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01話 『奪婿の儀式 一』

 時系列は最終話の後。各エピソードはパラレルワールド的な感じです。





「……うぅ、やっと終わりました」


 中央教会に帰ってくると同時に、エトレナは青い光を灯す床の上にへたり込んだ。

 光の加減のせいもあり、元から青かった顔がより一層青く見える。


 この1ヶ月、俺とエトレナは帝国西端――コルーニャへ任務に行っていた。

 いわく、沿岸部の漁村が幾つも無人になっているのが見つかったというもの。周囲の魔素に異常があったため、聖官が派遣されることになった。


 漁村と聞いた時点で嫌な予感はしていたが、案の定今回の任務は難航した。


 磯臭い小屋に泊まって異常が起こるのを待ち、

 魔力を含んだ霧が原因だと突き止めたら今度は霧の原因に頭を悩ませ、

 漁師に頼んで海を調査すると海賊船らしきものを発見し、

 どうにかこうにか海賊船に乗り込むと海賊や漁村の住民だった不死身のゾンビたちに襲われ、

 船自体が魔物だと気づき、

 仕方ないので船を破壊すると当然船が沈み、

 体力を消耗しきって溺れかけていたエトレナを背負って近くの小岩まで泳ぎ、

 通信で聖女様に救助を求めたら、人手が無いから自分でなんとかしろと突き放され、

 イプシロンに泣きついたら大量の食糧を送ってくれて、

 体力を回復して数十キロを浜辺まで泳いできて――


 ようやく、中央教会に帰還したところだ。


「今回は……さすがに、疲れましたね」


 ここまで手間取った任務は、久しぶりな気がする。

 なぜかエトレナと任務に行くと予期せぬ事態に巻き込まれることが多いけど、今回の任務はトップスリーに入るかもだ。


 しばらく休暇でも貰おうか。1週間くらい華に行って、イーナと一緒にお茶を飲みながらのんびり過ごすとかいいかもしれない。


 そんなことを考えていると、奥の扉が開いて白髪のツインテールが入ってくるのが見えた。


「お二人とも……ケホッ、す、すみません……その、お疲れ様でした」


 イプシロンが鼻声で言ってくる。


「……やっぱり、そんなに臭いますか?」


 俺が聞くと、イプシロンは眉をハの字にして「それは……」とか言いつつ目を逸らした。


 床にへたり込んでるエトレナと顔を見合わせる。


 よっぽど臭いらしい。鼻が麻痺してて――というか、あえて麻痺したまま治してないので、自分では分からないけど……まあ、コルーニャ教会の神官たちも嘔吐いてたしな。


「……臭いのはアルさんだけです! 私は臭くなんてないですから!」


 やおら、エトレナが言ってくる。


「エトレナも屍肉を浴びてましたし、お互い1週間くらいお風呂に入って――」


「女の子は臭くないんです!」


 よく分からないけど……面倒そうなので言い返さないでおくか。

 俺はへたり込んだまま抗議するエトレナの後ろにまわって、見えない位置から金髪の頭を指さした。


「イプシロン、通信で相談していた通りなのですが、脱臭できそうですか?」


 イプシロンの転移はかなり精密で、例えば皿に付いた汚れのみを転移させることができる。

 であれば、匂いの原因となる粒子のみを転移できるのでは、と思い通信で聞いてみたところ、「可能だと思いますけれど……」と言われたので、帰還したら来てもらうようにお願いしておいたのだ。


 イプシロンは眉をハの字にしたまま俺とエトレナを見ると、自信無さそうな様子で両手をこちらに向けてきた。


「……できるだけ、頑張りますね」



 ――



 大浴場で念入りに身体を洗って、1刻近くの長風呂を終えた俺は、浴場の前でポツンと立っていた。


 さっさと自室に戻ってベッドに飛び込みたいんだが、エトレナから「私が出るまでちゃんと待っててくださいね!」と言われているので、仕方なく待っている。

 普段、事あるごとに待たされてる仕返しをしてやろうと、わざと長風呂したんだが……まあ、さすがにそろそろ上がるだろう。


 まだ昼過ぎなので、窓からは眩しい光と夏虫の声が入り込んでいる。

 たまたま通りかった三つ編みの黒メイドに頼んで、コップ入りの牛乳をもらう。チビチビと飲みながら、庭園で作業している黒メイドたちを見下ろしていると、見知った気配が近づいてくるのを感じた。


「……サラ、どうしたんだ?」


 全身ぼろぼろのサラは俺が声をかけるとようやく存在に気づいたようだった。いつもなら点にしか見えない距離からでも駆け寄ってくるのに……よっぽど疲れているらしい。


「むぅ、アル。おかえり」


「ただいま……これ、飲むか?」


「ん、飲む」


 半分ほどに減った牛乳を見せると、サラは両手でコップを受け取りコクコクと飲み始めた。


 ぷはーっとミルクくさい息をついたサラは、キョロキョロと周りへ目を向けた。


「今日はいないの? エトレナ」


「今は風呂に入ってるぞ」


 サラは露骨に嫌そうな顔をして、空のコップを俺に返してきた。


 サラはカザンブルクで初めて会った日からエトレナを苦手としているらしい。逆にエトレナはサラを見かけるたびに絡みに行っているようだが……前に聞いてみたところ、感情が素直なので遊びやすいとのことだ。


 苦笑しつつコップを受け取って、俺は再度サラの全身を見下ろした。


「任務帰りか? サラがそんなに負傷するなんて、よっぽど強い魔物だったんだな」


「ん? 任務はしばらくお休みしてるわよ。これは、シュギョー」


「修行?」


「そう!」


 サラが両こぶしを握ると、全身にうっすらと赤い炎のような物が見えた。窓ガラスがビリビリと震える音が聞こえてくる。

 普通魔素は目に見えないはずだが、あまりに濃密だと例外的に見えてくることがある。


「サラはこれ以上強くなる必要はないように見えるけど……」


 俺の言葉に、サラは唇を尖らせた。


「もう少しなのに、なかなか勝てないの」


「?」


 サラと話がかみ合わないのはよくあることだが……サラが勝てない相手って誰だ? 聖女様とか稲荷様くらいしか思いつかないが、あの人たちは戦う概念の外にいるような存在だし。


 頭の中の混乱は、扉が開く音で停止した。


 見ると、金髪をしっとりと濡らしたエトレナが出てくるところだった。

 いつもは一本に束ねている髪の毛が、肩に無造作に広がっている。


「あれ、サラ聖官? お久しぶりです!」


「む、うん。久しぶり」


「……身体、大丈夫ですか? 傷だらけですけど」


「大丈夫よ」


 ジッとサラを見ていたエトレナは、俺へちらりと視線を向けて、にやっと笑った。

 嫌な予感に身構える間もなく、猫のような動きでエトレナが俺の傍にせまっていた。


 少し拍子抜けした気分でエトレナのつむじを見下ろす。


 てっきり腕に抱き着いてきて、それを見たサラが「はなれる!」とか言って俺の身体を引っ張り、肩が抜けかける流れかと思ってたんだが……。


「アルさん、ちゃんと匂いとれてますか?」


 ずいっと、俺の鼻に押し付けるようにエトレナが頭を上げてきた。


 もともと仄かに香っていた、林檎のような甘い匂いが、濃厚に――


「はなれる!」


 サラに腕を引っ張られた瞬間、肩に強い負荷がかかるのを感じた。反射的に魔素が駆け巡り関節を強化、脱臼する直前で保持されたのを頭で認識する。


「いつも言ってるけど、エトレナはアルに近づきすぎ!」


「そうですか? 今日は指1本触れてないですけれど」


「む……」


 初っ端から論破されたサラは、俺の腕を掴んだまま黙り込んでしまう。その隙にエトレナが再度近づいてきて、指先で摘まんだ髪の毛を俺の鼻先でフリフリしてくる。


「それに、これは不可抗力なんですよ。私は匂いが分からなくなっているので、ちゃんと洗えてるかアルさんに確認してもらう必要があるんです。

 ほら、アルさん。私の匂いをよく嗅いでください! どうです? いい匂いです?」


「……サラに確認してもらえばいいのでは?」


 顔をそらしながら指摘すると、エトレナはいい笑顔を浮かべたままかぶりを振った。


「サラ聖官ではダメですよ。見ての通り、サラ聖官は全身が汚れてます。ひょっとしたらサラ聖官も自分の匂いのせいで、他の人の匂いが分からないかもじゃないですか」


 女の子は臭くないって、さっき自分で言ってただろうが、と心の中で突っ込みつつ、俺は無意識にサラの匂いを感じていた。

 砂と風。その合間に、薄っすら汗と柑橘っぽい香りが混じっている。臭くない。むしろどっちかというと好きな匂いだ。


 対するサラは、キョトンとした顔で自分の身体を見下ろした。袖口を顔まで持ってきてスンスンと鼻を鳴らし、深紅の瞳でこちらを見上げてくる。


 無言で俺の顔を見つめていたサラは、むにむにと唇を動かしてから俺の腕を離した。


 そのまま浴場の方へ数メートルほど向かうと、振り返って仁王立ちをする。


「ともかく、エトレナはアルに近づきすぎ! アルはデレデレしない!」


 それだけ言って、浴場の扉の向こうへ消えていった。



 ○○○

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