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05話 『塩の国』



 次の日の昼前、目的地に到着した。


 帝国傘下二十国の一つ、ヨルムガルトの主産業は製塩だ。沿岸部に栄養豊富な海流が流れているため、質の良い塩が作れる。

 

 ヨルムガルト第二の都市、ガルシアは、海岸部と他国を繋ぐ街道の途中に存在し、経済の中心となっている。


 ――という情報は、クルーエルさんが道すがら講釈してくれた。


 小さいころに、母上から主要国については一通り習ったから、名前くらいは覚えてたけど……細かな話は既に記憶の彼方。クルーエルさんの話は、結構面白かった。


 ガルシアの街を取り囲む外壁、そこに開けられた街の入り口には、大量の人が列をなしていた。


 塩を運ぶ人、塩を買い付ける人、それらの人々へ別の商品を売る人。目的はそれぞれ違うのだろう。


 俺たちはその長蛇の列の脇を当然のように通過した。


 列に並ぶ人々は一様に苛立った視線を向けてくるが、クルーエルさんの青ローブを認めると、何も言わずに視線を逸らす。


 神官様に文句を言うことは、すなわち教会にたてつくことだ。教会に睨まれたら、一商人などひとたまりもない。


 それどころか、教会が『ヨルムガルトの塩を買うな』と一言命令を出すだけで、国そのものさえ傾きかねない、と思う。……まあ、俺の妄想だが、あながち間違っていないだろう。


 ストレスフリーに街門へと到着すると、門番の兵士たちからは、身体調査をされることも無く、顔パスで街の中に侵入できた。


 もちろん入街税なんて取られない。


 深々と頭を下げる兵士たちの間を通って、俺たち三人はガルシアの街に入った。



 ――



 ガルシアの街並みは、エンリ村なんかと比べるのもおこがましいほど綺麗なものだった。


 建物は、石造り。色は白っぽい。街の入り口から中心部へと伸びる本道に沿って、二階、三階建ての建物がズラリと並んでいる。


 道にも建物と同色の白っぽい石畳が敷かれていて、荷車が通行しやすいように整備されている。石畳は、日光を反射してキラキラと光っていた。


 クルーエルさん曰く、光っているのは塩の結晶らしい。ここを通る荷から、塩が少しずつこぼれ落ちてるんだとか。


 ――これが、ガルシアの街の光部。


 光があれば闇がある。


 本道からは枝分かれした細い側道には、石畳なんて贅沢な物は敷かれていない。黄土色の地面が露出している。


 建物の間で日光が入らず、暗くなっているそこには、薄汚れた服に身を包んだ人々がへばり付いていた。


 お年寄りもいれば、小さな子どももいる。一様に暗い瞳をしていて、顔に留まった(はえ)を払おうともしない。


 その光景から目を逸らした俺は、勝手にフラフラと人ごみに消えていこうとするサラの肩を引っつかんだ。


「サラ、どうせ言っても意味がないと思うけど、もう一度言っておく。勝手にどっかへ行こうとするな」


「アルっ! みて、あれっ!」


 興奮したサラは、飛び跳ねながら遠くを指差していた。


 そこには、周りの建物と比べて一段と巨大な建造物が存在していた。


 建築材料は、周りの建物と同じ白っぽい石。だが、その建物は最高級のものだけを集めて作られたのだろうと、一目見ただけで分かった。


 白は白でも、目が焼けるような真っ白だ。


 キレイに成型された石は綿密に積み上げられ、三つの尖塔を形作っていた。それぞれの塔の先端では、赤、緑、青――三色の宝石が輝いている。


 また、尖塔には窓がいくつかあるのだが、そこには色鮮やかなステンドグラスがはめ込まれており、建物全体に華やかさを添えていた。


 ……うん、教会だ。


 俺が見たことのある教会も似たような形状をしていたから一目で分かる。……もちろん、こんなに立派なものではなかったが。


 今世で見た建造物の中では、間違いなく最も豪奢なのだが、前世でスカイツリーさえ見たことのある俺にとっては、大した感動を呼び起こすものではない。


「すっ、ごーい! すごいっ!」


 だがそんな感想を、全身で感動を表現しているサラに伝えるのは、野暮というものだろう。少し恥ずかしいけど……俺は何も言わずにサラを見つめていた。


 何が恥ずかしいのかというと――俺たちを円形に取り囲んでいる街の人々が、総じてサラに微笑ましいものを見る瞳を向けているのが、恥ずかしい。

 

 今の俺たちの状況を簡単に例えるなら、川のど真ん中に陣取る岩だろうか。


 クルーエルさんの青ローブを目撃した人たちが道を譲ってくれるので、群衆の中でも、俺たちの周りだけポッカリと空間ができているのだ。



 ――



 教会の扉にクルーエルさんがたどり着くと、門番らしき武装をしている兵士が、慌てて扉を開けた。


 チラチラと、明らかに教会関係者ではない俺とサラに視線が注がれるが、何も言われることは無かった。


 教会の内部には、外の喧騒がウソかのように静謐(せいひつ)な空気が漂っていた。


 室内の各所に置かれた椅子には、ポツポツと青ローブを着た神官様たちが座って、静かに会話をしている。


 俺にとっては、神官様なんて大企業の社長に等しい。一人だけでも緊張するのに、こうもワラワラと群れていると、圧倒されてしまう。


 そんな空間で。


「アルっ! ここもキレイね!」


 ステンドクラスから注ぎ込む、光柱を指差しながらサラが叫んだ。


 ザッ――と、建物内の全ての視線が俺たちへ注がれる。


 俺は慌ててサラの腕を引っ掴み、後ろへ下がらせた。恐る恐る、教会の内部へ目を向けると――


 ――教会内の全ての神官様が立ち上がり、俺たちへ向けて深々と頭を下げていた。


 意味不明な状況に、呆然と俺が立ち尽くしていると、


「頭を上げてください」


 クルーエルさんの言葉に、即座に神官様たちが頭を上げた。


 驚愕とともにクルーエルさんに目を向けると、ちょうど一人の神官様が歩み寄ってくるところだった。


 かなりの高齢で、顔には深い(しわ)が刻まれている。額には汗が染み出していて、緊張しているようだった。


 一瞬、俺とサラに視線が向けられたが、やっぱり何も言ってこなかった。クルーエルさんのみに顔を向けて、白い髭で囲まれた口を開く。


「クルーエル聖官。ご任務はいかがだったでしょうか?」


「滞りなく完了しました」


「そ、そうですかっ! いやはや、流石ですなぁ。それでは、よろしければ……お祝いということで、今晩宴会など――」


「いえ、用事がありますので、すぐに帰還します」


「そ、そうですか……」


 卑屈な笑みを浮かべていた老神官は、露骨にガッカリした顔をした。


 ギョロリ、と老神官は、俺とサラに目を向ける。


「そ、その……こちらのお二方は……」


「ああ、新たに推挙しようかと思っていましてね。この二人も、聖国に一緒に連れて行きます」


「なっ!?」


 老神官は目をかっぴろげ、俺とサラを凝視する。


 こ、怖いんだけど、この人。


 俺は思わず肩をビクッとしてしまったけど、クルーエルは平然としていた。


「それでは時間がありませんので、使わせてもらいますよ?」


「えっ、あっ……はい、分かりました」


 老神官のそんな返事を聞くや否や、クルーエルさんはまた歩き始めた。


 俺はどうしようかと少し迷ったが、とりあえずクルーエルさんを追いかける。ポケーッと、いまだにステンドグラスに目を奪われているサラを、引きずりながらだ。


 そんな俺たち三人の脇を、青ローブの神官様が小走りで追い抜いていった。


 クルーエルさんの進行方向――教会の入り口からちょうど正面に見える、巨大な扉――それを、先んじて開けている。


 クルーエルさんは一言「ありがとうございます」と言うと、そのままの勢いで、扉の向こう側へと進んだ。俺とサラもクルーエルさんに続く。


 扉の奥には、神秘的な光景が広がっていた。


 部屋の中央、床上二メートルのあたりには、人の頭ほどの大きさの青色の球が浮かんでいる。


 一目見た瞬間に見覚えがあると思ったら……『儀式』で使われる青石によく似ている。けれど、青石よりも一回り大きい。


 何にも支えられることなく、宙に浮かぶ青色の球からは、同色の光線が下方へと円錐状に放射されていていた。


 光線は、真っ白な床に点描を刻む。


 数えきれないほどの光点は、よく観察してみると、刻一刻と増えたり減ったりしているのだが、全体としてはほとんど一定数を保っているようだ。


 点描が描くのは、見覚えのある形。つい最近――巨木の森を出て、最初に訪ねた村で見た地図と、同じ形をしている。


 クルーエルさんの足が、その地図を踏んだ。


 付いて行っていいのか戸惑った俺が、地図の外で足を止めていると、


「何をしているのですか、アル殿。早く私の傍まで来てください」


「あっ、すみません」


 慌てて、サラを引き連れてクルーエルさんの所まで駆け寄る。光線が肌に当たると、少しだけ温かかった。


「青色の範囲内に、体の全てが入りきるようにお願いします。そのままだと、鼻先が切り取られることになりますよ、サラ殿。もう少し内側へ寄ってください」


 意味はよく分からないが、クルーエルさんがそんなことを言ったので、俺はサラを引き寄せた。


 青色円錐状の範囲はかなり狭い。高さ二メートルの青球から、だいたい四十五度くらいの角度で放射される光線が一番外側。油断すると、サラのように鼻先が範囲外に出てしまう。


 クルーエルさんは、もう一度俺とサラのことを確認して、


「それでは、動かないでくださいね」


 言って、頭上の青球へと右手を掲げた。


 クルーエルさんの手に、魔素が集まるのが分かった。


 魔素が、青球へと放出される――


 ――突然の眩しさに、俺は思わず目を閉じた。


 ザワザワと、人ごみの中にいるような音が聞こえる。ゆっくりと目を開けると……視界の全てが青かった。


 野球場なんかよりも広大な範囲の床が、青色の点で敷き詰められていた。


 当然、そこへと伸びる光線の数は膨大。視線はいくつもの青光線で遮られ、その向こう側の景色は濃青に染まっている。


 俺がいる場所は周りよりも一段低くなっていて、グルリと円状の椅子から見下ろされている。さながらコロッセオのようだ。


 椅子の上には、ズラリと女の人たちが並んでいた。どの女の人も信じられないほどに美人なのが、濃青に染まっていても認識できる。


 視線をさらに上へと持ち上げて、頭上。さっきまで、人頭大の青球があった場所には――巨大な、直径数メートルの青球が浮かんでいた。


「ここは……」


 明らかに、さっきまでとは違う場所。


 誰かに問いかけた訳じゃない。ただ、無意識に口をついていた。


 クルーエルさんは、無機質な瞳で俺のことを見下ろしながら、


「――ようこそ、中央教会へ」



 ○○○

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