04話 『奪婿の儀式 四』
『奪嫁の儀式』は王国貴族が妻を迎え入れる際に行われる儀式だ。
大昔に王子が他国の姫を剣で手に入れた逸話が元になっており、妻側の当主とチャンバラをして勝てば結婚が認められる。
サラに確認してみたところ……その『奪嫁の儀式』をしたいらしい。
いや、嫁じゃなくて婿だから、『奪婿の儀式』と呼んだ方が正確かもしれないが。
やる気まんまんのサラから目を逸らし、玄関扉の方へ目を向ける。
父上はサラの闘気に当てられて、青白い顔で額に汗を浮かべている。
その隣では、母上が「あらまあ」という感じで口元に手を当てている。
再度、サラに視線を戻す。
「……ひょっとして、サラがお義父さんと戦ったのも、奪婿の儀式の一環だったのか?」
「? そうだけど」
サラが当然のように頷くのを見て、俺の中でここ最近の疑問が解けていった。
お義父さんがうざ絡みしてきたのも、イプシロンが含みのある感じだったのも……イーナが少し寂しそうだったのも。
3人とも、このことを知っていたからだろう。
俺は小さく息をついて、さっきサラが読んでたカンペに目を落とした。
毛筆で書かれた、見覚えのある几帳面な文字が並んでいる。
俺が華に行った当初は、「練習中なので」と恥ずかしそうな顔をしながら、少し不格好な字を書いてたっけ。
……紙を二つ折りにする。
正直、状況に頭が付いてきていない。
要は、サラから告白を受けたことになるのか? しかも、イーナたちもそれを後押ししていると?
というか……サラが? 俺のことを好き、なのか?
困惑しながら目線を上げた時、サラがじっと俺を見ていることに気が付いた。
「ごめ――」
半ば無意識に、俺の口から出た言葉を遮るように――
「アルが、ほしいの」
背伸びをしたサラが、俺の頭に両手を回していた。
深紅の瞳が、鼻がくっつきそうなくらい間近から、俺の目をのぞき込んでいる。
「ワタシだけを、見て」
ふわりと、柑橘の香りがした。
……真っ白な頭で、サラの小さな、それでいて大きな背中を見る。
母上が「きゃーっ!!」って感じで両手を頬に添えていて、父上が微妙な表情をしながら前に出てくるのが見える。
父上は洗練された所作で剣を正眼に構えると、厳かな声で口上を述べた。
「エンリ男爵家当主、ウスラ・エンリ。決闘の申し入れ、しかと受け取った。いざ、尋常に――」
○○○
『しばらく、お休みをいただきます。探さないでください』
集合時間になってもエトレナが現れないので部屋に向かってみると、机の上に書置きがあるのを見つけた。
お休みって……何も聞いてないんだが。
仕方ないので、一人で聖女様の執務室に向かう。扉をノックすると、カチャリと内側から扉が開かれた。
扉を開けたのは、仕事モードで表情の薄いベータ。正面の巨大なデスクには、不機嫌そうな聖女様が見えた。
「すみません、少し遅れました。実はエトレナ聖官が――」
「お休みの件なら聞いていますよ。10日間ほど、友人と旅行に行ってくるそうです」
聖女様は投げやりに言うと、羽根ペンをインク壺に勢いよく戻した。
「まずは……結婚おめでとうございます。アル・フィーネ聖官」
「……ありがとうございます」
声に出されて言われると、なんだかむず痒い感じがする。
サラと父上の決闘は言うまでもなくサラの圧勝で終わった。圧勝というか、そもそも勝負にさえなってなかったが。
で、まあ……俺はアル・フィーネになった。さっき見たら、つい昨日のことなのに席次表の名前も変わっていたので、聖籍上も公式に婿入りしたことになってるっぽい。
「さて」と続けた聖女様は、脇にある紙山の上部から、1枚のペラ紙を手に取った。
「慶事の際は規定により祝金を支給することになっています。後で口座を確認しておいてください」
ベータ経由で渡された紙には、一般人の年収分くらいの額が記されている。
そういえば、『奪嫁の儀式』では婿側が結納金を支払う風習があるが……『奪婿の儀式』なら、フレイさんが父上に払うのか?
いや、フレイさんは帝国出身だから、また別の風習があるのかも?
あとで……ちょうど相談したいこともあったし、イプシロンにでも聞いてみるか。
頭の中でそんなことをツラツラ考えているうちに、聖女様が引き出しの中から何かを取り出すのが見えた。
手のひら大の、白金色のプレート?
再びベータ経由で渡される。金地の表面には三円環。ひっくり返して裏面を見ると、別の印――どこかで見覚えがあるものが刻印してある。
「先日、教会の監査任務についてもらう予定と伝えましたが……もともと、エトレナ聖官の経験のためにとアル聖官が見繕ったものですから、本人の休暇が終わるまで延期です。
とはいえ、聖官を何人も遊ばせておく余裕はないので――」
聖女様の言葉と共に、聖官拘束で任務の詳細が頭の中に刻み込まれていく。
「それは一帯における全権委任票です。何もないとは思いますが、何かあれば使ってください」
帝国はヨルムガルト、不帰之森は禁域の中でも比較的知名度の高い場所だ。
20年ほど前。幾つもの街を壊滅させ、周囲を恐慌に陥れた魔物は、一人の聖官によって下された。
その際、周囲に放出された魔素が土地を侵し、魔物が溢れ、巨木が並ぶようになった旧フィーネ領は、禁域に指定された。
「禁域内の掃討任務……サラ聖官と二人で、ですか」
「本来は、もっとしてほしい任務は山ほどあるのですけれどね。ベータとイプシロンから、頼まれまして」
聖女様はため息をつくと、視線を横に動かした。
俺もそちらを見ると、ベータは小さく頷き、
「お二人には、普段からとても助かっていますので。イプシロンと相談し、聖女様に上申させていただきました」
「というわけで、私たちからの最大限の配慮です。任期はエトレナ聖官が帰還するまで。サラ聖官を連れて、今日中に出発してください」
――
アル聖官が部屋を退出し、気配が廊下を離れていくのを待って、私は口を開いた。
「帰還予定は?」
「後処理に少し手間取っているようですが、2、3日内には帰還予定と、つい先ほど通信がありました」
ベータの返答に、思わずため息が出てしまう。
ここ数年は何事もなく安定していた。
王国の諸々はイプシロンのお陰で整理されつつあるし、それに煽られた帝国内の動揺も落ち着いている。
黒狼との関係は良好で、朝国は政変が起こったために、教会に敵対する余力はない。
……狐帝も、しばらく姿を表していないですし。
そういうわけで、私は気兼ねなくマオ様との蜜月の日々を過ごしていたというのに……ここ数ヶ月、とみに仕事が増えている。
サラ聖官が突然長期休暇を申し出たと思ったら、他の聖官も怪我や病気やらでパラパラ消えるし。
それで余裕が無いところに、なぜか魔物の出現傾向が変わり、原因調査に追われ。
開いた穴を埋めるために白服が駆り出され、そのせいで私も負担が増えていく。
……で、機嫌が悪いところに入ってきた報が、アル聖官の結婚だ。
それ自体はどうでもいいが、イプシロンの頼みで高位聖官2人に半ば休暇を与えることになったのは誤算だった。
とはいえ、仕方のない処置とは言える。
ベータに進言されて気付いたが、サラ聖官の結婚なんて聞いたら、あの人の性格なら黙っていないだろう。
中央教会で暴れられては堪らないので、ことが済むまで隔離しておくのが吉だ。
「そういえば、オメガには伝えてありますか?」
ふと思い至ってベータに聞くと、何事にも抜かりない彼女は、やはり当然のように頷いた。
「はい。数日中に急患の可能性があることは連絡済みです。搬送は手が空いていればイプシロンが、あるいは私が転移石を使って行う予定です」
私は再度ため息をついて、天井を仰いだ。
「……やりすぎなければ、いいんですけれど」
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