01話 『廃村の宿屋』
先に言い訳をさせて欲しい。
俺は確かに言った。
「わざわざ危険な道を通る必要はないだろ」
――と。
でも、サラのキラキラした瞳に見つめられると……俺には、最後まで拒否することができなかった。
俺も少しだけ、サラに甘いのかもしれない。フレイさんのことを馬鹿にできないな。
――というわけで、俺とサラは現在、強力な魔物が出ているという街道を、二人で走っている。
街道は封鎖されているとのことだったが、入り口に『立ち入り禁止』と銀三環の刻まれた立て札があるだけだった。
ここから先は自己責任、という意味だろう。
その脇を通過して、かれこれ八刻だ。
街道は封鎖されているから、当然食事処や宿屋も閉まっている。
領主のおじさん曰く、封鎖されてる道は十日分の長さらしい。ちんたら歩いていたら途中で行き倒れかねないので、俺とサラは八刻の間、ひたすら走っていた。
そのおかげで、日か傾きつつある中、既に半分の道のりを踏破している。
左右を森に囲まれた山道を走りながら、そろそろ寝床を探さないとな、なんて考えていた俺の視線の先に――。
廃村。
それだけだったら、これまでにもいくつか見た。俺の意識を引いたのは、別の要因。
「ね、アル! あそこ、だれかいるわよ!」
そう、子どもがいた。
二人の女の子が、何かをして遊んでいる。
街道の住民は、全て避難してるのかと思ってたんだけど……全員が全員じゃないのか?
俺たちが近付くにつれて、子どもたちもこちらに気付いたようだ。
手を振りながら、駆け寄ってくる。
「「おにいちゃん、おねえちゃん、お客さん!?」」
一人が俺の手を、もう一人がサラの手を掴みながら、そんなことを言ってきた。
「そうよ、おきゃくさんよ!」
……隣を見ると、ニヘラとした表情のサラがいた。
俺は二人の少女に視線を合わせる。
改めて見てみると、二人の顔は瓜二つだ。双子なのだろう。
「君たちは宿屋の子なの?」
「「うん、そうだよ!」」
「……二人、泊まれるかな?」
○○○
「いやあ、久しぶりのお客さんですよ!」
少女二人に連れられて一軒の宿屋に入ると、二人の父親らしいおっさんに歓迎された。
「この辺りに魔物が出て、住民たちが避難した、と聞いていたのですが……」
「……はい、そうですね」
途端、おっさんのテンションが下がった。
「この宿に来るまでに見ましたでしょう? 村の様子を」
村は、外観の通り廃村だった。この宿以外には空き家ばかりで、人の一人もいなかった。
俺が頷くと、おっさんは顔を伏せた。
「この村も、私たち以外はどこかへ行ってしまいました」
「では、どうして残っているのですか?」
「それは……」
おっさんは顔を上げて、少女二人の笑顔とそっくりな表情をした。
「ここは私が生まれ育った村です。どうしても捨てられなかった、それだけのことです――」
「ワタシが、退治してあげるわ!」
俺の後ろで、二人の少女と戯れていたサラが突然叫んだ。
振り返ると、少女たちはビックリして、サラの腕に絡みつかせていた手を離していた。
「……何、言ってるんだ?」
「だから、ワタシたちで魔物を退治するの!」
言いながら、サラは両隣の少女たちの頭を、両手で抱きしめた。
「急いでるんだぞ。教会が対応してるんだし、俺たちが手を出す必要ないだろ。……そもそも、魔物は街道が封鎖されるほど強力らしいし、俺たちの手には余る」
「パパよりつよいの?」
「いや……」
フレイさんより強いってことはないだろうけど。
言い淀んだ俺を見て、サラは不機嫌そうな顔をした。
「なら、ワタシたちでも勝てるわ!」
「そうかもしれないけど……」
確かに、サラの言う通り、手も足も出ないってことはないだろう。
サラにこの道を進みたいと言われた時……仮に魔物に出くわしても、何とかなると思ったからこそ、俺の方が折れたわけだし。
……俺は溜息をついて、おっさんの方を向いた。
「すみません。ちなみにですが、その魔物ってどこにいるんですか?」
「……まさかとは思いますが、本当に倒しに行くおつもりですか?」
俺が何も答えないでいると、おっさんの顔が歪んだ。
「止めてください! 同じことを言って二度と帰ってこなかった人を、私は何人も見てきました。もう、無責任に誰かを……死地に送り出すのは嫌なんです」
冷たい声で、ピシャリと言う。
その声と表情に、俺は目が覚めるような気がした。
パシンと、おっさんが両手を打つ。
「はい、暗い話はここまで! 今日は久しぶりのお客様ですからね! 腕によりをかけて夕飯を作りますよ!」
――
「じゃあ、そういうことでいいか?」
「……わかったわよ」
ベッドに座っているサラは、唇を尖らしている。
だが、何とか納得してくれたようだ。
説得には時間がかかるかと思っていたが、案外すぐにサラは理解してくれた。
これで、明日は朝一に出発。寄り道なんてせず、またもとの旅程に戻る。
明日中には、教会にたどり着くだろう。
……さて、サラの部屋にこれ以上いたら、フレイさんに殺されてしまう。
夜中に部屋を訪ねているだけでも危ういのだ。さっさと俺の部屋に戻ろう。
扉を開けようとすると……コンコン、と扉が控えめに叩かれた。
誰だ?
振り返って、サラの表情を確認してみると、サラにも心当たりはないようだ。
とりあえず開けてみると、
「あれ、お兄ちゃん? ここ、お姉ちゃんの部屋じゃ……」
姉妹の一方の顔が見えた。
続いて、もう一方の顔もピョコリと登場する。
「ふたりとも、どうしたのっ!」
後ろから、サラの嬉しそうな声が聞こえた。
直後――俺は横に吹っ飛ばされる。
幸いにして、そこにはベッドがあった。サラの部屋は二人部屋だ。
この宿には一人部屋もあるらしいが、『他にお客様はいませんので』と言って、おっさんは大きな部屋を用意してくれた。
「「もう、お姉ちゃん苦しいよぉー」」
ベッドに着地した俺が入口へと目を向けると、ニコニコしてる姉妹が、ニヤニヤしてるサラに抱きしめられていた。
……何だか疲れたような気がしながら、俺はベッドから立ち上がった。
「それじゃあ、また明日」
聞こえているのか知らないが、サラにそう言って俺は三人の脇を抜けようとした。
「「あっ、お兄ちゃん待って!!」」
呼び止められて、足を止める。
見ると、姉妹は唯一自由になる首を精一杯ねじって、俺のことを見ている。
「えっとね」「お兄ちゃんともお話したいの!」
台詞を二つに分けて、姉妹は言った。
――
「それでね、パパが作ってくれたの!」
「うん! すごくおいしかったから、お姉ちゃんたちも、向こうに着いたら食べてね!」
「へえ、美味しそうだな」
姉妹が紹介してくれた、ガルシアの名産品。話を聞く限り、確かに美味しそうだ。
他々、姉妹は目的地についての色んな情報を、面白おかしく教えてくれた。
なんでも、この街道を通っていた旅人から仕入れたものらしい。こうやって、客に行先のことを教えるのは、昔からの習慣なんだとか。
魔物が出現するまでは……毎日のように、今みたいに笑顔を咲かせていたんだろう。
「ねえ」
俺が声をかけると、姉妹が澄んだ瞳を、ついでにサラがぼんやりした瞳を、俺へと向ける。
「君たちは、別の街――もっとたくさん人がいる場所に行きたくないの?」
姉妹はキョトンとして、互いに顔を見合わせた。
次いで、俺へと四つの目を向け、
「「わたしたちは、パパと一緒にいたいの!!」」
照れた笑顔を浮かべる。
俺は、その笑顔から視線を逸らして、サラへと向けた。
どうやら、サラは限界らしい。ベッドに座ったまま、舟を漕いでいる。
椅子から立ち上がった俺は、部屋の扉を開けた。
「二人とも、色々教えてくれてありがとうね。もうそろそろ遅いから」
そこまで言うと、「「……はーい」」と姉妹は小声で答えた。
二人ともサラに抱きしめられてたので、サラの腕を押しのけて立ち上がる。
サラは、「……うーん」と言いながら、両腕を空中にアワアワさせていたが、すぐにパタンとベッドに落とした。
姉妹は小さく会釈をして、部屋から出て行った。
部屋の扉が閉まり、姉妹の足音が遠ざかっていくのを確認して、俺は踵を返した。
「サラ」
声をかけながら、サラの肩を揺する。
「ふむぅ……」
とか漏らしながら、サラは薄っすらと目を開け、
「……アル?」
と呟き、パッチリと目を開けた。
……正直、ついさっきサラを説得した口で、こんなことを提案するのは居心地が悪い。
それに、こんなことに首を突っ込むのも、俺の流儀ではない。
でも……たまになら、いいだろう。
○○○




