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18話 『海の魔物』



 黒服に蓄える空気量を増減して、落下速度をコントロールする。


 徐々に水圧が強くなる。それに応じて、身体やチューブにかかる圧力も変化する。


 魔素を微妙に調節しながら、その変化に対応していく。


 マエノルキアは遠浅の海だ。海岸から二キロほど離れているこの地点でも、水深は五十メートルほどしかない。


 それでも、たっぷり一分ほどかけて……砂の海底に俺とイプシロンは降り立った。


 幾つか岩が転がっているが、地面は基本的に平坦だった。所々に、海藻が揺蕩(たゆた)っている。


 色とりどりの小魚の群れとか、そういった物を見れるかと期待してたんだけど……想像よりも殺風景だな。


 視線を上方に向けると、日光が幾千にも分かれて細く注ぎ込んでいる。


 海底までたどり着く光条は一つも無い。どれもが途中で青色に溶けている。海底は薄暗かった。


『それでは、作戦通り私が餌となります。どこかに隠れられそうな場所はありますか?』


 イプシロンの声は、海の中を反響しているかのように聞こえた。黒服の口元から、ポコポコと泡が漏れている。


 隠れられる場所……。


 最初に目についたのは、海流に揺れる青黒い海藻だ。最近数が減ってきたとセボン神官は言っていたが……ここまで沖合に出ると豊富に残っているらしい。

 

 一か所、比較的まとまって生えている場所があった。


『あそこに隠れようかと思います』


 指で示しながら言うと、イプシロンは頷いた。


 俺は歩きづらい砂の海底に四苦八苦しながら移動して、手に持っていた物を海藻の中に突っ込んだ。続いて、俺自身も入り込む。


 ……まあ、身体を隠したとしても、海面に伸びるチューブがかなり目立っている。


 隠れても意味が無いかもしれないが……やらないよりは、やった方がいいだろう。


 俺が身体を隠してしばらくして、イプシロンが作戦を開始した。


 好奇心旺盛な何匹かの魚が、イプシロンの黒服をツンツンと(ついば)んでいたのだが――


 バッと、魚たちは逃げていった。


 急激にイプシロンの存在感が膨れ上がっている。実際にはそんなことないはずだが、海が震えているような感じがする。


 その様子を、俺は海藻の陰から観察していた。


 あとは待つだけだ。


 魔物は魔素に惹きつけられる。


 イプシロンの美味しそうな香りに誘われて……向こうから姿を現すはずだ。


 ――それから、四半刻ほど経った時だった。


 周囲から動物は完全に姿を消し、動くものといえば海藻くらい。そんな中、イプシロンに近付いてくる小さな影があった。


 どっちが頭かも分からない、蛇状の……たぶん魔物だろう。目的とは違う小物だ。


 ふよふよと、イプシロンの眼前二メートル辺りまで近付くと、魔物は数センチほどの口をガバリと開いた。


 ――次の瞬間、岩が出現していた。


 イプシロンの前方、頭と同じくらいの高さ。直径は一メートルほど。


 重力に引かれて落下を始めるが、水の抵抗のせいで速度は緩やかだ。


 とはいえ、魔物の動きはそれよりも遅い。なすすべも無く、魔物は岩に潰されてしまった。


 それからしばらく待っていると、今度は真っ赤なクラゲが現れた。さっきの蛇よりも動きが素早く、一直線にイプシロンへと迫っている。


 イプシロンの後方に、今度は直径二メートルほどの岩が出現していた。クラゲの速さでは、岩から逃れることはできなかった。


 ……それからも、おおよそ数分間隔で魔物は出現した。


 イプシロンの周りの海底は、浅く円状に窪んでいる。


 その底には、キラキラと輝くたくさんの宝石が落ちていた。赤、青、緑――イプシロンに挑んだ魔物たちの末路だ。


 どいつもこいつも小物ばかりだった。それこそエンリ村に出現するような……いや、それ以下か。総じて全く知恵の感じられない動きで、本能のままに動いているようだった。


 そろそろ一刻近く経つのに、鮫の魔物は未だ現れない。


 ……ひょっとして、移動してしまったのか?


 イプシロンが美味しそうな匂いを盛大にまき散らしてくれているが、届く範囲には限りがある。


 それに、そろそろイプシロンも限界だ。イプシロンが今やってるのは単純な魔素放出。節約も糞もない。


 黒服で顔の下半分が隠れてるから分かりにくいけど……徐々に疲れが見えてきたような気がする。


 イプシロンに声をかけようと、海藻の陰から頭を出した時だった。


 遠くに大きな影が見えた。


 慌てて頭を隠すと、イプシロンがこちらへ視線を向けている。


 頷きを返しながら、海藻の中を手でまさぐる。


 硬い感触が指先に当たった。


 右手で拾い上げたのは、使い古された(もり)だ。


 漁師のおっちゃんが、俺のために用意してくれた物だ。


 マエノルキア漁師の間では、長年使ってきた漁具を、航海の安全を祈願する御守りとして大切にするらしい。


 おっちゃんは、この銛を三十年間使ってきたと言っていた。


 銛を両手で握りしめて、海藻の陰に身を潜める。


 ……こちらに泳いでくる影の正体は、巨大な鮫だった。イプシロンが言っていた通り、体長は五メルほど。実際にこうして見ると、かなりの迫力がある。


 鮫の動きは俊敏だ。


 イプシロンを目指して、鋭い牙の並んだ口を広げている。


 ――直径三メートルほどの岩。


 これまで見た中で一番大きな岩が、鮫の頭上に出現した。


 数トンの重さはあるはずだ。あれで潰されたら、ただでは済まないだろう。


 けれど――鮫はスルリと、岩の陰から抜け出した。


 やっぱり、岩の落ちる速度が遅すぎる。


 もっと大きな、例えば数十メートルの岩であれば潰せるかもしれないが……おそらく、あれくらいの岩が『能力』の限界なのだろう。


 イプシロンは一回攻撃を加えただけで、すぐに岩で打ち倒すことを諦めた。前回遭遇した時に、同じ方法を既に散々試しているからだろう。


 イプシロンが、俺に手を向ける。


 ――視界いっぱいに灰色。


 それが何かを考えるよりも先に、銛を全力で突き立てる。


 思いのほか硬い感触。数センチしか刺さらなかった。


 鮫は痛みを感じたらしい。


 身を捩りながら、海の中を暴れている。


 銛の先端が外れた。あっという間に、鮫の姿が遠のいていく――


 ――目の前に鮫のどてっ腹。


 さっき俺が付けた傷。それがちょうど視界の中央に見える。


 同じ失敗はしない。


 柄を握るのは右手。左手は金属の部分に添えている。 


 ――放電。


 赤熱した先端を、さっき付けた傷に寸分違わず叩き付ける。


 穴の周りが黒く変色する。


 ズブリと、銛が体内に滑り込んだ。


 声を上げることはない。けれど、鮫は絶叫していた。


 さっきとは比べ物にならないほど激しく身体を捩る。


 だが……今回は外れない。


 銛の先端の三つ又。その根元まで、深く突き刺さっている。


 鮫は高速で泳いでいた。イプシロンの姿は、少なくとも俺の位置からは見当たらない。


 俺は右手で強く銛を握りしめると、左手に渾身の電撃を流し込んだ。


 鮫の動きは……少しぎこちなくなった、か?


 人間だったら即死のはずだ。単純に威力が足りないらしい。


 でも、全く効いていないってわけでもない。


 体内の魔素が減っていくのを感じながら、電気を流し込み続ける。


 すると――銛が傾いた。


 傷の周囲が炭化している。このままだと銛が外れてしまう。


 とっさに、銛の柄を手放した。


 開いた右手を傷口に(えぐ)り入れる。


 傷口の周りは脆くなっていた。ほとんど抵抗は無かった。


 内側から鮫の皮膚を掴む。


 それを支えにして左手を鮫に押し付けると……さらに数センチ深くまで銛がめり込んだ。


 ビクンと、鮫は身体を震わせた。


 ……効いてる。


 手ごたえを感じながら、さらに左手に力を込めた。


 ズプ、ズプ、と……ゆっくり、銛が鮫の身体にめり込んでいく。


 電撃を与えるのも忘れない。鮫の身体の中。奥深くから攻撃をする。


 鮫の動きは明らかに鈍くなっていた。


 もう少しで決着が付く。そう思った時だった。


 腰を引っ張られる。


 チューブの長さが足りなくなったらしい。


 チューブ内の粘液には、たっぷりと魔素が染み込んでいる。さすがに金属には負けるけど、そう簡単に千切れない程度の強度はある。


 俺はとっさに粘液を操作した。腰回りから粘液を無くす。同時、引っ張る感触が消えた。


 ……くそ。タイムリミットができてしまった。急がないと。


 粘液操作に使っていた分の魔素も攻撃にまわすと、さっきよりも目に見えて電撃は強くなった。


 左腕が鮫の身体に潜っていく。


 最後に何か膜のような物の感触がして――ズボッと、勢いよく肩まで埋まった。


 ……ん? なんだこれ? 奥の方で、温かくて柔らかい……何かが動いてる。


 それを左手で握り潰すと――ビクリと、大きく痙攣した。それを最後に、鮫は動作を停止する。


 その代わり……鮫の体内で何かが起こっているようだ。


 熱い。


 左腕が、鮫の身体に埋まっている肩までが、熱い。


 慌てて腕を引き抜くと――シャンパンの栓を抜いたかのように、傷口から白濁液が噴き出した。


 ……血、なのか?


 傷口が、ゆっくりと裂ける。それと反比例するように噴出の勢いが衰えていく。


 最後に残ったのは、鮫の形をした白い(もや)だけだった。その(もや)の中から……大量の青魔石が現れる。


 パッと数えられる量じゃない。二十、三十……それ以上の魔石が、キラキラと輝きながら、ゆっくりと海底に落ちていく。


 その様子を、俺は同じ速度で落下しながら眺めていた。


 ぼんやりとした意識の中で、背中が柔らかい物に受け止められる感触がした。


 海底の砂に着地したんだろう。


 遠くに、光る海面が見えた。


 それを背景に、魔石が降り落ちてくる。


 身体が重い。魔素がほとんど枯渇している。


 息も、そろそろ限界だ。


 視界が、どんどん暗くなっていく。


 くそっ……。


 やっぱり、俺は――


 意識が落ちる寸前、俺は心の中で呟いていた。


 ――水が嫌いだ。



 ○○○

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