13話 『街道の魔物』
「すみません」
「はい……ん?」
俺が話しかけたおばさんは、一瞬固まった。
続いて、視線が俺の後ろのサラへと流れる。
「……旅の方ですか?」
「はい! そのようなものです!」
予想通りおばさんの顔が訝し気に歪んだ。
そりゃあ、そうだろう。俺とサラの服装は、明らかに旅人の物ではない。
精一杯の笑顔を顔に張り付ける――笑顔は、最高のコミュニケーションツールだと、母上に教えてもらった。
無言で俺を観察していたおばさんの顔が、少しだけ緩くなったのが分かった。
「……その、教えて欲しいことがあるのですが」
「はい」
「この村の領主様にお会いしたいのです」
「領主様……ですか?」
「はい、領主様です」
「領主様なら……」
――
サラを引き連れて村の中を歩いていると、すれ違う村人たちがジロジロと視線を注いでくる。
まあ、田舎なんてどこもこんな物だろう。よそ者なんて滅多に来ないから、単に俺たち二人が物珍しくて見ているだけだ。
実際、村人の幾人かは、興味津々の顔で俺たちに話しかけてきた。
その度に、俺は村に侵入する前に考えていた設定を説明する。
俺とサラは親違いの弟姉。駆け出しの旅商人で、道に迷ってしまったので、領主様に尋ねにきた。
ちなみに、最初は兄妹の設定だったんだけど、サラがごねたせいでちょっと不自然な設定になってしまった。
――そうこうしているうちに、おばさんが説明してくれた家らしきものの前に到着する。
扉をノックすると、すぐに中年のおじさんが出てきた。
たぶん、この人が領主だろう。
相手が口を開く前に、先手を打つ。
「お初にお目にかかります! 本日は事前の連絡もなく伺ってしまい、申し訳ございません!」
「……あ、はい。えっと」
疑問を感じさせてはいけない。俺とサラの服装は明らかに変だけど、そんなことを考えさせてはいけない。
面倒ごとは嫌だからな。万が一、賊か何かかと疑われたら、拘束されかねない。
畳みかけるように、俺は続けた。
「旅の途中で迷ってしまい、恥ずかしながら道をお聞きしたく参りました――」
大げさなくらい深々と頭を下げる。
すると、後ろが少し見えた。
そこには、腕を組んで仁王立ちをしているサラの姿。
……マズい、サラに指示を出すのを忘れてた。「静かにしといてくれ」って言っただけだった。
「あっ、そうでしたか! どうぞどうぞ、中へ。頭を上げてください」
幸いこの領主は寛大な性格だったらしく、サラの無礼には目をつぶってくれた。
ほっと肩を撫で下ろしつつ、俺は頭を上げた。
居間に通され、椅子に座らせてもらった。
家の中には、領主以外誰もいない。
書斎へと向かった領主は、長めの紙筒を持って、すぐに戻ってきた。
「すみません、ちょっと広めの地図しかありませんで……」
なんて言いながら、机の上に地図を広げる。
その地図を覗き込むと……うん、ぜんぜん見覚えのない地図だ。エンリ領の、俺の家にあった地図とは、似ても似つかない。
領主は、地図の端っこの方を指差した。
「この、ウィズル領ってのが、この村ですね」
地図には、教会語で『ウィズル』と書いてある。
それを確認しつつ……俺の頭には疑問が浮かんでいた。
ウィズル領の上には川が描かれていて、その上にも村を示す点がたくさんある。この辺りは巨木の森が広がってるから、村なんて一つも無いはずだけど……。
適当に、そのうちの一つの点を指差して、
「この、フィーネ領っていうのは……」
俺は深く考えずに言って――直後、しまったと思った。
領主はポカンとした表情をしている。
俺は、不自然な質問をしてしまったらしい。おそらく、旅人を自称するなら知っていて当然のことを。
俺がヒヤヒヤしながら黙っていると、
「よっぽど遠くから来たんですねぇ、お若いのに」
領主は感心したように何度か頷いた。
「この辺りの村は全て、十五年前に消えましてな。今では、全て教会の管理下ですよ」
……ザッと数えただけでも、数十。
村を示す点が、地図には打ち込まれている。
それが全て、消えた?
何か、大きな災害でも起こったのか?
少しだけ興味を引かれたけど、俺の聞きたいことは別にある。
「ここから一番近くの教会は、どこにありますか?」
「ふむ、教会ですか……」
領主なら、最寄りの教会の位置は知っていて当然。
そのはずなのに、領主は口元に手を添えつつ、十秒ほど悩んで……他の点と比べて、大きめの点を指差した。
『ミレーネ』――そこには、見覚えのある都市名が書かれていた。確か、帝国の……。
「今だと、ここですかな。徒歩で一月もすれば、着くかと」
……一月?
俺は地図から顔を上げた。
……ちょっと待て、いくら何でも遠すぎる。
ド田舎のエンリ村からでも、直近の教会まで十日もかからない。その三倍って……どう考えてもおかしい。
自分の目で、地図を確認する。
予想通り、領主が示したよりもずっと近い位置に、大きな街が見つかった。
「ガルシアに、教会は無いのですか?」
遠い昔、母上から聞いた覚えのある都市の名前を俺は告げた。
「ああ、知らないのですか。そこの街道に最近危険な魔物が出たとのことで、現在通行できないのですよ。教会が対応を検討している、とは聞いていますが……」
「……そうなんですか」
そういうことなら、仕方ないな。
街道が通行止めになるほど、と言ったら、かなり強力な魔物だろう。そんな道を進むなんて、自殺行為だ。
ミレーネを目的地に決めた俺は、領主から詳細なルートを教えて貰いながら、今後の予定を頭の中で組み立てていた。
「ありがとうございました!」
「いえいえ、大した手間でもありませんから」
大した手間ではないと言っているが、俺にとっては貴重な情報だった。できるなら、少しくらい感謝の気持ちを示したい……。
自分が無一文ってことは知ってるけど、俺は無意識にポケットの中を漁っていた。その手に――今朝、フレイさんから渡された麻袋が当たる。
……そういえば、何が入ってるんだろう?
取り出して、巾着を少し開けて、中を覗いた。
――金色。たくさん。
俺は慌てて、麻袋をポケットにしまった。心臓がバクバクと鳴っている。
金貨なんて、ほとんど見たことがない。
金貨一枚で、頑張れば一年は食っていけるのだ。それが数十枚は入っていた。
それを、ポンと俺に渡したフレイさん……。
一体、何者だ?
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