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11話 『夢の中 中編』



 サラは面倒なことをするのが得意ではないし、好きでもない。


 だから、今のサラはあまり機嫌が良くなかった。


 今回の任務は、洞窟の奥に潜む魔物の討伐。魔物を倒すのはともかくも、その前に入り組んだ洞窟に潜む魔物を見つけなければならない。つまり、面倒な作業をする必要があった。


 サラの気配に恐怖を感じた魔物は見つからないように隠れるし、サラには隠れる魔物を見つけるためにどうすればいいか分からなかった。


 もう面倒くさくなって洞窟を丸ごと壊してしまおうかと思っていた時、アルから『通信』が来た。


 思わず表情を綻ばせながらアルの話を聞いてみた所……どうやら、アルはまたよく分からないことに巻き込まれているらしい。


 アルが困ってるなら、自分が傍にいないといけない。アルは強そうでいてあまり強くはない。いつも危なっかしい。自分のいない時に、自分の手が届かない場所に行ってしまうんじゃないかといつも心配になる。


 ほんの数拍の間考えて、サラは即断した。

 任務を放棄してアルの所に行こう、と。


 決断してからは早かった。


 道に沿って洞窟を出るのが面倒だったので、天井をぶち破って外に出ようとした。


 取り敢えず一発殴ると三メルほどの穴が開いた。その余波で洞窟の幾箇所かで落盤が起きた。


 サラがここまで潜ってきた通路も完全に埋まってしまったが、サラは全く意に介さない。


 どうせ自分で穴を開けて外に出るから関係ない。思ったよりも硬かったが、もう二、三発も殴れば穴が開くだろう。


 今度はさっきよりも本気で、右手に全身の魔素を込める。その拳をさっき開いた穴に叩きつけると――火花が散った。


 穴は一メルほどしか開いていない。


 サラは眉を顰め、地面に置いていた光石を手に取った。魔素を込めると、赤色の光が強く洞窟の中を照らす。


 天井は、うっすらと黄色に光っていた。

 普通の岩ではない。宝石のような質感。


 サラは首を傾げて光石を地面に置いた。

 全身に紅色の鎧を纏う。


 渾身の魔素を右手に込めて、天井に叩きつける。


 激しい火花が散って……パラパラと、僅かばかりの粉末が天井から落ちてきた。



 ――



 同じことを何度か繰り返して、サラは天井を砕くのを諦めることにした。


 どうにも負けたような気がして嫌だったが、端緒さえ見つけられないなら諦める他にない。


 その時になって、サラは自分が通路を塞いでしまっていたことを思い出した。


「……むぅ」


 『デルタ!』


 『通信』で呼びかけると……いつもならデルタが反応してくれるはずなのに、なんの返事も返ってこない。


 そもそも、いつもみたいに『通信』が繋がってる感じがしない。


 サラは若干苛立ちながら考える。

 この感覚は……どこかで覚えがある、ような気がする。


 確か、その時も今みたいにどこかから出られなくなって……。


 喉のすぐそこまで来ているような感覚はあるのに、どうしても思い出せない。思い出そうとすればするほど、逆に遠ざかっていくような感覚がある。


 サラは考えるのを止めて、代わりにどうやってここから脱出をしようかと考え始めた。


 イプシロンを呼んで岩を転移してもらえば簡単にここから出られるけど、『通信』が通じないなら仕方がない。自力で何とかする必要がある。


 天井を壊すのは無理だから……。


 ちょっとだけ考えて、サラはすぐに考えるのを止めた。

 取り敢えず、全身の鎧を解除した。


 それから崩落した通路に向かって、直径一メルほどの岩を持ち上げた。



 ――



 何刻か落盤した岩をどける作業を続けて、どうやら洞窟を脱出するのはかなり面倒だとサラは理解した。


 落盤箇所を抜けても、数メルの通路を挟んでまた岩が道を塞いでいたりする。その都度また岩をどけるのだが、はっきり言ってキリがない。


 それでもサラとしてはかなりの時間頑張った。


 頑張ったけれど、三刻ほどして……岩をどける作業に飽きた。


 飽きたらお腹が空いてきた。


 地面の上にどっかりと座って、神官服に入れておいた携行食をモソモソと食べる。


 教会製の携行食は栄養満点だが味が悪く、聖官からの評判はあまりよくない。けれどサラにとってはそれほど悪い味ではなかった。


 お腹が膨れると、サラは上機嫌に眠りについた。



 ――



 目を覚ますと、視界いっぱいに赤色の薄灯で照らされた天井があった。ちょっとの間考えて、サラは自分が洞窟の中にいたことを思い出す。


 サラは大きく伸びをして立ち上がった。


 一眠りしたことで、サラにはやる気が戻っていた。


 早速岩を持ち上げてみると、やる気のおかげか幾分軽くなったような気がする。


 眠る前よりも作業が順調に進むことに機嫌を良くして、サラはどんどんと岩をどかしていった。


 ――数刻後。


 直径五メルほどの巨大な岩が道を塞いでいたので、サラは片手間に岩を粉砕した。


「あっ!」


 思わず声が漏れる。


 岩が砕けた先には通路が開けていた。

 その通路の奥に光が見える。


 サラは何も考えずに全速力で通路を駆けた。

 勢いよく外に飛び出すと、日光がサラの目を焼く。

 

 本能的に魔素で目を保護して、サラは周りに目を向けた。


 サラが立っていたのは荒野だった。

 見渡す限り草木の一本も生えていない。


 口が裂けても美しい光景とは言い難いが、サラはまるで花畑の只中にいるかのように深呼吸をした。


 久しぶりに味わう地上の空気が美味しい。

 前に青空を見たのがずっと昔のような気がする。


 サラはもう一度深呼吸をしてから……深く頷いた。


 もう二度と洞窟の任務は受けない。


 そう心に誓ってから、ふとサラは疑問に思った。


 そもそも……どうして自分はこんな任務を受けたのだろうか?


 洞窟の奥に潜む魔物を倒す任務なんて、想像しただけで嫌になってくる。


 嫌な気分になる任務なんて最初からサラは受けないし、聖官の上席にいるサラには我儘を言う権利があった。


 ちょっとだけ考え込んで、サラは面倒くさくなって考えるのを止めた。


 どうせこの任務はもう自分には関係ない。


 とはいえ、サラにもここをそのまま放置するのはマズいという認識があった。中に潜む魔物が外に出てきて近隣の街を襲うなんてことは、サラの本意ではない。


 取りあえず入口を塞いでおこう――そう思ってサラは振り返った。


 ……振り返って初めて、サラはそこに人がいることに気が付いた。


 ポッカリと黒い洞窟の入口。その傍に、真っ黒な服に身を包んだ女の人が立っていた。


 黒い髪の毛は腰あたりまで垂れていて、同じく黒い瞳でサラのことを見ている。


 黒髪は人懐っこい笑顔を浮かべていた。


「試しに来てみたら、まさか君がいるとはね。僕が言うことでもないけど、あまり無茶はしちゃいけないよ?」


 サラには、黒髪に見覚えはなかった。


 もちろん、こんな荒野に一人でいる時点で怪しい人だ。それはサラにも分かるので、即座に全身鎧を身に纏った。


 ……纏いはしたが、サラは困惑する。

 どうにも警戒心が湧いてこない。

 黒髪を攻撃しようという気がしない。


「……だれ?」


 困惑を滲ませてサラは尋ねた。黒髪はそんなサラの心内が分かっているかのように落ち着き払っていて、


「僕にはあまりそういう気はしないけど……初めまして、ということになるのかな。僕は、コクロウと呼ばれてる」


 ……コクロウ。

 聞き覚えのない名前だ。


 僅かばかりサラの中で警戒心が深まった時、コクロウは続けて、


「もっと君に分かりやすく自己紹介をするなら、アルくんの友だちって言った方がいいかな」

「アルの?」

「そうだよ。アルくんの古い友だちだ」


 アルの友だちということは、聖官なんだろうか?

 妙な服装をしてるけど。


 でも、確かにそれならここにいてもおかしくはない。


 腑に落ちた途端、警戒心が霧散した。

 サラは鎧を仕舞って、


「ここに何をしに来たの?」

「うーん、そうだね。本当は聖官なら誰でもいいかと思ってたんだけど、君には正直に頼もうかな。まず誤解を解いておくと、僕は聖官じゃないよ」

「……なら、あんたはナニ」

「だから、僕はアルくんの友だちだよ。それは本当」


 黒髪はサラの方へと歩いて来ながら、


「アルくんに会うために遠路はるばるここまで来たんだけどね、時間があまりないんだよ。アルくんがいる場所まで普通に行ってたら間に合わない。だから、ちょっとした近道をしたいと思ってね」


 黒髪はサラの目の前で立ち止まった。


「聖官の君なら中央教会まで転移できるでしょ? 僕を中央教会に送って欲しいんだ」

「……」


 黙ってジィッと瞳を見つめてくるサラの様子に、黒髪は苦笑して、


「やっぱり、信用できないかな?」

「アルに会ってどうするの?」


 黒髪は一瞬意表を突かれたような表情をした。

 けれど、すぐに寂しそうな顔をして、


「……どうだろうね。まだ自分でも分からないよ。どうするべきなのか」

「アルにわるいことをするなら、ゼッタイに会わせないわよ」

「あはは、そうか。それならちょっと難しいかもしれないね」


 黒髪の返答に、サラは再び鎧を纏った。


「交渉決裂、か」


 サラのすぐ目の前で、黒髪は無防備にボヤいた。

 その様子にサラは攻撃することを躊躇して、


「それでも、僕はアルくんに会わないといけないんだよ」


 呟くと同時に、黒髪は兜越しにサラの目を見た。



「サラ。僕を中央教会に送ってくれ」



 ○○○



 それは突然だった。


 ベータに仕事を任せて、マオ様の庭園を散策していた時――


「なっ……」


 突如として出現した巨大な気配。

 それはほんの一瞬で、次の瞬間には消えていた。


 私は即座に気配の中心点――大聖石の間へと転移した。


 大聖石の間にはサラ聖官と、黒ずくめの見たことのない女がいた。


「サラ聖官……これはいったい……」

「君は聖女、だよね?」


 黒ずくめがサラ聖官の前に出て、馴れ馴れしく話しかけてくる。私はいつでも攻撃できる準備を整えながら、


「誰ですかあなたは」

「僕は黒狼だよ」


 ――黒狼。


 つまり、アル聖官の妹? ……にしては、アル聖官よりも年上に見える。二十台後半程度の外見だ。


 とはいえ、さっきの気配。あれだけの物を放出できるのは黒狼くらいしかいないだろう。


 私の記憶には全くないが、マオ様の記憶では黒狼は頻繁に中央教会に来ていたらしい。ということは、黒狼がこうして今ここにいることに不自然な所はない。


 ……けれど。


「先ほどの気配の放出は何ですか。敵対の意思ありと受け取られても仕方がありませんよ」

「それはもちろん、聖女を呼ぶためさ。一番手っ取り早い方法だからね。実際、今こうして自分から来てくれた」

「……どういう意味ですか」


 答え次第では攻撃を開始できるように、私は自分の魔素に意識を向けた。


 黒狼は落ち着き払った様子で、


「それはちょっと困るな。大聖石が壊れたら、アルくんが帰って来れなくなる。そうカッカせずに――止めようか?」


 訳の分からないことを言う黒狼に攻撃を開始しようとした時、


「……え?」


 構築していたはずの攻撃が霧散していることに気付いて、私は呆然と呟いた。


 何かをされた? ――いや、違う……うっすらとだが記憶がある。


 私は……自分の意思で攻撃を停止した。なぜそうしたのかはサッパリ分らないが、確かにその覚えがある。


 私がそうやって混乱している間に、黒狼が顔に笑顔を貼り付けて私の方へと歩いて来ていた。私は無意識に後退っていて……。


「実は、マオさんに用事があってね。聖女には彼女の所まで案内して欲しいんだよ」


 それを聞いて、私は一歩前へと踏み出した。


「あなたのような者をマオ様の元に行かせるわけにはいきません。黒狼だか何だか知りませんが――失せなさい」


 再度、攻撃を構築する。


 こいつは敵だ。


 得体の知れない、マオ様を危険に晒しうる存在。


 漆黒の瞳を睨みつけ、渾身の攻撃を――


「そんな怖い顔をしないでよ。僕と聖女の仲じゃないか?」


 黒狼が、ぽんっと私の肩を叩いた。


 その感触に……私は、即座に攻撃を取り止めた。


 というより、私はどうしてこんな訳の分からないことをしていたんだろう? 全力の攻撃なんてしてしまえば、中央教会が灰燼に帰してしまう。当然、マオ様の庭も崩壊を免れないだろう。


 聖官が何人死のうがどうでもいいが、マオ様が長年に渡って手入れしてきた庭を壊してしまったら、申し訳が立たない。


 ……いや、それ以前に、私の、古くからの、友、人? の、黒狼に、攻撃する意味? が?


「聖女。とりあえずマオさんの所に案内してほしいんだけど、いいかな?」

「え? あ……そうですね。こっちです」


 ふと我に帰って、私は大聖石の下で手持ちぶさたにしているサラ聖官の存在を思い出した。


「サラ聖官。黒狼をここまで連れてきてもらいありがとうございます。自室に戻ってゆっくりと身体を休めてください」



 ――



 今はまだ昼過ぎ。マオ様はぐっすりと眠っている時間帯だ。


「マオ様を訪ねるなら、暗くなってからにしてくださいよ」

「そうだね。でも、急がないといけない用事だから……今回だけは大目に見てよ」

「それは私ではなくマオ様に言ってください。まぁ、マオ様が怒るだなんてことはあり得ませんが。しかし、マオ様の優しさに甘えることは私が許しませんよ」

「……結局、聖女が怒るんじゃないか」

「当然です」


 階段のてっぺんにたどり着いて、私たち二人は扉の目の前に立っていた。


 ここに来る時は基本的に転移だから、この扉を使う頻度はあまり多くない。指紋の一つもない金の取手を掴んで開けると――そこは、マオ様の隠し部屋。マオ様と私しか立ち入ることのできない聖域だ。


 黒狼を先に通して、私は後ろ手で扉を閉めた。


「こっちです」


 物珍しそうに部屋を眺めていた黒狼を引き連れて、部屋の奥へと向かう。


 そこには天蓋付きの寝台がある。この寝台は、十年に一度王国の工作院に特注で作らせている一品物だ。その時代の、あらゆる技術の粋を集めて、極上の眠り心地を実現している。


 実は私の『能力』も一部仕込まれている。


 寝台の下部には『封熱結界』が張ってあって、一年中快適な温度に保たれているのだ。


 そして。


 寝台の上には、私の『全て』が眠っていた。


「……ふぅ」


 思わずため息が漏れる。


 神々しい。


 いつ見てもマオ様は神々しい。


 目が潰れてしまいそうな気がする。


「眠ってるね」


 隣で、黒狼がマオ様の顔を覗き込んでいた。


 一瞬だけ、黒狼に対して耐え難い怒りが湧いたような気がしたが、次の瞬間には消えていた。気のせいだったらしい。


「……ええ、まだ昼ですから」


 私が小声で言うと、黒狼はちょっと困ったような顔をしてから――マオ様に手を伸ばした。


 その手を掴む。


「え、何をしているのですか?」

「え? いや、起こそうと……」

「何を言ってるのですか。駄目に決まっているでしょう」

「え、でも……眠ってるし」

「そうですね」


 黒狼が腕を引いたので、私は手を離した。


「あの、マオさんと話したいんだけど」

「はい。夕方ごろになれば目を覚ましますから、それまで待ってください」


 黒狼が急いでいるらしいことは知っている。けれど、それとこれとは話が別だ。


 何人も、マオ様の眠りを妨げてはならない。こんなに気持ちよさそうに眠っているマオ様を起こすだなんて、そんな残酷なことは私が許さない。


 黒狼はため息をついて、


「聖女。マオさんを起こしてもいいでしょ? 大事な話があるんだ」

「…………大事な話なら仕方がありませんが、今回限りにしてくださいよ?」

「分かったよ」


 私は渋々、マオ様の肩に手を乗せる。


 折れてしまいそうな肩を、慎重に左右に揺する。


「……マオ様、マオ様。申し訳ありません……起きていただけませんか?」

「……ん……んぅ?」

 

 マオ様はうっすらと目を開いた。


「……セージョ? もう、夜なの?」

「いえ、まだお昼です。起こしてしまい申し訳ありません。実は……黒狼が、どうしてもマオ様とお話ししたいと」

「……セージョ?」


 マオ様が両手を伸ばしてきた。


 私の肩を掴んで、控えめな力で引っ張る。


 私は為されるがままにされて――マオ様の胸に抱き締められた。


「……セージョ。セージョは私だけのものなの。誰にもあげない。分かったの?」


 耳元でマオ様が囁く。


 天にも昇る心地でその優しい声を聞いていて――マオ様が身体から手を離した時、私は正気に戻っていた。


 今すぐにでも殺してやりたいが……残念ながら、私の力量ではどうしようもないらしい。せめてもの抵抗として、私はすぐ隣に立つ黒狼を睨みつけた。


 黒狼は小声で「ごめんね」と私に向かって言ってから、


「マオさん、初めまして。いつもイーナがお世話になってます」

「あなたは……」


 マオ様は困惑した面持ちで呟いた。

 黒狼は真剣な表情で、



「実はあまり時間がないんだ。マオさんに折り入って頼みたいことがある」



 ○○○

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