07話 『胡蝶の夢 二』
「聖官様、お待ちしていました!」
中央教会から転移すると同時に、太り気味の中年が窮屈そうに頭を下げてきた。神官服を身に纏っている。
「あなたは?」
「はっ。アートリア教会主席神官のムスカリア・ボンと申します」
「ムスカリア神官、よろしくお願いします。私は中央教会のアル・エンリです」
「おお……アル聖官と言えば、あの『アオノキシ』ですか! お会いできて光栄です!」
ムスカリア神官は顔をてらりと輝かせた。
俺は困惑して、
「『アオノキシ』というのは何でしょうか?」
「はははっ、ご冗談を。『アオノキシ』、狂王から無辜の民を救った聖女様の騎士と言えば、知らぬ者はいませんぞ」
アオノキシ……青の騎士?
俺にもそんなこっぱずかしい物があるのか……頼むからやめてくれ。
俺は我ながら硬い表情をしながら、
「へぇ……そうなんですか。恐縮です。……それで、話は変わりますが……任務に関して、今のところムスカリア神官たちに頼むことは特にありません。が、何かあれば頼むことがあるかもしれませんので、その時はよろしくお願いします」
「はい。それはもう、全力で協力させていただきます!」
ムスカリア神官は愛想笑いを顔に貼り付けたまま手をニギニギして、
「ところでアル聖官。実はおもてなしを用意しているのですが、お時間はあるでしょうか?」
「……あまり時間はありませんね。マイセントが到着するまでにやることが色々あるので」
「っ、そうですか! それは失礼いたしました!」
ムスカリア神官は大仰に頭を下げてくるが、一瞬真顔になったのを俺は見逃さなかった。大方、俺を歓待してコネでも作ろうとしていたのだろう。
各地の教会を訪れると何回に一回はこういうことをしてくる奴がいるが、ご苦労なことだ。さらに何回に一回は賄賂を渡してくる奴もいるが、そうなると俺は処分を下さないといけない。こいつはどこまで用意していたのやら。
「念のために言っておきますが今回私は懲罰任務でここに来ています。当然私が来ていることは内密にお願いします」
「えぇ、はい。もちろん心得ていますとも!」
俺は頷いて、さっさとムスカリア神官の隣をすり抜けた。
聖石室の扉を開けると、むせ返るような匂いがした。見ると、机には食べきれないほどの豪勢な食事が並べられている。
その机の側に立っていた神官たちは、俺の姿に気づくと一瞬怪訝な顔をした。それから、慌てて頭を下げてくる。
……ここまで用意されているとちょっと悪いような気がするな。
というか、こんだけの食事を用意するにはかなりの買い出しをする必要があったはずだが……業者の人たちとか、この教会に誰かが来ると察したんじゃないだろうか?
俺は神官たちに会釈をして、机の間を通り抜ける。
魔素をコントロールして気配を消し去った俺は、教会の扉を開けた。
――
芸術の都と言うだけあって、アートリアは美しい街だった。
大通りに並ぶ建物はそれぞれが芸術品のように飾り付けられている。
色とりどりのステンドグラスに繊細な彫刻、煉瓦でモザイク画のようになっている建物もあった。
建物だけじゃなくて道行く人たちも小洒落た格好をしていて、今の俺の服装がかなりダサく見えてくる。
……できるだけ目立たない地味な服装、というコンセプトだから、その目的からしたらこれでいいんだけども。
俺はたまたま目についたカフェに入って、紅茶を一杯頼んだ。それを持って、大通り沿いのテーブル席に座る。
今の俺は半分くらい気配を消してるから、服装とも相待って道行く人々の眼中にない。チラリと目を向けられることもなかった。
――今回の俺の任務は、懲罰任務だ。
教会から金を盗んだマイセントとかいう馬鹿に処分を下す簡単なお仕事。
処分の内容は担当する聖官に任せられている。師匠もたまに懲罰任務を担当するらしいが、大抵は後腐れなく消してしまうらしい。俺は……やる時はやるけど、命は救うこともある。いつもは師匠より甘い。
「……まぁ、マイセントとやらは、運が悪かったな」
残念ながら、今の俺はあまり機嫌が良くない。悠長に事情を聞いたりはしないだろう。
紅茶を一口啜ってから俺はため息をついた。
……昨日、任務の詳細を聞いた後、聖女様に頼んで急遽エンリ村に里帰りしていた。
ロンデルさんがそこにいないか、確かめるためだ。
結論から言うと……そこに、ロンデルさんはいなかった。
生憎と父上は用事で出掛けてるらしくていなかったけど、家にいた母上にロンデルさんのことを聞いたら、キョトンとした表情をした。その顔だけで全てが分かった。
任務まで時間もなかったし、そういう気分でもなかったので、俺は母上の食事の誘いを断って中央教会にすぐに戻ってきた。そして、今この任務に就いている。
――もう、考えるのは止めよう。
あの夢がなんだったのか、何のために稲荷様があんな夢を俺に見せたのか、結局よく分からない。
聖女様の言うように、本当に何の意味もないのかもしれない。
いずれにせよ、ロンデルさんはいない。お願い事は叶わなかった。それが全てだ。こうやってウダウダと考えるのは時間の無駄だ。
俺は聖官。いい大人なんだから、粛々と為すべき事を為すべきだろう。
ひとまずは、
「今日中に準備を進めておくか」
○○○
マイセント・ルーレット。
東ツェッペル教会所属の神官。
年齢は十八。『能力』は五キル程度までの物を操作すること。
これらの情報に加えて、気の強そうな少女の姿が頭の中に表示されている。
聖官拘束によって共有された、教会に登録されている下手人に関する情報だ。今回の俺の任務はマイセントに処分を下すことだが、そのためにはまずはこいつを捕まえる必要がある。
これまで何度か懲罰任務を受けてきた経験として、下手人を捕まえることはそれほど難しくない。というのも、王国と帝国では『儀式』が行われているからだ。
ほとんどの『能力』持ちは神官になっている。神官ではないのに気配ダダ漏れの怪しい奴がいれば、そいつが下手人と思ってまず間違いない。
とはいえ、まったくゼロかと言うとそうではない。共和国や華からの流れ者や、『儀式』の後に『能力』を発現した者なんかもたまにいる。
だから、マイセントがアートリアに入って紛れてしまうと少々厄介なことになりかねない。アートリアに入る時に発見して、そのまま捕まえるのが理想だ。
理想だが……街の構造によっては難しいこともある。
俺は、アートリアで一番高い場所ーーど真ん中に建っている館の、時鐘塔のてっぺんから街を眺めていた。
アートリアは上から見ると六芒星のような形だ。
六ヶ所の出っ張りのそれぞれには門が設えてあって、街に出入りできるようになっている。
マイセントは南の街道を通ってアートリアに向かってるから、南の三つの門のどれから入ってきてもおかしくない。
「面倒だな」
とりあえず南端の門を明日は見張っていることになるだろう。その門から入ってきたら、マイセントを追跡して人気のないところで捕獲。
けど、もしも別の門から入ってきた場合は……しらみ潰しに『能力』持ちの奴を探すことになる。
どうしよう。教会に頼んで神官を何人か借りようか。
けど、神官ってのは魔素の操作が未熟だから、マイセントに神官が見張ってることを悟られる可能性があるんだよな。
そうなったら、マイセントがアートリアを離れかねない。つまり、任務は失敗ということになる……。
――
取りあえずの方針を決めた後、午後いっぱいはアートリアの街を見回って地理情報を簡単に整理した。
そして、夕方が差し掛かった頃。
俺はアートリア教会の目の前まで戻ってきていた。
教会に隣接している冒険者組合の方へと足を向ける。
気配は消しているので、組合の中に入った俺に目を向ける者は誰もいない。
暇そうに虚空を見つめている受付のお姉さんの目の前を悠然と通って、俺は端っこの壁に背中を預けた。
俺が冒険者組合にやってきたのは、『能力』持ちがいないか確認するためだ。野良『能力』持ちは比較的冒険者をやってることが多いからな。
そうなって欲しくはないが、もしもマイセントを街に入る時に捕捉できなかった場合はアートリアをしらみ潰しに探すことになる。
その時に面倒なのは、複数の気配――特に未知の気配どうしが混ざって、何がなにやら分からなくなることだ。
二つ三つならともかくも、例えば五つの未知の気配があれば、可能性だけで言えば三十近くの組み合わせができる。
今の内にマイセント以外の『能力』持ちの気配を覚えておくことは、その時に区別をつけやすくなるという意味で重要だ。
……しばらくすると入口の扉が開いた。
入ってきたのは均整の取れた体つきをした壮年の男。肩には弓を担いでいる。
なかなか優秀そうな冒険者だが……『能力』持ちではないな。
男は受付の方に行くと、
「スクラウスさん、今日もお疲れ様です」
「ああ。これ」
渋い声で言いながら手に持っていた木札を渡した。
「はい。赤雉、上物三匹ですね。少々お待ちください……どうぞ、お確かめください」
男は受付嬢からお金を受け取ると、無言で出て行った。
それからもポツポツと個人やグループの冒険者が出たり入ったりしたが、『能力』持ちは一人もいなかった。
そろそろ一刻くらい経ったかな。
まだ五刻前だから、あと二、三刻はここで監視してる必要がある。
面倒だけど任務が失敗して再任務とか考えると、まぁ耐えられないこともない。待つこと自体は黒衣衆の時に慣れてるしな。
あくびを一つかました時、扉が開いた。
「ラウラさん、ビビアナさんが虐めます!」
甘えるような声で言った金髪の少女は、黒髪の少女の腕にしがみ付いた。黒髪は苦笑しながら金髪の頭を撫でている。
「ちょ、ちょっと。そういうのやめてよ! 組合の中で……」
茶髪の少女はキョロキョロと周りを見回して、ソファーで談笑してた他の冒険者たちの視線が集まっていることに気づいて赤面している。
茶髪は涙目で、
「元はと言えばエトレナが近道をしようって言ったからでしょ!」
「私は悪くないですもん。ちょっと今日は調子が悪かっただけです。ビビアナさんだって乗り気だったじゃないですか!」
「そ、それはそうだけど……」
……言い争ってる茶髪の方。ビビアナさん。
前に帝都で会った人か? こんなとこで奇遇だが……彼女は俺が聖官だと知ってるから気づかれるわけにはいかない。
それはともかくもーー金髪の方。
あいつ、うまく隠してるけど『能力』持ちだな。しかもこの魔素操作……かなり熟達している。ほとんど聖官レベルだ。
危険だ。
ただ聖官レベルというだけなら気配を消してる俺に気づくことはない。だが、あの金髪の『能力』によっては俺の存在に気づく恐れがある。そしたら、必然的にビビアナさんまでも俺に気づいてしまう。
聖官がここにいることを知られてしまうのは避けたい。
「……」
俺はできるだけ物音をたてないように注意しつつ、二階に続く階段へと登った。
○○○




