09話 『能力探索(リテイク)』
自分の『能力』が分かった俺は、嬉々として実験を繰り返した。
初めての不思議能力。
楽しくないわけがない。
実験の結果、俺のスペックが判明した。
手のひらを地面から五センチ以内に近付けると、砂鉄を集めることができる。棒磁石よりは少し強いかもしれない。
……いやいや、もちろん、これで終わりじゃないぞ。
俺には必殺技がある。
地面の上に体育座りすることで、大量の砂鉄を集めることができる。ちょっとした山になるくらい。
ネオジム磁石……とは言わないが、かなり強力な磁力だ。電子機器とかは破壊できるかもしれない。
……以上。
……。
おいっ!!
誰だよ!!
俺の能力決めたの!!
こんなクソ『能力』、いらねぇよ!!
「……はぁ」
まあ、最初から分かってたことだ。
七歳の頃には気づいていた。
この世界でも、俺は主人公ではない。
いいじゃないか、クソ『能力』で。
無いよりマシだ。
……それに、俺にはもう一つ『能力』がある。
磁力――この『能力』が、青なのか緑なのか分からないが……一方が磁力だとしても、もう一つ『能力』が残っているはず。
正直、あまり期待はできないが……やっぱり期待してしまう。
もう一つの『能力』は、カッコいいかもしれない。
……まあいい。
そもそもの俺の目的は、死から逃れることだ。
今日は、適当に砂鉄でも集めて過ごすとしよう。
――
「……アル、なにしてるの?」
俺がセコセコと砂鉄を集めていたところに、サラが帰ってきた。
アリ塚のごとき大量の砂鉄の山を、避けて近付いてくる。
「魔素を消費してるところ」
「――っ! 『能力』が分かったの?」
サラは、こっちが嬉しくなってしまうくらいの、いい笑顔だ。まるで自分のことのように喜んでくれてる。
「どんなのっ? 見せて!」
よろしい。
今の俺は、機嫌がいい。
しゃがんだ俺は、両手のひらで輪っかを作った。
興味津々で近づいてきたサラが、上から覗き込んでくる。
観衆の視線に、程よいプレッシャーを感じつつ……魔素を手のひらに集中する。
ザザッ――っと、微かな音が聞こえた。
砂鉄が集まっている音だ。
サラが息を飲む。
あっという間に、黒い小山が完成する。
「ふぅ……」
俺は額ににじんだ汗を、手の甲で拭った。
「……でっ?」
頭上から、サラの弾んだ声が聞こえた。
顔を上げると、嬉しそうな表情のサラが、俺を覗き込んでいた。
「それでっ、なにが起こるのっ!」
「えっ、終わりだけど」
「……そ、そうなの?」
サラが、畏怖を込めた瞳を砂鉄山に向けた。
その中には、幾ばくかの好奇心が見え隠れしている。
「これ、さわってもいい?」
「ああ」
サラはしゃがむと、俺の作った山に恐る恐る人差し指を突っ込んだ。
最初は爪先の先端、ほんの数ミリ食い込ませるだけだった。徐々に大胆に、指の根元まで山に突っ込み始める。
人差し指でグルグルと砂鉄山をかき回したサラが、俺に顔を向けてきた。
困惑した表情だ。
「けっきょく、どんな『能力』なの? これに、なにかすごい効果が――」
「無いけど」
○○○
砂鉄集めで一日が終了した俺は、サラと一緒に帰宅した。
フレイさんが居間の椅子に座っている。
フレイさんは、サラに続けて帰宅した俺に目を向けて、
「『能力』は分かったか?」
「はい、分かりました」
「おっ」
想定外だったらしく、フレイさんは目を見開いた。
「見ます?」
「だから……お前の『能力』は、模擬戦で見せろっつったろ」
「模擬戦の中で見せられるようなものじゃないので」
フレイさんは、豆鉄砲で打たれたような顔をした。
「そんなに特殊な『能力』だったのか? 戦闘に使えない……『治癒能力』とか?」
慄くフレイさんを見て、サラが笑いを堪えている。
俺は若干苛立ちながら、右手に握りしめていた黒い粉をフレイさんに見せた。
怪訝そうな顔のフレイさんの前で、砂鉄をテーブルの上に撒く。
「これが、僕の『能力』です」
フレイさんが身を乗り出した。
俺が両手で輪っかを作ると――まるで巻き戻しでもしているかのように、砂鉄が俺の手のひらの中に戻った。
「おお……」
フレイさんが唸る。
「その粉を、自在に操る『能力』か?」
「まあ、そんな感じです」
「なんだ、結構面白そうな『能力』じゃねえか」
「……そうなんですか?」
砂鉄を操る能力が、何かの役に立つのか?
フレイさんは、顎を撫でながら、
「例えば、そうだな――その粉を、敵の口から体内に侵入させて、中から攻撃する、とか。考え方次第では使えるだろ?」
……フレイさん、恐ろしいことを考えるな。
「……それは、無理ですね。自在に操れはしないので。直線的に引き付けることしかできません」
「そうなのか?」
フレイさんはサラに目を向けた。
サラが頷いている。
それを確認したフレイさんは腕を組んで、難しい顔をした。
「……何かないのか? その『能力』を役立てる方法は」
そんなもの、すでに熟考済みだ。
カッコいい使い方ができないかと試行錯誤したうえで、どうしようもないという結論に至った。
まあ、でも……せっかくだから、もう一度考えてみるか?
磁力でできること。
鉄を引き付けること以外。
……電子機器の破壊とか?
うん。
この世界が前世みたいな電子機器社会だったら、攻撃対象はかなり多い。
だが、この世界は中世ヨーロッパ風だ。電子機器なんてものはない。
他に、こんな世界でも磁力を役立てる方法……強いて言えば。
「フレイさん。小さめの鉄片とか無いですか?」
俺は人差し指と親指を、五センチくらい開けながら言った。
「ん? そんなもの何に使うんだ?」
「僕の『能力』に使えるかもしれないので」
「おお、そうか。……だが、そんなに小さい鉄は無いな。明日までに用意しとこう」
フレイさんがそう答えると、突如サラが手を上げた。
「パパ! それならあるわよ!」
一人で叫ぶと、バーンと扉を開けて、サラは消えた。
扉の奥から、しばらくガチャガチャとうるさい音が聞こえた後、サラは戻ってきた。
手には斧を持っている。
「おっ、おい! サラ、それをどうするつもりだ……?」
「もちろん――」
「サラ、ちょっと待――」
サラは、斧の刃の部分を両手で持つと、そこから鉄を千切り取った。
大して力を入れているように見えないのに、まるでガムでも千切るように、グンニャリと鉄製の刃が変形する。
「はいっ、アル!」
ちょうど五センチくらいの鉄片が、サラから渡された。
「……ああ、サラ。……それ、まだ使えたのに」
フレイさんが一人で呟いているが、サラには全く聞こえてないようだ。キラキラとした瞳で、俺のことを見ている。
俺は小刻みに震える手で、サラから鉄片を受け取った。
フレイさんも気を取り直したのか、俺に注目している。
……そんな期待の瞳を向けられても困るんだが。
俺の思いついた、磁力の使い方。
前世では、三大発明とか言われてたっけ?
火薬、活版印刷、そして――羅針盤。
要は、方位磁石だ。
まあ、海や砂漠ぐらいでしか方位磁石を使う機会なんて無いので、役立つ『能力』とは言えないが……驚かせるくらいはできるだろう。
魔素を集中させる。
磁力を込めるのは、右手に摘まんでいる鉄片。
磁力が鉄片に集中し――
赤熱した鉄片が、爆発した。
「あつッ!!」
落下した鉄片は床を焼き、黒い煙が上がっている。
焦げ臭い匂い。
「わぁっ! すごいっ! なにこれ!」
「おいっ! そういうことするなら、先に言っとけよ!」
サラとフレイさんが何か叫んでいるが、俺自身が混乱中だ。
サラが俺の体を前後に揺すってこようが、気にならない。
……今、何が起こった?
○○○




