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07話 『聖官』



 聖女様と『Β』、俺の三人が執務室に戻ると……サラは、聖女様の椅子に座っていた。


 ワクワクした表情で、机の上に視線を向けている。


 聖女様も『Β』も……もちろん俺も、何も言えずに机の上に視線を向けた。


 机の上では、小さな人形のような物が踊っていた。


 人形の色は青色。ガラスのように、向こう側の景色が透けている。

 

 その人形の操作をしてるのは……たぶん、『Γ』なのだろう。机の傍に立っていて、両手を人形へ向けてかざしていた。


「あっ、せーじょさまー。帰ってきたんですねぇ」


 『Γ』が気の抜けたような声を出すと、机の上の人形は砕けて消えた。


「……何をしているのですか」


「この子が、暇そうだったのでー」


「……サラ・フィーネ。座るので、そこをどいてもらえますか?」


 サラは不満そうな表情を浮かべたが……俺が必死に手招きをすると、渋々ながら椅子から立ち上がった。


 机へ向かう聖女様と入れ違うようにして、『Γ』が入口へやってくる。


「疲れたのでー、眠ってきますー」


 それだけ言うと、『Γ』は部屋から出て行った。


 ……そういえば、よくよく見ると、クルーエルさんの姿も、部屋の中には見当たらない。


 何事もなかったかのように椅子に座った聖女様は、俺の隣に立っているサラに、鋭い視線を向けた。


「サラ・フィーネ。あなたは聖官になりたいですか?」


「せいかん?」


「アル・エンリは、なるそうですよ」


「なら、ワタシもやるわ!」


「分かりました」


 聖女様はサラの返事に頷いて、どこから取り出したのか、机の上に小さな青い玉を二つ置いた。


「では早速、任命の儀式を始めましょうか」


「……ちょっと、待ってください」


 俺がたまらず声をかけると、


「何でしょうか?」


「サラへの説明はないのですか? それに私も、『せいかん』になる前に、もう少し説明を聞きたいのですけれど……」


 聖女様は、露骨にめんどくさそうな顔をした。


 一言。


「ベータ、後は任せます」


「承知いたしました」


 執務室の入口に立っていた『Β』が返事をすると、聖女様の上下に青色の円陣が発生した。


 キンッ、と硬質な音が響くと、聖女様の姿は忽然(こつぜん)と消える。


「それでは私、ベータが聖女様の続きから説明させていただきます」


 部屋を縦断したベータは、優雅な所作でさっきまで聖女様がいた場所に座った。純白の長髪が、空気を含んで膨らむ。


 そして――慣れた様子で、机の上に脚を組む。


 白色のストッキングらしき物に覆われた、長くしなやかなベータの脚は……彫刻に見紛うほどに優美な曲線を描いていた。


「何か?」


「……いえ、何でもありません」


「私の脚に見惚れていたのなら、正直に言ってもいいのですよ?」


 ベータは長い足を組み替えながら、真っ白な両手の指先を、脚の上に滑らせる。


 ……思わず釘付けになっていた視線を逸らして、俺は無言を返した。


 怪しく、クツクツと笑ったベータは、机の上の青い石を手に取りながら、


「聖官というのは、神官の上位職のことです。聖官は中央教会に所属し、聖女様から直接指令を受けることになります」


 サラの反応を伺ってみると、案の定理解をしていない顔をしていた。正直俺も、あまりピンと来ていない。


「具体的には、どのようなことをするのですか?」


「神官では手に負えない案件に対処するのが、聖官の仕事です。強力な魔物の討伐、大規模な盗賊の殲滅、あるいは神官の処分……その他にも様々な任務がありますね」


 神官様の手に負えない案件――そもそも、神官様は地方騎士や中央騎士ではどうしようもなくなった時、最後の砦として登場する人たちだ。


 ベータの話を聞いた感じだと、要は、神官様のさらに次、があったということらしいけど……地方騎士でさえ、常に死と隣り合わせの仕事だ。


 俺は地方騎士の跡継ぎだから、そんなことは身に染みて知っている。


 だとしたら、聖官という仕事がどんなものなのか、想像するまでもなく理解できた。


「サラ、聞いたか? さっきは何も考えずに聖官になるって言ってたけど、危険なんだぞ? サラは止めといた方が――」


「アルは、どうするの?」


「俺は……」


 ベータの話を聞いても、俺の決心が揺らぐことはなかった。


 金髪が聖女様だったと判明した今、聖女様がマオ様と、敬称を付けて呼ぶ存在なら……俺のちっぽけな願いなんて、簡単に果たしてくれるだろう。


 そう確信できたからこそ、俺は何も怖くなかった。


「聖官になるよ」


 そう宣言した俺を、サラは深紅の瞳で見つめている。


「なら、ワタシもやるわ」


「……サラ、ちゃんと理解してるのか? もう一度言うけど、聖官になるのは――」


「あぶないんでしょ?」


 サラは、静かな口調で続ける。


「ワタシが、アルをまもってあげる」


 しっかりと俺の目を見て、サラは言った。


 ……なぜか、胸の鼓動が早まるのを感じて、俺はサラから視線を逸らす。


「駄目だ。やっぱり、危険すぎる。サラはただ、色んな場所を見てまわりたいんだろ? わざわざ危険なことに関わる必要なんてない。俺は付いて行ってあげられないから、いったんフレイさんの所に戻って――」


「そういえば、伝えるのを忘れていました。フレイ・フィーネ聖官は現役復帰しましたので、あの森に戻っても、誰もいませんよ」


 突然、ベータが割り込んできた。その意味を理解して……ベータの顔を凝視してしまう。


 陶磁器のような白い顔色を全く変えることなく、ベータは両手を頬に添えた。


「アル様、そのように熱い視線を注がれると……照れてしまいます」


 椅子の上で、真顔のままに身体をクネクネさせるベータは、少し気持ち悪かった。


「……フレイさんは聖官だったんですか?」


「そうですよ。しかもただの聖官ではありません。聖官は功績や戦闘能力に応じて順位付けをされているのですが、フレイ聖官は第三席です」


 第三席って……つまり、フレイさんは聖官の中で三番目に強いってことか?


 これまでの話を聞いた感じだと、聖官が教会の最高戦力。


 そもそも、教会自体が、大陸西方の戦力を『儀式』で独占しているのだ。聖官で三番目ってことは……大陸西方で三番目ってことになる。


 その事実を理解して、俺は思わずサラを見下ろしていた。


「なに?」


「いや……」


 そんなことは、今はどうでもいい。重要なのは……サラをどうするかってことだ。


 サラを一人で放り出すっていうのは論外。トラブルを起こしまくるだろうし……それ以前に、サラのことが心配だ。


 サラの実力なら、単純な戦闘で勝てる存在はほとんどいないだろう。けれど、戦闘で勝てなくても、サラを倒す方法なら幾らでも思いつく。


 例えば、人質を取ればいい。サラは見捨てないだろう。


 例えば、適当に言いくるめばいい。俺でさえできたのだ。本職の人たちなら、舌先だけでサラのことを巧みにコントロールするだろう。


 例えば……宿屋の少女たちの顔を思い出す。


 人間だけじゃない。魔物の中にも、巧妙に精神を揺さぶる存在がある。


 誰かが、サラを守らないといけない。


「……あの森にいないのなら、フレイさんはどこにいるんですか?」


「パパがどうかしたの?」


 横からサラが口を挟んできたが、無視。


「フレイ聖官は現在、任務で朝国に赴いています。しばらくは帰還しないでしょう」


 朝国と言ったら……小大陸に存在する唯一の大国。帝国のさらに南、砂漠を挟んだ向こう側にある国だ。


「――どうするのですか?」


 聖女様が机に残していった、二つの青球。それを机の上に転がしながら、ベータが判断を迫ってくる。


 ……しょうがない、か。


 ベータの手のひらの上で転がされたようで悔しいが……他に、選択肢がない。


「……私も、サラも、聖官になることを希望します」


「それでは、これをどうぞ」


 ベータが青球を手渡してくる。


「飲み込んでください。そうすれば、あなた方は聖官です」


 ベータはどこから取り出したのか、水の入ったグラスを二つ、机の上に置いた。


 青球の大きさはビー玉ほど。頑張れば飲み込めるほどの大きさだ。


 ……というか、人に飲ませるものなら、机の上で転がして遊ぶなよ。


 心の中で文句を言いつつ、俺はグラスを手に取った。隣で、サラもグラスを握っている。


 一息に、青球を飲み込むと――


「おめでとうございます」


 ベータは、無表情で続けた。


「新たな聖官の誕生を祝福します。席次は最下位から始まることになっていますから、サラ・フィーネ聖官は第九十三席、アル・エンリ聖官は第九十四席です。第三席を目指して頑張ってください」


 ……一位じゃなくて三位を目指すのか?


 俺が突っ込む前に、ベータがどこからか二着の青ローブを取り出した。


 肩には金三環。クルーエルさんも同じものを着ていた。たぶん、神官が銀三環で、聖官が金三環なのだろう。


 羽織ってみると、俺もサラもサイズはピッタリだった。


 そんな俺たちの様子を見て、「お似合いですよ」とかベータは棒読みで言っていたのだが――その表情が、突然引き締まったように感じた。


 同時……どうにも言葉では表現しづらいけど、頭の中に直接、焦燥感と図形が刻み込まれるような、不思議な感覚がした。


 図形は、ヨーロッパの地図だった。イタリアの沿岸部に、赤い点が打ちこまれている。


「早速ですが、お二人に席次を上げる機会があるようですね――付いてきてください」



 ――



「帝国傘下二十国。そのうちでも医療の国として名高いマエノルキアにおいて、現在『眠り病』と呼ばれる原因不明の疫病が流行っているとの情報が入っています。

 解析した結果、魔物が原因である可能性が高いとのことで、聖官派遣命令が下されました。サラ・フィーネ聖官、アル・エンリ聖官、そしてイプシロン臨時聖官の三名です」


 速足で歩く道すがら、ベータはスラスラと語った。


 階段を下り、扉を開けると、青い空間の中央にツインテールが立っている。


 『Ε』――イプシロンは、さっき見た時はメイド服姿だったのに、現在は神官服を身にまとっている。


 半ば押しやられるようにして青い空間に入ると、ベータがこちらに向かって手をヒラヒラと振っているのが見えた。


「お気をつけて」


 視界が切り替わる。



 ○○○

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