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07話 『再会と邂逅』



 人の合間を縫いながら帝都の通りを歩いて行く。初めて来た時と同じ道。目指す場所も同じ――冒険者組合。


 正確に言うなら、道を歩く時に目印になるのは、冒険者組合に併設されてる真っ白な教会だけどね。


 今度は緊張することもなく中に入って、一階を見回す。最初見た時と特に大差のない人混みぐあい。つい数日前のことだから、当然といえば当然のこと。


 神官様の姿は見当たらない。やっぱり、こっちじゃなかったみたい。


 と、なると……。あっち、だよね?


 神官様と別れた時にどこで合流か決めてなかったから、取りあえず組合に来てみたんだけど……やっぱり神官様がいるとしたら教会の方。……と、簡単には言うものの。




 組合から出て、すぐ隣に建っている教会を見上げる。


 首が痛くなるくらいずっと高くまで尖塔は続いていて、遥か彼方で宝石が太陽の光を反射して光ってるのが見える。


 教会はどこからでもよく見えるから、その姿は見知ったものだ。


 だけど、それはあくまで外から勝手に眺めるだけのもので、私みたいな普通の人からしたら、教会なんて『儀式』の時以外は係ることのないずっと遠くの存在。


 当然のことながら、教会の中なんて入ったことはない。しかも、ただの教会じゃなくて、帝都教会だ。


 王都には負けちゃうけど帝都だって大陸有数の大都市。その大都市の教会なんて大それたとこに入るなんて……緊張しない方がおかしい。


 ……そもそも入ってもいいのかな?


 神官様が中にいるからといって、私が中に入っていいことになるのかどうか……。もしも駄目だったら、入った瞬間捕まって、どこかに連れていかれるかも。


 そんなこんなをしている私の行動が不審に見えるのか、道行く人たちがチラチラと私に目を向けてくる。


 道行く人だけならともかくも、教会の入り口に立ってる二人の衛兵まで私の方を見てる。


「――っ」


 意を決して、私は教会の入り口へと足を向けた。衛兵たちがピリピリとした気配を漂わせながら剣柄に右手をかけたのが見えた。衛兵のうちの一人が私の行く手を遮って、


「――何用だ?」

「あの、神官様にお会いしたくて」


 私の言葉に、衛兵たちは顔を見合わせた。


「教会から来客の予定は伺っていない。神官様と会いたいのであれば、正規の手続きを踏んでから来なさい」

「いえ、あの、もう約束はできていて……中にいらっしゃると思うので、確認していただいてもいいでしょうか?」

「なに? どの神官様だ?」

「アル・エンリ様です」


 瞬間、衛兵たちの表情が強張った。

 なんだろう? 私、もしかしてマズイこと言っちゃったかな?


 衛兵たちは固い表情のまま互いに目配せをして、比較的年配の方の衛兵が前に出てきた。


「失礼します。再度確認させていただきますが、アル・エンリセイカンとお会いする約束をしていらっしゃる、ということでよろしいでしょうか?」

「セ……はい、確かアル・エンリ様だったと思います……口で聞いただけなので、ちょっと違うかもしれないですけど」


 なんだろ? 突然口調が丁寧になって、すっごく居心地が悪い。

 年配衛兵はジッと私の目を見てから小さく頷いて、


「分かりました。少々こちらでお待ちください」


 そう言って、教会の扉の方まで向かった。それから、扉に付いてる金色に輝く金輪を打ち鳴らし、


「神官様! セイカン様にお会いしたいという方がいらっしゃるのですが、お通ししてよいでしょうか?」


 年配衛兵が声を掛けてから数拍。音もなく扉が細く開いた。


 中から透き通るような白い手が見えてから、続けて神官服を身に纏った神官様が出てきた。


 神官様は、一目見た瞬間思わず息を忘れてしまいそうな、整った顔立ちをしていた。白色の髪の毛を二つに結って横に垂らしてる。


 神官様が鋭い眼差しで私の方を見た。


「ビビアナさんですか?」

「ふぇっ……あっ、えっ……は、はい!」

「中に入ってください」


 神官様が扉を大きく開けて中を示したのを見て、私はようやく我に返った。


 チラッと衛兵たちを見ると、ぽぉ~とした顔で神官様に見惚れてる。


「し、失礼します……」


 衛兵たちにちょこっと頭を下げてから、私は小走りで扉の中に入った。即座に回れ右をして神官様に向き直る。何となく、背中を見せてるのが怖かったので。


 神官様は後ろ手で扉を閉めて、怪訝そうな表情で私を見た。


「そんな場所に立ってなくても、あちらの椅子に掛けていて構いませんよ」

「はいっ! ごめんなさいっ!」


 微塵でもこの神官様の気に障るようなことをしてはいけない気がして、私は俊敏な動きで言われた椅子の方に向かおうとした。……向かおうとして、今更になって気が付いた。


 私が向かおうとした椅子には、二人の女の子が座っていた。その内の一人が私の方を見て、私と同じように石みたいに固まってる。


 ここが教会の中だなんてことはすっかり忘れて、私は走っていた。


「――ラウラっ!!」

「わちょっ……」


 勢いそのまま椅子に座ってるラウラに抱き着く。

 ごちんっ、てオデコ同士がぶつかってちょっと痛いけど、そんなの全然気にならない。


「どしたのっ! なんでここに――」


 まさか、私が帝都に到着するまでの一刻くらいで神官様が見つけてくれたとか……いや、さすがにないよね? ま、でも、そんなことは何でもいいや。大事なのは、ラウラが今私の腕の中にいるってこと。


「もぉ~ほんと、心配したんだよっ! 勝手にいなくなっちゃうんだから!」

「わ、分かったから。ビビ、一度落ち着いて……」

「何言ってるの! これからお説教なんだからっ!」


 ぎゅ~っとラウラのことを抱きしめる。腕の中の温もりを感じて、目の奥から何か熱いものが溢れ出てくるような気がする。


「ビ、ビビ、ほんと落ち着いて。恥ずかしいから」


 腕の中でラウラが何か言ってる。うるさいなぁ。せっかくの感動の再会なのに、なんか温度差を感じる。


 いっちょ、ほっぺたムニムニ攻撃をしてやろうとラウラを腕から解放すると、ラウラの顔は真っ赤っか。


 こんなに顔を赤くしてるラウラなんて、昔たまたま見つけた露天風呂に入ってた時に男の人がやってきた時以来じゃないかな? さっきから、いったい何を恥ずかしがってるんだか……。


 やれやれ、と首を振った時……カチャリ、と何かがぶつかる音が聞こえた。


 なんとなしにそっちを見ると、優しい顔で微笑んでる神官様と目が合った。ティーカップを皿の上に置いた音だったらしい。


 神官様って、さっきまでのキリッとした表情でも綺麗だったけど……こんな表情をされると、女の私でも、こう、来るものが……ん?


「え、あ――」


 さぁ~と一気に血の気が引くのが分かった。


「す、すみませんっ! とんだ失礼をっ!」


 勢いよく頭を下げる。すると、教会の真っ白な床が正面に見えた。


 床は信じられないほど綺麗に磨かれていて、まるで鏡のよう。強張った表情の私が床には映っていた。



 ……頭の上から、くすっ、と小さく聞こえた。


「謝らなくていいですよ。気持ちは分かりますから。なんなら、続けていただいても」

「い、いえっ! 遠慮させていただちっ、いただきたいと存じ上げますっ!」


 顔を上げてハキハキと答える。唇の内側をちょっと噛んじゃって、痛い。


 神官様はなぜかちょっと残念そうな顔をして、


「そうですか……では、少しお話があるので、私の隣に座っていただいても?」


 ポンポンと、神官様は自分の隣の椅子を叩く。正直、座るならラウラの隣に座りたいけど……。


 ラウラの隣の椅子に座ってる女の子に、一瞬だけ視線を向ける。


 小柄な女の子。

 もったいないことに、絹糸みたいな細い金髪をざっくばらんに紐で一本に括ってる。


 そのくせ、そんな雑な括り方をしてるのにそれでも綺麗に見えるのが、ちょっとだけ羨ましい。


 首には真新しい銀板が掛けられてる――ということは、この子も私たちと同じ銀級、しかもたぶん六級冒険者ってことか。


 金髪の子は、右手にお茶か何かの入ってるティーカップを持っていて、ちょうど口を付けてるところだった。


 軽く細められた瞼の間に、珍しい真っ赤な瞳が見えてる。



 ……仕方ないので、私は恐る恐る神官様の後ろを周って、隣の椅子に座った。椅子はふっかふかで、お尻が沈み込む。


 ふと正面を見ると、そこには湯気をあげるティーカップが用意されてた。


 位置的にたぶん、私用ってことだよね? 私が外でわちゃわちゃしてる間に用意してくれたのかな?


「――それでは」


 神官様の声で、私の意識は机から隣の神官様に向かった。


「お二人には既にしましたが、ビビアナさんにも自己紹介をしておきましょう」


 神官様が顔を向けてきたので、私は背筋を伸ばした。


「私はイプシロンという者です。現在は聖官――聖女直属の神官の任を拝命しています」

「……え?」


 聖女? 聖女って、あの聖女様? 聖国にいらっしゃる……。


 私の頭の中が混乱の嵐に覆われてる中、イプシロン様は言葉を続けた。


「帝都近郊の森林に調査に入っていた聖官が予定日になっても帰還しなかったため、急遽中央教会から派遣されてきました。幸い聖官は先ほど帰還したのでよいのですが……皆さんにお聞きしたいのは、その森林のことについてです」


 イプシロン様はラウラ、金髪の子に順番に視線を向けて、


「まずお二人から。あの森林に入って、お二人は自力で出てこられたと。中でどのようなことがあったのか、簡単に説明してください」


 ラウラがおどついていると、金髪の子の方が口を開いた。


「セレディーナからル・ヴェルビニャンまで近道をしようと森に入ったら、途中でラウラさんと会いました。そこからは二人で行動して、まっすぐ歩いていたら森を抜けました」

「それだけですか? 何か奇妙なことが起こったりは?」

「それだけです」


 言い放つと、金髪の子はティーカップを傾けた。

 ……わぁ、この子……何だか偉い神官、聖官? 様にすっごい態度とるな……。気が強そう。


 イプシロン様は怒っているのか怒っていないのか、表情を少しも変えることなくラウラの方を見た。


 その視線の圧力に背中を押されるようにして、ラウラは、


「私はそこのビビアナと一緒に森に入って、気付いた時には一人で森の中に立っていました」

「気付いた時には一人で立っていた?」

「はい……自分でも、分からないです。目の前にビビアナがいたのに、次の瞬間にビビアナが消えてました。それと、その時、川のすぐ傍にいたはずなのに、場所も全然違う場所になってて……」


 それから、ラウラは私と同じように森の中を彷徨っていたらしい。


 途中魔物にも会って、必死で逃げて……一日ほど経った時、金髪の子――エトレナと出会った。


 それからはエトレナの言ってた通り、迷うこともなく進んでいくと森を抜けられたらしい。


 最後にイプシロン様は私にも森に入ってからのことを聞いてきた。


 神官様と会ってからのことはもう神官様から聞いてるらしいので、私が話したのはラウラと逸れてから神官様と会うまでのことだけ。


 ラウラが話してたのと同じような話を私がし終わってから、


「なるほど、分かりました」


 短く言って、イプシロン様は椅子を立った。


「お聞きしたい事は以上です。ありがとうございました。こちら、心ばかりですが」


 イプシロン様は神官服の中から何かを取り出して、ラウラ、エトレナ、私の前の机にそれを置いた。


 ……どこかの硬貨らしい。見たことのない柄。中央が青くて、その周りが金色に囲まれてる。


「それでは私は失礼します。お三方はごゆっくり」


 軽く頭を下げてイプシロン様が背中を向けたので、私は慌てて立ち上がった。


「あのっ!」

「はい?」


 足を止めて、イプシロン様は振り返った。


「その……アル様はどちらにいらっしゃいますか?」

「アル聖官に何か用が?」

「いえ、お世話になったので――」


 ガシャンと、何かが割れる音がして、私は声を詰まらせた。


 音をした方を見ると、床の上に割れたティーカップの破片が散らばってる。


 その上で――ティーカップを持ってた姿勢のまま固まってるエトレナが、目を見開いていた。


 恐る恐る私が声をかけようとする直前、エトレナが椅子を蹴り飛ばすように立ち上がった。真っ赤な瞳で私のことを睨んで、


「今、何て言いました?」

「え……」


 なになに? 私、怒らせるようなこと言っちゃった? 怖いよ……。


「アル……アル・エンリ聖官」


 エトレナが神官様の名前を呟いたので、私は戸惑いながらも頷いた。


「う、うん。アル様がどうかした?」


 私が聞き返すと、エトレナはハッとした顔をして、椅子に座った。


「いえ、何でもありません」


 ……いや、何でもないことはないと思うよ? 尋常じゃない反応だったし……神官様と知り合いなのかな?


 イプシロン様の方を向くと、私と同じように怪訝な表情を浮かべてエトレナのことを見てる。エトレナは顔を伏せて目を合わせようとしない。


 イプシロン様は首を捻ってから、私に向き直った。


「それで、アル聖官のことでしたね」

「はい!」

「残念ですが、アル聖官は別の任務のため中央教会に帰還しました。なので、現在ここにはいません」

「そう……ですか」


 そっか。神官様、帰っちゃったんだ……。


 また会えるつもりでいたから、こうやって挨拶もできないとは思ってなかった。


 何だか、神官様って私が想像してたよりもさらに数倍偉い人だったみたいだから……もう会うことはないんだろうなぁ。そう思うと……すっごく寂しい。


「あの、アル様に……ありがとうございました! って伝えてもらうことってできるでしょうか?」

「ええ、それくらいなら引き受けますよ」

「すみません、ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げると、イプシロン様も頭を下げ返してきて、今度こそ私たちに背中を向けた。


 そのまま、入り口とは反対側にある扉を開けて、その向こう側に消えてしまった。


 後には私たち三人だけがポツンと残された。


 イプシロン様はごゆっくりって言ってたけど、庶民としては教会の中でごゆっくりなんてできそうもない。


 さっさとここから出て、組合の部屋に戻って、柔らかい寝台でグッスリ朝まで眠りたい。


 あ、そういえば、その前に割っちゃったティーカップの片付けしなきゃ。


 そう思ってエトレナの足元へと目を向けると、


「あれ? ティーカップの破片って……」


 そこには、破片が一つも落ちてなかった。破片どころかティーカップの中に入ってたはずのお茶の雫さえ、一滴も落ちてない。


「それなら、さっきイプシロン様が片付けましたよ」


 意外なことに私の声に応えたのはエトレナだった。


「え、でも、イプシロン様って片付けなんてしてなかったでしょ? だって、エトレナ――あ、エトレナって呼び捨てしちゃって大丈夫?」

「好きに呼べばいいです」


 む、なんか喧嘩腰だなぁ。まぁ、冒険者ってこういう感じの人多いけど。


「じゃ、エトレナがティーカップ落とした時、イプシロン様ってこっちに立ってたんだから、片付けなんてしようがないでしょ?」

「私もそう思います」

「ん? え、なら、どうしてイプシロン様がなんて言ったの?」

「ティーカップの破片は、私の目の前で突然消えました。誰かがそれをやったのだとすれば、やったのはイプシロン様です」


 ……何言ってるんだろ、この子は? まったく、からかうにしてももっと上手く言えるだろうに。ねぇ――?


 とラウラに目を向けると、ラウラは私の視線に気付いて、


「私もたぶんそうだと思う」

「え、何が?」

「ん? だから、片付けをしたの」


 あれ? 何……もしかして、本当なのかな? ……んん……確かに、神官様もかなり人間離れしてたから、イプシロン様がそういう奇術を使えてもおかしくはない、のかな?


「――っと、それよりも。エトレナって冒険者なんだよね? ずいぶん若いみたいだけど、何歳なの?」


 エトレナはチラッと私を見てから、プイッと顔を逸らした。


「……十五歳です。おばさんは二十五歳ですか?」

「……」


 あれ? 聞き間違いかな? 聞き間違い……じゃないよね? もしかして冗談なのかな、あんまり笑えないけど……。


「もぉ~嫌だなぁ、私こう見えて十七歳だよ? それにしてもエトレナってすっごいね、十五歳で銀級冒険者かぁ」

「私、嘘をつく人は嫌いです」


 エトレナは軽蔑の眼差しを私に向けて、ラウラの袖を指先で掴んだ。


「それよりラウラさん、早くここから出ませんか? 教会の中ってあまり居心地がよくなくて……」


 私は、困った顔で私とエトレナのことを交互に見るラウラのことを眺めていた。唖然として言葉が出ない。


 突然嘘つき呼ばわりされた意味が分からない……いや、心当たりはなくはないけど。


 十八歳のところを十七歳ってサバを読んだのは確かにそうだけど……見た目で分かるはずもないし。


「ビビ、とりあえず組合の部屋に戻らない?」


 ラウラが話しかけてきて、私はようやく我に返った。


「そ、そうだね」

「今日はゆっくり過ごそう。ビビも疲れてるだろうから。それから、明日以降の予定を話したりとか」

「うん」


 私はラウラの隣――エトレナの反対側まで歩いて、何となくラウラの服の袖を摘まんだ。

 三人並んで歩きながら、


「そうだ。ラウラとまた会えたら言おうと思ってたんだけど――」



 ○○○

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