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01話 『お上り冒険者 前編』



「見て見て、あれっ!」


 遠くに真っ白な塔が見えて、私は思わずおっきな声を出していた。


 言ってしまってから、ちょっとだけ反省する。


 私の声に驚いて、何人かの注目が集まったんだけど……ラウラは恥ずかしがり屋さんだから、それだけで顔が真っ赤っか。俯き加減の顔から、上目遣いで非難の眼差しを向けてくる。


「ごめんごめん、おっきな声出しちゃって」

「ビビはいっつもそう。全然反省してない」


 笑顔でごまかして、私は話題を逸らすことにした。


「だって、本当にすっごいんだもん。ほら、あれ!」

「言われなくても見えてる」


 なんて言いながらも、ラウラの視線にも興奮の色が見て取れた。口には出さないけど、ラウラも感動してくれてるんだろう。


 私たちの視線の先にあるのは、眩しいくらいに真っ白な三つの尖塔。先端には、青、赤、緑の宝石が輝いている。


「あれって、教会だよね?」

「たぶん、そう……クマスス教会とは大違いだけど」

「いや〜。私、あんなにおっきな建物があるなんて思ったこともなかったよ! 今日は、ほんとに驚きっぱなしだよね!」


 ラウラは無言で頷く。それから、ボソリと呟いた。


「さすが帝都。クマススとは全然違う」



 ――



 私とラウラはトネリコ出身の冒険者。十五歳の時に『儀式』を受けた後に、二人で一緒に村を出て冒険者になった。


 ……それから、もう三年。


 トネリコの首都――クマススで、私は採取士、ラウラは戦士として地道に依頼をこなしてきたんだけど、そのかいあって先日、銀級に昇格することができた。


 冒険者は、上から一級から九級まで分けられていて、

 一級から三級は金級冒険者――熟練。

 四級から六級は銀級冒険者――一人前。

 七級から九級は銅級冒険者――駆け出し。

 という分類になっている。


 私たち二人も、ようやく一人前と認めれらたわけだ。


 ……うん。我ながら、いい感じなんじゃないかなぁ~と思ってる。だって、クマススの同期の中では銀級一番乗りだもん。普通は五年くらいかかるらしいから、三年で上がれたのは嬉しい。


 もちろん、一年もかけずに銀級に駆け上がっちゃう変な人もいるらしいけど、あくまで私たちは一般人なので、それは比較対象外だ。


 ともかくも。

 銀級に上がったら、次に目指すのは金級、熟練冒険者。


 金級に上がるためには、職業組合で教練を受けて、専門職を修める必要がある。


 クマススはトネリコの首都だけど、トネリコ自体が帝国の中では田舎なので、首都と言えども職業組合なんて大それた物は設置されてない。……というわけで、私たちはクマススから帝都に拠点を移動することにした。


 組合はクマススと同じように教会と隣接していた。入り口で、二人してポケ~っとその建物を見上げる。



 ――『ル・ヴェルビニャン冒険者組合』――



 巨大な文字が、入り口の上の壁に並んでいた。あれは……もしかして、金なのかな? 文字が独特の色合いで光ってる。


 それだけじゃない。


 木製のクマスス組合とは全然違って、レンガを積み重ねて作られている。それが、ずぅ~っと高くまで――教会の半分くらいの高さまで続いていて、数えてみたら五階建てになっていた。しかも、一階一階が三メルくらいある。


 私とラウラは、互いに顔を見合わせた。


 ニヤリ、とラウラが挑戦的な表情を向けてきた。

 たぶん、私も同じ顔をしてる。


 ここが、これから私たちが通うことになる帝都組合。一人前の冒険者にだけ許された新天地。


 重たい麻袋を背負いなおして、私たちは、組合に入っていく冒険者たちの流れに乗った。



 ーー



 建物の中はキラキラ光っていた。


 高い天井から、おっきな……何だろう? ガラスの塊が吊り下がっている。それがキラキラ光っていて、何となく豪華な感じがする。掃除が大変そうだ。


 反射的に「すごぉ~い!」と言いそうになっちゃったので、頑張って口を噤む。


 また、ラウラに怒られてしまう。それに、田舎者丸出しだと他の冒険者たちに舐められる。それは……あんまり嬉しくない。


 帝都組合は全部が全部キラキラしてるけど、基本的な構造はクマスス教会と同じだった。


 入って正面は、依頼者用の窓口。

 右側には、談話用の椅子が並んでる。

 左側には、級ごとに分けられた依頼板が壁に打ち付けられた杭に吊り下げられてる。


 とはいえ、大抵の杭は空っぽ。


 急ぎの依頼以外は、毎朝組合が開く前に杭に掛けられる。いい依頼は早い者勝ちだ。昼過ぎの今となっては、後に残るのは空っぽの杭だけ……っていうのは、帝都組合もクマスス組合と変わらないらしい。


 私たち二人は互いに目配せをして、左手の奥――冒険者用窓口へと向かった。


「あのっ、冒険者の登録をしたいんですけど」


 声をかけると、窓口に座っていたお姉さんが、綺麗な笑顔をしつつ私たち二人の胸元に視線を向けたのが分かった。


「他の組合からの方ですね」

「はい、この間まではクマスス組合で」

「そうですか……」


 言葉尻を泳がせつつ、お姉さんはラウラの方を向いた。


「そちらの方もでしょうか?」

「はい」


 短く答えて、ラウラは首に鎖で提げていたピカピカの銀板をお姉さんに渡した。慌てて、私も自分の銀板を外す。


 お姉さんは両手で銀板を受け取って、その裏側に目を向けた。


 この銀板は冒険者の証明書みたいなものだ。


 裏面には、最初に冒険者として登録した組合の名前と、自分の登録名、冒険職が彫り込まれてある。それ以外は何の変哲もないただの金属板なので、偽装しようと思えば簡単にできるんだけど……もしも偽造したことがバレたら後が怖い。噂に聞いた所によると、教会から神官様が派遣されてくるらしい。


 神官様と言ったら、一級冒険者以上の存在だ。狙われてしまったら最後、逃げる事はできない。そんな危険を冒してまで偽造する価値なんてないから、逆に証明書として信頼されている。


「ビビアナ様、ラウラ様、ありがとうございました」


 と言って返された銀板を、再び首に提げる。


「それでは、最初の登録をしますので、登録石に両手を添えて下さい」

「えと、初めてなんですけど……」

「討伐報告と同じようにして下さったらいいですよ」

「あ、はい!」


 両手を、慌てて登録石――窓口の机の上に置かれている、青い玉の上に添える。


 ……えっと。


 ――『ビビアナ、討伐ゼロ匹です』――


 頭の中で唱えると、ぽわぁ~と、登録石がボンヤリ青色に灯った。


「はい、大丈夫です。続けて、ラウラ様、お願いします」


 私が場所を譲ると、今度はラウラが登録石に両手を添えた。ちょっとしてから、同じように青く光る。


「以上で、ル・ヴェルビニャン冒険者組合への登録は終了です」

「ありがとうございました」


 お姉さんはニッコリと微笑んで、


「実際に依頼を受けるには、注意点等の説明を受けて頂く必要があります。時間がございましたらご案内いたしますが、いかがでしょうか?」

「お願いしますっ!」


 お姉さんはコクリと頷いてから、右奥を手で指し示した。


「では、あちらの階段から二階へとお上がりください。上がってすぐに椅子が並んでいますので、前列の左側からお座りください。係の者が順番にお呼びいたします」



 ――



「ふわぁ~、つっかれた~!」


 部屋に入って早々、私は寝台に飛び込んだ。柔らかな藁が体を受け止めてくれて、ぼふっ、とお日様のいい香りが広がる。


 ゴロリと転がって仰向けになると、ラウラが呆れた眼差しを向けているのが見えた。


「気持ちいいよ?」

「何も言ってない」


 ラウラは、入り口に放り投げられている私の麻袋を拾ってから、寝台の傍まで持ってきてくれた。


「ありがと!」


 と言うのは、ちょっと早かったらしい。


「――むべっ!?」


 ラウラが放り投げた重たい麻袋は、私のお腹の上にちょうど着地した。


 お腹を押さえて……呻く。


「ぐぅぅ……ラウラ、ひどい」

「どういたしまして」


 ニコリ、と。恥ずかしがり屋のラウラが私以外に見せない笑顔を向けてきたので、何も言い返せない。……それに、重たいと言っても荷物のほとんどは柔らかい物なので、それほど痛くはない。


 ラウラは腰に提げていた剣を壁に立てかけてから、自分の寝台に座った。私は寝台に寝転がったまま、


「にしても、帝都組合って太っ腹だよね~。こんなにいい部屋に十日も泊まらせてくれるなんて」


 私たちが今いる部屋は、帝都組合の三階。移転者は登録してから十日だけここに泊ることができて、食事も一緒についてくる。その間に住処を探しなさい! ということらしい。


 びっくりするくらい良い待遇だ。


 この宿だって、かなり広いし掃除も行き届いてる。藁だって、新品だし。こんな宿に普通に泊まったら、銀貨の数枚は飛んでもおかしくない。


「商業都市だから。お金持ちたちが寄進してくれるんだと思う」

「はぁ~、お金持ち様々だよね。バロック様? セントルイス様? 誰だか分からないけど、ありがとう!」


 両手を組んで、空の上にいるお金持ちのお爺さん――お金持ちのお爺さんってどんな顔なんだろ? 全く縁がないから分かんないけど……取りあえず真っ白な髭を蓄えて、ほっほっほっ、と笑ってる姿を思い浮かべておいた。そのお爺さんに感謝の祈りを捧げて、私は勢いを付けて寝台から身体を起こした。


「それで、これからどうする? 日暮れにはまだ時間があるけど」

「ビビは?」

「う~ん、今日はもう疲れたし、私は宿でゆっくりしたいな」

「ビビがそうなら、私もそうする」

「なら、今日はそれでいいとして、明日はっ?」


 ラウラはちょっとの間考えてから、


「……職業組合に挨拶に行く――」

「えぇ~」


 大きな声で遮ると、ラウラが呆れた顔を向けてきた。

 私はニッコリと笑って、


「せっかく帝都に来たんだから、観光しようよ! お仕事は明日……いや、三日後からでいいでしょ?」

「でも……」

「でもも何もないよっ! だって、ほら――」


 私は、腰袋の中から巾着を取り出した。


「クマススで頑張ってお金いっぱい貯めたんだし、ちょっとぐらい使おうよ。美味しい物食べたり――あっ、あと、服とか! ラウラも見たでしょ? 街を歩いてる女の子たちの服装! なんというか、こう……全然違うよねっ、雰囲気がっ!」

「……服は別に。どうせすぐ汚れる」

「そういうことじゃないでしょ。私たちだってたまにはオシャレしなきゃ! いちおう、足の先っぽくらいは女の子なんだから」


 と説得してみたけど、ラウラは渋い顔。まずい。このままじゃ、初日からお仕事になってしまう。せっかく帝都に来たんだから、一日くらいは遊びたい。


「――じゃ、じゃあ、剣とか。ラウラの剣、冒険者になった時に買ったやつでしょ? 銀級になった記念に買い替えてみたら?」


 苦し紛れに言ってみたら、ラウラの目の色が変わった。


「いいの?」

「その代わり、私のお買い物にも付き合ってよね!」


 コクリと、ラウラは頷いた。



 ○○○

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