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04話 『狐帝と稲荷 前編』



 突然現れた女の子は、紅葉柄の着物を着ていて……猫耳が生えていた。猫耳は笑顔を浮かべながら、


「それにしても、アル様は豪快なお方ですね。躊躇せずに叩き斬るとは……せっかく、波風を立てずにお二人と引き離そうとしましたのに」


 猫――狐耳は、カツ、カツ、と下駄を鳴らしながら、俺の横を通りすぎてアスファルトの道路に出た。サラとイーナがいるのとは反対の道だ。


「……あなたが、狐帝様ですか?」

「大陸の方はそう呼びますね」 


 俺はサラとイーナの後ろ姿を見て、再び狐帝へと目を向けた。


 ……何というか、思っていたよりも可愛らしいというか、迫力のない見た目をしている。


 聖女様があんだけ怖がるんだから、てっきりもっと怖そうな感じなのかと思ってたら……どっちかというと、優しそうに見える。雰囲気としてはマオさんに近い。


 とはいえ、だ。

 見た目が優しそうだから中身もそうだと思うほど、俺もお花畑ではない。


「……狐帝様は、私とあの二人を引き離したいのですか?」

「はい、そうですね。……そう警戒しないでくださいまし。別に取って食べようと思っているわけではありませんから。単に、アル様と二人きりでお話をしたいだけです」

「私と二人で……」


 狐帝はニッコリと微笑んでいるが、


「では、どうしてわざわざイーナまでここに呼んだのですか? 私と話したいだけなら私だけを呼べばいいですし、言ってくだされば一人で来ましたのに」

「それはもちろん、黒狼様に自慢したかったからです」


 狐帝は即答した。


「せっかく、これだけ大掛かりな物を用意したのですから、見ていただきたいでしょう? それこそ、もっと大人数で来ていただいてもよかったですのに」


 ……案外と、狐帝って子供っぽい性格なんだろうか? それとも、子供っぽい性格を装ってるだけなのか……。


 俺がじっと狐帝を見ていると、狐帝は頬に手を添えて、


「そんなに熱い眼差しを向けられると、照れてしまいます。我の顔に何か付いていますか?」

「っ、すみません」


 慌てて目を逸らすと、


「ふふっ……冗談です。もちろん、分かっていますよ。アル様は単に我のことが気になっただけですよね。――どうでしたか、我の自己紹介は? 感想を聞かせてくださいまし」


 狐帝は微笑みを絶やさないままに、その場でフリフリと着物を揺らした。


「……?」


 狐帝は微妙に眉をひそめて、


「……何か仰ってください」

「その、自己紹介というのは……」

「あ、ああ、それはですね。せっかくきちんと再会する機会ですから、口で伝えるだけでは物足りないと思いまして……こういう場を整えたのですけれど」


 こういう場、というと、この前世の街のことだろうか? にしても、再会……前世で会ったことがあるのか?


 狐帝の顔をマジマジと見てみるけど……見覚えはない。


 人の顔を覚えるのは苦手だけど、ケモ耳なんて生えてたら記憶に残ってるはずだ。前世だったら尚更。けど、思い当たるフシは全くない。


「……あの。もしやとは思いますが……我のことを忘れているなんてことは……」

「――」


 どうしようか。正直に言うか、否定するか。


 ……嘘をついたところで、結局バレるか。

 

 俺は、母上仕込みの謝罪顔を浮かべながら頭を下げた。


「申し訳ありません」

「……」


 狐帝は何も言わない。


 怒ってるのかどうなのか……頭の先っぽで狐帝の気配を探ってみるが、よく分からんな。身じろぎもせず、ただただ無言だ。


 ……そろそろ顔を上げてもいいだろうか。


「……アル様」


 ギリギリ聞き取れるくらいの小さな声で俺のことを呼んでから、狐帝が俺の頭に手を乗せた。その手をゆっくりと左右に動かして、頭を撫ででくる。


「アル様は本当に酷いお方ですね……どうでしょう、こうすれば思い出せますか? 顔を上げてよろしいですよ」


 頭から手がどけられる。


 顔を上げると……さっきまでいた場所と違う。玄関を出てすぐの場所にいたはずなのに、見覚えのない場所に立っている。どうやら転移させられたらしい。


 とはいえ、マンションが立ち並ぶ灰色の景色には変わりない。あくまで前世の街の中にいるようだ。


 ひび割れたアスファルトに、曇天を貫く灰色の電柱。


 電柱の根本にはゴミ用の青いネットが畳んで置いてあって、さらにその脇には……薄汚れたミニ鳥居が立っている。


「……。あの時の……」

「あの時の?」


 狐帝が笑顔で下から覗き込んでくる。この顔……は今でも見覚えはないけど、着物には見覚えがある。


 紅葉柄の着物を着た少女、それは――


「あなたは、前世で私が助けようとした……あの、女の子ですか?」

「うふふ。思い出してもらえたようで、安心しました」


 狐帝はスッと目を細めて、


「もし、これでも思い出していただけなければ……脳髄を引き出して、直接刻み込まないといけないところでしたよ」


 口では笑ってるけど……目が笑ってない。


「あら、そんな顔してどうされました? 少し血色が悪いですよ。よろしければ、我の力を少し注ぎ込んで差し上げましょうか?」

「い、いえ、そんな……畏れ多いです。すみません……」


 こ、怖いぞ。この人、本気で何かやりかねない。


 ……聖女様があれだけビビってたのも、分かる気がする。


 恐々としていると、フッと狐帝の雰囲気が緩んだ。


「そんなに固くならないでくださいまし。我とて、アル様にそのような顔をさせるためにお呼びしたわけではないのです。ただ、我がこれだけアル様のことをお慕いしているのに、アル様が我のことを全く覚えていなかったことが悲しくて……少し意地悪をしてみただけで」


 狐帝はニコリと笑顔を浮かべていた。……けれど、どこかその表情が固く見えて、


「いえ、あの、こちらこそ申し訳ありません。それに……言い訳、みたいになってしまいますけれど、前世で狐帝様にお会いした時は、一瞬後ろ姿を見ただけでしたので……その、あの後、狐帝様はお怪我などありませんでしたか?」

「――ふっ……ふふ。アル様、幾ら当時の我でも、とらっくに轢かれた程度では怪我なんてしませんよ」

「そ、そうですよね。狐帝様ですし」


 狐帝の着物が不自然に揺れている。チラリと、着物の裾から金色の尻尾が覗いたのが見えた。


「アル様。どうか、狐帝様だなんて畏まった名で呼ばないでくださいまし。我のことは『稲荷(いなり)』と」


 ……稲荷。

 狐の姿に、鳥居。


 ここまで揃えられると、狐帝が何者なのか、頭に浮かび上がる。


 ーーん、ちょっと待て。もし稲荷様がそういう存在なのだとしたら、


「その、稲荷様。お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「はい、なんでしょうか?」

「前世で、私は稲荷様をお助けしましたが……ひょっとして、私って……何と言いますか、犬死だったということでしょうか?」

「……それは、長いお話になりますね」


 稲荷様はその場で振り返って、ミニ鳥居の方を向いた。背中側から見ると、やっぱり稲荷様のお尻のあたりが膨らんでる。下に尻尾があるんだろう。


「アル様。乙女のそのような所を見てはなりませんよ」

「すっ、すみません」


 慌てて目を逸らす。

 稲荷様は口元で笑ってから、


「このような場所で立ち話もなんですから、続きはこちらで――」


 ――いつの間にか、としか言いようがない。


 稲荷様の目の前、さっきまでミニ鳥居が立っていた場所に、鳥居が立っていた。さらにその奥にも、鳥居がはるか彼方まで並んでるのが見える。


「……あの、これを通ったら、どこか別の場所に出るのですよね?」

「はい、そうですよ」

「イーナとサラ――私と一緒にここに来た二人を置いていくのが不安なので、一緒に連れて行っていただけないでしょうか?」

「二人のことについてなら、心配しなくとも問題ありませんよ。先ほどから、我の使いがえすこーとしていますから。むしろ、一緒に連れて行って我たち二人だけでお話していても、お二方からすれば退屈なのではないでしょうか? 全く意味も分からない、無関係のお話ですから」


 それもそうか。それに……考えてみたら、二人に俺の前世のことをあんまり知られたくないし。


「そうですね、二人のことよろしくお願いします」

「承りました、伝えておきます。それではどうぞ、足元にお気を付けて」

「はい」


 俺が先に鳥居をくぐると、すぐに稲荷様も付いて来た。


 足元には石畳。

 一メートル間隔くらいで、朱色の鳥居がズラリと並んでいる。


 鳥居の外には広葉樹の森が広がっていて、季節がちょうど秋なのでキレイに色づいた葉が付いていた。


 なんとなく振り返ると、そこにはもう灰色の街は見えない。前方と同じように、はるか彼方まで石畳と鳥居が並んでいる。


「お気に召されましたか?」


 稲荷様が下駄の音を響かせながら歩く。俺はその少しあとを付いて行きながら、


「はい、キレイですね」

「それは良かったです」


 俺に景色を眺める趣味なんてない。でも、この景色は素直にキレイだと思えた。


「ちなみにですけれど、ここはどこなのか聞いてもよいでしょうか?」

「ふふ、恐る恐る聞かなくても、気になることはなんでも聞いていただいて大丈夫ですよ。今日は、アル様に何も隠し立てしないと決めていますから」


 稲荷様は尻尾をフリフリと揺すりながら、


「ここは気脈です。我の力が通る道、と言えばよいでしょうか」

「気脈」

「そうですね……マオ様も似たような物を作っていたように思いますよ。青色の石を繋げて、間を行き来できるように」


 青色の石? 間を行き来できるようにって……。


「もしかして、聖石のことでしょうか?」

「セイセキ……そのような名前だったような気もします。要は、力を移動させるための道です。あちらはほとんど一瞬で移動させていますが、あまり距離が長いと酔いますから、今回は時間をかけて移動できるように作りました。せっかくなので、見た目もこだわってみたのですが、喜んでいただけて何よりです」


 うーん、よく分からんが、転移してるってことでいいのかな? 転移してる時にこんな不思議空間を通った経験なんてないけども。


 にしても、キレイな景色だな。なんか、ここがどこかとか、あんまり気にならなくなってきた……。


「……あの、他にもお聞きしていいですか?」

「もちろん、いいですよ」

「私の前世のことといいますか、この世界のことについてでなのですが。この世界は何なのでしょうか?」

「あら、何とは。また随分と漠然としたご質問ですね。少し、困ってしまいます」

「あ、そうですね。その……この世界にはそこかしこに前世の名残がありますし、私や稲荷様がいますから、前世と何か関係のある世界なのではないかと思っているのですが……その割には、変わった力がありますし、魔物のようなものも跋扈していますし、どこかちぐはぐで……稲荷様ならその答えを知っているかと思いまして」


 静かに俺の言葉を聞いていた稲荷様は、いつの間にか指先に摘まんでいた紅葉を回しながら、


「アル様のご指摘は半分は正しく、半分は正確ではありません。まず、アル様が仰っている通り、ここはアル様が以前に生きていたのと同じ場所です。しかし、少しばかり時を隔てていますから、アル様の記憶にある世界と異なっているとは思います。ただ、ちぐはぐという指摘は当たりません――」


 稲荷様は立ち止まると、指先に持っていた紅葉を地面に放った。ひらひらと舞った紅葉は、石畳に落ちると同時に燃え上がった。


「このような炎を、ヒトがどのように呼んでいたかご存じですか?」

「炎、ですか」


 稲荷様の足元で灯っている炎には、取り立てて特徴はない。淡紅色の、チューリップの花みたいな形をしている……。


「……狐火、というのは聞いたことはありませんか?」

「あ、聞いたことはあります」


 何なのかはよく分からないけど。


「その狐火を手慰みに作っていたのは、我のような存在です。他にも様々の伝承にも似たような物が多々登場していたのは、アル様もご存じかと思います」


 そうなのか、初めて知った。


 前世なら、それこそ眉唾ものだと判断してただろうけど、今の俺なら納得できる。


「つまり先ほどちぐはぐ、とご指摘されましたが、むしろアル様の生きていた時代が例外だったということです。今も昔も、変わった力は存在しているのが当たり前のことで、何ら変わった力でもありません」


 稲荷様がパチンと手を叩くと、狐火は揺らめいて……狐の形に変化する。


 一度だけこちらを見てから、森の中へと消えていった。


「さて、ここがどこか、というご質問でしたよね」


 稲荷様は再び歩き始めて、


「先ほど申し上げた通り、ここはアル様が以前いたのと同じ場所です。お気付きかと思いますが、文化も国家もほとんど全てが途絶しました。けれど、ヒトは存在しています。経緯を詳しくお話するとかなり長くなってしまいますが、どうされますか?」


 ……そうか。


 まあ、予想通りといえば予想通りかな。パラレルワールドとか言われるよりは納得できる。


 けど、何というか……世界の滅亡なんて、スケールが大きすぎて実感が湧かないな。率直に言うと、あまり興味がない。


 ……うん。


「私がいなくなった後の話ですし、聞いたところで変えられるわけでもありませんから。それに、聞かない方がよい気がします」

「アル様がそう思われるのなら、このお話はここまでにしておきましょう。――それに、ちょうど到着したようですから」


 言われて見ると、ほんの数個先の鳥居の中が白く染まっていた。


「……今更ですが、この道はどこに繋がっているのですか?」

「ふふっ、あまり警戒せずともよいですよ。何かをするのであれば、とうの昔にしていますから」



 ○○○

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