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幼馴染が俺の妄想だったはずがない  作者: 環 理生(くるくる)
四章 聖域伝授

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07話 『専用武器 後編』



 食堂で朝食をかきこんで師匠の部屋へと向かうと、師匠は優雅に紅茶をすすっていた。


「おはようございます、師匠」


「おはようございます。一杯いりますか?」


 俺の答えを聞く前に、師匠は既に紅茶の用意を始めていた。俺は小さく感謝を述べつつ、師匠の対面のソファーに腰を下ろす。


「剣の具合はどうですか?」


 真剣な面持ちで、カップに円を描くように紅茶を注ぎ込みながら師匠が言った。


 言われた俺は、腰から剣を取り外す。ゆっくりと剣を鞘から抜いて、両者を机の上に並べた。


 師匠と二人でのぞき込む。


 五日間、『Ρ』(ロー)から渡された時には、よく磨かれて眩しいくらいに光を反射していた刃は、水色に変色していた。


「言われた通りに、魔素をずっと注ぎ込んでいましたが……これでいいんですか?」


「私が以前に見せてもらった完成品とは色が違うので、確実なことは言えませんが」


 師匠は一口分カップを傾ける。


「おそらく問題ないと思いますよ」


「ちなみに、師匠が前に見たのは何色だったんですか?」


「私が見たのは小型のナイフで、それは桃色をしていました」


 ……桃色。


 想像してみると、この剣と同じかそれ以上に気持ち悪い。ということは、これで問題無いってことか。


 師匠に促されたので、俺は机の上から剣と鞘を手に取って、再び腰元に吊り下げた。


 代わりにティーカップを手に取る。うん、美味しい。


 ズズゥーッと、互いに紅茶をすする音だけが室内に響く。優雅なひと時だ。場所が聖国もといグリートブリテンだというのも良い。


「――師匠」


 沈黙に耐えかねてとりあえず話しかけただけなので、俺は必死になって話題を探した。


「師匠は聖官になる前には、どこにいたんですか?」


 「私ですか?」言いながら、師匠はティーカップを揺らした。


「特に面白くもありませんが……キネスト、という国を知っていますか?」


「はい。帝国の盟主国ですよね」


 帝国は、キネストをトップとして、二十の属国とから成り立っている。


 母上の講義のほとんどは既に忘れているが、流石にそれくらいは覚えている。


「私は、そのキネストの出身です。両親は商人をしていて、それなりに不自由の無い暮らしをしていました。

 当然、後継者として教育をなされていたのですが、十五の時に『儀式』を受け、その結果神官に選ばれ、実績を積んでから聖官に取り立てられたというわけです」


「へぇ……」


 師匠、本当なら商人になるはずだったのか。たしかに似合う。


「さて、では――」


 紅茶を飲み干した師匠は、ソファーから立ち上がった。


「そろそろローの工房へと向かいましょうか」



 ――



「ふーん」


 刃の上に人差し指を滑らせると、ローは職人の目を俺に向けてきた。


「お前、ちゃんと、五日間、肌身離さず持ってたのか?」


「……はい」


 若干切れ気味のローの様子に、ちょっとビビりながら俺は答えた。


「ずっとだぞ。寝る時もクソする時も、ずっと身体から離してないよな?」


「はい」


 寝る時も、用を足すときも、飯を食う時も、俺は常に剣を身に着け、魔素を送り続けていたはずだ。


 まあ、寝ている間の事は分からないが、目が覚めた時にちゃんと握りしめてたから、問題無いはずだ。


 ローの沈黙に居心地が悪くなってきたころ、


「待ってろ」


 言って、ローは受付奥の扉へと消えていった。


 数分待っていると、ローが戻ってきた。


 両腕にはガラス瓶を三つ抱えている。ビンの中には粉末が入っていて、それぞれ、赤、青、緑に光を放っている。


「ちょっと、三色法をしてみてくれや」


 受付のカウンターの上に、正三角形の頂点に三色の山を作りながらローは言った。


 サラが教えてくれた、自分に流れている魔素の系統を診断するための方法。やり方は覚えているが……何で今更?


 でもまあ、やれと言うなら――


 正三角形の中央に両手をかざす。


 魔素を手のひらに集中させると、前に三色法をやった時とはけた違いの早さで、三つの山は崩れ始める。


 青と緑の山は消滅し、代わりにちょうど手のひらの真下に、空色の大きな山が出現した。


 ……これくらいでいいのか?


 視線を前方に向けると、眉間に皺を寄せながら、ローは俺の手元を凝視している。


 恐る恐る、カウンターの上から両手を下ろしても、ローは身動き一つしない。


「ほう、驚きましたね。アル殿、二系統持ちだったのですか」


 後ろから師匠の声が聞こえたので、俺は内心助かったと思いながら振り返った。


「はい、みたいですけど……」


 俺の返答に「そうですか……」とだけ呟いて、師匠もローと同じように黙ってしまった。


「えっと……二系統持ちって、何か駄目なことなんでしょうか?」


「いや、そんなことはねえぞ」


 師匠へ向けた質問に答えたのは、ローだった。


「むしろ、二系統持ちってのはいいことだ。ただ、珍しくて驚いただけだ」


「そんなに珍しいんですか?」


「あたしが知ってんのは……そうだな、たしか三百年ちょっと前に、赤と青持ちの聖官が一人いたぐらいだ」


 ……ここ三百年で一人。


 えっ、ちょっと待てよ。それってもしかして……チート?


 ニヤつきそうになる口を抑えていると、師匠の冷静な声が響いた。


「緑は雷を作り出す『能力』だと聞いていますが……青の『能力』はどのような物なのですか?」


「分かりません」


「はい?」


「青の『能力』を持ってるってことは分かっているんですが、それがどんな『能力』なのかは、全く見当も付いていないです」


 俺が機嫌よく答えると、ローの呆れたような声が滑り込んだ。


「なんだそりゃ」


 師匠は師匠で、冷たい目を俺に向けている。


「宝の持ち腐れとしか言いようが無いですね。アル殿はこれまで何をしていたのですか?」


「こいつの言う通りだぜ。バカじゃねぇのか?」


 二人から罵倒される。


 せっかくいい気分だったのに、そんな物は完全に消えてしまった。


「いいですか、アル殿」


 師匠は、細長い指を三つ――右手の親指、人差し指、中指を立てている。


「『能力』には三種類ありますが、これら三つは同格ではなく、基本的には序列があるのです」


「序列?」


「はい。……まず、緑。何かを発現する『能力』ですが、これが最も序列が低い」


 中指を畳む。


「そうなんですか?」


「もちろん、低いと言っても幅はあります。例えば私の『能力』は、炎を作り出すというものですが、聖官の中でも戦闘能力は高い方です。

 一方で……私が以前出会った神官なのですが、彼は木の葉を作り出す『能力』を持っていました。当然、戦闘能力はかなり低かったです」


「昔、卵の殻を作れるって奴もいたな」


 ローが横から補足する。


「緑『能力』が何かしらの役に立つのはごく一部なのです。つまりは、仮に『能力』を持っていたとしてもそれが緑なら、実際に使い物になるのは運次第ということですね」


「なるほど……」


 俺の場合はかなり応用が利くから、当たりってことか。


 ……いや、俺には前世の知識があるから使いこなせているが、純粋なこの世界の人には難しいか?


 単に、ちょっと相手をビリってさせる『能力』に終わりそうだ。


 思考を巡らす俺の視界で、師匠の人差し指が折れ曲がった。


「ついで格が高いのが赤『能力』です。これは説明するまでもありませんが、『能力』が戦闘能力に直結しているので最も扱いやすいという理由から。

 それに加えて、最も魔素効率が高い部分も優秀です。緑が何かを発現するにつれて急速に魔素を消費するのに対して、赤は体内で魔素を消費するだけですから」


 最後に親指が残る。


「そして、最も高価値なのが青『能力』です。なぜだと思いますか?」


「なぜ……」


 フル回転で理由を考える俺の耳に、「お前の『能力』だぞー」というローの茶々が入り込む。


 ローはダルそうに、カウンターの上に両腕を組んで、その上に顎を乗せていた。


「……えぇっと、分かりません」


「代替が利かないからです。青は、緑にも赤にも分類されない特殊な『能力』。青『能力』持ちはそもそもの数が少なく、さらに一人一人が世界に一つだけの『能力』を持っています。

 ただの戦闘要員としていくらでも替えが利く緑や赤『能力』持ちと、その人にしかできないことを実行する青『能力』持ち。どちらが高価値かは言うまでもないでしょう」


「……たしかに、そうですね」


「可能な限り早く、自身の『能力』を発見しておいてください」


「……はい」


 はぁ、と師匠はため息をついて、ローに顔を向ける。


「すみません、ロー。待たせてしまいまして」


「構わねぇよ。……にしてもクルーエル――」


 渋い表情を浮かべてからローは続けた。


「お前、師匠役向いてねぇなー」


「……そうですか?」


 チラリと、師匠の無感動な視線が注がれた。同時、ローの哀れな物を見る瞳も注がれる。


 ……そんな目を向けられても困るんだが。


 俺が無言で立っていると、ローは「まあ、カザネよりはマシだけどな」と呟きながらカウンターの魔石粉末を片付けている。


 次いで、机の上から空色に刃の染まった剣を手に取った。


「でもまあ、ちゃんとお前が過ごしてたってのは分かった。んじゃぁ――」


 昨日と同じようにカウンターを跳び越えて、ローは白パンツを一瞬だけ開陳(かいちん)した。軽い音で石床に着地したローは、俺に剣を突き付けて、


「次の作業に取り掛かるか」



 ――



 剣が保管してあった、棚が並ぶ部屋とは逆方向。そこにある扉を開いたローを、俺と師匠は追いかけた。


 室内に入った瞬間、酷い熱気が身体を包み込む。


 無意識に体表を魔素で保護すると感覚的な熱は遮断できたのだが、視覚的な熱は如何ともしがたい。


 部屋は武骨な灰色の石製で、天井も壁も床も灰色をしていた。その灰色を、奥の橙色が焼いている。


 部屋の奥には炉があった。中には目に痛い炎が揺らめいている。時折炎は大きく燃え上がって、火の粉と灰を噴き出している。


 ローは奥へと足を進め、炎の中に剣を放り込んだ。


「――えっ」


 小さく俺の口から漏れたが、ローの耳には届かなかったようだ。


 ローが炉に放り込んだ剣は、その柄が木製だ。刃の部分はともかくも、木は火によく燃え……燃えてないな。


 木の部分は燃えず、その代わりに刃と同じく白い光を放ち始めた。


 部屋の中を明るく染め上げる。


 白光を放ち始めてから数秒経って、ローは無造作に炎の中に右手を差し入れた。


 輝く剣を鷲掴み、炉の脇にある石机の上に丁寧に置いた。


「おい、こっち来い!」


 ローの怒声が窓の無い室内に響く。「アルの方!」と続けて言われる。


 小走りで炎へと向かう。


 ローは両手を剣にかざしていた。


 両眼で、幾分か和らいだ光を放つ剣をしっかりと捉えている。


 額には薄く汗が滲んでいるが……それも当然だろう。


 ローの両手と剣を、数えきれないほど膨大な、理解不能なほどに細い魔素の糸が結んでいる。


 マオさんにはギリギリ及ばないが、それに匹敵するくらい繊細な魔素操作だ。


「手ぇ出せ!」


 下を向いたままローが怒鳴ったので、俺は間を置かずに右手を差し出した。


「あたしの顔の真ん前に!」


 命令に従っている最中に、「あっ、手から魔素剥がしとけよ」と、付け加えるようにローは言った。


 よく分からないが言われるがままに行動する。有無を言わさぬ気迫が、ローの声にはあった。


 右手から魔素を減らすと。火傷をしそうな熱気を感じた。


 それに耐えながら、ローの眼前に右手を突き出すと――


「あむっ……」


 小さな、吐息混じりの声が聞こえた。


 人差し指の、その先っちょが温かい物に包み込まれる。


 弾力のある感触。


 それが、俺の指をねっとりと舐めとったかと思うと――


「いぃッ!?」


 激痛が走って、俺は反射的に指を引き抜いていた。


 指先を見る。


 白い、繊維質な物が、一瞬だけ見えた。


 真っ赤な血が、勢いよく滲みだす。


 右手を左手で力一杯握りしめ、俺は慌てて全身の魔素を指先に集中させた。


 たたらを踏みながら、ローから数メートルの距離を取る。


 通常ではあり得ない速度で治癒が進み、数秒と経たずに指先から痛みは消え去った。


「はぁ、はぁ……」


 全身汗だくで、膝に両手をついていると、


「大丈夫ですか?」


 そう言いながら、師匠が真っ白な手巾を手渡してきた。


「……ありがとうございます」


 立ち上がりながら手巾を受け取って、血塗れの右手を手巾で拭う。


 傷は……よかった、完全に治ってるみたいだ。傷跡も残ってない。


 ローに目を向ける。


 さっき俺にあんなことをしたっていうのに、全くこちらのことを気に掛けた様子はない。


 ただ、真剣な瞳で魔素を紡いでいる。


 汗が水滴となって、顎先からポタポタと垂れている。


「……何をしてるんでしょうか?」


「私も見るのは初めてなので、なんとも」


 ただ無言でローのことを見守っていると……数分経つ頃には剣の発光は収まっていた。


 石台から剣を持ちあげて、大股にローが近づいてくる。


「ほら」


 青色の剣を差し出してきた。


 色がさっきと少し変わっている。


 夜明けの空のような薄い水色だったのが、日が沈む直前のような暗い空色になっている。


 相変わらず木目の浮かぶ柄を掴むと……ずっしりと重い。


「雷、だったか? 剣に流してみな」


 ローに言われるがままに、剣に電気を流してみる。


「おお……」


 すげぇ、自分の身体の一部みたいに、スムーズに電気が剣を流れる。


 試しに、電気に変換せず魔素のまま流してみると、こちらも全く何の抵抗もなく、びっくりするくらいスムーズに浸透した。


「そんじゃぁ次に、手の魔素を引っ込めろ」


 さっきの記憶が頭に蘇って、少し躊躇したが……好奇心の方が勝った。


 剣先から順々に、木製の柄の部分を経て、拳、前腕、上腕と魔素を引っ込めて……。


「……えっ?」


「魔素を戻してみろ」


 言われるがままに、魔素を流していく。


 上腕、前腕、拳、柄、刃……。


 鋭い刃が、炎の光に揺らめいている。


 もう一度、今度は自発的に魔素を収めてみる。


 スゥーッと、剣の輪郭がおぼろげになり、白い粒子状に変化した剣が俺の手のひらから体内に侵入する。


 違和感はない。本当に自然に、まるで自分の魔素のように体内に格納される。


「どうだ?」


「……す、すごいです!」


 ローは満足げに頷くと、俺の胸の中央をコツンと叩いた。


「それがお前の専用武器だ。大切に使ってやってくれ」



 ○○○

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