08話 『人体実験』
翌朝、中央教会から新たな命令が下っていた。
その命令に従って……あまり気乗りしなかったけれど、俺とイプシロンは早朝に解剖室を訪ねていた。
「こんな朝早くに、何しに来たんですか?」
扉を開けると、エルシアさんが立っていた。不機嫌そうな顔で、リッパーの身体を濡れた布で拭いている。
「そこのリッパーに用事があって来ました」
「用事? でも、眠っちゃってますよ。『眠り病』ですし」
「……結局、『眠り病』という結論になったのですか?」
イプシロンが横から口を挟んできた。
エルシアさんは不機嫌そうな顔のわりに、優しい手つきでリッパーの身体を拭き続けている。
「三日も起きないなら『眠り病』に決まってるじゃないですかー。アトラス先生だって分かってるくせに、私を苛めるためにこんなことをさせてるんです。
……ほんと、師匠に止められてなかったら、お尻にお注射ぶち込んでやるんですけど」
エルシアさんは笑顔を向けてきた。
「それで、用事って何ですかぁ?」
「……中央教会から、リッパーを処分するように命令が出たんです」
「処分?」
俺たちが部屋に入ってきて初めて手を止めたエルシアさんは、こてんと首を傾げた。
「それって、どういうことですか?」
ここで、俺の代わりにイプシロンが前に出た。今回の任務に関しては、教会関係者以外には伝えてはいけない情報もあるらしく、新人の俺にはその辺の塩梅は分からない。
イプシロンがエルシアさんに事情を説明しているのを聞きながら、俺は寝台で眠っているリッパーを見下ろした。
――リッパー神官は今朝の零刻をもって神官を罷免され、ただのリッパーとなった。
そして同時刻に、リッパーの処分命令が俺とイプシロン、それからたぶんサラに下った。
処分命令……もっと分かりやすく言うなら抹殺命令だ。
リッパーはやりすぎた。
自分の『能力』を悪用して、好き放題にやってきた。
老神官が必死になって揉み消していたようだが……とうとうイプシロンの、そして聖女様の耳に入ってしまった。
昨日の晩、処分命令がおそらく出されるだろう、という話をイプシロンから聞いた時……俺は一つの提案をした。
どうせ処分するのなら――
「なるほど、そういうことでしたか!」
花開くような笑顔を浮かべたエルシアさんは、濡れ布をリッパーの顔に叩きつけた。
それから、二つの木椅子を俺とイプシロンの後ろにそそくさと置く。
「どーぞ、どーぞ、座ってください! 歓迎しますよ!」
元気な声で言ったエルシアさんは、奥の扉に手をかけた。
「私と師匠は奥の部屋にいますから、終わったら教えてくださいね!」
バタンと扉が閉まったあとには……リッパーの寝息だけが、解剖室の中に響いていた。
「……それでは、やりますか」
俺がポツリと言うと、
「あの、本当にやるんですか?」
イプシロンはリッパーから二メートルほど離れた場所で立ち竦んでいた。
「僕もこんなことやりたくないですけど……今のところ、『眠り病』について何も手がかりがありませんからね。結局、昨日の解剖でも何も分かりませんでしたし」
「それは、そうですが……」
「どうしても嫌なら、イプシロンは外で待っててください。一人でもできますから」
俺の言葉に、イプシロンは首を横に振った。
「私も……私も、一緒にいます」
躊躇いがちな足取りで、イプシロンは寝台の傍まで寄ってきた。
俺はイプシロンの灰色の瞳と見つめ合ってから……リッパーの二の腕を掴んだ。
昨日の晩、俺は一つの提案をした。どうせ処分するのなら――その前に試したいことがある、と。
俺たちは完全に袋小路に陥っている。
解剖をしても『眠り病』の原因は見つからなかった。
何かを知っているはずの神官たちは覚めない眠りに落ちている。
そして、サラは未だ見つからない。
最悪、『眠り病』は解決しなくてもいい。マエノルキアの人たちには申し訳ないけど、数日前に会っただけの関係だ。
でも――サラは、絶対に見つけないといけない。
そうじゃないとフレイさんに顔向けできないし……何より、俺はサラとこんなところで別れたくない。
どうにかして、この袋小路を打開する必要がある。
そして、その鍵を……リッパーは持っているかもしれないのだ。
頬を引っ叩いたくらいで目覚めないのなら、より強い痛みを与えればいい。
普通なら危険過ぎて与えることができない痛みも……リッパーになら、与えることができる。
――放電。
「きゃッ……」
ビクンとリッパーの腕が跳ね上がると同時に、可愛らしい声が聞こえた。
隣を見ると、イプシロンは頬を薄く染めている。
「も、もう起きたんですか?」
「いえ」
筋肉に電気を流したら収縮する。そんな単純なことを失念していた。腕とか足だと都合が悪いな。
少し考えてから、俺はリッパーの頭を両手で鷲掴みにした。指に茶味がかった髪の毛が絡まる。
まずは微弱な電気から。それから徐々に強くしていく。それを……リッパーが目覚めるか、死ぬまで続ける。
俺は吐息を一つ口から出した。
――放電。
リッパーの頭蓋骨を貫通した電流は、脳の表面を撫でた。
まだ大した強さでは流していない。だから当然、目覚める気配は全くない。
そのまま数秒経って、電流を強くしようとした時――俺は違和感を覚えた。
――
既に顔馴染みになりつつある医師たちに軽く会釈しながら、教会の奥へと進んでいく。
老神官は他の患者たちと同じように、白布の上でぐーすかと眠っていた。
隣を歩くイプシロンに目配せをすると、周りの視線から老神官の姿を隠すような位置に素知らぬ顔で立ってくれた。それを確認して、俺は老神官の傍にひざまづく。
白髪交じりの髪の毛に両手を添える。
少しだけ緊張する。
失敗はできない。失敗したら、この神官は脳が煮えてしまうだろう。
……大丈夫。
練習は、リッパーで散々やった。力加減は分かっている。
――放電。
繊細に調節された電気が、老神官の頭蓋骨を貫通する。
電流が脳に辿り着くと――運動が始まった。
神経にへばり付く、ソレ。
大きさは一ミリもない。肉眼では確認できないだろう。
ソレは、老神官の頭の中で蠢いている。蛆虫のように、神経の上を這い回っている。
――そこまで確認した俺は、放電を止めて立ち上がった。
「もういいのですか?」
「はい、確認できました。予想通りです」
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