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04話 『聖国へ』



「はい、サラ。夕飯」


「うん!」


 荷物の中から取り出した保存食を渡すと、サラは嬉しそうに受け取った。日はとっくの昔に暮れ、サラの姿は揺らめく焚き木に照らし出されている。


 ……こんなクソまずい飯、サラはよくそんな嬉しそうな顔して受け取れるよな。


 穀物やら野菜やらを乾燥させて成型した、このカロリーメイトのような食事は、一月以上保存がきく。ついでに言ったら、栄養もあるらしい。


 唯一にして最大の難点が、不味いこと。


 干からびた植物の繊維を、油で固めたような――そんなものは食べた経験はないが……まあ、そんな味がする。


 当然、俺は出来る限り食べたくない。今回も、サラに俺の分まで渡している。


 俺とサラのやりとりの一部始終を見ていたクルーエルさんが、


「アル殿は夕食を摂らないのですか?」


「ええ、まあ。一回食事を抜いたところで――」


「いけませんよ」


 食い気味にクルーエルさんが言った。


「食事は、全ての基本です。私たちの体内で分解され、最終的には血肉となるのです。つまり、最高の肉体を作るためには、最高の食事が必須ということ。食事を摂らないなど、もってのほかです」


 クルーエルさんは自分の荷物を漁ると、サラに渡したバーと同じものを取り出した。


「アル殿、この携帯食の味はお嫌いですか?」


「……ええ、まあ」


「私もです。こんな、家畜の餌にも劣るもので口内を汚すつもりなどありません」


 クルーエルさんは、そのバーを美味しそうに食べているサラを、無表情に見つめている。


 俺も何となくサラのことを見ていると、俺たちの視線に気づいたのか、サラは俺に眩しい笑顔を向けてきた。次いで、クルーエルさんへ不愉快そうな表情を向ける。


 サラはふんっと鼻を鳴らすと、そっぽを向いた。


「……ですが」


 クルーエルさんは、サラから俺へと視線を戻して続ける。


「これは私の師が教えてくださったことなのですが、一手間加えることで、とりあえず人間の食べ物へと変化するのですよ」


 クルーエルさんの両手が燃え上がった。


 両手に握られている例のバーが焦げ……香ばしい香りが漂ってきた。


「どうぞ。熱いですから、手をしっかりと魔素で保護してくださいね」


 クルーエルさんから受け取った熱々のバーに、俺は噛り付いた。


 咀嚼する。


 ……美味しくはない。

 けれど、不味くもない。

 確かにマシな味になっている。


 視線を感じて横を見ると、サラが口を半開きにしながら俺の事を見ていた。


「サラ殿も食べますか?」


 サラの様子に気づいたクルーエルさんが声をかけたが、サラは無視。代わりに、俺の事を凝視している。


「……食べるか?」


「うんっ!」


 嬉しそうにバーを受け取ったサラを、クルーエルさんは無表情に見つめていた。そこからは、何の感情も読み取れない。


「さて――」


 クルーエルさんは俺の方に向き直ると、


「教会に入るか否か、考えさせてくれ、とのことでしたが……心は決まりましたか? 明日には到着してしまいますが」


 教会に入る――つまり、神官にスカウトされた時、俺はその場で返事をしなかった。


 俺の目的は金髪と銀髪を探すこと。


 そもそも、神官になるには『儀式』で選ばれる必要があると思ってたから、自分が神官になるなんて考えてもみなかったが……それができるのなら、一番手っ取り早く目的を達する方法だろう。


 問題は――


 俺は、美味しそうにバーを食べるサラへと視線を向けた。


「クルーエル様、教会の仕事って……危険、なのですよね?」


「否定はしません。けれど、それは相対的なことでしょう。赤子にとっては世界の全てが危険なものです。お二方であれば問題なくやっていけると思います」


 焚火を見つめながら押し黙っていると……クルーエルさんは、脇に置いていた木枝を一つ、焚火の中に突っ込んだ。


「意外ですね」


 視線を上げると、炎に照らされた影で、クルーエルさんが苦笑いをしているように見えた。


「このような場所――教会が封鎖している場所にわざわざ侵入しているくらいですから、もっと好戦的な方かと思っていたのですが。実際、出会い頭に戦闘を仕掛けられましたしね」


「……すみません」


「いったい、何を悩んでいるのですか?」



 ――



 俺はこれまでのいきさつをクルーエルさんに語った。フレイさんに一度同じことを話したので、今回はけっこう要点をまとめて説明できたと思う。


 ただ、フレイさんの時と違って、今回はサラに関することも付け加えた。


 サラは、世界を旅するために巨木の森を出た。俺も、自分の目的のついでに、サラの旅に付き合ってやるつもりだったが……俺だけが神官になってしまえば、それに付き合ってあげることはできない。


 とはいえ、サラも一緒に神官になるのは――俺には神官になる理由があるからいいけれど、その理由のないサラを危険に巻き込むのは、ちょっと違う気がする。


 そんなことを、俺はクルーエルさんに語った。

 

「なるほど……」


 あまり途中で口を挟むことなく、静かに俺の話を聞いていたクルーエルさんは、座っていた丸太から立ち上がった。丸太の上には、純白の手巾が一枚取り残される。


 クルーエルさんは荷物から絹製らしき布を取り出すと……それを、丸太を枕に眠っているサラの身体にかけた。


「……てっきり、冒険者なのかと思っていたのですが、そういうわけではなかったのですね」


「はい」


「私がアル殿のお話を聞いていて思ったのは……サラ殿にとっても、教会に入るというのは良い選択ではないか、ということです」


「そうでしょうか?」


「ええ。私のように、否が応でも世界を練り歩くことになりますからね。世界を見て回りたいというのなら、満足ができると思います」


 ……確かに、一理あるかもしれない。


 そもそも、世界を見て回る自体、危険なことだ。どうせ、サラは今回みたいに自分から危険なことに首を突っ込むだろうしな。


 どっちにしろ危険なら、神官って肩書があれば、色々と都合がいい……のかもしれない。


 パチパチと焚火の音が聞こえる。


「……どうやら、結論を出すのは難しいようですね」


 スヤスヤと眠るサラを見ていると、クルーエルさんが声をかけてきた。


「すみません」


「いえ、謝ることではありませんよ。でしたら、ひとまず教会に来て、もっと詳しい説明を聞いてみるのは如何でしょうか?」



 ○○○

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