10話 『ジャニマ盗賊団 後編』
ジャニマを出て約二刻。目的地らしき場所にたどりついた。
遠く、人の気配がする。数人。おそらく、見張りか何かだろう。
俺は背中の少女を揺すった。同時に声をかけようとして、名前を忘れていることに気付いた。
「起きてください、着きましたよ」
「ん……んぁ……?」と呆けたような声が耳元で聞こえて、すぐ後にじゅるっと涎を啜る音がした。
ちょっとして、「ん?」と少女のハッキリとした声が聞こえて――
「わっ!? えっ、すみませんっ……わたし寝ちゃって!?」
あわあわと手足を暴れさせ始めたので、俺は少女を地面に下ろした。
「盗賊団の根城近くにまで着いたと思うのですが、合っていますか?」
俺の質問に「えっ」と漏らした少女は周りをキョロキョロと見ている。
「はっ、はいっ、ここです……あの、あれ――」
少女は近くの大岩を指差した。
「あそこを越えたら、鉱山の入り口が見えるはずです」
師匠に目配せしてから、俺は少女が指差した大岩に向かった。大岩に腹這いになるようにして、その向こう側に目を向ける。
大岩の向こうは地面が円状に陥没していた。廃鉱山というから山をイメージしていたのだが、山なんて見当たらない。
階段状に掘り下げられていて、数十メートル下の地面は平らになっている。
階段状になっている内側の色々な所には穴が開いていて、そのうちの幾つかには武器を持つ人が立っている。見張りだろうな。
そこまで確認して、俺は大岩から地面に降りた。
「どうでしたか?」
「すごかったです」
俺は素直な感想を返した。
人間の力でこんな景色を作るなんて……いったいどれくらいの年月掘り続けたんだろうか?
この世界にダイナマイトなんてものは無い。
小さな鉄製の道具で一欠片ずつ剥ぎ取っていったんだろう。
しかし、師匠が求めていた答えとは違ったらしい。眉を寄せながら、さっきとは言葉を変えて聞いてくる。
「壊滅できそうですか?」
言って、師匠は空に目を向けた。太陽はだいぶ傾き、空は赤く色付きつつある。
「夕食は中央教会で摂る予定ですから……そうですね、二刻以内に終えてほしいのですが」
俺はもう一度大岩の上まで飛んでいって、廃鉱の様子を確認した。
相変わらず、数人の見張りらしき男が岩壁に開いた穴の周辺に立っている。
再び地面に降り立って、俺はおどおどしている少女に寄って行った。
「鉱山の出口って、あそこから見えるものだけですか? 他の、全然違う場所に繋がっていたりしませんか?」
「えっ、えっと……はい。盗賊団が独自に作った出入り口が三つあります」
「そうですか……」
実際にこの目で見るまでは、もっと規模の小さな山を想像していた。前世で、祖父母の家の周辺にあった山のイメージ。
でも、全然規模が違う。陥没の直径は一キロ近くあるように見えた。
こんな巨大な鉱山に潜む数百人を、制圧するなんて可能なのか?
師匠へと目を向ける。
相変わらず表情がほとんどなくて、それなりに長い付き合いになるのに、何を考えてるのかサッパリ分からない。
俺に対して、どんな感情を抱いてくれてるのか分からない。だからこそ、知らない間に失望されたくはない……。
「盗賊が作った出入口の位置は把握してますか?」
「はい……うろ覚えですけど」
「あと、おそらく鉱山内は坑道が張り巡らされてるはずですが、その全てを把握していますか?」
「えっ……いえ、道はたくさんあるので、全部は覚えられてません」
少女はシュンッとした顔をして答えたが、俺は構わず質問を続けた。
「覚えてなくても構いません。最低でも一度、通りましたか?」
「……盗賊たちが主に使っている通路なら、全部通ってると思います」
よしっ、それなら問題無い。
「ちょっと頭を失礼します」
「えっ……」
俺は少女の頭を両手で鷲掴みにした。少女はビックリした様子でいたが、抵抗することも無くジッとしている。
「ちょっとビリッとするかもしれませんが、害は無いので動かないでくださいね。
それと、途中いくつか質問しますが、私が頭から手を離すまで答える必要はありません」
「わ、分かりました」
少女は何がなんやら分かっていないようだったが、おどおどと頷いた。
この感じだと、強引に頼まれれば何でもやっちゃうんじゃないかな?
老婆心ながら、ちょっとだけ心配になるが……まあ、そんなことは今はいい。
師匠からは二刻以内に終わらせろと言われている。
プライバシー上、本来なら懇切丁寧に説明してからやるべきだけど、今回は省略させてもらう。
――放電。
少女の身体が、ビクッと震える。
けれど、事前に言っていたので、少女は身体を動かさずに我慢してくれている。余計な筋肉運動はノイズになるからな。ありがたい。
繊細にコントロールした電気を、少女の頭に流していく。
「それじゃあ、まず。盗賊団の隠し出入口の場所はどこですか?」
俺の問に、少女の脳の一点に電流が発生した。即座にその点を補足し、同じ点から改めて電気を流してみる。
一つの脳神経から発生した電流は複雑な回路を描き、一つの思考を形作る。
少女が潜入任務で探し当てた、盗賊団の隠し出入口の座標。
計三カ所。
三カ所はどれもそれぞれに距離が離れていて、一カ所が抑えられても別の場所から逃げられるようになっている。
……というか、記憶を検索するにあたって少女の潜入任務での記憶も見えたのだが、中々面白い『能力』を持ってるみたいだ。
ジャニマの老神官が言う通り、確かに……将来有望かもな。
少女に質問を続けながら、頭の中で作戦を立てていく。
どうやら、三つの隠し出口を全て潰してしまえば、盗賊団が出入りできるのは陥没の内部壁だけみたいだ。
そして、鉱山の中に坑道は複雑に張り巡らされているけれど、そのほとんどを盗賊は使っていないらしい。
まあ、そりゃそうか。この鉱山はだいぶ前に廃鉱となったと言っていた。
いつ崩れるか分からなくて危険だから、安全の確保されている数本の坑道だけを使っているらしい……。
――俺は少女の頭から手を放した。
「ありがとうございました」
「え、あ……はい」
少女は困惑した表情を浮かべている。それには構わず、俺は師匠に目を向けた。
「師匠。作戦を立ててみたんですけど、聞いてもらってもいいですか?」
――
数え切れないほどのゴーレムを狩ってきた俺は、岩石の粉砕方法には習熟していた。もちろん、俺よりも長年ゴーレムを狩ってきた師匠は言うまでもない。
二人で手分けをして、まずは三つの隠し出口を落盤させた。
時間にして四半刻程度。それだけの時間で、盗賊団たちは陥没内の出入口を残して、鉱山の中に閉じ込められていた。
今回の作戦において、重要な点は二つある。
一つ目は、できるだけ盗賊を逃がさないこと。
逃がしてしまえば、彼らはまた別の場所で盗賊を続けるだろう。そうなってしまえば、何の意味も無い。
二つ目は、できるだけ盗賊を殺さないこと。
壊滅させるだけなら、全員を鉱山に閉じ込めてしまうのが一番早い。けど、そんなことをしたら、大量の魔素が発生してしまう。盗賊の代わりに魔物が出没しては、元も子もない。
――そういうわけで、陥没底の平地の中央、そこに俺は仁王立ちしていた。
身にまとうのは青ローブ。これを見れば、俺が教会関係者だと、坑道から俺のことをうかがっている盗賊たちにもよく分かるだろう。
視線を少し上げると、陥没の縁から、俺のことを見下ろす二つの青ローブ姿が見える。
コロッセオみたいだな、と俺は呑気に思っていた。
師匠からは、「新任神官の経験になるような戦闘を期待していますよ」と言われている。あの二人が観客、俺を囲む円状の鉱山がコロッセオ。
巨大なコロッセオで繰り広げられる演題は、聖官対数百人の盗賊。加えて言えば、俺はできるだけ盗賊を殺してはいけない。
……期待には応えないとな。
手のひらから碧色の剣を発現する。
それをダランと下げたまま、鉱山の出入口の一つ――一番たくさんの盗賊たちが潜んでいる場所へと、足を進める。
一本の矢が飛んできた。
斬り落とす。
二本、三本、と矢の数が増えていく。
盗賊たちも必死だ。
鉱山からわらわらと出てきた盗賊たちは、階段状の斜面にズラリと並んで、そこから矢を放ってくる。
雨霰のように、数百本の矢が飛んでくる。
火花を散らしながら、その全てを斬り落とす。
全く歩くペースを変えない俺を見て、盗賊たちはどよめいていた。
「どうして、一本も当たらないッ!?」
そんなことを言っている声が聞こえてきた。
……俺の胸に生まれていたのは、優越感というよりも退屈だった。
たったと終わらせてしまいたいが、殺すわけにもいかない。
盗賊たちに絶望感を植え付けて、抵抗する意欲を削がないといけない。
俺はため息をつきつつ、盗賊たちへとゆっくり歩みを進めていく。
暇なので、耳に魔素を集めて、盗賊たちの会話を聞いていた。
「棟梁!! もう、無理ですよっ、逃げましょう!!」
「馬鹿野郎っ、俺らが逃げてどうすんだっ!? せめて、女子供を逃がしてから、俺らが逃げるのは最後だっ!!」
おっと。棟梁ってことは、あいつがボスなのか。
その男は、盗賊という単語を体現するような容姿をしていた。
スキンヘッドは当然として、左眉の上の辺りから顎下まで古傷らしき縦線が引かれている。
左目は失明しているようで閉じられているが……遠近感が定まらないはずなのに、俺の額に向けて正確に矢を放ってくる。
軍隊に入ればそこそこ出世できるだろうに。盗賊なんかやってたせいで、俺に殺されることになる。まあ、自業自得だな。
会話を聞く限り、棟梁は仲間たちからたいそう慕われている。精神的な支柱になっている。あいつ一人を殺せば、それなりの効果が見込めるだろう。
「棟梁!! 南通路も落盤してますっ! 東も西も、三つ全部、どこも通れませんっ!?」
「なにっ!? つーことは、あの神官の仕業か! 一人も逃がすつもり無いってことかよ!?」
「おそらくは……どうします?」
部下の質問に少し言い淀んで、棟梁は数秒後に指示を出した。
「一番落石が少ないのは、どの通路だ!」
「えっと……おそらく南通路かと思いますっ!」
「うしっ! なら、手が空いてる奴全員で、南通路の岩を――」
それが、棟梁の最後の言葉だった。
全力疾走で一気に距離を潰した俺は、棟梁の身体を縦に両断していた。
「ひッ、ひえッ……!?」
ついさっきまで棟梁に話しかけていた男は、腰を抜かしている。
「怯むなぁッ!!」
筋骨隆々の男が叫んだ。
「俺らが怯んでどうするッ! 棟梁の最後の命令を聞いただろ! 今が命を散らす時だ! 剣を取れッ!!」
男たちの目に宿る色が変わった。
さっきまでブルブル震えていた奴らも、手に手に剣を構えている。
坑道の奥から、剣や槍を持った男たちがわらわらと出てきた。
決死の覚悟ってやつだ。
こいつらだって、俺に勝てないことなんて分かっている。はなから勝つ気なんてない。自らの命を使って時間稼ぎをしようとしている。
俺はそんな男たちを見て、苦笑を浮かべていた。
――反吐が出る。
こいつらは盗賊団だ。
街道を通る商人を襲い、強姦し、尊厳も何もかも踏みにじった上で、最後には命を奪ってきた奴らだ。
自分がやってきたことを棚に上げて……どうしてそんな目ができる? まるで俺が悪者みたいじゃないか。
もちろん、そんなことはない。
俺が正義だ。
衝動のままに思わず殺してしまいそうになるが、グッと堪える。
ここで大量殺人をやらかしてしまったら、今後年単位でこの周辺に魔物が出現するようになる。そんな迷惑を周辺国にかけるわけにはいかない。
ゴミはゴミ箱へ。
悪人は処刑場で処分しなければ、後々面倒なのだ。
――
百人ちょっとを電気で昏倒させると、もう盗賊は湧かなくなった。
俺に挑む気概のあるやつは、これで全部ということだろう。
残りの数百人は、ただ身を縮めて鉱山の中に隠れている。自ら鉱山を脱出して、逃げる勇気なんて持ち合わせていないだろう。
あとは簡単なことだった。
俺は坑道に入っていき、陰に身を隠す盗賊たちを全員昏倒させていった。
かなり強めに電気を流したから、死んでしまう人もいたかもしれない。
まあ、多少の人数なら、発生する魔素もたかが知れてる。問題ないだろう。
主要な坑道全てで同じ作業を終えた俺は、岩壁を跳ねるようにして昇って、師匠の元へと向かった。
「終わりましたか?」
「はい、予定通りに。南通路周辺に残党のほとんどが集まっていたので、他の場所に隠れている盗賊は二十に満たないかと思います」
「分かりました。では、あとは私の仕事ですね」
師匠は右腕を前方に掲げた。
「――燃えろ」
数十の火球が師匠の前方に出現する。
俺が確認していない出入口を一つずつ指差すと、それに従って師匠が火球を放る。
火球が放られた穴からは、炎が噴き出している。
奥深くに隠れてたら生き残ってるかもしれないけど……まあ、見逃してもいいだろう。
大した人数ではないし、再び盗賊団を結成する気概のある奴なんていないはずだ。
あとは、主要坑道と陥没底で気絶している盗賊たちを拘束して、ジャニマまで輸送すれば任務は完了だ。
それは、俺たちの仕事ではない。もうしばらくしたらやって来るだろう、老神官が手配している人たちの仕事だ。
作業を終えた師匠は、チラリと西の空を見た。
「二刻……前後ですね。では、教会に戻りますか」
「はい」
言って、俺は少女に背中を向けた。
軽く腰を下ろして、しがみ付きやすいようにしてあげる。
「あっ、えっと……わ、私は」
なかなかしがみついて来ないので後ろに目を向けると、少女は目の端に涙を浮かべていた。
「わ、私は……その、荷車がもう少しで来ると思うので、そっちで帰りますっ!」
それだけ言うと、俺に背中を向けて走り去ってしまった。
――
師匠と二人、薄暗くなってきた荒野を走っていた。俺の背中に少女が乗っていないので、行きよりも高速で移動している。
俺は走りながら師匠に近付き、気になっていたことを聞いてみた。
「さっきのあの子……えっと、神官の」
「ファティマ神官のことですか?」
「ああ、それです。その、ファティマ神官なんですが……面白い『能力』持ちみたいですけど、聖官に登用したりしないんですか? 青『能力』みたいですし」
「ふむ」と小さく呟いて、師匠は考えを述べた。
「そうですね……他人の姿を真似る、というのは面白くはありますが、発展途上です。
体格の似た人間しか真似られないようですし……せめて、あらゆる人物、できれば無生物にも擬態できるのなら、聖官に推薦しても構いませんかね」
へぇ……そういう基準なのか。
老神官はファティマ神官を聖官にしたかったみたいだが、残念がるだろうな。
「まあ、それ以前に――」
師匠は目を閉じると、ゆっくりと首を振った。
「任務中に私情を挟むなど、話になりません。そもそも、こういう仕事には向いていないのかもしれませんね」
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