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02話 『海と水着と難破船』



 潮騒の音がする。


 眼前に広がるのは砂浜。


 前世みたいに綺麗に整備されてはいないので、打ち上げられた諸々――大小の木造船、蟹っぽい生き物の死骸、深緑色の海藻などなど――が、波打ち際にはたくさん転がっている。


 なんで俺たちが海にいるのかというと、何をしたらいいか検討もつかなかったからだ。


 そんな中、サラが海に行きたいと言った。だから来た。それだけだ。


 少し汚いなぁ、なんて思いながら打ち寄せる波を眺めていると、青ローブの右袖を引かれた。


「……これが、海?」


 俺の隣で目をキラキラさせているサラが、か細い声で呟いた。


「そうだな」


 巨木の森でも、海を見たいって言ってたしな。そんなに嬉しそうな顔をされると、汚いとかどうでもよくなってくる。


 公園で遊ぶ娘をベンチに座りながら眺める父親の心境でサラの表情を見ていると――サラがおもむろに青ローブを脱いだ。


 パサリと、砂浜の上に落ちる。


 その間に、サラは三歩前に進んでいた。前に進みながら、片足ずつ靴と靴下を脱いで、それぞれを砂浜の上に放る。


 続いて脱いだのは上の服だ。特に何の装飾もない、地味な麻製の服を豪快に脱いで、勢いそのまま下の服と下着をひと塊に脱ぎ捨てる。


 サラの真っ白なお尻が、太陽に眩しい。全力疾走する動きに合わせて、薄っすらと筋肉が浮かび上がっている。


 ……は?


 頭がフリーズする。その間にも、砂をまき散らしながら、猪のような勢いで波打ち際まで突き進んだサラは――


 空を飛んだ。


「見ては駄目ですっ!」


 突然視界が暗くなった。


 一瞬、何が起こったのか分からなくて混乱したが、すぐに合点がいく。どうやら、イプシロンが俺の両目を手で覆ったらしい。


「イプシロン、もう大丈夫です。目は閉じているので」


 イプシロンの手をぽんぽんと叩くと、目元を覆っていた温かい感触がなくなった。


 ほんのちょっぴりだけ、薄目を開けたいような気がしないでもないけど……それをしたら負けのような気がするので、大人しく目を閉じておくことにする。


 まぶたの裏には、サラのなまっちろいお尻の残像が焼き付いている。


 頑張って、無理やりに思考を逸らそうと悪戦苦闘すること、十秒弱。俺は違和感に首を傾げた。


 ……にしても、サラはいつまで空を飛んでるんだろう? いっこうに、海に着水する音が聞こえてこない。


「な、な、なな、何を考えているんですか、あなたは!」


「海ってほんとーに大きいのね! スゴイわ!」


 すぐ後ろからイプシロンとサラの声が聞こえた。


「ねっ! 海って、どこまでつづいてるの!」


「えっ、どこまで……この海の先には小大陸がありますけれど」


「しょーたいりく?」


 二人の会話を聞きながら、俺は恐る恐る目を開けた。夏の日差しに若干目を細めながら、眼前に広がる青い海を見つめる。


 サラの姿は見当たらない。


 声は後ろから聞こえるから……たぶん、そこに全裸のサラがいるんだろう。


「――とにかく。サラ聖官、まずはこれを着てください!」


「なに、これ?」


「海賊が使っていたものです。これなら、水中でも動きやすいと思います」


「フロのなかでは、服をぬがないとダメなのよ?」


「ここはお風呂では……はぁ、もういいから着てください!」


 イプシロンもようやく、サラと真面目に話すことの無意味さに気付いたらしい。



 ――



 わちゃわちゃ騒ぐ音を聞きながら待つこと数分。


「アル聖官」


 ちょんちょんと肩を叩かれた。


 砂浜の上に体育座りをして、白波が寄せては返すのを眺めていた俺は、お尻の砂を払いながら立ち上がった。


 イプシロンは白いビキニを着ていた。


 この世界に化学繊維はないので、麻布を白染めした感じの素材だ。


 胸部の布の上下には、青糸で刺繍がされている。胸が薄いおかげで、幾何学模様が綺麗に――


「その、あまりマジマジと見ないでください……恥ずかしいです」


「す、すみません」


 目を逸らした先には、イプシロンと似たような服を着たサラがいた。ただ、色は白色ではなく赤色。


 サラはブーたれた顔をしていた。胸元の布を邪魔そうに触っているが、イプシロンに睨まれると渋々ながら手を下ろした。


「むー、分かったわよ!」


 それだけ言い残して、海へ向かって全力疾走。数秒後に爆音とともに水柱が上がった。


 水滴が雨のように降り注ぐ中、イプシロンは俺に向かって右手を差し出した。なにやら、黒い物を握っている。


「アル聖官の服も持ってきました……その、よければ」



 ――



 海パン一丁で砂浜の上に体育座りをしていた俺は、お尻の砂を払いながら立ち上がった。


 海の中では、サラとイプシロンが楽しそうに遊んでいる。いや、イプシロンはあまり楽しそうではないかもしれない。


 ハイテンションのサラに抱き着かれて溺れそうになっていたり、クラゲを両手いっぱいに握りしめるサラから悲鳴をあげて逃げたりしている。


 もちろん、普段のサラなら俺にも絡んでくるだろう。けれど今回ばかりは、サラも俺の持病を知っているので、そっとしておいてくれている。


 俺は水が怖い。海なんて、見てるだけなら大丈夫だけど、そこに足先を入れることを考えただけで身体が震えてくる。


 助けを求めるイプシロンの視線に合掌を返して、俺は波打ち際に沿って砂浜を歩き始めた。


 二人が遊んでいる様子を眺めるのにも飽きてきた、二人が飽きるまでその辺をぶらついて時間を潰すことにしよう。


 波打ち際の所々には、海藻や流木に埋もれるようにして大小様々の難破船が転がっている。俺はひとまず、その中でも一番大きなものに上がってみることにした。


 甲板までの高さは二メートルちょっと。手を伸ばしてもギリギリ手が届かないくらいの高さだ。


 前世なら上るのは無理だっただろうけど、今の俺には大した高さではない。軽くジャンプして甲板の上に着地する。


 案外と甲板は広い。奥行は十メートルちょっと、幅も数メートルある。甲板の床はしっかりしていて、腐っている様子はない。けっこう最近の船なのか?


 船の中央には円状の切り株がある。もともと帆が立っていたらしい。断面がトゲトゲにささくれ立っているのを見るに、強い力で引き千切られたんだろう。


 その切り株の少し奥に、四角い穴がポッカリと開いていた。近付いて覗いてみると、暗闇に向けて階段が続いている。


 しばし暗闇を見つめていた俺は、少しばかりのワクワクととも階段に足を踏み入れた。


 ひょっとしたら、奥に宝箱とかあるかもしれない。まあ、海賊船ってわけじゃないから宝箱は望み薄だけど……何か面白いものがあるかもしれない。


 階段を下りながら、胸元に右手を持ち上げる。


 人差し指と親指の間には、一センチくらいの隙間を作っている。


 我ながら、俺の『能力』は便利だ。


 指先に電気を流す。


 バチバチッという強烈な音とともに閃光が船底を照らした。


「――うあっ!!」


 男の声が船底に響く。


 同時、アフロが青白い光に照らし出された。


 足をもつれさせた俺は、船底の壁に沿って積まれていた木箱にぶつかっていた。木箱が雪崩落ちてきて、指先から灯りが消えてしまう。


 頭の中は真っ白。身体の上の物を力任せに払いのける。暗闇で何も見えない。


 その時、オレンジ色の光が灯った。


 寝ぐせだらけの男がランプを握っていた。


 身にまとうのは青ローブ。肩には銀糸の三環印。


 男はボサボサの髪の毛を搔きむしると、困惑した表情で言った。 


「あの……どうして肌着一枚なんですか?」



 ○○○

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