07話 『色と能力』
魔素の性質――『色』には三種類あるという。
そして、『色』によって、魔素を使った時に出現する『能力』の傾向が異なる。
『赤』――身体を強化する。
サラはこの『色』だ。
『緑』――物を作り出す。
サラいわく、フレイさんはこの『色』。氷を作り出せるらしい。
『青』――特殊な力を発揮する。
蝙蝠はこの『色』だったのか? よく分からない。
……で、俺は『青』と『緑』の両方の『色』を持っているらしい。
ちなみに、俺はこれまでの人生で、不思議能力を発揮できたことはない。つまり、自分の『能力』が何かを判断するところからの開始となる。
――三日のうちに。
それまでに見つけられなければ、俺は自分の魔素に殺されてしまう。
早速サラに、自分の『能力』を発見する時のコツを聞いてみたのだが、
「知らないわ!」
……まあ、想定通り。
サラはゴリゴリの『赤』だ。自分の『能力』が何かなんて、考える必要はない。
完全に俺の先生としては失格だ。
もっと相応しい人物は別にいる。
『緑』だというフレイさんが。
「――それじゃあ、フレイさんにコツを聞いてくるから」
当然の提案だったと思う。地面から立ち上がって、家木へ向かおうとすると、
「ダメよ!」
サラが俺の腕をつかもうとしてきたので、避ける。
「……だって、サラが知らないんだったらフレイさんに聞いた方が早いだろ。フレイさんは当事者なんだから」
自分の手のひらを見ながら、首を傾げていたサラは、
「ダメよ!」
「ダメって言われても」
「だって、そんなことしたら、パパにアルの『能力』がバレるじゃない!」
「……フレイさんに俺の『能力』がバレたらマズイのか?」
「そうよ!」
サラは力強く頷いた。
……こんだけ自信満々なところを見るに、何か深い理由があるらしい。
「よく分からないけど、フレイさんに『能力』を見せなければいいんだよな? 少し助言をもらうだけなら、いいのか?」
「……むぅ、バレないの?」
「たぶん」
サラは眉を寄せながら考え込んでいる。
「……というか、なんでフレイさんに『能力』がバレたらマズイんだ?」
「ん? だって、パパにバレたら、勝てなくなっちゃうじゃない!」
「……ん?」
サラは胸の前で拳を握りしめている。
「勝つって……誰に?」
「パパ!」
「フレイさん?」
「そう!」
「……俺がフレイさんに勝てなくなるってこと?」
「ちがうわ! ワタシとアルがよ!」
サラはむんすっ、と鼻息荒く言った。
「えっと、そもそもフレイさんと何かの勝負でもしてるのか?」
――
サラのたどたどしい説明を紐解いていくことで、何とかサラの言いたいことが分かった。
サラは毎日フレイさんと、この場所で模擬戦をしている。
ルールは、『フレイさんに四半刻攻撃をし続けて、一発でも当てられたらサラの勝ち』というもの。
聴く限り、サラに圧倒的に有利な条件だと思うんだが、物心付いてから毎日挑戦しても、一度も勝てたことがないらしい。
俺は数分でサラに取り押さえられたのに……フレイさん化け物かよ。
ともかく、サラがそんな状況にうんざりしていた中、現れたのが俺だ。
サラは画策した。自分一人じゃ無理でも、こいつと二人でならフレイさんに勝てるんじゃないか、と。
そんな思いから、サラの『アル育成計画』は出発したのだった。
「……」
……それ、俺に関係ないよね?
サラの話を理解して、最初の感想はそれだった。
あまりに自信満々だったから、すごい理由があるのかと思ったけど……考えてみれば、サラは常に自信満々だった。
まあ、フレイさんとの模擬戦に勝ちたいのは分かったが、そんなことに俺の命を懸けるわけにはいかない。
「思ったんだけどさ」
「なに!」
「サラは、フレイさんと戦う時の隠し玉として俺を使いたいって話だよな?」
「……そーよ」
サラは訝し気な顔だ。さっきから散々説明してるのに、まだ分かってないのか、とでも思ってるんだろう。
「やっぱり、フレイさんと話させてくれ。それが、サラのためにもなると思うんだ」
「ワタシのため?」
「フレイさんからコツを聞いたら、効率よく俺も『能力』を使えるようになるだろ? そうすれば、俺も早く模擬戦に参加できる」
「……たしかに、そうね」
「大丈夫、フレイさんに『能力』はバレないようにする」
サラはうんうんと頷いている。
……ちょろいな。
「それじゃあ、俺はフレイさんのところに行ってくるから」
「分かったわ! ただし、できるだけ早くもどってくること!」
――
「――とのことです」
俺は、家木の居間にいたフレイさんに、サラから聞いた話を全て曝露した。
「……なるほどな」
俺の対面の椅子に座って、コップを傾けているフレイさんは、どこか遠くを見る目をした。
「フレイさん。サラが僕に魔素の扱い方を教えるのは無理です。フレイさんから教えてもらえないですか?」
そう、俺は最初からこのつもりだった。
何とかしてサラの目を逃れ、フレイさんのもとに行く。で、フレイさんに今の俺の状況を説明し、サラを先生役に任命したことを考え直してもらう。
模擬戦?
んなこと、知らねぇよ。
フレイさんはコップを机に置いて、
「……分かった。自分の『能力』を見つけるコツを教えてやろう」
フレイさんは真面目な顔で続ける。
「まず前提として、魔素は全ての人が持っている。量の差はあってもな。ここまでは教えたよな?」
「はい」
「その魔素を用いることで、身体能力を上げたり、怪我の治癒を早めたりしてるわけだが……じゃあ、無意識に魔素を用いることと、魔素を使うことの違いは何か分かるか?」
用いることと、使うこと?
……考えてみれば、特に赤『能力』なんて単なる身体強化だ。
俺とか普通の人が、無意識に魔素を使っていた状態と、本質的には変わらない。両者の間に明確な線なんて引けるのか?
「……分かりません」
俺の返答を聞いて、フレイさんは大仰に一度頷くと、
「正解は……違いなんてない、だ!」
ドヤ顔をしながら言った。
うざい。
「……それで、それがどうかしたんですか?」
俺の冷たい反応に、フレイさんしょんぼりしたような表情をした。ゴツイおっさんがしても、可愛くはない。
フレイさんは机のコップをつかむと、グビリと中身を飲み干した。
「――つまりだ、誰でも無意識に『能力』を使ってるってわけだ。例えば俺は、物心ついた時から人よりも少しだけ汗かきだった。サラの場合だと……あいつは最初から馬鹿力だったな。
お前も、そういう『人と自分の違う所』を見つけてみたら、案外簡単に自分の『能力』が分かる……かもしれねぇ。分かってしまえば、あとはその『能力』を繰り返し使うだけで修業になる」
人よりも少しだけ汗かきって……めちゃくちゃ曖昧だな。
「僕の場合だと――」
「おっと、言うなよ」
とりあえず思いつくことを言ってみようとすると、フレイさんが止めた。
「お前の『能力』を俺が知ったらマズいからな。それはまた今度――模擬戦の中で教えてくれ」
「……どういうことですか?」
「つまりだ――」
フレイさんが椅子から立ち上がった。
「俺からお前に修業をつける気はないってことだ。サラの元で頑張ってくれ」
……は?
「ど、どうしてですか!」
当然俺は立ち上がって、フレイさんに詰め寄った。フレイさんは自分の頭を右手でポリポリ掻くと、
「まあ、俺も機を見てお前の指導をするつもりだったんだけどな……気が変わった。
そもそも、俺もサラも、自分で自分の『能力』を発見したんだ。お前も頭は悪くなさそうだし、大丈夫だと思うぞ?」
フレイさんはニヤつきながら、
「まあ、手がかりがないと大変だろうからな。――ちょうどこれから、サラとの模擬戦がある。見るか?」
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