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03話 『灰色の街 後編』



 例のごとく、鍵穴の中に碧霧を注ぎ込んだ。手首を捻ると、カチリと小さな音が鳴って鍵が開く。


 鍵を消して、その手で取っ手を握った時……初めて手のひらが湿っているのに気が付いた。


 俺としては冷静でいるつもりだけど、やっぱり何だかんだ言って緊張しているらしい。


 分かっている。この扉の向こうに誰もいないことなんて。気配は全く感じない。俺の両親は黒衣衆みたいな特殊な人ではないので、もしも中にいるのであれば気配があるはずだ。


 ……もう一度強く握り直して、扉を引く。


 同時、薫りが押し寄せてきた。


 懐かしい薫り。

 家の薫り。


 俺は一度深呼吸をしてから、


「特に危険なものは無さそうだけど、注意して入るぞ」

「分かったわ」「はい」


 二人の返事を聞いてから、俺は靴を脱――ごうとして、直前で踏みとどまった。


 抵抗感はあったけど、土足で廊下に上がる。俺の後にサラとイーナも付いて来る。


 入ってすぐには物置の扉。その少し奥にはトイレがあって、トイレに並んで洗面所の引き戸がある。


 三つの扉は全てピッタリと閉じていたので、注意をしつつ一つ一つの扉を開けて中を確認した。中には記憶にあるまんまの光景があった。


「何だか良く分からないものがたくさんありますけど……ついさっきまで誰かがいたような感じがしますね」


 水滴を落とすシャワーヘッドを眺めながらイーナが言った。


「かもしれないな」

「住民はどこに行ってしまったんでしょうか?」

「どうだろな」


 言いながら、俺は洗面所を出た。


 すぐ右手には擦りガラスのはまった扉があって、それを開けたらリビングに繋がっている。


 ソファーにテレビ、炬燵。俺は真っすぐ歩いてソファーに座った。


 サラは早速、興味津々にテレビを触りまくっていて、イーナにあれやこれや質問している。


 その二人の様子を眺めながら、俺は困惑を感じていた。


 頭の中では、さっきまであった郷愁はすっかり影を潜め、代わりに疑問が渦巻いている。


 俺はてっきり、この家に来れば狐帝から何かしらのアプローチがあるものかと思っていた。


 なにせ、わざわざこんな場所を用意して、しかも俺を招待したんだからな。俺と一番縁の深いこの場所に何かあると思うのは自然だろう。


 けど、予想に反して今のところ何もない。家に向かうまでも、家に付いてからも、ただ無人の空間がそこにあるだけだ。


 あるいはこの家じゃなくて、どこか別の場所に行ったらいいのか? 学校とか? それとも、電車に乗ってもっと遠くに行けばいいのか?


 そもそも、ここがどこ、というか何なのかもよく分からない。異世界、未来、過去、精神世界、幻覚、エトセトラ……。俺みたいに転生してる奴がいるくらいだから、どれも充分可能性がある。


 そこまで考えた所で、ふと目の前の机に置いてあるリモコンが目についた。特に深い考えもなく手にとって、それをテレビに向ける。


「おわっ!」


 突然電源が付いたテレビに驚いて、サラが声をあげた。


「な、なんですかっ!」

「イーナ、うしろに下がって!」


 イーナを背中に庇って、サラが臨戦態勢をとる。肘から先、拳までを深紅の鎧が覆った。


 ……テレビ付ける前に一声かけとけばよかったな。


 ソファーに寛ぎながらテレビを見ていると、ジジジと微かな音を立てた後に、画面が一瞬真っ白に染まった。それから、プツンと鳴って黒くなる。


 ただ、黒とは言っても電源が落ちてるわけではなくて、黒い画面が表示されてるだけのようだ。色合いが微妙に違う。


「……なに」


 警戒を滲ませた声音でサラが呟いた。


 それに応えたわけではないだろうが、ボンヤリと画面が色付き始める。カメラのピントを合わせるかのように徐々に輪郭がハッキリしてきて……映ったのはサラの姿だった。


「鏡?」


 サラの後ろに隠れていたイーナが、画面に映る自分の顔を見つめながら首を傾げた。


「……でも、どこか違和感が――あっ、これ鏡映しになってませんね。……どういう仕組みなんでしょうか?」


 たぶん、カメラか何かで撮った映像を画面に映してるんだろう。俺の記憶にある限り、うちのテレビにはカメラなんて搭載されてなかったはずだけど。俺が死んだ後に設置でもしたのかな。


 ……そういえば、この家は俺が死んだ後の家なんだろうか?


「ねぇ、アル」

「なんだ」


 半ば反射的に返事をしてから、俺はサラの様子がおかしいことに気が付いた。


 声をかけてきたわりに、サラの視線は俺の方には向いていない。俺の後ろに向いている。何かあるのかと思って後ろを向く途中、どこかから、


『なんだ』


 声が聞こえた。


 頭の端に違和感が浮かび上がる前に、俺は背後を向いていた。そこには食器棚とダイニングテーブル以外には何もない。


「これ、どうおもう?」

『どうだろうな。見たところ危険は感じないけど』



 ……ん?



 一瞬頭が真っ白になってから、困惑しつつサラの方を見ると、


「どうする? こわす?」

「……あの、サラさん。取りあえず壊そうとするのは良くないですよ。人の物ですし」

「でもコレ、気持ちわるいわよ」

「そうですか? 私には何とも……単に、私たちの姿が映ってるだけに見えますけれど……」


 イーナはテレビを指差しながら、サラと同じように俺の後ろに目を向けた。


「アルさんも私と同じで、これに危険を感じてないんですよね?」

『そうだな。むしろ、下手に手を出さない方がいい気がする』


 ……俺は、口を開いていない。俺の声は、テレビから流れていた。


 正確に言うなら、テレビの画面の中に映っている俺の口からだ。


 テレビの中の俺は、なぜかソファーに座っておらず、ソファーの後ろに立っている。



 ――慌ててソファーから立ち上がった。



 即座に背後を確認しても、やっぱりそこには誰もいない。確認すると同時に、俺は碧霧を体の周りに放出していた。


「サラっ! サラはイーナを守ってくれ!」


 バックステップでサラの傍に寄る。


『俺から言っといてなんだけど――』


 テレビから俺の声が流れた。画面の中の俺は苦笑いを浮かべながら、


『この家には何もなさそうだし、外を探索しないか?』


 ……俺は、目に見えているもの以外も含めて、全方位に注意を向けていたのだが、


「うーん……まぁ、それもそうね」


 そう呟いて、サラは無防備に俺の傍から離れた。


「――なっ……」


 唖然としていたのもつかの間、イーナもサラに続いて、テレビの中の俺がいる、何もない場所へと向かって歩いてゆく。


「ま、待てっ! イーナっ!」


 手を伸ばしてイーナの腕を掴もうとすると――すり抜けた。


 ……すり抜けた?


 意味が分からず、自分の手のひらを見てみると……あれ?


 ……ちょっと待て。俺の手……透けてないか?


 状況に頭が追い付かない。追い付かないけど、これまで培ってきた経験が体を勝手に動かした。


 一番怪しいのは――


 振りかぶった左手に、碧霧が握られる。テレビに向かって振り下ろすと、抵抗もなく両断された。


 テレビは断面から火花を散らしながら左右に割れ――床に落ちる前に、緑色の粒子となって宙に消える。


「ん、アルは?」


 声に後ろを向くと、全身を紅鎧で覆ったサラがキョロキョロしている。その後ろに庇われてるイーナは、


「あれっ、確かにアルさんが……さっきまでいたのに」

「むー……アル、またいなくなった。いつもいつも」


 むすっとした顔のサラが壁を殴ると、懐かしの我が家に直径一メートルくらいのトンネルが開いた。……外が見えてる。


 壊れた廃材はテレビと同じように、緑の粒子に変化して消えた。


「この建物、全部魔素でできてるみたいですね。……いえ、ひょっとするとこの建物だけではなく、この街全体が」


 トンネルから外の景色を見ていたイーナが呟いた。


 どうやら、二人には俺の姿が見えていないらしい。それに、今もイーナの手に触ろうとしてるけど、すり抜けるだけで触れない。


「サラ、イーナ」


 呼び掛けてみても……反応なし、と。



 ……にしても。


 落ち着いて考えてみたら、今の俺の状況は何か干渉をされた結果だろう。そして、自然に考えるならその原因は、


「狐帝様、ここにいるのですか?」


 さっきまでテレビがあった辺りに話しかける。


 ……。


 返答はない。


 俺がそうのこうのしてるうちに、サラとイーナはひとまずこの家を出ることにしたらしい。リビングの扉を開けて、玄関へと向かっている。


 ……取り敢えず、俺も二人に付いていくか。


 そう思ってイーナの後に続いていた俺は、玄関で立ち止まった。


 サラのせいでボロボロだし……そもそも魔素でできてるんなら、ここは俺の家ではないけれど。


 振り返って、もう一度深呼吸をしてから……俺は玄関の扉を開けた。



 ――



 外に出ると、灰色の空から白い雪が降っていた。雪は小降りで、道路に積もる感じでもない。たぶん、数刻もすれば止むだろう。


 サラとイーナは、すでに五メートルほど先を歩いている。それを追いかけようとした時、


「アル様はこちらです」



 ――後ろを見ると、



 玄関扉のすぐそばに、知らない女の子が立っていた。



 ○○○

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