08話 『能力探索』
「あっ、アル! おそいわよ!」
フレイさんと一緒に戻ると、サラが腕組みをして待っていた。
「思ったよりも、コツを聞くのに時間がかかったから。――ですよね、フレイさん?」
「ん? ……ああ、そうだな」
フレイさんへ視線を向けると、俺の意図は通じたようだ。話を合わせてくれた。
「そうなの? それで、ちゃんと使えるようになった?」
「……もう少しで使えるようになりそう」
「ふーん、そうなの! あとで見せてね!」
……自分の『能力』の手がかりさえつかめてないが、正直には言いづらい。
まあ、三日以内に『能力』を使えるつもりではある。嘘はついてない。
「あ? お前らいつの間に、そんな仲良くなってたんだ?」
隣のフレイさんの声が怖い。若干、察してはいたけど……もしかして、フレイさんって親バカ?
「えっと――」
「パパ! はやく、始めよ!」
「ん、ああ……そうだな。もう、涼しくなってきたし……始めるか」
言われてみれば、確かに涼しくなってきてるな。朝の暑さと比べると。……この森の気候は理解できない。
「おい、小僧――」
フレイさんの声に、俺が目を向けると……フレイさんは、俺に左の手のひらを向けていた。
「んじゃぁ、危ねえから……お前はここで、大人しく見てな」
フレイさんが言った瞬間、鳥肌が立つ。
――寒い。
ピキッピキッ、という微かな音に視線を下に落とすと……地面が、円状に白くなっていた。
呆然と見ていると、その白い円が盛り上がる。
凍る音。
「――は?」
俺の声は、氷の中に閉じ込められた。
俺の周りをドームのように、氷が取り囲んでいる。
透明度が異常に高い。外の様子が、ガラスのように明瞭に見える。
それが氷だと即座に判断できたのは、冷たいからだ。
ドームの中の空気は、真冬のように冷たい。
「この中なら、たぶん安全だ。サラに殴られても、一発くらいなら耐えられる。安心して見てていいぞ」
……それは、安全なのか?
疑問に思ったが、質問する前にフレイさんは離れてしまった。
右手で、軽く氷のドームを叩いてみると、硬質な感触が返ってきた。
そんなに分厚くは見えない。本気で殴れば、俺でも砕けそうだ。
……これがフレイさんの『能力』か。
いまだに俺の近くにいたサラに目を向けると、サラと目が合った。
「アル!」
声をかけてきた。
「ちゃんと、見ときなさいよ!」
俺の返事を待たず、サラはフレイさんの傍へと向かってしまった。
フレイさんとサラは、二メートルほど離れて向き合っている。
どちらも武器なんて持っていない。無手で、互いに柔道のような構えをとっている。
サラの戦型は知っている。
ゴリゴリの物理特化。
意味不明な威力――それこそ一発一発が必殺の、貫手や蹴りを、嵐のように打ち込んでくる。
受け止めたら腕が吹っ飛ぶので、とにかく逃げ回ることしか出来なかった。
……フレイさんは一体、どうやってサラと戦うんだろう?
俺が唾を飲み込んだ瞬間――
サラは迷わず、フレイさんの顔面を狙った。
ギリギリ残像が見えたが、まるで拳が瞬間移動してるようだ。
だが……フレイさんは全く慌てない。
回避しようとする気配はない。
フレイさんの顔面に衝突する直前、サラの拳の軌道が不自然に逸れた。
空振る。
……いま、何が起きた?
俺が混乱している間にも、状況は進んでいる。
フレイさんの反撃――が来るかと思ったが、フレイさんは何もしない。
サラの攻撃が続く。
流れるような動きで、サラは腰を落とした。
左足を軸に回転。
サラの体が高速で回転し、右足が叩き込ま――
――フレイさんがジャンプした。
悪手だ。
空中では、身動きが取れない。
当然、サラは追撃する。
回し蹴り。
フレイさんの胴体――絶対に避けられない場所を狙っている。
瞬間、フレイさんの両手のひらから、何かが高速で発射されるのが見えた。
フレイさんが数メートル後ろに吹っ飛ぶ。
発射された何か、は……巨木の幹に突き刺さった。
半分ほどめり込んで、ドリルのように回転している。
……なんだあれ?
悠々と着地したフレイさんは、またしても何もしない。
サラの攻撃を、ただ待っている。
――
それからの二人の戦闘は、終始一方的だったと言える。
サラは、頑張った。
毎秒、複数の攻撃を放ち続けていた。
それを、フレイさんは全て捌いた。
回避できるときは回避し、それが無理な時は手で軽く払う。
もちろんサラの攻撃を素手で受け止めたら、怪我を負う。
疑問に思って目を凝らしてみると……フレイさんの手のひらに白い何かが付いていた。
何か、っていうか、氷だと思う。
フレイさんの『能力』は、氷を作る『能力』らしいし。
手のひらの氷は、サラの攻撃が衝突した瞬間、砕け散った。
あんな薄っぺらい氷で、全部のエネルギーを殺せるとは思えないんだけど……まあ、何かしてるんだろう。
サラの攻撃を受け止める時は、必ず氷の膜を張っていた。
長いようで短かった四半刻は――
「終わりだ」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
フレイさんの言葉で終了した。
汗一つかいていない、余裕のフレイさん。
膝に手をついて、汗だくのサラ。
サラが繰り出した攻撃は、数百発。
全部が全力。
疲れもするだろう。
――結局、一発も当たらなかったが。
サラの話だけでは、正直半信半疑だったが……フレイさんがサラを完封する光景を、俺は実際に目撃してしまった。
てっきり、フレイさんは『○○ブリザード!』とか言って、大技を繰り出して戦うのかと思ってたが、フレイさんの動きは終始地味。
できないというわけではないんだろう。俺を取り囲んでる氷のドームも、一瞬で作ってたし。
……要は、サラに対応するために、そんな『能力』を使う必要は無かったということだ。
このままだったら、サラは永遠に勝てないだろう。
まあ、俺には関係ない話だ。
フレイさんが歩いてくる。
手のひらを俺に向けると、特に決め台詞を言うでもなく、
――バチャリ。
俺を取り囲んでいた氷のドームが、水に変わった。
降りかかった水は、瞬く間に乾いていく。普通の水ではなかったらしい。
「どうだ? 参考にはなったか?」
……うーん。
氷を出す様子なんかは、参考になったかも。
俺の『緑』の『能力』も、似た感じで放出されるんだろう。
「多少は、なったかと……」
だけど、やっぱり俺の体から、あんな不思議な物が発生するとは思えない。
どんな感覚なのかも分からない。
「――あの!」
「なんだ?」
「……やっぱり、俺にちゃんと教えてくれませんか?」
フレイさんは沈黙した。
「……悪いが、俺の考えは変わらない。まあ、頑張ってくれや」
フレイさんは俺の肩をポンと叩いて、そのままどこかに去っていった。
――
「で、あんたはどんな『能力』だったの?」
そんなの、俺が一番知りたい。
見当も付いていない。
「もう少しで分かりそうなんだけど……」
「つまり、まだ分かってないの?」
サラの眉にシワが寄った。
怒られる?
フレイさんに負けたからか、さっきから機嫌が悪いし。
サラは腕を組むと、
「モギセンするわよ!」
……サラはどんだけ戦闘が好きなんだろうか? さっきの戦闘を見た後だと、微塵もやりたいと思えない。
「なに? イヤなの!」
「嫌ってわけじゃないけど……サラと模擬戦ができるほど、俺は強くない」
「そんなの、知ってるわよ!」
「……」
こう言われたら言われたで、イラッと来るな。
サラは深紅の瞳でジーッと俺の顔を見ると、
「ワタシ、アルの『能力』分かってるわよ」
マジで!
……。
……落ち着け、相手はサラだぞ。
「なによ、その目……」
「いや、なんでも――それはそうと、俺の『能力』って?」
「じゃ、モギセンするわよ!」
……なんで?
と聞いたら最後、これから半刻くらい問答が続く可能性が高い。
正直、サラの言ってることの信頼度はゼロに近いけど、ゼロではない。
フレイさんいわく、『能力』は無意識に使っているとのこと。戦闘を通して、自分の優れている部分を意識できるかもしれない。死地は覚醒できるイメージあるしな。
「……分かった」
――
「あんた、イガイと強かったのね!」
額に健康的な汗を浮かべたサラが、眩しい笑顔で言った。
対する俺は、クタクタ。
息も絶え絶え、心臓も痛い。
手に持っていた木片を地面に投げ捨て、地面に仰向けに転がる。
この木片は、さっきのフレイさんとの戦闘で、サラが量産したものだ。
無手だと、一回攻撃を受け止めた瞬間終わりなので、大量に落ちていた木片を木剣代わりに使って、俺はサラとの模擬戦に臨んだ。
死ぬかと思った。
でも、フレイさんの時と比べると……たぶん、多少は手加減してたんだと思う。
毎秒三発だったのが、毎秒一発くらいになっていた。
……死ぬかと思った。
笑顔のサラは、上から俺を見下ろして、
「もう一回やろ!」
俺は、目を閉じた。
「アル?」
何も、聞こえない。
「ねえ……なぐるわよ?」
「で、結局、俺の『能力』ってなんなんだ?」
「聞きたい?」
「……ああ」
サラはしゃがむと、俺の頬を突きながら、
「教えてもいーけど、じょーけんがあるわ!」
条件? 模擬戦に付き合うのが、条件じゃなかったのか?
なんか騙された気分だけど……サラの顔を見るに、何も考えてない顔だ。
「……分かった。何でも言うことを聞くから、教えてくれ」
サラは満足そうに頷くと、俺の瞳を覗き込んだ。
「えっとね、じゃあ……ワタシをパパに勝たせて!」
サラの瞳は深紅。
一点の曇りなく、澄んでいる。
そんなサラの瞳を……直視できない。
ひょっとして、バレてる? 俺が、サラの模擬戦をどうでもいいって思ってたこと。
「……分かった分かった。サラがフレイさんに勝てるまで、付き合うよ。で、俺の『能力』って何なんだ?」
「とりゃっ!」
サラが俺の顔面に向けて、拳を振り下ろした。
「――うおっ!?」
とっさに避けて、俺の頭は無事だった。
「な、何すんだよっ! 殺す気か!」
「はいっ! これがアルの『能力』!」
サラが俺に向けて指を突き付けてくる。
「……どういう意味だ?」
「だから――」
サラは俺の額五センチから指をどけると、
「ワタシがなぐっても、アルにはなかなか当たらないの。だから、これがアルの『能力』だと思うわ!」
「……フレイさんの方が、もっとちゃんと避けてなかったか?」
「パパは、『来る!』と思ってるから当たらないの! でも、アルはさっきみたいに、いきなりでも当たらないわ!」
……なんというか、ふわっとしてるな。
それに、『反射神経の良さ』がもしも俺の『能力』なんだとしたら、赤『能力』なんじゃないか?
「……むぅ、もう一発いる?」
不満顔をしていると、サラが右拳をニギニギやり始めた。
「い、いえっ――結構です!」
――
自分だけで『能力』を発見することに決めた俺は――
力んでみたり、適当なポーズをとってみたり、腕立て伏せをしてみたり……巨木を背に、体育座りをしていた。
ちなみにサラは、腕立て伏せをしている間にどこかに行ってしまった。現在俺は、独りぼっちである。
ぼーっと座ってるだけだと、なんだか肌寒くなってきた。
……いったん帰るか。
立ち上がろうとして――気付いた。
「……何だこれ」
最初、俺がこの年にもなって、粗相をしてしまったのかと思った。
だが、よく考えるまでもなく違う。
尻が濡れている感覚はしない。
だとしたら……。
地面の、さっきまで俺が座っていた場所を撫でる。
黒くなっている。けれど、やっぱり、濡れているわけではない。
手のひらを見ると、黒い粉が大量についていた。
サラサラしてるのに、手で払ってみてもなかなか取れない。
――まさか。
もう一度、さっきまでとは別のところに座ってみる。
ただひたすら座る。
これが、今俺のやるべきことだ。
視線は、下。
自分の太腿の間から、地面を凝視する。
一分経ち、二分経ち……十分ほど経った時――俺の尻の下に、黒い砂が集まっていた。
手のひらを伸ばすと、黒い砂がくっついた。
――まだ、触れていないのに。
「……なるほど」
分かった。
分かってしまった。
俺の『能力』は――
磁力だ。
○○○




