12話 『竜宮城』
サラは、ニッコリと笑っていた。いつもと同じ、無垢な笑顔。
服装は見覚えのないものだ。サラが元々着ていた服とは違う。サイズも少し大きめなようだ。
「……神官服はどこにやったんだ?」
他にも聞くことがあるはずなのに、最初に俺の口から出たのは、そんなしょうもない質問だった。
サラの頭上にハテナマークが見えたので、甲板の上に落ちていた自分の神官服をサラに見せる。
「捨てたわ!」
堂々とサラは言い切った。
神官服は、悪い人からすれば喉から手が出るほど欲しい物なんだけど……。
より詳細に聞いてみると、海水で濡れて臭くなったので海に投棄したとのことだった。
そう言うサラ自身は、特に臭いということはない。セボン神官でもあるまいし、十日も失踪してたら普通は汚れるはずだ。
どこかで水浴びでもしてたのだろう。新しい服も、どこかで入手したみたいだし。
俺は改めてサラの顔を見上げると、若干の苛立ちを込めて言った。
「ずっと、どこにいたんだ?」
俺の問いかけに、サラは笑顔を深めた。
ぴょんっと飛び跳ねて、俺の正面に着地する。
「聞いてっ! すごかったの!」
――
解剖に飽きたサラは、狭苦しい部屋から脱出した。それから、適当にマエノルキアを見て回っているうちに、日が傾いてきたという。
数刻前、勝手に談話室から消えて怒られたことを覚えていたサラは、とりあえず解剖室に戻ろうと思ったらしい。
帰り道の途中、たまたま近くを通りかかったので、サラは浜辺に立ち寄ることにした。
――砂浜には、半魚人が打ち上げられていた。
大きさは俺よりも少し大きいくらい。普通のイメージ通りの魚から、人間の手足が各々二本ずつ生えていたらしい。
「は? 何言って――」
「でね、そいつがね、おなかが空いたって言ったの! だから、海からエサを取ってきてあげたわ!」
俺は口を挟むのを諦めて、黙って話を聞くことにした。
サラの行動に感激した半魚人は海底宮殿に招待すると言い出したらしい。面白そうだったからサラは付いていくことにした。
半魚人の背中に乗って海の中に潜っていくと、海底には豪華な建物があった。
そこには半魚人がたくさんいて、サラは歓待を受けた。美味しい物をお腹いっぱい食べられて、大満足だったそうだ。
だけど、つい数刻前に怒られたことはやっぱり覚えていたようで、サラは帰りたいと切り出した。
すると、半魚人たちは必死になってサラのことを引き留めたという。「見るに、あなた様はお強い。私たちを助けてくれまいか」とか言いながら。
サラは事情を聞くことにした。
なんでも、半魚人の国は現在危機に瀕しているという。青服と白服を着た冷血漢たちが、罪のない半魚人たちを虐殺しているらしい。
サラは自分が着ている服を見た。
青服だ。
そういえば、自分は白服を着ている人も知っている。
半魚人たちには、美味しいご飯を食べさせてもらった恩がある。
サラは冷血漢たちをボコることを約束して、陸に戻ってきた。
取りあえず、サラは色んな場所に隠れていた青服をボコった。「味方だ!」とかなんとか叫んでいた気がするが、とりあえずボコった。
次は、白服の集団をボコろうかと思ったのだが……青服と違って白服は一発殴ったらそのまま壊れてしまいそうだったので、躊躇したという。
そんな時にたまたま、甲板の上で眠りこけている俺を見つけた。
面白そうだったので、砂浜の上に乗っかっていた木造船を海へと押し出したという。
それから俺のことを叩き起こそうかと思ったけど、気持ち良さそうに眠っているから止めておいたらしい。
しばらくの間、俺の寝顔を眺めながら起きるのを待っていたサラは、自分も眠たくなってきたので船底で眠っていた。
ついさっき目が覚めて甲板に上がってきたら、俺が起きているのを見つけた――
「てつだって!」
そこまで語ったサラは、満面の笑みで言った。
「……何を?」
「これから白服をやっつけに行くの! アルもてつだって!」
医院襲撃のお誘いだったようだ。
俺とサラは、向かい合って座っていた。
俺はあぐら、サラはいわゆる女の子座り。
サラは笑顔を浮かべたまま、ゆっくりと手を伸ばしてきた。
俺が両膝の上に置いていた手に、小さな手のひらを被せてくる。
熱い手のひらで、俺の手を握る。
「……ねえ、てつだって?」
媚びるような、甘い声だった。
柑橘の香りが漂ってくる。
サラの顔には、もう笑顔は浮かんでいない。
真面目な顔で、ジッと俺の瞳を見つめている。
……やっぱり。
明らかに様子がおかしい。
両手はサラに拘束されている。
ガッチリと掴まれている。
魔素の保護を解いた瞬間、俺の拳は粉砕されるだろう。
俺は笑みを浮かべると、サラに向かって倒れ込んだ。
俺の行動の意図が分からないらしく、サラはキョトンとした子供っぽい表情を浮かべている。
目の前に、サラの顔が迫る。
――ゴツンと。
額と額がくっついた。
――放電。
俺の額から放出された電撃は、無防備な頭へと染み込んだ。
ここで強い電気を流せば、容易にサラを昏倒させることができるだろう。けれど、そんな危険なことをするつもりはない。
電流が脳に到達すると――サラの頭の中で蠢く存在があった。
それを確認すると同時に、俺は後方に飛び退いた。
俺が着地するのと同じくして、サラはユラリと立ち上がる。
サラは、今にも泣き出しそうな、悲しそうな表情を浮かべていた。
「しんじたくなかったのに……」
ボソリと呟く。
次の瞬間、サラはハッと何かに気づいた顔をした。
「分かった! アルもだまされてるのね!」
元気よく言ったサラは、目つきを鋭く変えた。
腰を低く落とすと、両手を胸の前に構えている。
「ワタシが、アルの目を覚ましてあげるわ!」
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