


「ほう。アル聖官はもしや、エンリ領の出身なのか?」


「……はい」


 ちょっと驚いた。


 エンリ領と言ったら、辺境の小さな村に過ぎない。


 この国王、というかあの爺さんは、もしかして王国内の全ての領地の名前を暗記しているのか? 万近いはずだが……。


「ここまで若い聖官が我が国から誕生していたとは知らなかったぞ。感心だ。――よしっ、何か褒美を取らそう。アル聖官、何か望むものはあるか?」


 「んっ?」と言ったふうに、玉座の肘置きに頬杖を付きながら国王は言った。


 機嫌良さそうに笑みを浮かべているが……目が笑っていないことくらいは分かる。


 露骨な買収だな。任務中に聖官が益を得てはいけないことくらい、国王も知っているだろうに。


「畏れ多くも、陛下から何がしかを下賜(かし)していただくわけにはまいりません」


「……そうか。それは残念だ」


 言って、国王は濁った赤い瞳で俺を見下ろしてくる。


 見た目はただのおっさんだ。魔素だって、一般人レベルにしか感じない。


 けれど……俺は唾をゴクリと飲み込んでから、口を開いた。


「……それでは本題に入らせていただきます。私は聖女様から、陛下を護衛するように、との任務を拝命しています」


 反応は様々だった。


 壁際に立つ兵士の幾人から、金属が擦れる音。


 玉座下の文官の顔は強張っている。


 玉座横の爺さんは無表情。


 国王は……。


「……余を、護衛に? 聖女様は、そのためにアル聖官を送ってこられたのか?」


 国王は、唇を歪めて笑っていた。


 俺から視線を逸らさないまま、朝食のメニューを聞くかのような調子で言った。


「セバス。この八年で処刑された国民の数はどれくらいだ?」


「昨晩の時点で、五万二五三人でございます」


 どうやら、玉座の隣に立っている爺さんの名前は、セバスというらしい。


 セバスの答えを聞いた国王は、全く表情を変えないまま、玉座から俺を見下ろしている。


「五万。余が殺した国民の数だ。いよいよ聖女様の勘気にでも触れたかと思っていたのだが……そうではないと?」


「聖女様からは、陛下を守るように、とだけ言われております」


 本来ならそこで口を噤むべきだったが……どうしてだろう?


 陛下の態度に苛立ったわけではない。そうではなくて……泰然としている陛下の動揺を、人間性を見たかったのかもしれない。


「元一王国民として思う部分は、もちろんあります。しかし、私は聖官です。私心よりも聖女様からの命令を優先して行動します」


 俺の言葉を聞いた国王は、一度目を閉じた。


 再び開くと、赤い視線で俺を貫く。


「聞き間違いでなければ、私心では余を守りたくない、と言っているように聞こえたのだが……どうだ?」


 ……やってしまったな、と思った。


 まあ、いいや。もともと乗り気ではなかったし。


 俺が国王から拒絶されたら、もっと適役の聖官が任務に就くだろう。


 投げやり気味の感情を抱きながら、俺は無言を貫いた。


 そんな俺のことを数秒見つめていた国王は――突如として、玉座から立ち上がった。


「セバス。聖官殿に部屋を用意しておけ。余の護衛をするにしても、余の寝室で寝泊まりするわけにもいかないだろうからな」



 ○○○



 国王の部屋から近いこと。


 その一点のみを、国王の側近らしき爺さんに条件として出すと、正にピッタリの部屋をあてがわれた。


 王宮は教会を参考にして作られているのだろうか? 教会と形がよく似ていて、三つ尖塔を持っている。


 真ん中の尖塔が一番高くて、その最上階に国王の私室がある。最上階への通路は一本の階段だけで、最上階よりも一階下の、階段脇が俺の部屋ということだった。


 エリートっぽい顔立ちの兵士に、部屋の真ん前まで案内された。


「こちらが聖官様のお部屋です」


 装飾でゴチャゴチャした扉だ。見るまでもなく、その内側が豪勢な部屋だと想像できた。


「近衛は廊下に詰めていますので、御用がありましたら、お声かけ下さい」


 兵士は優美な動きで頭を下げている。


 再び頭を持ち上げるタイミングで、俺は声をかけた。


「早速ですが、陛下が今どこにいらっしゃるか、分かりますか?」


「おそらくは、お部屋にいらっしゃるかと思いますが……」


「陛下のお部屋は、そこの階段を上がった場所にあるのですよね?」


 言って、俺はすぐ傍にある階段に目を向けた。


「はい、その通りです」


 兵士の肯定を聞いて、俺は念のためもう一度、上階の気配を探った。


 先ほど目にした限り、国王は威厳があるとは言っても、ただの三十路のおっさんに過ぎなかった。


 動きを見れば、多少は武術の心得もありそうだったが、達人というレベルには程遠い。当然、魔素はダダ漏れだった。


 意識を研ぎ澄まして探せば、数十メートル離れていても、気配――無意識に放出している魔素を、感じとることができる。


 だが、やっぱり。上階に国王の気配は感じられない。


「どうやら、陛下は上の階にはいらっしゃらないようですよ」


 どうしてそんなことが分かるのか、兵士はそう思ったらしく、困惑した表情を浮かべている。


 とはいえ、聖官様に言い返すのは気が引けたらしい。俺の言葉を否定せずに受け入れて、口を開いた。


「でしたら……陛下のいらっしゃる場所に心当たりがありますので、ご案内いたしましょうか?」



 ――



 長い螺旋階段を下り、一階まで下りる。


 兵士に続いて、王宮の正面玄関から屋外に出ると、直線的に剪定(せんてい)された庭木が目に入った。


 王宮の正面玄関と城壁の入り口を繋ぐ、真っすぐの白い石畳を中心に、幾何学模様は見事にシンメトリーとなっている。


 最も目立つのは、左右に一つずつ設置されている噴水。


 電気仕掛けなんて無いこの世界で、どのような仕組みで動いているのかは不明だが、噴水は高くなったり低くなったり、小さな水玉を跳ね上げたり、目に楽しい挙動をしている。


 噴水を囲むようにして、緑の庭木は幾重にも円状に並ぶ。その合間の所々に、庭師らしき麦藁帽子を被る人が見え隠れしている。


 ――そんな光景を横目に見ながら、俺は兵士の背中を追っていく。


 兵士は王宮をグルリと回って、裏庭の方へと向かっているらしい。


 庭木は正面玄関から途切れることなく繋がっていて、相変わらず横目には、緑の壁や、石像、そういった人工的に作られた景色が流れている。


 馬鹿でかい王宮は、正面から裏庭に回るだけでも二十分以上の時間がかかった。


 兵士が警護している小さな門を越えると……ズラリと、広大な面積にわたって、灰色の巨石が並んでいる。


 一つ一つの石は直方体で、縦五メートル幅二メートルほど。同サイズの石が、縦横に規則正しく列を作っている。


 石と石の間には、馬車でも通れそうなほど広い石畳の通路が、格子状に引かれている。


 これは――


 目の前に広がっている景色が何なのか、それを理解する前に、遠くに三つの人影があるのを見つけた。


 広大な空間には、その人たちしかいない。離れていても、よく目立つ。


 人影の内の二つは同じ服装。兵士の格好をしている。


 もう一つは、一人だけ豪華な服を身にまとっていて……そして、一人だけ地面にひざまずいていた。


 俺をここまで連れて来てくれた兵士は、足を止めている。目を向けると、兵士は俺に向かって小さく頭を下げた。どうやら、彼はここで待っているつもりのようだ。


 巨石の間を、一人で歩いていく。


 途中で、国王の傍に立っていた二人の兵士は、俺の存在に気付いたようだった。


 だが国王は、石畳にひざまずいたまま、頭を上げようとしない。


 結局、俺がすぐ傍に到着しても、国王は元の姿勢のまま微動だにしなかった。


 声をかけるべきだろうか? と思いつつも、声を出すのが(はばか)られる気がして、俺は無言で、国王の前方に位置している巨石に目を向けた。


 巨石は、他の石と比べて、とりわけ新しいものに見えた。


 風化しかかって、角が丸くなっている巨石もある中、この巨石の角は、頭をぶつけたら刺さりそうなほどに鋭利なままだ。


 のっぺりとした灰色の直方体。その上面には、教会語で文字が刻まれていた。


 『レイネ・ハインエル従妃

  一九九三~二〇一一』


 それから数分、無言で待っていると、国王が力無く立ち上がった。


「すまぬな。聖官殿を待たせてしまって」


 振り返ることなく、俺に背を向けたままに国王は言った。


「いえ……お邪魔して申し訳ありません」


 一陣の凍てついた風が吹くと、遠く、墓地を取り囲む木々が騒めいた。


 神官服と対象的な、赤を基調としたローブを両手で身体に巻きつけた国王は、空を見上げていた。


 ついさっきまでは良く晴れて、太陽が見えていたのだが……どこから流れてきたのか、灰色の分厚い雲が、ちょうど太陽を覆い隠そうとしている。


 国王が、静かな声でポツリと言った。


「降りそうだな……」



 ○○○

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