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-3話 『王宮図書館司書 前編』



 王宮図書館は世界屈指の蔵書数を誇る。数だけでなく、質も高い。数百年以上前の書物も、一定の秩序の元に整理されている。


 王国の歴史は約千八百年だが、流石に……千年を越えるような物は無い。非常に残念だが、そういった物もほとんどは写本が存在しており……まあ、よしとしている。


 ともかくも、万を優に超える、しかも、あらゆる言語、あらゆる古語で書き連ねられている書物は、とても人の一生で読み切ることのできる分量ではない。


 実際、私が王宮図書館司書という役職を拝命し、その実、日がな一日書物を読み漁るという日々を過ごし始めてから……既に、三十余年が経過した。


 それでも、未だに棚を数個読破したに過ぎない。



 ――



 日が昇る少し前に起きて、最初に食堂へと向かう。


 読書をするには体力がいる。頭脳を限界まで酷使するためには、朝食は欠かせない。


 日が昇る頃には朝食を終えて、通い慣れた廊下を抜ける。一階の、北側。そこに、私の職場はある。


 最初に奥方の司書机に向かって、図書館司書としての最低限の仕事をしておく。


 司書机の上には夜の間に、数枚の雑紙が置かれていた。


 細かな字でギッシリと書きこまれているのは、文官たちが申請してきた書籍の一覧だ。


 これを、業務の開始――九刻までに用意しておくこと。そして、その時刻に返却される本を元の場所に戻しておくこと。


 この二つが、司書に課されている最低限の仕事だ。


 一番上の紙を取って、流し読む――


「……ふんっ」


 手に持っていた紙を、四つに折り畳む。


 服の隙間に滑り込ませて、私は二枚目の紙に目を通した。


 二枚目は、普通の申請だ。特に変わった所は無い。


 ……そういえば、もう夏か。夏があれば、次は秋。収穫の季節。


 少し記憶を辿(たど)ってみると、今年は雨音を聞いた日が少なかった気がした。


 ――それを心配しているのだろう。申請を見るに、過去の気候と、その年の農作物の収穫量の資料を求めているようだ。今年は熱心な文官がいるらしい。


 他にも諸々、様々な分野の書籍が申請されている。


 早速、手近な本から取ってくることにする。


 八十二番棚、一番下の段。その、左の方にあったはずだ。司書机からは大して離れていない。十メルかそこら。


 ――そこには、小さな子どもが眠っていた。


 本棚と本棚の間。暗がりの中で、気持ちよさそうに眠っている。


 子どもの年齢は……十は過ぎていないと思う。髪の毛の長さを見るに、おそらく男。


 子どもは床に本を広げていて、それを枕にするかのように、うつ伏せで眠っていた。


 子どもの唇の端から垂れた透明な(よだれ)が、紙面の上に丸く溜まっている。


 ――子どもを前にして、私は困惑していた。


 こんな時間に図書館に足を踏み入れるのは、基本的に私だけだ。たまに、寝ぼけた兵士が侵入したりもするが……こんな子どもが出入りすることはない。


 頭を働かせながらも、私の目は無意識に、子どもの体を上から下まで観察していた。


 そして、子どもが身に(まと)っている服が、全て最上級の素材で作られていることに気が付いた。その時点で、その立場を何となく察する。


 この子どもと関わり合いになったら、面倒なことになる。


 その結論に達した私は……子どもを放置して、無言でその場を立ち去った。



 ――



 予約書籍を回収し終えた私は、椅子に座りながら、昨日から読み始めた本を開いていた。


 著者は、千年代初頭の代表的な哲学者。


 もちろん現在私が開いているのは原本ではなく、後の世に作成された写本だが、それでも紙の質を見るに、作成されてから百年程度の月日が流れているように思う。


 日はすっかりと昇り、換気窓からは光が注ぎ込んでいる。


 王宮の人々は既に活動を開始しているだろうが、図書館の中は静かなものだ。思考を妨害する雑音など存在しない。


 ……常には、そのはずだった。


 司書机の上に、本が一冊置かれた。


 顔を上げると、そこには、一刻ほど前に目撃した子どもが立っていた。


 子どもの瞳は涙で潤っている。鼻水を一回すすって、子どもは微かに震える声で言った。


「……ごめんなさい。本を……汚してしまいました……」


 私は当惑しつつ、上目遣いに少年の顔を伺う。


 私が目を向けた瞬間、子どもはよりいっそう深く面を伏せ、その勢いで、とうとう一筋の涙が子どもの頬に流れた。


「本当に……ごめんなさい……」


 重ねて、子どもは謝罪した。


 ……正直に言ってしまうと、私は子どもと接することに慣れていない。泣いている子どもとなれば、なおさらだ。


 何を言えばいいか分からず……子どもの謝罪に一切応えることなく、本を無言で受け取った。


 子どもは、依然として司書机の前から離れようとせず、非常に申し訳なさそうな表情で、私の顔を見ている。


 私は、若干の居心地の悪さを感じつつ、本を束ねる(ひも)をナイフで切り落とた。


 バラバラになった本から、子どもが涎で汚してしまった頁を抜き取る。


 数瞬の間、そこに書かれている内容に目を通して――司書机の中から、同じような大きさと色合いの紙を一枚取り出しす。


 机の端に置いてある筆記具を手に取って、その上に先ほど記憶した内容を寸分違わず模倣した。


 幸いにして、子どもが汚した頁の文字数は大したものではなかったので、作業にはいくらもかからなかった。


 相応しい位置に紙を差し込んで、司書机の中から紐を取り出す。再び紙束を一つに固定することで、本の補修はつつが無く完了した。


 この本――初心者向けの剣術の本は、なんの偶然か、本日の申請書籍の中に含まれている。


 なので、私は完成した本を、手近な本の塔の上に積み上げた。


 ……そんな私の一挙手一投足を、興味深そうな目で追う子どもが目の前にいた。


 まだいたのか、と呆れて向けた私の視線と、子どもが私のことを見つめる視線がぶつかった。


 自然に言葉が口を突いていた。


「問題無く修繕できたので、心配いりませんよ、殿下」



 ――



 やけにしつこく私に話しかけてきた子どもが、ようやく図書館から消えた時……私は、ここ数年で一番疲れていた。


 そこに、さらに私を疲れさせる存在が現れた。


 事前に連絡があったとはいえ……私は機嫌が降下するのを抑えられなかった。


「――首領」


 どこかから、声だけが聞こえる。


 声音からは、男か女かも分からない。だが、私は、その声の主が女だと知っていた。


「……私は、ただの司書に過ぎませんよ」


 何も無い空間に向かって呟くと、どこかから再び声が返ってきた。


「あなた以外に、首領に相応しい者はおりません。それが、我々の総意です。――お願いします、帰ってきてください」


「……しつこいですな。無駄だと……分からないのでしょうね。かれこれ十年も、同じ事を繰り返しているのですから」


 さっきの子どものせいで、読むのを中断していた本を開く。


「つまらないのですよ。現実は、つまらない。本の内の世界と比べて、本当につまらない。

 ……そんなもののために、どうして私が、時間を使わねばならないのですか?」



 ○○○



 十年ほど前に先王が崩御し、新たな国王が誕生したことは知っていた。だが、新しい王子が誕生していたことは知らなかった。


 子どもの年齢は七歳。名をヴィルヘルム・ハインエルと言った。


 王位継承順位、第一位。後の、ハインエル王国第九十八代国王だ。


 権力は嫌いだ。関わったが最後、些事(さじ)で、読書の時間を削られることになる。


 だから、本心から言えば、「二度と図書館に足を踏み入れるな」と言ってしまいたい。


 けれど、身分に大きな格差がある手前、そんなことを言うことはできなかった。


 あの日から、数日に一度の頻度で、殿下は図書館にやってくるようになった。


「セバスさん、質問しても構いませんか?」


 私が座っているのは司書机の椅子ではない。来館者が本を読めるように設置されている大机の椅子だ。


 隣に座る殿下の、正面に広げてある巨大な本は、王国の歴史についてのものだった。殿下は、その一点を指差している。


「はい、なんでしょうか?」


「この、教会暦五百年に起きた内乱ですが……なぜ、教会は反乱を起こした側を支持したのですか?」


 殿下の質問は、かの有名な『キリシュタリア革命』についてだった。


 当時の国王は、東方への侵略を計画していたのだが、それに反対した王弟が大規模な内乱を起こし……ついには国王を(しい)し、自身が新たな国王となった事件だ。


 当然、東方への遠征計画も白紙に戻った。


 では、国王の東方遠征計画がそれほど無謀なものであったかというと、そうでも無い。


 様々な歴史学者が『キリシュタリア革命』について研究しているが、そのほとんどは、成功していただろうという結論を出している。


 当時の王国は、大陸で圧倒的な力を誇っていた。


 仮に遠征を実行していたならば、あらゆる国々を屈服させ、現在の王国の版図(はんと)は倍以上になっていたはずだ、と言っている者もいる。


 この『キリシュタリア革命』、千五百年経った今なお人々の興味を惹いて止まないのには、一つの理由がある。


 それは……当時の教会、ひいては聖女様が、王弟側に味方したという事実による。


 当時の国王は臣下からの信望も厚く、今の国王とは比べ物にならないほどの影響力を持っていた。教会の支持が無ければ、内乱が成功することは無かっただろう。


 教会が王弟を支持したことで、王国は国王派と教会派に二分された。


 当初は国王派優勢だったが、神官や聖官が参戦した瞬間、その圧倒的な戦力を前に国王派は瓦解(がかい)した。


 今なお、教会はこの事件について沈黙を保っている。すなわち、殿下の問に対する正解は、聖女様しか知らないことになる。


「殿下は、教会がどのようなことを行っているか、ご存知ですか?」


 殿下にとって質問を返されることは想定外だったようで、キョトンとした表情を浮かべた。けれど、数瞬後には首を傾げながらも、指を折り曲げ始めた。


「魔物の討伐、魔石の回収、『儀式』の執行、王国・帝国の保護、戦争の調停、聖砂の作成、聖水の作成……」


 ここで殿下は詰まった。私に目を向けてきた。


「……これくらいですか?」


 私は感心しつつ、一つ頷いた。


 七歳でこれだけ挙げられたら、上々だろう。


 私は殿下の目の前に置かれている歴史書を捲りながら、


「殿下のおっしゃる通り、教会は様々なことを行っています。中でも、王国・帝国の保護に関して、歴史上最も重要なものが――」


 私は、頁を捲る手を止めた。


「千五百年、『第一次対朝戦争』」


 顔を上げて、殿下の顔を確認する。殿下は小さく頷いていた。どうやら、対朝戦争についての知識はあるらしい。


「この時、飢饉(ききん)に苦しんでいた王国は、食糧を求めて朝国に攻め入りました」


 眉根を寄せながら、殿下は不満そうな声を出した。


「それが、どうしたのですか?」


「殿下、考えてみてください。『キリシュタリア革命』において、教会が王弟を支持したということは、教会は王国が他国を侵略することを望んでいない……というふうに考えませんか?

 実際、当時はそのように解釈されていたからこそ、反対する官吏も多数出ました」


 殿下は頷こうとして、途中でその動きを止めた。


「でも……たしか、『第一次対朝戦争』の時は教会に止められなかったですよね? むしろ、聖官を派遣してくれたと習ったのですが……」


「はい、殿下のおっしゃる通りです。その結果、驚くほどの犠牲の少なさで、王国は目的を達する事ができました。

 注目すべきは、『キリシュタリア革命』と『第一次対朝戦争』で、教会の対応が真逆であった、という事実です。これが、何を意味するかを考えると……」


 言いながら、私は殿下の表情を確認していた。


 私が期待するのは、ここで殿下が自発的に理解することだが……殿下の顔に、理解の色は見えない。


 私は、軽く失望しながら、投げやりに言った。


「一般的な解釈は、私欲の為の侵略は許されず、致し方なく他国に侵略するのは許される、というものです」


「なるほど……」


 殿下は、感嘆するように息をついた。


「いくら力を持っていたとしても、それをいたずらに振るうことは許さない――聖女様はそんな、心優しい方なのですね!」


 殿下の反応は……私が、これまでに飽きるほど見てきたものだった。


 聖女様を崇め、そこで思考を停止する反応。


 もちろん、他人が何を考えようと、私にとってはどうでもいいことだ。


 私は、私の思考を深めることに興味はあっても、それを広めることに興味はない。


「……本当に、そうでしょうか?」


 私は、思わず口に出していた。


 殿下が困惑した表情を浮かべるのと同時、私も困惑していた。


「えっと、間違っていましたか?」


「……真意は、聖女様本人しか分かりません。ですが、聖女様はもっと冷徹な方だと思います」


「冷徹、ですか?」


 殿下は、疑問の眼差しを向けてくる。


 純粋無垢な瞳。そこには、聖女様に対する絶対的な親愛が見てとれた。


「例えば、『キリシュタリア革命』の際、国王派の貴族は一族郎党全てが斬首されています」


「そ、それはっ……聖女様に逆らったのだから、仕方のないことで……」


「はい、私もそう思います。秩序を維持するためには、それ以外の選択肢は無かったでしょう。

 私が言いたいのは――聖女様は、そのような選択ができる、ということです」


 これは国王に関しても言えることだが、ただ心優しいだけでは、何を成すこともできない。歴史に名を遺す名君は、概して冷酷な顔を持っている。


 そして……二千年もの長きにわたって、大陸の半分を支配している聖女様が、愚かなはずもない。


 私は懐から紙を取り出し、そこに数字を綴った。


「これは、ある歴史家が試算した数字です。

 『キリシュタリア革命』の際、斬首者も含めた死者数はおよそ五千。一方、東方遠征を行った際の死者数は一万から三万。

 『第一次対朝戦争』の死者数は一万。当時、既に発生していた餓死者は十万です」


 殿下は、私が何を言わんとしているか理解できない様子で、何も言わずに私のことを見上げている。


 私は、指先で紙を叩いた。


「つまり、より死者数の少ない選択を、聖女様はしているのです。

 もちろん、二度だけなら偶然の可能性もあります。ですが、歴史を紐解けば、八百年代の『北族討伐』や、五百年代の『ネーデル蜂起』においても、的確に最も死者数が少なくなるような行動を、聖女様は選んでいます」


 私の言葉を聞きながら数字を見つめていた殿下は、納得したような表情で顔を上げた。


「やっぱり、聖女様はすごいですね! 民のため、そんな辛い選択をされているだなんて……僕も、少しでも聖女様を見習って、いい王様になれるように頑張らないと!」


 そう言うと、殿下は熱心に歴史書に読み入り始めた。


 その姿を見ながら……私は、内心溜息をつく。


 民のため――おそらく、聖女様はそんなこと、微塵たりとも考えていない。


 私が確認した限り……事情の如何に関わらず、死者の多寡のみで聖女様は行動している。


 例えば『キリシュタリア革命』で東方遠征が成功していたならば、たとえ死者が出たとしても、民はより幸福になっただろう。


 聖女様には、別の目的があるのだ。


 その目的を達するためならば、聖女様は何だってやるはずだ。


 たとえそれが……民を、不幸にするものだったとしても。



 ○○○



「セバス、すきなものができた」


 いつものように、近衛も連れずに図書館にやってきた殿下は、開口一番に言い放った。


 最初、私は殿下が何を言っているのか理解できなかった。

 

「昨晩の舞踏会で見かけた、どこかの貴族の令嬢だ」


 続けて殿下が言った内容に、私はようやく、殿下が言わんとしていることを理解した。理解はしたが、意味が分からない。


 ――初めて出会ったあの日から、十年の月日が流れた。


 殿下はすでに十七。二年前に成人を迎えた。


 王都では盛大な祭りが開催されたらしいが、どれ程盛大だったのかは知らない。当日、私はいつものように、図書館に引きこもっていたからだ。


 その日の夜、図書館で一人古文書を読んでいた私の元に、フラリと晴れ着姿の殿下が現れたので、私は偶々持っていた(しおり)を殿下に渡した。


 その栞は、私が数年にわたって使っていたため、ヨレヨレになっていた。


 殿下は、それを見て苦笑していたが……今でも持っているのだろうか? まあ、捨てられていようとも、どうでも良いけれども……。


 話は戻る。


 あんなに小さな子どもだった殿下は、その後の急成長を経て、平均以上の体格を持つ立派な男性に変身していた。


 いつの間にか、私に話しかける際の口調も王子様らしくなり、よりいっそう、殿下の成長を実感させられる。


 ……とはいえ、頭はそれほど成長しなかったらしい。


 曰く、昨晩参加した舞踏会において、自身と同じ年頃の貴族令嬢に一目惚れをしたらしい。


 殿下の周りは妻を始め、その取り巻きたちに囲まれていたたため、近寄ることもできず、その令嬢の名前も知らないとかなんとか。


 殿下の本日の相談は、『どうやって、その令嬢とお近づきになればよいか?』というものだった。


 私は殿下の正気を疑った。


 第一に、なぜ私に相談するのか?


 私には恋愛経験など皆無だ。適当な女官にでも聞いてみた方が、よっぽど参考になるだろう。


 第二に、なぜそんな危険なことをするのか?


 殿下の相談という名の愚痴を、この十年聞き続けているので、知っているのだが、殿下は二年前、成人を迎えるとともに、上級貴族の娘との婚姻を済ませている。


 王族の婚姻ともなれば、様々な政治的な意味が絡み合う複雑な物だが、最終目的だけで言えば、単純明快だ。


 なぜ婚姻するのか?


 性交をし、子を為すためだ。


 殿下は直截的には言いたがらないが、結婚をしてから頻繁に妻と性交をしているらしい。そして、本日に至るまで、子どもは生まれていない。


 このような状況で他の女に手を出したら……王妃は心中穏やかではないだろう。ひいては、王妃を輩出した家――シンシア一族の者たちが黙っていない。


 殿下が一目惚れをしたとかいう令嬢に、殿下は見覚えが無いという。


 上級貴族の娘なら、事あるごとに顔を合わせるはずだ。見覚えが無いということは、その令嬢はそれほど高い地位にはいないのだろう。


 当然、シンシア一族に対抗できるほどの権力は持っていない。そして、権力が無ければ……その令嬢がどのような立場に置かれるか、火を見るよりも明らかだ。


 私は、そういった諸々を殿下に説明しようとして……ふと思いつくことがあって、口を(つぐ)んだ。


「……」


「セバス、どうかしたか?」


 無言で私が考え込んでいると、焦れたように殿下が言ってきた。


「いえ、少々考え事を。殿下……一つ、よろしいでしょうか?」


「なんだ?」


 殿下は、真剣な眼差しを私に向けている。


 まったく、出来の悪い子どもほど愛らしいとは……よく言ったものだ。


「殿下は、その令嬢のどこが……気に入ったのですか?」


「顔だ」


 躊躇(ちゅうちょ)なく言い切った殿下に軽く失望しながら、私は謝罪する。


 まだ見ぬ、殿下によって見初められた令嬢へ。

 

 彼女は、不幸になるだろう。 



 ○○○

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