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02話 『灰色の街 中編』



 あっと声をあげる余裕もなく、俺の腕をサラが掴んでいた。サラが鳥居の向こうに消えて、引っ張られてる俺も――


 ――視界が一瞬だけ途切れて。

 目に飛び込んできたのは巨大な建物だった。


「ここは……?」


 困惑した表情でイーナは辺りを見回した。その動きで、足元に敷かれている砂利が音を鳴らす。


「おっきいわね!」

「大きいですね……」


 サラが指差した、すぐ傍に立つマンションを見上げて、イーナは不安そうな表情を浮かべた。


 鳥居を抜けた先は神社だった。

 住宅街にポツリと建つ、よくある神社。

 南側に茶色いマンションが建っているせいで少しジメジメしている。


「それにしても、ここってどこでしょうか? なんだか少し寒いですから、北の方……でも、北地にこんな拓けた地があるなんて聞いた事がありませんけど……」

「コレにのぼれば、どこにいるか分かるんじゃないの?」


 サラがキラキラした瞳でマンションを見上げた。イーナは心底驚いた様子で、


「確かにっ……これだけ高ければかなり遠くまで見えそうですね! サラさん凄いです!」

「そっ、そう?」


 サラは口をもぞもぞしながら、俺へと目を向けてきた。それから、ジーッと見つめて、


「アル?」


 一言だけ俺を呼んで、首を傾げた。

 そんな俺とサラの様子を見ていたイーナは、心配そうな声音で、


「アルさん、大丈夫ですか? 何だか、さっきもですけど、ボーッとしてるみたいな……」

「いや――」


 俺はイーナとサラの顔を交互に見つめて、


「何でもない。……それより、俺が持ってたはずの招待状が消えたんだけど、イーナ。そっちのはどうだ?」


 イーナは思い出したように懐をまさぐって、


「私のも無くなってます」

「招待状がないってことは――もう、必要なくなったってことか。とりあえず、目的地には着いたみたいだな」


 動揺する心を落ち着けて、俺は冷静に周りを見渡した。


 神社に、立ち並ぶマンション、アスファルト……気にはなるけど、もっと重要なことは、


「……二人とも気付いたか? 周りの気配」

「気配、ですか?」


 イーナは少しの間を挟んで、ハッとした顔を浮かべた。


「あっ! 周りに誰もいないみたいです」

「ああ。少なくともすぐ近くには俺ら以外に誰もいないみたいだ。イーナの様子を見るに、ずっと遠くまで誰もいないのか?」

「はい。数キル内には……」


 言葉尻をすぼめて、イーナは動きを止めた。それからチラッと俺に視線をよこす。


 そんなイーナの様子に俺が微妙に違和感を覚えていると、


「それがどうしたの?」


 サラがブーたれた顔でイーナの視線に割り込んできた。しがみつかれたイーナはサラを押しのけながら、


「……つまりっ、ここがただの街中ではないということです。別に廃墟でもなさそうなのに、こんなにたくさん建物があって人がいないなんて、おかしいですよね?」

「そうなの?」

「例えば、華にはたくさん人がいましたよね?」

「そうね!」

「あの華の街に人が一人もいなかったら、おかしいと思いませんか?」

「そうね!」


 イーナは、うんうんと頷いているサラにジト目を向けながら、


「えっと、サラさん。本当に分かってますか?」

「なにかヘンってことよね!」

「まあ……はい。そういうことです」


 イーナは苦笑いを浮かべて、


「アルさん、これからどうしますか?」

「どうって言われても……」


 俺は傍らに建つマンションを見上げた。見覚えの――前世も含めて――ないマンション。知らない場所だ。けど、別の意味では知ってる場所とも言える。


 これはいったいどういうことなのか、正直全く分からない。狐帝とやらはわざわざ俺たちをここに招待したんだから、何かしらの意図があるんだろうけど……。


「とりあえず、さっきサラが提案したみたいに、このマンションの屋上まで昇ってみるか? 上からなら、行く場所に目処が付くかもしれないし」

「まんしょん? えっと、この建物のてっぺんに昇るってことですか?」

「あ、そうそう。そういうこと」



 ――



 マンションの中に入ると、煌々とライトが灯っていた。天井の端っこにある監視カメラを見上げていると、


「行き止まりでしょうか?」


 イーナがガラス製の扉を掌で撫でた。このマンションはオートロックらしく、入ってすぐにこの扉が行く手を遮っている。


 その隣に立っていたサラが、


「こわせるわよ?」

「それはそうですけど……でも、流石に壊すのは」


 俺はインターフォンの前に立って、鍵穴に碧霧を注ぎ込んだ。鍵穴の中で碧霧を固形化すると即席の鍵ができる。鍵を捻るとガラス扉はスライドして開いた。


 やはりと言うかなんと言うか、中に入るとエレベーターがちゃんと動いていた。どうやら、このマンションには電気が通ってるらしい。


 最上階の十五階で降りると、愛想のない廊下と各部屋の扉が並んでいた。屋上へと続く階段は鉄格子が塞いでたので、そこも玄関と同じように碧霧を使って開錠。


 何の飾り気もない屋上には、貯水タンクとアンテナ以外には何もなかった。もともとは真っ白だったらしき貯水タンクには、雨水が垂れた灰色の跡が幾重にも付いている。


 俺たち三人は、一番見晴らしが良さそうなその給水タンクの上に登って、周りの景色を見渡した。


 数十キロ先にはあまり綺麗とは言えない濃青色の海。反対側には特に特徴のない標高数百メートルの山が迫り出している。その間を、窮屈そうに街が満たしていた。


「んー、おっきなとこがいっぱいあるわね。いちばんスゴいとこに行こうとおもってたのに」

「そうですね……数え切れないほどたくさん。取り立てて豪華な装飾がされている建物はないみたいですし……」


 サラとイーナにとっては、十数階建てのマンションでも城のように見えるらしい。


 まあ、それも仕方の無いことだろう。高さだけで言えば、ハインエル王国の王城でさえ、マンションとどっこいどっこいだしな。


「二人ともいいか?」


 そんな二人に声をかけると、そそくさと俺の傍まで寄って来た。


「アルさん、どうしましたか?」

「いや、ちょっと気になる場所があって。いったんそこに行ってみたいんだけど」

「気になるばしょ? どこ!」


 サラがワクワクした顔で街を見渡した。俺は大通りからちょっと奥まった場所に建つ一軒家を指差して、


「あの辺り」

「むー?」


 サラは眉間に皺を寄せて、


「どこ?」

「あの、黒っぽい屋根の建物」


 サラはしばらく唸ってたけど、何となくどの建物のことを言ってるか分かったらしい。不満そうな顔をして、イーナのことを見上げた。


 イーナは心持ち首を傾げながら、


「でもアルさん、それほど変わった建物には見えませんけど……どうしてあそこに?」

「……特に理由はないんだけど、勘、というか。何となくあそこに行ってみたい気がする」

「勘……」


 呟いて、イーナは真面目な表情をした。


「ただの勘とは言っても信頼できるかもしれませんね。弧帝様が何かしらの方法でアルさんを呼んでる、とか」

「いや、何もない可能性の方が高いと思うぞ?」

「そうかもしれませんけど、どっちにしても他に手掛かりもありませんし、あそこに行くので私はいいと思います」


 分かっているのか、分かっていないのか、サラはうんうんと頷いている。どうやら異論はないようだ。



 ――



 マンションをエレベーターで降りて、アスファルトで舗装された路地を三人並んで歩いてゆく。


 先頭はサラ、真ん中にイーナ、後ろに俺のフォーメーション。突然何か起こってもサラならたぶん耐えられるから先頭。対応力の高い俺は後方。一番脆いイーナが安全な真ん中という順番……というふうに話してたのだが、


「イーナ! あれなに?」


 サラが隣を歩くイーナの腕を引っ張った。


「あれは……鏡ですね。少し歪んでるようですけど。こんな高価なものをこんな道端に……」


 イーナは興味深そうにカーブミラーを見つめた。


 そんな二人の数歩後を、周りを警戒……するのもアホらしいので、久しぶりに見る周りの光景を眺めながら続く。


 記憶にある光景とほとんど全くと言っていいほど変わっていない、と思う。もちろん、もう随分と昔のことなので細かな所までは覚えてない。でも、少なくとも見たことのない建物とかあったら分かるはずで、今のところそういった物は見当たらない。


 すぐそこの赤い屋根の一軒家。そこには犬を飼ってるお爺さんが住んでいて、傍に立ってる電柱のとこで毎朝小中学生の登校を見守ってったっけ。俺は中学校を卒業してからご無沙汰だったけど……。


「……なあ、イーナ」


 呼びかけると、イーナとサラが二人して振り返った。


「はい。どうかしましたか?」

「今も、やっぱり周りに誰もいないか?」

「……えっと、」


 イーナは遠くを見るような目をしてから、


「少なくとも、すぐには誰かと会っているのは見えませんね。人どころか、動物や魔物も見当たりません」

「そうか……」


 まあ、そうだよな。


 もしかしたら、この家のチャイムを鳴らしたら知ってるお爺さんが出てくるかも……とか、流石にそんなことはないか。別に話したこともないし、それほど会いたいわけでもないんだけども。


「ところで、アルさん」


 声に引かれて赤い屋根から視線を外すと、イーナが真剣な表情で俺の事を見ていた。


「……どうした?」

「いえ……その。……アルさんの顔を見ていると、黒衣衆の皆さんが言ってたことを思いだしたので」

「黒衣衆の奴らが?」

「はい、アルさんに会いたいと言ってました。たまには華に来ませんか?」


 俺に会いたいだなんて……意外だな。


 白虎とか狒狒、青馬の姿を思い出してみても、そんなことを言いそうな感じはしない。


 そもそも華の人らってドライだし、黒衣衆の奴らは輪にかけて乾ききってるからな。同僚が死んだり失踪したりするのもそれほど珍しくない仕事だし。


「まあ、俺もたまには会ってみたいけど、聖女様がどう言うかだな。もっと任務をこなさないと我儘を言いづらい雰囲気だから」

「……そう、ですか」


 口に含むように言いながらイーナは黒い瞳でジッと俺の目を見つめる。……何だか、さっきからイーナの様子がおかしい気がする。


 俺が口を開く直前、イーナは目を逸らして、


「そう言えば、サラさんにも狼円さんが会いたいって言ってましたよ」

「おー、ワタシも会いたいっ! げんきっ?」


 目を輝かせるサラに、イーナは苦笑を浮かべながら、


「元気すぎるくらいですよ。先日の豊穣節でも、武仙戦に突然出現したかと思えば、指一本で優勝者を倒しちゃいましたし」

「何してるんだ、お義父さんは……」

「何だか酔っぱらってたみたいで……でも、盛り上がりはしましたよ」


 闘技場の中央でドヤってるお義父さんの姿が目に浮かぶ。おそらく、その後お義母さんにこっぴどく怒られたんだろう……。



 ――



「ここよね?」


 サラが黒い屋根を見上げながら首を傾げた。


「ああ、ここだ」


 返事をした俺は、何とも言い難い気持ちで目前の建物を見つめていた。


 記憶と全く違いのない……俺の家。


 懐かしい気持ちももちろんあるけど、やっぱりどちらかと言うと困惑の気持ちが強い。


「中には……誰もいないようですね。えっと、アルさん、どうしますか? 中に入りますか?」

「中……」


 呟いて、俺は言葉に詰まった。イーナの顔から玄関の扉へと目を向ける。


 あの、扉の向こう。


 気配は何も感じないから、おそらく誰もいないんだろうと思う。けど、もしかしたら……と思うと、少しだけ不安な気持ちになる。


「入らないの?」


 気付けば、サラが俺の顔を覗き込んでいた。透き通った深紅の瞳に、不安そうな顔の俺が映ってるのが見えた。


「……いや、入ろう。せっかくここまで来たんだしな」



 ○○○

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