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11話 『発見』



「三十二番です」


 イプシロンが差し出した小瓶を受け取ろうとして、


「アル聖官、そろそろ休憩しませんか? 朝からずっと……もう昼ですよ」


「えっ」


 言われて初めて気が付いた。確かに、いつの間にか昼になっている。


 部屋の中を見回すと、さっきまでいたはずのネッター医師が消えている。空っぽの椅子には白衣がかかっていた。どうせ、昼飯でも食べに行ってるんだろう。


 俺がかなりのペースで検査をしているおかげで、昨日の内に水、穀物類全部、魚類の一部は解禁されてるからな。


「……これで最後にします」


 この数日で魔素の扱いに慣れてきたおかげか、まだ疲労は溜まっていない。せっかくだしキリの良い所までやってしまおう。


 この三十二番で、魚類はちょうど半分だ。


 小瓶をひっくり返すと、手のひらに魚の切り身が転がった。ベチャッ、と不快な感触がする。


 ――放電。


 特段集中する必要も無く、電気が魚の切り身に浸透した。それと同時に――魚の筋繊維に絡みついていたソレは、ゆっくりと蠢き始める。


 ……見つけた。



 ――



 魔物入りの魚を見つけた俺はひとしきり歓喜を嚙み締めた後、電源が切れたように眠りに落ちた。


 久しぶりの心安らかな俺の眠りは、一刻も経たないうちに中断させられた。耳元でブツブツと不快な声が聞こえたためだ。


「なんで神官様はこんなところで眠りこけているのでしょうかね。僕、見ましたよ。ひもじい思いをして親に泣きついている幼子を。そんな人々を放っておいて、自分だけが気持ちよく眠っていていいんですか?」


 吐息とともに香ばしい匂いがする。どうやら、声の主は……マエノルキアの至る所の屋台で売られている魚串を食べてきたらしい。


 目を開けると、至近距離にネッター医師の顔面があった。唇には茶色い衣が付いている。


 猛烈にイラッと来たが……まあ、いい。今の俺は気分がいい。


 一瞬後にはネッター医師の顔が驚愕に染まるかと思うと耐えられる。ニヤつかないよう、無表情を努めて意識しながら、


「……ネッター先生。見つかりましたよ」


「はい?」


 三十二番を渡す。


 困惑した表情で受け取ったネッター医師は、すぐに真面目な顔になった。


「そうですか、やっと見つかりましたか。三十二番というと……あのあたりですね。分かりました。

 では、これからは二十から四十番の区域をより詳細に検査してもらいましょうか」


 労う言葉の一つも無く、ネッター医師は自分の机に向かった。机の上に高く積み上げられいる紙束から、数枚を抜き取っている。


 椅子をひき、腰を下ろすと、何やら作業を開始したようだ。


「……」


 なんだか釈然としない気持ちで、ネッター医師の背中を無言で見つめていると……ガチャリと、部屋の扉が開いた。


「あ、アル聖官」


 イプシロンは両手に持っていたお盆を俺の座っている席――本来はマエノ医師の席らしい、使われた形跡は全く無いが――の机の上に置いた。


 お盆の上にはティーセットと……チョコレート? 見覚えのある皿の上に黒い物が乗っている。


「お祝い、と言うと大仰ですけど、秘蔵のお菓子を持ってきました。よければ、一緒に食べませんか?」



 ――



 部屋の中央の地図には、新たに黄石が加えられていた。


 赤石は陸地にしかないのと対照的に、黄石は海の部分にだけ置かれている。しかも海の中でも、明らかに一か所に集まっている。


「……見れば分かると思いますけどね。疫学医としては正確な数値がないと落ち着かないんですよ――偶然値!」


 ネッター医師が叫ぶと、壁際の机で一心不乱に何かの作業をしていた髪の長い女性がボソリと呟いた。


「……三厘」


「というわけで、ほぼ確実に『眠り病』の原因はここにあるわけですね」


 ネッター医師は地図の一点に指を突き立てた。


「つまり、新たな患者を増やさないためには、この海域の漁獲物を摂取しなければよいということです。

 それについてはアトラス先生に報告したので、上手く周知してくれるでしょう」


 うんうんと頷いて、ネッター医師は自分の席から荷物を手に取った。


「いやあ、疲れました。というわけで、僕はしばらく休暇をとることにします。会うのはこれで最後かもしれませんね。では、神官様たちは頑張ってください」


 流れるような動作で部屋から退出してしまった。


 ちなみに時刻はまだ昼前。……まあ、昨日は遅くまで情報を解析してくれていたし、俺から言う事はなにもない。


 俺はネッター医師が示した一点を見つめてから、隣に立つイプシロンの方を向いた。


「要はここに魔物がいるということですよね」


「おそらく……そうかと」


 イプシロンは険しい顔をしていた。たぶん、俺も似たような顔をしているんだろう。


 魔物入りの魚が大量に分布している地点――海の中に、魔物は潜んでいるらしい。



 ○○○



「……って、言ってもさあ」


 海に沈む夕日を眺めながら体育座りをしていた俺は、一人ポツリと呟いた。


 今俺がいるのは、マエノルキアに来て初日にサラとイプシロンが海遊びをしていた浜だ。ちょうどここから見える沖合が、魔物がいると思われるポイントなのだ。


 午前中に例のポイントまで船を出してもらったが、海上からは何も見えなかった。漁師によると、あの辺りの海は数十メルの深さがあるらしい。


 海上から(もり)で突いて討伐――なんてことは無理っぽい。


 じゃあ、どうするのか……そこで話は止まっている。


「……はぁ」


 しかも、問題はもう一つある。


 サラを見つけないといけない。


 サラと同じように失踪していた神官たちなら、おそらく何かを知っているだろう。


 けれど、リッパーは最後まで目覚めることはなかった。他の三人の神官から話を聞くには、『眠り病』を解決する必要がある。


 結局、海中の魔物をどうやって倒すかに話は戻って来るわけだけど……いくら考えても解決策が思い付かない。


 俺は立ち上がってから、お尻に付いた砂を手で払った。


 海岸線に沿ってしばらく砂浜を歩いていると……大きな木造船が目についた。


 セボン神官が寝泊まりしていた船だ。


 すぐ傍でそれを見上げていた俺は、甲板の上に登った。


 その場に腰を下ろして、着ていた青ローブを脱ぐ。それから甲板の上に寝っ転がって、青ローブを布団代わりに身体の上にかけた。


 気分転換。ちょっとだけ……昼寝しよう。



 ――



 謎の焦燥感で目が覚めた。


 まぶたを開くと、満天の星空が広がっている。俺は星座に明るくないから、星の配置が前世と同じものなのかは分からない。


 けど、俺でも知っているような……オリオン座とか北斗七星を確認できたことは、この十五年の人生では一度も無かった。


 特に感動することもなく見慣れた光景を捉えながら、胸の内に広がる焦燥感の原因を探る。……どうやら、新しい命令が下ったらしい。


 ――アル・エンリ聖官の捜索。


 混乱しながら身体を起こすと、青ローブが甲板に落ちた。


 時刻は夜。夕方に一人で散歩に出て……たぶん、数刻は経っているだろう。


 ……もしかして、サラと同じように失踪扱いになってるのか?


 ポリポリと頭を搔きながら、俺は渋い顔をしていた。寝過ごしてしまうのは二度目だ。イプシロンに合わせる顔がない。


 ひとまず船から降りようと立ち上がった時、床が揺れていることに気が付いた。波の音も……やけに大きく聞こえる気がする。


 俺は困惑しながら、甲板から身を乗り出した。


 今夜は月も星も明るい。黒い海面は、夜空を映して瞬いている。


 遠くの方に目を向けると、光が見えた。


 教会のステンドグラスのカラフルな光と、医院の白っぽい光。その二つだけが高い位置にあって、それ以外は地を這うように灯っている。


 ……遠い。

 

 少なくとも数キルは離れている。


 俺は呆然と、美しい夜景を見つめていた。


「……どうして」


 どうして、海の上にいるんだ? この船は砂浜にあったはずだ。


 俺は海面が視界に入らないように、甲板に腰を下ろした。


 既に日は沈んでいるから、他の船に助けを求めるのは無理だ。夜が明けたら、誰かの目につくかもしれないけど……それまで十刻はある。助けを待っていたら、どこまで流されるか分からない。


 ともかく、自力で戻らないと。


 指先を震わせながら、船の端っこから顔を出す。


 海岸までは数キル。今世で泳いだことはないけど、前世では金槌ではなかった。今の俺の身体能力なら、余裕で泳ぎ切ることができるだろう。


 俺は顔を引っ込めて、甲板の上に座り込んだ。


 ……無理だ。


 頭にフィードバックするのは、フレイさんの乾いた笑い声。


 記憶は途切れ途切れにしか残っていない。けれど、酷く怖かったことは鮮明に覚えている。


 身体を縄で縛り付けられて、息が出来なくて……たくさんの水を飲んでしまった。


 魔素製の水だから、たちが悪い。一定時間が経過したら水は消滅する。肺に大量に吸い込んでも死ぬことはない。


 ただ……苦しいだけだ。


 その時のことを思い出して、胸が苦しくなってきた。


 ――息ができない。


 俯いて、必死に息を整えること……数分。


 ようやく、少しだけ落ち着いてきた。


 身体は汗でグッショリと濡れている。海風が少し肌寒い。


 神官服を羽織ろうと手を伸ばした先に……靴先があった。


 視線を上に持ち上げると――見慣れた笑顔が俺を見下ろしていた。


「やっと起きた……アル、おはよ!」


 サラは、ニッコリと笑っていた。



 ○○○

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