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05話 『魔王の残滓』



 『Ρ』(ロー)の工房から出た俺は、腰に剣を提げていた。


「五日間、常に魔素を注ぎ続けておけって……そうすれば、これが専用武器になるんですか?」


「いいえ、単に魔素を注ぎ込むだけでは、専用武器にならないはずです。私も詳しくは知りませんが、下準備か何かでしょう」


 師匠が歩き始めたので、俺も並んで歩く。


「……そもそも、専用武器って何なんですか? それがあれば、僕の欠点をカバーできるって言ってましたけど」


「言葉で説明するのは難しいですね。実物を見せれば早いですが、私は持っていませんし」


 俺は師匠の無機質な横顔を見た。


「えっ、そうなんですか?」


「そうですよ。私に武術の心得はありませんからね、持っていても仕方がありません」


 ……とか言ってるけど、俺と戦った時の師匠の動きは、普通にスムーズだった。謙遜だろう。


 まあ、師匠の『能力』からしたら武器なんて必要無いってことか。


「……それにしても、ローに認められて良かったですね。彼女は自身が認めた相手にしか専用武器を作成しないのですよ。

 アル殿は地方騎士の子だと聞きましたが、これまで積み重ねてきたものが、ローのお眼鏡に適ったのでしょう」


 ……積み重ねてきたもの。


 俺は自分の手のひらを見つめた。


 何度も血塗れにした末に手に入れた、頑強な皮膚。


 そういえば、ローは剣を見せてくれる前に、俺に手を見せろと言っていた。


 ひょっとして、これを見ていたのか?


 ……だとしたら、ちょっとだけ嬉しい。


「私以外の聖官にしても、専用武器を持っている者はあまりいません。

 現在聖国に、数人の聖官がいるはずですが……少なくとも、私の知っている聖官は持っていませんね。

 なので、見せようにも見せられません。五日間待ってもらえたらと思います」


「はい、分かりました」


 そんなこんなの会話をしているうちにも、師匠はずんずんと進む。


 花壇に挟まれたレンガ畳から、大理石の建物へと入っていく。俺の寝室も収まっている、さっきまでいた建物だ。


「ところで、どこに向かっているんですか?」


「十八区です」


 俺と師匠が戦ったのが五区だ。おそらく、同じような場所だろう。ということは――


「この剣を使って、師匠とまた戦うんですか?」


「いえ、戦いませんよ。アル殿は、その剣に魔素を注ぎ込むことに集中しなければいけませんからね」


 それもそうか。


「――ところでアル殿は、聖女様についての逸話は知っていますよね?」


「え、ああ、はい。もちろん知ってます」


「かつて存在した大国は、魔王によって滅ぼされた。その魔王を打ち倒すために当時の諸国は協力して討伐隊を結成し……その唯一の生き残りが聖女様、という話ですね。そして、魔王が滅ぼした大国の跡地が、ここ聖国です」


「はい」


 当惑しながら頷くと、師匠は淡々とした口調で続けて言った。


「魔王と討伐隊の戦いは熾烈を極め、その際に大量の魔素がまき散らされました。その結果、広大な土地が不毛と化しました」


「……それは初めて聞きました」


「初めて話しましたからね。対外的には、中央教会および聖国は神聖なる地とされていますが、その実態としては呪われた地という所でしょうか」


 ……呪われた地。


 確かに、俺の部屋の窓から見える景色には見合った言葉かもしれない。乾いた血のような色をした、不毛の大地。


「もちろん、我らが聖女様の居する地がそれだと外聞が悪いので、聖国の実態は一般人に対しては機密ですよ」


「分かりました」


 ちょっとばかり畏まった気持ちで、俺は頷いた。


 師匠が階段に足をかける。この階段を一番上まで登ったら、転移石のある部屋が並んでいる。


「そして、魔王との戦いの結果まき散らされた魔素は、二千年以上経った現在でも、未だこの地に滞っています。

 魔素が滞れば、当然そこから魔物が生まれるわけで、それを討伐するのも聖官の任務です」


 師匠が俺に目を向けた。


「今日は見るだけですが、専用武器を手に入れた後、しばらくはそれがアル殿の任務であり、訓練となります。

 魔王の魔素から発生する魔物です。殺されないように、気を付けてくださいね」



 ――



 血色の丘陵(きょうりょう)が延々と続いている。空から射す赤色の光も相まって、余計に不気味な景色だ。


 ゴツゴツした地面が平坦に見えるほどの遠くでは、陸地が途切れ海に変化していた。


 草木の一本も生えていない不毛の大地では(うごめ)くものがあった。


 遠くの岩、ここからでは小さく見えるが……かなり大きいんじゃないだろうか。


 その岩が、何も触れていないにも関わらず独りでに動いている。


「……ようやく発生しましたか」


 十八区に転移してきて、五分くらいが経っていた。


 もっと魔物がわらわらいるのかと想像していたが、そんなことはなく、俺と師匠は魔物が発生するのを待っていた。


 魔王の魔素から生まれる魔物……少しわくわくしながら、岩を観察する。


 岩の中央に、大きな亀裂が入った。


 そこを中心として、細かなひび割れが蜘蛛の巣状に広がる。


 ぽろぽろと、岩の欠片が落ちる。


 ――それが立ち上がった瞬間、岩は一気に崩壊した。


 大量の欠片が赤い大地に落ちて、盛大に砂埃が巻き上がっている。


 元々は体操座りをしていたゴーレムは……立ち上がるとさらに巨大になった。


 地面と同色で血色のゴーレムは、まるで生きているかのように首をグルリと回した。


 頭部に付いていた巨大な岩片が落ちた。


 それに気付いてか、手を開け閉じしていたゴーレムは、他にも身体の各所に付いている岩片を指で摘まんでいる。


「来ますよ」


 師匠が言うと同時、ゴーレムの顔が、こちらを向いた。


 ――目の前に、巨大なゴーレム。


 右拳を振り上げている。


 やっぱりデカい。


 思ってた数倍デカい。


 腕だけでも、俺の身体と同じくらいのサイズがある。


「――燃えろ」


 火球がゴーレムの顔面にぶち当たった。


 身体が岩でできているゴーレムにとっては、一発程度大したダメージではない。


 けれど、師匠の周りには次から次へと火球が発生している。


 続けて三発の火球を顔面に受けて、ゴーレムの身体がよろめいた。


 その場に尻もちをついたゴーレムにも、師匠は容赦をしない。


 十発の火球を受けたゴーレムは赤く染まっていた。


 血の色ではない。数百度の高温になったゴーレムは、自ら発光を始めている。


 ……熱い。


 数メートル離れてるのに、魔素で身体を守ってるのに……熱い。


 師匠は火球を叩きこみ続けている。


 眩しくて、目を開けるのが辛くなってきた頃――


 ゴーレムが砕けた。


「……まぁ、こんな感じです」


 俺は、未だ赤く染まっている地面に目を向けた。


「あれを、倒さないといけないんですか?」


「自信がありませんか?」


 内心が表情に出ていたらしい。師匠に指摘されてしまった。


「はい、まあ……」


「私にできるのはあれだけですから、力技で押すしかありませんが、アル殿の場合は剣で斬れば、もっと楽に倒せると思いますよ」


 剣で斬ればって……岩だぞ。


 しかも、あんな巨大な。


 俺が微妙な表情を浮かべていると、師匠はため息をついた。


「ここは十八区ですが、全部で二十四区まであります。数字が大きくなるほどに、手強い魔物が出現します。

 二十四区の魔物を自力で倒せるようになることが、新人聖官が達するべき要項の一つです。それまでは、一人で聖国外の任務を与えられることは無いですよ」


「えっ、そうなんですか」


「はい。アル殿が一人前になるまでは、全ての任務において私同伴となります。

 私としてもずっとそれだと困るので、おおよそ……二年を目途に成長してもらいたいですね」



 ○○○

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