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03話 『奪婿の儀式 三』



 共和国に出現した魔物の討伐。


 新たに聖女様から課された任務は、久しぶりにシンプルなものだった。

 こういう任務は普段、サラが根こそぎ熟しているんだが、まだ修行から戻らないらしく俺にお鉢が回ってきたというわけだ。


 エトレナとともに共和国へ飛び、走って数刻で最寄りの街に到着。

 そこから気配を頼りに密林へ入ると、特に苦労なく件の魔物を発見することができた。


 発見というか、向こうから襲ってきたわけだが。


 草藪の中から、体長3メートルの身体が飛び出してくる。


 気配でバレバレだったのでエトレナともども難なく避けると、虎の姿をした魔物は牙を剥き出し唸ってきた。


 体表は赤と黒のシマシマ模様。前情報と合致している。

 特殊な力はなく、牙や爪を使った膂力頼りの攻撃だったらしいが……色合いからしても赤系の魔物でよさそうか? もちろん、先入観は良くないが。


「それでは、エトレナ。任せますよ」


「はい!」


 後ろに下がって、観戦モードに入る。


 エトレナもそろそろ独り立ちできそうなので、今回の任務は荷物の準備、到着してからの情報収集、方針の決定など、ほぼ全て任せてある。当然、戦闘に関してもヤバそうでなければ参加するつもりはない。


 気配を完全に断ち、虎のヘイトが向かないようにしつつ、木の上から観戦する。


 エトレナの主武器は専用武器であるナイフだ。

 魔素を見る『能力』によって、エトレナには魔素の薄いラインが分かるらしい。基本は小さい隙間なので、大きな剣よりは小さなナイフの方が使いやすいんだとか。


 巨大な魔物や、お義父さんみたいに全く隙間がないとどうしようもないが、今回の相手とは相性が良さそうだ。


 見る間に虎の全身が刻まれていく。


 脚を絶たれ、地面に伏せった虎の頚を、青いナイフが一閃。


 白い粒子が拡散し、拳大の赤い魔石が残される。


「お疲れ様でした」


 地面に降り声をかけると、エトレナは見事なドヤ顔で振り返った。


「どうでした?」


「特に問題なかったと思いますよ」


「えー、それだけですか? もっと! ちゃんと褒めてください!」


 面倒くせぇ、と思わなくもないが……師匠たるもの、ちゃんと褒めるのも仕事のうちだ。


「見事な手際だったと思います。全く危なげなく、安心して見ていることができました。

 戦闘だけでなく、諸々の段取りも含めてこれだけ安定感があれば……そろそろ独り立ちしても、大丈夫そうですね」


 正直、俺が独り立ちした時よりもしっかりしてると思う。

 あと何度か、今度はもっと複雑な任務をメインでこなせることを確認すれば、一人前としていいだろう。


 てっきりニヤニヤ調子に乗るかと思ってたんだが、想定外にエトレナは表情を固くしていた。


「……どうしましたか?」


「えっと……あの、でもやっぱり、まだ一人は不安といいますか」


「誰しも最初は不安ですよ。エトレナなら大丈夫です」


「いえいえ! 私なんてまだまだですよ!」


「さっきまでの自信はどこに行ったんですか。エトレナなら一人でも――」


「そうやって、突き放すんですね! もし私が怪我でもしちゃったら、どう責任取るんですか!」


「責任って……独り立ちしたら自己責任ですよ」


「嫌です! 断固拒否します! まだ独り立ちなんてしませんから!」


 ……なんだその宣言は。


 呆れていると、聖官拘束による独特の感覚が頭に浮かんだ。

 通信要請? デルタに確認してみたところ……どうやら、サラからの通信があるらしい。エトレナに一声かけて繋げてもらうと、弾んだ声が頭に流れ込んできた。


『アル! いま、どこ?』


『共和国の北の方だけど』


『任務? おわるまで、どれくらいかかりそう?』


『もう終わったから、中央教会に戻るところ』


『それじゃ、明日エンリ村にきて!』


『は?』


 質問する間もなく通信が切れてしまう。


 エンリ村? 来てってことはサラは今、エンリ村にいるのか? てか、明日っていつだ。華と王国では基準時がだいぶ違うし。


 疑問が頭を巡るが……サラに繋ぎ直してもらうか? いや、質問したところで、どうせさらに意味不明になるだけだろう。なら、さっさと現地に向かうのが一番か。


 鬱蒼と繁る木々の隙間から太陽の位置を確認する。

 現在時刻はおおよそ午後三刻。最寄りの教会に戻るころには夜だが、刻異を踏まえると日が出てるうちにエンリ村に着けそうだ。



 ――



 疲れたと文句を言われながら最寄りの教会まで走って戻り、

 せっかくだから食べ歩きしたいと言い張るエトレナを置いて帰ろうとしたらマジ切れされ、

 仕方ないので観光に付き合って、さらにプレゼントまで買わされ、ついでにお土産を物色――

 などとやっていると、とっくの昔に日が沈んでいた。


 中央教会に戻ったらすぐさまエンリ村に飛ぼうと思ってたんだが、向こうはさらに遅い時間だし、今から行っても迷惑だろう。


 なにより……疲れた。


 エトレナがワガママなのはいつものことだか、今日はいつも以上だった気がする。

 髪飾りを買ってやったら……というか、半ば無理やり買わされたら、満足したっぽいが。


 疲れた時には風呂に限る、というわけで、中央教会に帰還した俺は浴場へと直行した。

 いつものごとく誰もおらず、広い浴槽を堪能してから、のんびりと自室へと戻る。


 ちなみに、エトレナとは帰還直後に別れている。いつも通り食堂に直行したのだろう。

 ついさっきまでウザいぐらいベッタリだったのに薄情な弟子だ。


 窓の外は真っ暗だが、シャンデリアで煌々と照らされた廊下は明るい。

 トボトボ一人で歩いていると……見知った人影が壁際に立っているのが見えた。


「任務、お疲れ様でした」


 イプシロンは軽く会釈すると、つり気味の目尻を下げた。


「アル聖官のことですから、ここで待っていたら会えるかと思ったのですが、大当たりでしたね」


「……? 呼んでもらえれば、どこからでも駆け付けましたのに」


「それは、さすがに申し訳ないので」


 くすくすと笑ったイプシロンは、灰色の瞳を壁へと向けた。


 壁には謎の金属でできた板がかかっている。中央教会の数ヶ所に設置してある席次を示す板だ。


 相変わらず首席、次席は空白。三席のフレイさんに始まり、七席にサラ、九席に俺が続いている。

 席次の部分は以前と変わりないけれど――


「アル聖官にもいち早く知っていただきたくて、待っていました」


 お義父さんの名前が刻まれていた場所に、新しくサラ・フィーネの名が刻まれている。


「……すごいですね。本当に、お義父さんに勝つなんて」


 いつかは超えるだろうと思っていたが、数週間前に戦闘を見た時の印象では、もっとかかると思ってた。

 何十年も『赤』の座を守っていたお義父さんに勝ったのは、たしかに大きなニュースだが……それで、わざわざ俺を待ってたのか?


 疑問に思い目を向けると、イプシロンはジッとサラの名を見上げ続けていた。

 なんというか、じんわり感じ入っている雰囲気だ。


 ……なにか、深い意味でもあるのか?


 よく分からないので黙って待っていると、イプシロンが視線を向けてきた。


「サラ聖官に会ったら、ちゃんと褒めてあげてくださいね」


「え? ああ、はい。分かりました」


「エトレナ聖官に髪飾りを買ってあげたそうですけれど……サラ聖官にもたまには、ちゃんと形に残るものを渡してあげてくださいね」


 若干ジト目になりながら言ってくる。


 なんだか責められてるっぽいが、なんでだ? というか、そんな話どこで聞いたんだ?


 よく分からないが、イプシロンのアドバイスに否やはない。とりあえず、こくこくと頷いておく。

 サラの好みとか分からないが、土産屋にある謎の置物とか喜びそうだ。


 そんな俺の様子をジト目で見ていたイプシロンは、小さく息をついた。


「もし、何を贈ったらいいか困ったら、気軽に相談してくださいね。一緒に考えますから」



 ○○○



 旧ロンデルさん家には、俺とイーナが定期的に訪問するために、直通の転移石が置いてある。


 両手に酒や菓子、スパイスなどを提げ、私服姿で転移した俺は、ロンデルさん家に誰もいないのを確認して実家へと向かうことにした。


 そろそろ収穫時期のため、大きく育った麦が風にそよいでいるのが見える。

 合間に村人もパラパラいて声をかけてくれるが……特に若い子たちは誰が誰やらサッパリだな。


 ちなみに、なんだかんだ俺が一番の出世頭なので、それにあやかってアルフォンスだのアルフレートだの、似たような名前が増えているらしい。

 数年後はさらに意味不明になるかと思うと変な笑いが出てしまう。


 しばらく歩くと実家が見えてきた。年に1回はイーナと帰省してるので特に感慨とかは無いが……なんだ、これ?


 実家の前の広場には大量の薪が山積みになっていた。これだけあれば数年どころか数十年は使い切れなさそうだ。

 2、3個拾い上げてみると、恐ろしいほどにどれも同じ形――縦横5セン、長さ30センの直方体をしている。


 半ば呆れていると――


「アル?」


 高い所から声が聞こえた。 


 気配で分かっていたので、特に驚くこともなく頭上へ目を向けると、屋根の上で日向ぼっこをしてたらしいサラが、少し眠そうな目でこちらを見下ろしていた。


 瞬き1つで、寝ぼけ眼がキラキラ光り、山猫のような動作で俺の隣に着地する。


「おそい!」


 ぷくっと頬を膨らませるサラに、俺は袋の中から小瓶を取り出した。


「はい、共和国の土産」


「みやげ?」


「そう。試食で美味しかったから、サラにどうかなって」


「……ありがと!!」


 満開の笑顔でフタを開けたサラは、中にある色とりどりの飴のうち真っ赤なものを取り出した。桜桃味だったっけ?


 別にサラのために買ったわけでもないが……そんなに美味しそうに食べてくれるなら、買ったかいがあるというものだ。


 サラが上機嫌になったのを見計らって、俺は早速イプシロンに課されていたタスクをこなすことにした。


「お義父さんに勝ったって聞いたけど……」


 褒める……褒めるといっても、自分より強いサラを自分が褒めるのって、どうにも気恥ずかしい感じがする。


 言葉に詰まっていると、飴をなめていたサラが無言で頭を差し出してきた。


 こちらも無言でワシワシ撫でてやって……10秒くらい経ったのでそろそろいいかなと手を止めると、サラは空いた右手で俺の手首をつかみ、ワシワシのおかわりを要求してきた。


 追加で20秒ほどワシワシすると、満足したのかサラは俺の手首を離し――代わりに手のひらを絡めるように握った。

 俺より二回りも小さな手のひらは、柔らかくて、湯たんぽのように温かい。


「……サラ?」


 意図が分からず問いかけると、サラは俺の目を真っ直ぐのぞき込みながら言った。


「ワタシが勝って、アルもうれしい?」


「えっと? そりゃあ、嬉しいけど」


「……ん」


 真剣な表情で頷いたサラが、なぜか濃密な魔素を紡ぎはじめる。


 輪郭が赤く灯り、大気が揺れる。積み上げられた薪がガラガラと崩れ落ちるのに混じって、扉が開く音が聞こえた。


 緊張した表情の父上が、剣を片手に顔を出す。

 すぐに俺とサラの存在に気付き、困惑した表情に変わるのが見えた。


 俺も父上に負けず劣らず困惑している。なにか、サラを激怒させるようなことしたか?


 いや、これは……怒ってるというより。


 サラは俺の手を放すと、聖官服の懐から小さな紙片を取り出した。

 真剣な表情でそこに書かれている何かを読み、うんうんと小さく頷いて――


 ビシッと、父上に人差し指を突き付けた。


「ウスラ・エンリだんしゃく! アル・エンリをかけ、キデンにケットウを申しこむ!」



 ○○○


 次話完成しなかったため4/4はお休みします。早めに投稿できたらと…

 今のところ次話でサラ編は終了予定です。

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― 新着の感想 ―
更新楽しみにしてます。やっぱりこの小説の居心地の良さいいですね
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