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27話 『不合理な気持ち 前編』



「ちょと、いいか」


 朝食を食べ始めてからしばらくして、風音聖官が小さく手を上げた。

 雑談をしていた師匠とフレイさんは口を止め、既に食べ終わって、昨日手に入れた『おもちゃ』をニコニコしながら眺めていたサラはキョトンとした目を風音聖官に向けた。


「昨日の夜から、朝国の本陣が、ちょと騒がしい、ね」

「あ? 騒がしいってーと、どんな感じだ?」


 フレイさんが怪訝そうな表情を浮かべている。


「細かいこと、分からない、ね。ただ……かなり、騒がしい。何か、起こったのかもしれない。一度、全員で偵察行きたいけど、どうか?」

「……まあ、十分休んだし、そろそろ出るか。もし行けそうなら、ちょっくら攻撃してみてもいいかもな」


 軽い調子のフレイさんの言葉に、ガタリとサラが立ち上がった。

 手に持っていた『おもちゃ』を落としそうになって、両手でお手玉をしている。


 何とか落とさずに体勢を立て直したサラは、フレイさんの方を向いて、


「ワタシもいいの?」

「行けそうなら、な。無理っぽかったら、偵察だけして帰って来るぞ」

「やった! ――アル! アルはもちろん、ワタシといっしょよねっ!」


 一緒、と言われてちょっと戸惑ったが、フォローを入れてくれってことだろうか?


「俺は別にいいけど、それはフレイさんの決めることだし……」

「パパ! それでいいでしょっ!」


 フレイさんはヒラヒラと手を振りながら、


「ああ、それでいいぞ。というか、仮に本陣に攻め込むことになったら、四人で固まって動くからな。万が一にも一人孤立なんてことになったら困るし」


 チラリと、フレイさんの視線が俺の方を向くのが分かった。


 分かってますよ、フレイさん。

 サラを三人でフォローする感じですよね。

 了解です!


 というのを、視線で返した。

 ちゃんと伝わったかを確認する前に、グイッと左手を引っ張られる。


 サラが楽しそうな顔で両腕を絡み付かせてきて、


「じゃあ、さっそくとっくんするわよ! アルとワタシならパパにだって勝てるんだから、ちょーこくなんて目じゃないわよねっ!」

「ちょっと、まだ食べてる最中だから……というか、特訓する時間なんてないだろ」

「あるわよ――パパとカザネがごはん食べ終わるまで!」


 フレイさんと風音聖官の皿の中を見ると……フレイさんはほぼ空っぽで、風音聖官は半分くらいか。

 ちなみに、俺はフレイさんと風音聖官の間くらい。


 ……せいぜい数分しかねぇよ。


 と俺が突っ込む前に、サラがむんずと俺の手からフォークを奪い取った。

 覆いかぶさるようにして俺を椅子に座らせ、勢いそのままフォークを俺の皿に突き立てた。


 持ち上げられたフォークの先端に刺さっているのは豚肉の腸詰――要はソーセージだ。

 師匠が用意したらしいこの腸詰は、中に色んな香辛料が入っていてすごく美味しい。加えて、師匠が絶妙な火加減で炙ってくれてるので、芯まで熱々だ。


「――はい、アル……あーんっ!」


 サラは無意識なのか、自分もあーん、と口を開いている。

 綺麗に整った白い歯に、ちょっと尖り気味の犬歯が見える。


「――い、いやっ……自分で食べれるから」

「アル、わがまま言ったらダメでしょ! ――あーん!」

「……あ、あーん」


 圧に負けて口を開けると、サラがぎゅむっ、と突っ込んできた。

 反射的に噛んでいて、中から熱々の肉汁が――


「――わっ、ちっ! ち、ちょっ!」

「あと、はんぶん――あーんっ」

「――もがっ」



 ――



 サラのおかげで風音聖官よりも四半刻ほど早く朝食を食べ終えた俺は……もちろんそんな短時間で特訓なんて出来るわけもなく、ちょっと組手をしたところで出発することになった。


 単なる火傷損だ。


 まあ、最初の一本以降は口の中を魔素で保護してたから熱くはなかったんだけど……口を魔素で保護したら味も分からないんだよな。全くしなくもないが、段ボールみたいな味しかしない。

 ……せっかくの、師匠の美味しいご飯なのに――食事の恨みは深いんだということを、俺がサラに教えてやった方がいいのかもしれない……。


 そんなことを考えつつ、フレイさんの背中を追って砂漠を走っていると、


「――アルぅ……」


 悲し気な顔をしたサラが、俺の袖を引っ張った。


「ど、どうした」

「これ、こわれちゃった」


 言って、サラが手に握っていた『おもちゃ』を見せてきた。

 昨日の晩に俺が作った方位磁石だ。

 方位磁石と言っても台座がないので、そうと知らなければ、ただの細長い菱形の金属片にしか見えない。


「ああ、ちょっと貸してみて」

「ん」


 差し出された方位磁石を受け取って、軽く電気を流す。

 それを返すと、サラは手のひらの上にちょこりと乗せて――嬉しそうに、その場でクルクルと回転する金属片を覗き込んでいる。


 ……昨晩、結局俺の方位磁石作成は失敗した。


 いや、いちおう成功はしたんだけど、そもそもこの世界では方位磁石という物が役に立たないみたいなのだ。磁気が乱れまくっているのか、方位磁石は一方向に定まることなくクルクルと回り続ける。


 役立たずの方位磁石はサラのおもちゃという新たな役割を賜って、今も隣で元気にお仕事中だ。 



 サラも含め、適当に並んで走っている俺たち四人の間には緩い空気が流れていた。

 あと一刻も走れば敵の本陣の近くに辿り着いて、機会があればそのまま突撃……の予定なのだが、無理そうだったら観察するだけで帰るという作戦なので、緊張感なんてあまり出てこない。


 むしろ、俺なんかはちょっとだけワクワクしていたりする。

 俺以外の三人は既に朝国本陣の様子を見ているはずだから何の感慨もないんだろうけど、俺にとっては初めての経験だ。大規模な軍隊がズラリと並んでる様子とか、何となく心惹かれるものがある。

 もちろん、そこに突入するとなると、全く楽しくも何ともないが。


 いや、だって。普通の朝国兵に、ナジャーハ様的な人が混じってたりするんでしょ?


 大大陸でも、聖官レベルになれば魔素を駄々洩れになんかしてないけど、やっぱり体を覆う魔素の動きとか、そういった所に普通じゃない部分が現れることが多い。だから、近づく前に警戒することができる。……まあ、あえて一般人を装って奇襲なんてのもあるけどな。俺も黒衣衆の仕事の時に何度かやった。


 その点、朝国兵たちは全員が魔素を扱えないからこそ、強者を見分けることができない。魔素に注目して対応することに慣れてる俺たちからすると、対応が数瞬遅れる。


 ナジャーハ様は元将軍らしいのでそれには及ばないにしても、近しい朝国兵も何人かはいるだろう。そんな奴らからしたら、数瞬なんてあれば首を斬るのに十分だ。


「……」


 あ、なんか。ネガティブなことを考えてたら、段々心がざわついてきた。


 チラリと隣を見る。


 隣ではサラが、飽きもせず方位磁石を指に乗せたりして遊んでいる。

 不安なんて感情はサラとは無縁だな。羨ましい。


 ――まあ、仮に突入することになったとしても、先頭を走るのはサラだ。赤『能力』持ちのサラなら、一発で致命傷なんて負うことはないだろう。俺の仕事はあくまでサラのフォローをすることだし、俺以外にもフレイさんと風音聖官もいる。聖官の中でもトップを張る二人がいれば、そうそうマズイことも起こらないはずだ。



 頭を振って、益体もない考えを振り払う。

 周りを見ると、いい加減見飽きた茶色い景色に囲まれている。

 風音聖官が『能力』で避けてくれているので、朝国兵は一人も見当たらない。本陣まであといくらもないはずだけど……気配を探ってみるけど、やっぱり朝国兵たちの気配を捉えることができない。

 旅の塔と比べてより砂漠側に入ってしまっているから、メフィス・デバイほどではないとはいえ、ここら辺の魔素も十分に薄い。魔素を感じとるよりも、目視する方が早いだろう。


 ……少しだけ躊躇してから、俺は先頭を走る風音聖官に近付いた。


「……あの、風音聖官」

「なに、か?」


 風音聖官は正面を向いたまま、淡々と返してきた。


「本陣までってあとどれくらいかかりそうですか」

「もう、半刻もすれば着く、ね」

「そうですか……分かりました、ありがとうございます」


 必要な情報が得られたのでこれで会話を止めようかと思ったが、俺はちょっと思いなおして、


「それでなんですけど……本陣の様子が騒がしいって言ってたの、何か分かりましたか」

「ん――それは、分からない、ね」

「……こう、私とナジャーハ様が話してたのを知ってたみたいに、朝国兵たちが話してる内容とか?」


 風音聖官はチラリと俺の方を『見て』、


「それは、ちょっと難しい、ね。アルとナジャーハは砂漠に二人だけだたから、『見えた』。朝国兵たち、沢山集まてるから、全部が重なて全然『見えない』ね」

「重なって?」

「そう。無理して『見え』ないこともない、ね。でも、たくさんを同時に『見』たら、私の頭、壊れる」

「それは……確かに――」


 言いつつ、頭の中でちょっと想像しようとしてみる。

 俺は二つの眼球で景色を見ているけど、それが例えば百個くらいに増えたとしたら……。

 

 ……想像しようとしてみたけど、想像できない。

 けど、それがかなりの負荷を頭にかける行為だということは何となく理解できる。


「――すみません、無理なこと言って」

「……一人一人は『見え』ないけど、全体を『見る』ことはできる、ね。昨日より、騒がしくない。昨日の晩に何かあって、それがもう落ち着いた、思う――」


 最後まで言い切らず、風音聖官は唇を結んだ。

 俺に向けていた『視線』を真っすぐ正面に戻してから、眉間に溝を刻んでいる。


 ――何かあったのか……?


 風音聖官に聞いたら邪魔してしまいそうなので、俺は黙ったままに周囲へと意識を張り巡らせる。


 少し後ろではサラが依然遊んでいる。

 風音聖官の向こう側では、フレイさんが大きな欠伸をかましていた。尖った犬歯が覗いている。


 他には何もない。


 砂と空と、風と太陽。

 それだけの世界が、俺たち四人を閉じ込めている。


 俺がキョロキョロしているのに気付いたフレイさんが怪訝そうな表情を浮かべて、次いで風音聖官の様子に目を向けた。

 瞬時にただならぬ気配を読み取ったフレイさんは、半分後ろに振り返ってサラを手招きした。

 サラはパッと顔を輝かせて、呼ばれた子犬みたいにフレイさんの傍まで駆け寄った。


 ちょうど俺たち四人が、風音聖官の小さな声を聞きとれる範囲に集まった時だった。


「――敵、二人。あと百数える内にぶつかる、ね。生け捕り、情報収集」


 端的に風音聖官が言った。


「強いのか?」


 フレイさんが言った。

 風音聖官は軽く首を横に振る。


「違う、下っ端ね。近くに、他にいない。危険はない、よ」

「おう、そりゃあいい」


 フレイさんはニヤリと笑って、既にうずうずとしているサラへ向けて、


「じゃあ、サラ。頼んだぞ」

「りょーかいっ!」


 元気いっぱいに返事をしたサラを見て、俺は幾ばくかの不安を感じた。


「サラ、言っとくが生け捕りだからな。あんまり張り切ってやり過ぎたら駄目だからな」

「むーっ!」


 と、サラは頬を膨らませて、


「ワタシ、そんなヘマしないわよっ! 力かげんくらい、できるんだから!」

「いや、そうは言っても、朝国人は身体に魔素を纏わせていないからな。サラの拳なんて、掠っただけで吹っ飛ぶから。ほんと、気を付けてな」


 俺の言葉を聞いて、タコみたいな顔をしていたサラは、一転上機嫌になった。

 どうやら、褒められたと思ったらしい。別に褒めたわけじゃないんだけど……。


 ――なんてやり取りをしている内に、百なんてあっと言う間に経って。



 ――遠目に人影が見える。



 それを俺が認識した時には、砂丘の上を『深紅の風』が駆けていた。

 なすすべもなく、その二人の朝国兵がブチのめされるのは規定事項として、俺はサラがやり過ぎないかをハラハラと見守っていたのだが……。


 風音聖官が下っ端と呼んだ二人が、どちらもが鞘から刀を引き抜くのが遠目に見えた。

 内心、少し驚く。


 率直に言って、サラの動きは人外じみている。

 魔素が薄いからこそ若干速度は落ちてはいるが、それでも十分にサラの動きは早い。


 遠くから何かが見える事に気が付いたとしても、目を凝らしてそれが何かを確かめようとしている間に、サラは目の前に現れている――そんな感じのはずだ。


 にもかかわらず、あの二人は刀を抜いた。


 頭ではなく、本能で――条件反射的に行動できている証左。


 神官とか武仙にもたくさんいた、『能力』に胡座をかいてるだけの自称エリートとは違う。


 実践的な強さ――

 




 ――『深紅の風』とぶつかったと同時に、二本の刀が空高く舞った。


 少し遅れて、膝から崩れ落ちるのが見えた。



 ○○○

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