02話 『化物退治』
「「お兄ちゃん、お姉ちゃん、また来てね!!」
目をウルウルさせながら姉妹が言うと、予想通りサラが二人に飛び掛かった。
二人のことが、よっぽどお気に入りなようだ。
俺が入り込めるスペースなんてないので、二人には軽く手を振っておく。
俺はおっさんに向き直ると、
「昨日はありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ! 久しぶりのお客さんで、楽しかったですよ!」
宿屋のおっさんは笑いながら言って、その後ちょっと真面目な顔になりながら、
「この後もしばらく一本道が続きますが……そうですね、一日も歩けば分かれ道に突き当たります。そこを左に曲がって四日ほどで、街に着くはずですよ」
「分かれ道を左、ですね」
「はい、そうです」
最後に、俺はおっさんと固い握手をした。
「それでは、そろそろ失礼します――サラ、行くぞ!」
姉妹に頬ずりをしているサラには、当然俺の声なんて聞こえてない。
少し躊躇してから、襟首を引っ張る。
すると、サラはようやく、姉妹を両腕から解放した。
ブンブンと手を振る姉妹に和みながら、俺とサラは宿屋を出発した。
○○○
宿屋を出発して二刻弱。
目の前には、分かれ道。
宿屋のおじさんが言っていたやつだろう。
確か、ここを……左に行けばいいんだったか?
「なあ、サラ……どっちだと思う?」
「こっちね」
サラは右の道を指差した。
「そうか……」
右の道。その先から大きな気配を感じる。
気配の大きさとしては、これまでの人生でも最大級、ではあるが……。
フレイさんとサラのいたあの森――あそこでは、たまに感じ取っていたくらいの気配の大きさだ。
確かにエンリ村の付近では、一度も出くわしたことの無い大きさだけど……本当に、これが件の魔物なのか? 街道が閉鎖されて、教会が出張ってくるほどの?
だけど、左の道からは何の気配も感じ取れない。
もっと、先にいるのか?
……まあ、いい。とりあえず、右の魔物を相手しよう。
俺はサラと目を見合わせ――右の道へと歩みを進めた。
――
道を進んでいくにつれて、生物の気配が消えていく。
木の枝からは、鳥のさえずりが。
葉の合間からは、小動物の足音が。
草葉の隙間からは、虫の蠢きが。
暗い緑の木々だけが鬱蒼と茂り、もともとは整備されていたはずの山道を侵食している。
ついに進路を邪魔するようになってきた蔓を引き千切りながら、道なき道を進んでいく。
そして――
「サラ」
サラの顔の前に腕を出すと、勢い余ってサラは俺の腕に額をぶつけた。
「なにすんの!」という目で、サラが睨んでくる。
分かる、分かる。
サラが何を考えているか、手に取るように分かる。
どうせ、バッと飛び出して、ぶん殴ればいい――とか思ってるんだろう。
だけど、ここは譲れない。
父上の教え――慎重に、だ。
この教えを、昨日の俺は忘れていた。たぶん、『能力』という新しい力を得たことで、俺は知らぬ間に慢心していたのだろう。
宿屋のおっさんに怒られなかったら、いつか痛い目を見ていたかもしれない。
今、俺たちの前にいる魔物は……教会が街道を封鎖するほどの存在だ。見た感じ、サラが遅れを取るとは思えないが、油断していい相手ではない。
まずは、観察。
基本は変わらない。サラと一緒に、茂みの陰から観察する。
まるで数百年間、人が一人も足を踏み入れたことのない密林の中。
そこにポッカリと出来た、小さな空き地。
その中心。
敵は、そこにいた。
俺とサラの視線の先、ほんの十メートル程度先だ。
あれは――
「花?」
地面には一輪の花がへばり付いていた。
茎や葉っぱは見当たらない。
巨大な花だけが、ポツンと一つ咲いている。
直径三メートルくらい。
真っ赤な花弁には白い斑点がポツポツと付いている。
……いかにも、毒を持ってそうな見た目だ。
花の中心には、穴が開いていた。
かなり深いようで、暗い陰になっている。
その穴からは――コポッ、コポッ、という音。
数秒に一度、紫の煙が噴き上がっている。
「ねえ、さっさとやるわよ」
とか言いながら、サラは茂みの中から出て行こうとする。
俺はその頭を掴んで、動きを止めた。
「まあ、待て」
「……なに?」
サラが機嫌悪そうに俺のことを見上げる。
「どうやってアレを倒すつもりだ?」
「そんなの、なぐればいいじゃない!」
「――ばっ、でかい声出すな……」
慌てて、花の方を見る。
……良かった。特に動きはないようだ。
ということは……音は聞こえないのか?
「いいか――」
言いながら、俺は地面から拳大の石を拾った。
その石をサラに見せてから、おもむろに花へと向けて投げつける。
俺が投げた石は、綺麗な放物線を描いて、花の真ん中――穴を目指していた。
その穴から、
「あっ」
サラが小声で漏らす。
穴の中からは、ピンクの何かが発射されていた。
ピンクの……舌か?
肉厚の舌は空中で石を掴み取ると、飛び出た時の同じくらいの勢いで、穴の中へと消えていった。
そこまで観察したところで、
「ちょっ……」
俺はサラを引っ掴み、一緒に木の幹の陰に隠れた。
……しばらくして木の幹から顔を出す。
木の幹の表側を覗き込むと、
「サラ、これ」
頭だけを木の陰から出していたサラに、白い煙をあげる、小さな穴を指し示す。
さっき、ピンクの舌が飛び出した時、一緒に粘液のような物が飛んでくるのが見えた。この穴は、その粘液が溶かしてできたものだろう。
サラは何も言わずに、穴を凝視している。
「まあ、これで分かったと思うけど、何も考えずに突っ込むのはやめような」
「……わかったわよ」
眉をむーッと寄せながら、サラは頷いた。
――
フレイさんなら、氷ミサイルを飛ばすなりして派手に倒せると思うが、生憎と俺もサラも、そんなことはできない。
俺は電気を使えるが、指向性に乏しい。電撃はせいぜい二メートルくらいしか届かないし、距離が離れるほど威力が反比例のように減弱する。
サラは当然、肉体戦闘しかできない。
どちらも、今回の敵との相性は最悪だ。
だから、地道にやっていくしかない。
まずは、石を投げて、花の攻撃範囲、行動原理を観察。その作業が大体終わったのはいいんだが……。
「さて、どうするか……」
花は、半径一~二メートルまで近づいた物体を、自動的に攻撃する。
攻撃手段は、ピンクの舌みたいなもの。数は最低でも五本。あるいは酸性液の玉を放ってくることも、たまにある。
これくらいか。
やっぱり、遠隔攻撃以外に有効な手立てが思い浮かばない。
「サラ、何か思いつかないか」
目の前で、地面にあぐらをかいているサラに話しかける。
「うぅ……ワタシ、こういうのキライ」
と、サラは思考放棄。
パンチとキックの使えない相手は、初めてだったらしい。
フレイさんとの模擬戦後はピンピンしてたのに、ちょっと頭を使っただけでやつれた顔をしている……俺だけで、考えるしかないか。
くそっ、俺もサラも手ぶらなのが、ネックだ。
飛び道具を持っていれば、話は別なんだが。
「……」
ふと、思いつくことがあって、俺は手に握っていた石を無言で見つめた。
この石は、花の攻撃範囲を調べるために使っていたものだ。
効率よく作業するために、サラにたくさん集めさせたので、俺の真横には数百の石が小山のように積まれている。
数百の――飛び道具が、そこにはあった。
――
「サラ、準備いいか?」
頭上に向けて声をかけると、
「いいわよ!」
元気な声が返ってきた。
俺は左腕に抱え込んでいた石の山を持ち直して、そこから一つ、右手に取った。
上に顔を向ける。
「よし、始めてくれー!」
俺が言った瞬間、花が爆ぜた。
それを確認しつつ、頭上――枝の上に立っているサラへ、飛び道具を供給する。
そこら辺に落ちていた石ころだ。
それが、サラの手にかかれば……。
絶え間なく花へと降りかかる石礫の雨。
一発が衝突するたびに、チュドンッ、とか謎の音が出ている。
舞い上がった砂埃のせいで、花の様子は分からないが……可哀そうに。
――あっ、石が無くなった。
俺からの補給が無くなったので、少し遅れてサラの砲撃も終了する。
砂埃は徐々に消えて……。
そこには、小さなクレーターができていた。
花は、どこにも見当たらない。
シュタッ、とサラが俺の隣に着地した。
「これでおわり?」
――
「ねっ! 二人とも、よろこんでくれるかな!?」
「どうだろうな……あれが、例の魔物だったのかも分からないし。だから、確認しに帰ってるんだろ」
「それもそうね!」
とか言いながら、ニコニコと笑う。
……よっぽど、またあの姉妹に会えるのが楽しみなんだろうな。
花の魔物を倒したはいいが、それが目的の相手だったのか分からないので、宿屋のおっさんに確認しに帰ろう、と提案したのは俺だ。
……流石に、あまりにもあっけなかったからな。
俺の提案に、サラは顔を輝かせて即答した。
で、今は今朝通った道を逆戻りしてるって状況。
あともう少しで着くはずだが……おっ、やっぱり、見えてきた。
廃村が視界に入った瞬間、サラは駈け出そうとした。
「ちょっと待った」
先んじて声をかけると、サラは少し苛立った表情を俺に向ける。
「なに?」
「せっかくだから、驚かしてみないか?」
「……おどろかす?」
サラは小さく首を傾げた。
「だって、普通に再会しても面白くないだろ?」
自分の顔が、にやけてるのが分かる。
……何だかんだ言って、俺もあの姉妹のことが気に入ってるんだろうな。
あの姉妹がどんな表情を見せてくれるか、楽しみだ。
――
廃村には、誰にも気づかれずに侵入できた。
あとは、同じように宿屋に入り込むだけ。
俺とサラの二人で食堂――昨日、宿屋のおっさんが美味しい夕飯を振舞ってくれた場所だ――そこに、座って待っておく。
俺たちの姿を発見した姉妹か、あるいはおっさんがビックリ仰天、という計画だ。
……犯罪かな? 不法侵入?
そんなことは知らん。
あの人たちなら、笑って許してくれるだろう。
サラと二人でニヤニヤしながら、宿屋を目指して、俺たちは歩いていた。
――遠くから、誰かが走ってくる。
姉妹の、どっちかは分からないが、女の子。
慌てて身を隠そうとしたけど、遅かった。
目が合った。
女の子は、目を見開いて……叫んだ。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、助けて!!」
俺たちへ腕を伸ばしながら、叫んだ。
少女の後ろから、もう一人。
知らない男。
男は、こちらに手のひらを向けていた。
……いや、こちらではない。
手のひらは、少女の背中に向いていた。
男の口が、小さく動く。
瞬間、少女の体が――
「たすけ――!!」
燃え上がった。
真っ赤な光。
炎の中で、黒い影が身をよじっている。
両手で顔を包み込み、
体を小さく縮めて、
地面に倒れ込んで、
動かなくなった。
まだ、炎は消えない。
パチパチと、燃えていた。
○○○




