07話 『専用武器 後編』
食堂で朝食をかきこんで師匠の部屋へと向かうと、師匠は優雅に紅茶をすすっていた。
「おはようございます、師匠」
「おはようございます。一杯いりますか?」
俺の答えを聞く前に、師匠は既に紅茶の用意を始めていた。俺は小さく感謝を述べつつ、師匠の対面のソファーに腰を下ろす。
「剣の具合はどうですか?」
真剣な面持ちで、カップに円を描くように紅茶を注ぎ込みながら師匠が言った。
言われた俺は、腰から剣を取り外す。ゆっくりと剣を鞘から抜いて、両者を机の上に並べた。
師匠と二人でのぞき込む。
五日間、『Ρ』から渡された時には、よく磨かれて眩しいくらいに光を反射していた刃は、水色に変色していた。
「言われた通りに、魔素をずっと注ぎ込んでいましたが……これでいいんですか?」
「私が以前に見せてもらった完成品とは色が違うので、確実なことは言えませんが」
師匠は一口分カップを傾ける。
「おそらく問題ないと思いますよ」
「ちなみに、師匠が前に見たのは何色だったんですか?」
「私が見たのは小型のナイフで、それは桃色をしていました」
……桃色。
想像してみると、この剣と同じかそれ以上に気持ち悪い。ということは、これで問題無いってことか。
師匠に促されたので、俺は机の上から剣と鞘を手に取って、再び腰元に吊り下げた。
代わりにティーカップを手に取る。うん、美味しい。
ズズゥーッと、互いに紅茶をすする音だけが室内に響く。優雅なひと時だ。場所が聖国もといグリートブリテンだというのも良い。
「――師匠」
沈黙に耐えかねてとりあえず話しかけただけなので、俺は必死になって話題を探した。
「師匠は聖官になる前には、どこにいたんですか?」
「私ですか?」言いながら、師匠はティーカップを揺らした。
「特に面白くもありませんが……キネスト、という国を知っていますか?」
「はい。帝国の盟主国ですよね」
帝国は、キネストをトップとして、二十の属国とから成り立っている。
母上の講義のほとんどは既に忘れているが、流石にそれくらいは覚えている。
「私は、そのキネストの出身です。両親は商人をしていて、それなりに不自由の無い暮らしをしていました。
当然、後継者として教育をなされていたのですが、十五の時に『儀式』を受け、その結果神官に選ばれ、実績を積んでから聖官に取り立てられたというわけです」
「へぇ……」
師匠、本当なら商人になるはずだったのか。たしかに似合う。
「さて、では――」
紅茶を飲み干した師匠は、ソファーから立ち上がった。
「そろそろローの工房へと向かいましょうか」
――
「ふーん」
刃の上に人差し指を滑らせると、ローは職人の目を俺に向けてきた。
「お前、ちゃんと、五日間、肌身離さず持ってたのか?」
「……はい」
若干切れ気味のローの様子に、ちょっとビビりながら俺は答えた。
「ずっとだぞ。寝る時もクソする時も、ずっと身体から離してないよな?」
「はい」
寝る時も、用を足すときも、飯を食う時も、俺は常に剣を身に着け、魔素を送り続けていたはずだ。
まあ、寝ている間の事は分からないが、目が覚めた時にちゃんと握りしめてたから、問題無いはずだ。
ローの沈黙に居心地が悪くなってきたころ、
「待ってろ」
言って、ローは受付奥の扉へと消えていった。
数分待っていると、ローが戻ってきた。
両腕にはガラス瓶を三つ抱えている。ビンの中には粉末が入っていて、それぞれ、赤、青、緑に光を放っている。
「ちょっと、三色法をしてみてくれや」
受付のカウンターの上に、正三角形の頂点に三色の山を作りながらローは言った。
サラが教えてくれた、自分に流れている魔素の系統を診断するための方法。やり方は覚えているが……何で今更?
でもまあ、やれと言うなら――
正三角形の中央に両手をかざす。
魔素を手のひらに集中させると、前に三色法をやった時とはけた違いの早さで、三つの山は崩れ始める。
青と緑の山は消滅し、代わりにちょうど手のひらの真下に、空色の大きな山が出現した。
……これくらいでいいのか?
視線を前方に向けると、眉間に皺を寄せながら、ローは俺の手元を凝視している。
恐る恐る、カウンターの上から両手を下ろしても、ローは身動き一つしない。
「ほう、驚きましたね。アル殿、二系統持ちだったのですか」
後ろから師匠の声が聞こえたので、俺は内心助かったと思いながら振り返った。
「はい、みたいですけど……」
俺の返答に「そうですか……」とだけ呟いて、師匠もローと同じように黙ってしまった。
「えっと……二系統持ちって、何か駄目なことなんでしょうか?」
「いや、そんなことはねえぞ」
師匠へ向けた質問に答えたのは、ローだった。
「むしろ、二系統持ちってのはいいことだ。ただ、珍しくて驚いただけだ」
「そんなに珍しいんですか?」
「あたしが知ってんのは……そうだな、たしか三百年ちょっと前に、赤と青持ちの聖官が一人いたぐらいだ」
……ここ三百年で一人。
えっ、ちょっと待てよ。それってもしかして……チート?
ニヤつきそうになる口を抑えていると、師匠の冷静な声が響いた。
「緑は雷を作り出す『能力』だと聞いていますが……青の『能力』はどのような物なのですか?」
「分かりません」
「はい?」
「青の『能力』を持ってるってことは分かっているんですが、それがどんな『能力』なのかは、全く見当も付いていないです」
俺が機嫌よく答えると、ローの呆れたような声が滑り込んだ。
「なんだそりゃ」
師匠は師匠で、冷たい目を俺に向けている。
「宝の持ち腐れとしか言いようが無いですね。アル殿はこれまで何をしていたのですか?」
「こいつの言う通りだぜ。バカじゃねぇのか?」
二人から罵倒される。
せっかくいい気分だったのに、そんな物は完全に消えてしまった。
「いいですか、アル殿」
師匠は、細長い指を三つ――右手の親指、人差し指、中指を立てている。
「『能力』には三種類ありますが、これら三つは同格ではなく、基本的には序列があるのです」
「序列?」
「はい。……まず、緑。何かを発現する『能力』ですが、これが最も序列が低い」
中指を畳む。
「そうなんですか?」
「もちろん、低いと言っても幅はあります。例えば私の『能力』は、炎を作り出すというものですが、聖官の中でも戦闘能力は高い方です。
一方で……私が以前出会った神官なのですが、彼は木の葉を作り出す『能力』を持っていました。当然、戦闘能力はかなり低かったです」
「昔、卵の殻を作れるって奴もいたな」
ローが横から補足する。
「緑『能力』が何かしらの役に立つのはごく一部なのです。つまりは、仮に『能力』を持っていたとしてもそれが緑なら、実際に使い物になるのは運次第ということですね」
「なるほど……」
俺の場合はかなり応用が利くから、当たりってことか。
……いや、俺には前世の知識があるから使いこなせているが、純粋なこの世界の人には難しいか?
単に、ちょっと相手をビリってさせる『能力』に終わりそうだ。
思考を巡らす俺の視界で、師匠の人差し指が折れ曲がった。
「ついで格が高いのが赤『能力』です。これは説明するまでもありませんが、『能力』が戦闘能力に直結しているので最も扱いやすいという理由から。
それに加えて、最も魔素効率が高い部分も優秀です。緑が何かを発現するにつれて急速に魔素を消費するのに対して、赤は体内で魔素を消費するだけですから」
最後に親指が残る。
「そして、最も高価値なのが青『能力』です。なぜだと思いますか?」
「なぜ……」
フル回転で理由を考える俺の耳に、「お前の『能力』だぞー」というローの茶々が入り込む。
ローはダルそうに、カウンターの上に両腕を組んで、その上に顎を乗せていた。
「……えぇっと、分かりません」
「代替が利かないからです。青は、緑にも赤にも分類されない特殊な『能力』。青『能力』持ちはそもそもの数が少なく、さらに一人一人が世界に一つだけの『能力』を持っています。
ただの戦闘要員としていくらでも替えが利く緑や赤『能力』持ちと、その人にしかできないことを実行する青『能力』持ち。どちらが高価値かは言うまでもないでしょう」
「……たしかに、そうですね」
「可能な限り早く、自身の『能力』を発見しておいてください」
「……はい」
はぁ、と師匠はため息をついて、ローに顔を向ける。
「すみません、ロー。待たせてしまいまして」
「構わねぇよ。……にしてもクルーエル――」
渋い表情を浮かべてからローは続けた。
「お前、師匠役向いてねぇなー」
「……そうですか?」
チラリと、師匠の無感動な視線が注がれた。同時、ローの哀れな物を見る瞳も注がれる。
……そんな目を向けられても困るんだが。
俺が無言で立っていると、ローは「まあ、カザネよりはマシだけどな」と呟きながらカウンターの魔石粉末を片付けている。
次いで、机の上から空色に刃の染まった剣を手に取った。
「でもまあ、ちゃんとお前が過ごしてたってのは分かった。んじゃぁ――」
昨日と同じようにカウンターを跳び越えて、ローは白パンツを一瞬だけ開陳した。軽い音で石床に着地したローは、俺に剣を突き付けて、
「次の作業に取り掛かるか」
――
剣が保管してあった、棚が並ぶ部屋とは逆方向。そこにある扉を開いたローを、俺と師匠は追いかけた。
室内に入った瞬間、酷い熱気が身体を包み込む。
無意識に体表を魔素で保護すると感覚的な熱は遮断できたのだが、視覚的な熱は如何ともしがたい。
部屋は武骨な灰色の石製で、天井も壁も床も灰色をしていた。その灰色を、奥の橙色が焼いている。
部屋の奥には炉があった。中には目に痛い炎が揺らめいている。時折炎は大きく燃え上がって、火の粉と灰を噴き出している。
ローは奥へと足を進め、炎の中に剣を放り込んだ。
「――えっ」
小さく俺の口から漏れたが、ローの耳には届かなかったようだ。
ローが炉に放り込んだ剣は、その柄が木製だ。刃の部分はともかくも、木は火によく燃え……燃えてないな。
木の部分は燃えず、その代わりに刃と同じく白い光を放ち始めた。
部屋の中を明るく染め上げる。
白光を放ち始めてから数秒経って、ローは無造作に炎の中に右手を差し入れた。
輝く剣を鷲掴み、炉の脇にある石机の上に丁寧に置いた。
「おい、こっち来い!」
ローの怒声が窓の無い室内に響く。「アルの方!」と続けて言われる。
小走りで炎へと向かう。
ローは両手を剣にかざしていた。
両眼で、幾分か和らいだ光を放つ剣をしっかりと捉えている。
額には薄く汗が滲んでいるが……それも当然だろう。
ローの両手と剣を、数えきれないほど膨大な、理解不能なほどに細い魔素の糸が結んでいる。
マオさんにはギリギリ及ばないが、それに匹敵するくらい繊細な魔素操作だ。
「手ぇ出せ!」
下を向いたままローが怒鳴ったので、俺は間を置かずに右手を差し出した。
「あたしの顔の真ん前に!」
命令に従っている最中に、「あっ、手から魔素剥がしとけよ」と、付け加えるようにローは言った。
よく分からないが言われるがままに行動する。有無を言わさぬ気迫が、ローの声にはあった。
右手から魔素を減らすと。火傷をしそうな熱気を感じた。
それに耐えながら、ローの眼前に右手を突き出すと――
「あむっ……」
小さな、吐息混じりの声が聞こえた。
人差し指の、その先っちょが温かい物に包み込まれる。
弾力のある感触。
それが、俺の指をねっとりと舐めとったかと思うと――
「いぃッ!?」
激痛が走って、俺は反射的に指を引き抜いていた。
指先を見る。
白い、繊維質な物が、一瞬だけ見えた。
真っ赤な血が、勢いよく滲みだす。
右手を左手で力一杯握りしめ、俺は慌てて全身の魔素を指先に集中させた。
たたらを踏みながら、ローから数メートルの距離を取る。
通常ではあり得ない速度で治癒が進み、数秒と経たずに指先から痛みは消え去った。
「はぁ、はぁ……」
全身汗だくで、膝に両手をついていると、
「大丈夫ですか?」
そう言いながら、師匠が真っ白な手巾を手渡してきた。
「……ありがとうございます」
立ち上がりながら手巾を受け取って、血塗れの右手を手巾で拭う。
傷は……よかった、完全に治ってるみたいだ。傷跡も残ってない。
ローに目を向ける。
さっき俺にあんなことをしたっていうのに、全くこちらのことを気に掛けた様子はない。
ただ、真剣な瞳で魔素を紡いでいる。
汗が水滴となって、顎先からポタポタと垂れている。
「……何をしてるんでしょうか?」
「私も見るのは初めてなので、なんとも」
ただ無言でローのことを見守っていると……数分経つ頃には剣の発光は収まっていた。
石台から剣を持ちあげて、大股にローが近づいてくる。
「ほら」
青色の剣を差し出してきた。
色がさっきと少し変わっている。
夜明けの空のような薄い水色だったのが、日が沈む直前のような暗い空色になっている。
相変わらず木目の浮かぶ柄を掴むと……ずっしりと重い。
「雷、だったか? 剣に流してみな」
ローに言われるがままに、剣に電気を流してみる。
「おお……」
すげぇ、自分の身体の一部みたいに、スムーズに電気が剣を流れる。
試しに、電気に変換せず魔素のまま流してみると、こちらも全く何の抵抗もなく、びっくりするくらいスムーズに浸透した。
「そんじゃぁ次に、手の魔素を引っ込めろ」
さっきの記憶が頭に蘇って、少し躊躇したが……好奇心の方が勝った。
剣先から順々に、木製の柄の部分を経て、拳、前腕、上腕と魔素を引っ込めて……。
「……えっ?」
「魔素を戻してみろ」
言われるがままに、魔素を流していく。
上腕、前腕、拳、柄、刃……。
鋭い刃が、炎の光に揺らめいている。
もう一度、今度は自発的に魔素を収めてみる。
スゥーッと、剣の輪郭がおぼろげになり、白い粒子状に変化した剣が俺の手のひらから体内に侵入する。
違和感はない。本当に自然に、まるで自分の魔素のように体内に格納される。
「どうだ?」
「……す、すごいです!」
ローは満足げに頷くと、俺の胸の中央をコツンと叩いた。
「それがお前の専用武器だ。大切に使ってやってくれ」
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