14話 『実家警備十五年目』
俺の視線の先には、小僧とサラがいた。
二人がイチャコラしていたら、今すぐ飛び出していって、もう一回『教育』してやるところなのだが……憎たらしいことに小僧は俺の教えを守っていた。
サラが小僧の手を掴もうとすると、しっかりと避けている。
全く忌々しい。
……これなら、問題なさそうだ。
最後に、笑顔のサラを記憶に刻み込んで……俺は自宅へと戻ることにした。
――
自宅に入る前から、気配は感じていた。
珍しい客もいたものだ。
玄関から家の中に入ると、ちょうど、聖女が奥の扉から出てくるところだった。
金髪が湿ってるところを見るに、勝手に風呂にでも入ってたんだろう。
「相変わらず、『能力』の無駄遣いですね。あれだけ大量の温水を生み出し続けるなんて、大陸中を探しても、あなた以外にできる者はいないでしょう」
「聖女様からそう言ってもらえると、ありがたいな。そこまで言うなら、『緑』の称号をくれてもいいんだぞ?」
「残念ですが、無理です」
昔の俺と違って、今の俺にとって、『緑』の称号なんて物に価値はない。
けれど、これが聖女と俺のいつものやり取りだから、久しぶりに言ってみただけだ。
最後に俺がこの台詞を言ったのは十五年前。俺は年を取ったが……聖女の見た目は全く変わっていない。
「――で? 何の用だ」
単刀直入に聞くと、聖女は空中から、一本の斧を取り出した。
「要請されていた、斧です」
言いながら、俺に差し出してくる。
確かに、一昨日サラに斧を破壊された後に、新しいものを申請した。
だが、普段なら、聖女自ら持ってくることなんてない。
他の食料なんかと一緒に、気づいたら家の中に出現している。
……聖女の手から斧を受け取ると、
「そろそろ、戻りませんか?」
聖女が静かに言った。
返答をしないでいると、聖女は一人で話し始める。
「朝国の動きが、最近活発になっています。おそらく、王国の政情不安を見てのことでしょう。……このままだと、戦争が起きます」
俺は、斧を机の上に置いた。
「フレイ・フィーネ聖官。あなたが必要です」
……やっぱり、そういう用事だったか。
まあ、あの小僧を俺の元に送ってきた時点で、何となく予感はしていた。
これまでの十五年間、こちらから連絡を取らなければ、向こうから干渉してくることはなかった。
それなのに突然、わざわざ手紙まで書き添えて、あの小僧を送ってきた。
ひょっとしたら、俺の腕がなまっていないか、どこかから確認していたのかもしれない。
「……戦争が起きようと、俺には関係ない」
「あなたの大好きな、強い将軍が生まれたらしいですよ」
「興味が無い」
一言で切り捨てる。
……しばらく、赤い瞳で俺の顔を見つめてから、聖女は瞼を閉じた。
上下に、青い円陣が出現する。
「そうですか。残念です」
「待て――」
俺は、机の上から斧を取った。
「あの日から、俺は戦争にも強い奴にも興味はない。人が何人死のうがどうでもいい。――だがな」
斧を、床に振り下ろす。
「俺だけが立ち止まっていたら、親失格だろ?」
斧を通して、魔素を注ぎ込む。
すると――一瞬で、部屋の全てが凍りついた。
部屋だけじゃない。
地下数十メートルの根っこの先端から、木の天辺まで。
巨木の全てが、凍りついた。
この木は……三十四年前、俺が生まれた時に、親父が植えた木だ。
かつて俺の故郷だったこの場所には……もう、この木しか、思い出となる物は残っていない。
――でも、もういいだろう。
新しい木は、育った。
そろそろ、俺も進む時だ。
唯一、凍っていない球状の空間の中で……聖女は少しだけ、驚いたような表情を浮かべていた。
「……変わりましたね」
聖女が、手を差し伸べてくる。
「歓迎します」
聖女の手を掴むと、俺の上下にも聖女の上下にあるのと同じ、青色の円陣が発生した。
中には文字の様なものが刻み込まれていて、グルグルと回転している。
回転が停止して――
俺の視界は暗転した。
○○○




