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15話 『メフィス・デバイ 前編』



 暗闇の中、コテンと頭に衝撃が走った。


 一瞬遅れて後ろに逃げると、右の足首に何かが引っ掛かる。


 体勢が崩れるが、俺にも意地がある。これで終わっては流石に無様だ。


 何となく、それっぽい場所を狙って左手で持っていた棒を振ると、固い感触が手に返ってきた。


 ……けど、ここで終了。


 お尻が砂の上に着地する感触がして、同時に額のど真ん中に尖ったものが押し付けられる。


「何度やってもーー」


 額から蟀谷(こめかみ)にラインが引かれる。軽い抵抗の後に、パッと視界が明るくなった。


 細めた視界に、呆れた表情のナジャーハ様の姿が見える。


 右手に金属棒を持っていて、それを俺に突き付けている。先端には、さっきまで俺の視界を覆っていた黒い布が引っ掛かっている。


「上達しないな。剣術そのものは十分及第点だが……なぜ、それほど感覚が鈍いのか?」

「そうは言っても……」


 俺は口調に不満を滲ませながら、


「目隠しされてるんじゃ、どうしようもないですよ。砂の音とかで何となく位置は分かりますけど、どの方向から攻撃が来るかなんてサッパリで」

「だから、何度も言ってるだろうに。聴覚に頼るのではなく、殺気を感じるのだ。聴覚や視覚などの物質覚では限界がある。殺気であれば必ず行動に先んじるのだから、それを認識すればいい」

「……その殺気がよく分からないです」


 気配とはまた違うみたいだし。


 魔素がどんどん薄くなる……と聞いていたが、実感のないままにいつの間にか周りの魔素が本当に薄くなっているらしい。


 気配はそもそもが相手の魔素だから、それを伝える物が薄ければどうしても反応が遅れる。全てがスポンジ越しやってくる感じ。


 俺の言葉に、ナジャーハ様は溜息を吐く。


「殺気は殺気なのだが。私にとっては鋭利な圧迫感、と言えば良いのか? 個々人によって感じ方は異なるから、教えようにも教えられない。普通は、誰しもが簡単に身に付けられるものなのだが……これも、アメルナの加護から外れているが故か……」


 小さく首を振って、ナジャーハ様が手を差し伸べてきた。それを掴むと、ナジャーハ様は俺を引っ張り上げて、


「だがしかし、感覚以外については十分及第点だ。私の下僕として恥ずかしくない程度にはな。夕刻にはメフィス・デバイに着くが、堂々と胸を張っていれば侮られることもないだろう」


 満足気に笑って俺の肩を叩くと、ナジャーハ様は義足を軸にクルリとその場で振り返った。


「そろそろ行くか。私は騾馬の準備をしておくから、貴様は食事の片づけを」

「はい」


 答えて、俺はそそくさと荷車へと向かった。中から目当ての物を取り出し、ちょっと離れた、昼食を食べた場所へと向かう。


 まず火油の処理。濾過器で煤を取って、残りは壺へ。砂で鉄串の水気を取って、布で拭う。


 鉄串をキッチリ揃えて筒へと入れた頃には、ナジャーハ様も鞍の取り付けを終えてブラッシングをしている所だった。


 騾馬は気持ち良さそうに、首をナジャーハ様へと擦り付けている。


「ん、終わったか?」

「はい」

「御苦労」


 言って、ナジャーハ様はブラシを幌の隙間から荷車の中へと放り込んだ。騾馬が悲しそうにナジャーハ様のことを見つめている。


「一人で乗れるか?」


 ナジャーハ様がイジワルな目を向けて言ってきた。


「大丈夫です。もうだいぶ慣れましたから」

「なら、任せる」


 頷いて、俺は早速騾馬に乗る。


 この体の扱い方も分かってきた。最初は無様な姿を晒してしまったが、今では元の体でできた大抵の動きなら、問題なくすることができる。


 手綱を掴んで、視線を遠くに向ける。まだ、誰の跡も刻まれていない、まっさらな砂。


 他には何も見えないけれど、ナジャーハ様が言うには、このまま真っすぐ進んだらメフィス・デバイに着くらしい。


 王都は優美、鴻狼は繁華、メフィス・デバイは荘厳……だったか?


 王都と鴻狼は実際にこの目で見たけど、確かにその言葉の通りだった。


 ゴクリ、と唾を飲み込む。


 手綱で指示を出すと、荷車は進み始めた。



 ○○○



 一人ノンビリ、三刻ほど経った頃だろうか。大きな砂丘を避けた途端、視界の中に何かの構造物が見えてきた。


 目に魔素を集めると、それの輪郭が見えてくる。


 階段状の……ピラミッド的だけど、微妙にピラミッドとは違う。一段一段が大きくて、それが三つ積み重なっている。その建築物には至る所に金の装飾がしてあって、太陽の光を反射している。


 俺は、顔半分だけ振り返って、


「ナジャーハ様」


 呼びかけると、荷車の中でゴソゴソと動く気配がして、幌と幌の間からナジャーハ様が顔を覗かせてきた。


「どうした?」

「あの、あれーーあれが、メフィス・デバイ……でしょうか?」


 ナジャーハ様は俺の指の先を向いて、目を細める。


「ん……むぅ? ……ああ、あれだな。ちょっと待て」


 ナジャーハ様は幌の細い隙間を通って荷車の外に出ると、軽い身のこなしで俺の後ろに乗ってきた。


 ナジャーハ様が座れるように、少しだけ前にズレる。


「思ったよりも早かったな」

「あの見えてるのって何なんですか?」

「見えてる?」

「段々になってるやつです」

「ああ……あれは祭壇だ。気になるなら、行ってみるか?」

「いいんですか?」

「うむ。着いたら幾らかやらねばならないことがあるから、その後ならな。明日になるかもしれないが……」


 尻すぼみにナジャーハ様の声が消えた。


 何かを考えているようで、しばらくナジャーハ様は口を噤んでから、


「いや、そうだな。どうせ近い内に行かねばならないし今日中に行こう。手続きは、そう急がなくてもいいだろうしな。貴様はそう簡単に破れないだろうから」



 ーー



 メフィス・デバイに入った頃から、それの巨大さに驚いていたが……目の前に振り仰ぐと、思わず拝めたくなるような圧迫感をそれは放っていた。


 祭壇とかいう、ピラミッドもどき。


 スカイツリーと比べたら、高さはそれほど高くない。高くないと言っても百メルはゆうにあるだろうが……それ以上に祭壇は圧倒的なボリュームを持っている。


 もう……これ、山だ。

 人工の山。


 左右には祭壇の壁が、直線にずぅっと遠くまで伸びている。


 しかも、ただの貧相な岩壁ではない。繊細な彫刻が細部に至るまで刻まれていて、金や宝石も贅沢に使われている。


 こんな物を人間の手で作ったとは、とてもじゃないが信じられない。


 途方もない労力と財宝が、気が遠くなるほど長期間に渡って、継続的に注がれてきたのだろう。


 俺にとっては驚異的な光景だが、道行く朝国民たちにとっては日常的な風景らしい。特に感動している様子も無く、コンビニに入るみたいな雰囲気で、祭壇の地上部にパックリと開いた大穴の中に入ってゆく。


「おい、ヒシャーム! そんな場所に立ってないでさっさと行くぞ」

「あ、はいっ!」


 慌てて、不機嫌そうな顔をしているナジャーハ様の元へと小走りで向かった。


「そんなにコレが珍しいのか?」


 ナジャーハ様は不思議そうな顔で祭壇を見上げる。


「え、まあ……大きくて、綺麗ですし」

「ほう、そうか。いや、あまりノンビリとしている暇もないのだ。もうすぐ閉まる。さっさと行くぞ」


 ズンズカと祭壇の入り口へ向かうナジャーハ様に、小走りで付いてゆく。

 

 祭壇に入ると、中には甘い香りが充満していた。見ると、所々に置かれている……変な像の口から、白い煙が湧き出している。頭はワニっぽいけど、首より下は鳥の姿をしている。ちょっとキモイ。


 祭壇の中はだだっ広い空間が広がっていた。百単位の人がいるけど混んでる感じはしない。


 結構な数の人が、壁際に集まってるせいもあるだろう。額を壁にくっつけて、なんかブツブツ呟いている。お祈りかな?


 こうやって見ていると、かなりの数ーー十人に一人くらいは、腕や足が銀色に光っている。ナジャーハ様が言ってた通り……朝国はかなり物騒な国らしい。


 中には両足ともが義足になっている人もいて、そういう人は車椅子に乗っていた。


 ……そういえば。


 ちょっと思い出して、祭壇の入り口の方へと目を向けると……やっぱり、そこにはスロープが設置されていた。


 この世界はバリアフリーなんて概念が絶無なので、スロープを見るのなんて前世ぶりだ。案外、物騒な国の方が福祉は発展するのかもしれない。


 そんなふうに、キョロキョロと色んな所を、興味を引かれるがままに見ていると……いつの間にかナジャーハ様との距離が離れていた。


 見ると、空間の中央に下り階段があって、そこを降りようとしている所だった。


 慌てて、ナジャーハ様に付いて行ってた俺は、


「待て」


 階段の入り口で止められた。ナジャーハ様はフリーパスだったのに、俺だけ。


 手に大きな鉄斧を持ってるオッサン二人。筋肉隆々で、ゴツイ口髭を持っている。警備員らしい。


 ナジャーハ様は俺が止められてることに気付いていないみたいで、一人さっさと階段を降りて、曲がり角に消えてしまった。


「ここから先は立ち入り禁止だ」

「え、いえ……でも」


 立ち入り禁止って言われても、引き返すわけにはいかない。ナジャーハ様が消えていった階段と、オッサン二人を交互に見ていると、


「お前、怪しいな。ミンピョウを出せ」

「……ミンピョウ?」

「そうだ」


 えーと……そんなものをナジャーハ様から貰った記憶はないんだけど。


「あの、すみません。ちょっと今持っていなくて……」

「持っていない?」

「……は、はい」


 あれ? もしかして、なんかマズった?


 ……らしい。オッサン二人が、揃って鉄斧を振り上げている。


「いないと思って戻ってみれば……なかなか面白いことになっているな」


 石の床に、二つの鉄斧の頭が落ちた。けたたましい音が祭壇の中に響いて、周りの人たちの目が一斉にこちらへと向く。


「か、閣下っ!!」


 後ろを向いた途端ビクリと肩を震わせた警備員たちは、その場でピシリと直立した。


 ナジャーハ様の目は、俺に向いている。


「うだうだと、ハッキリしないから怪しいと思われるのだ。もっと堂々としていろと何度も言っているだろう」

「……すみません」


 あんまり、そんな鋭い目つきで睨まないでほしい。怖いから。


 ナジャーハ様は嘆息すると、警備員の方へと向いた。


「これは私の物だ。まだ届け出ていないから首輪はないが、近い内に届出をしよう」

「そ、そういうことなら……失礼しました」

「ああ、お前たちも御苦労。ヒシャーム、行くぞ」



 ーー



「すまなかったな、さっきは」


 二人並んで階段を登っていると、ナジャーハ様が歯切れ悪く言った。


「いえ、私がボーとしてたせいですから」


 反省。


 俺には朝国に関しての知識がほとんどないのだ。頼れるのはナジャーハ様だけ。さっきみたいに変なトラブルに巻き込まれたら困るし、はぐれてしまったらもっと大変だ。


「それにしても、この階段……長いですね」


 かれこれ一分くらいは経ったと思う。


 階段は、最初は下りだったのが途中から登りに変わった。多分、この祭壇とやらの上の方へと向かってるんだと思うけど……。


「確かにな。まあ心配せずとも、もう着く」


 との言葉の通り、二回ほど角を曲がった途端、小さな空間に抜けた。


 部屋の中は閑散としている。


 一辺二メルくらいの巨大な立方体が一つ置かれているだけで、他には何も無い。


 何も無い、と言うとあれだな。あの立方体、独特の色合いに光ってるけど……もしかして、黄金の塊?


 見上げると、天井は四角錘の形をしている。多分、ここは祭壇の頂点なのだろう。


「……ここは?」

「祭壇だ」


 短く答えて、ナジャーハ様は部屋の中央ーー立方体へと大股で向かう。


 俺も立方体に近付くと、ただの立方体ではなくて、細かな文様がギッシリと刻み込まれているのが分かった。


「美しいだろう?」


 ナジャーハ様が呟いた。


 うっとりとした表情のナジャーハ様をチラリと見てから、俺は目の前の黄金の塊へと目を向けた。


 黄金に輝く表面には細かな文様がギッシリと刻まれている。


 というか……あれ?

 文様というか、これーー


 日本語?


 一文字一文字が小さくて気付くのが遅れたけど、確かに日本語に見える。


「あの……この、刻まれている文字って、何か意味があるんでしょうか?」

「もちろん、ある。アメルナの言葉だと言われているな。具体的に書かれている内容は、過去に記録が失われたせいか、今では分からないがな」


 ……アメルナの言葉? 日本語が?


 いや、そもそも日本語がここにあるってことは、俺が今生きてるこの世界って……やっぱり、前世との繋がりがあるんだろうか?


 白メイドたちの名前がギリシャ文字だから、うっすらとは思ってたけど……。


 まあ……だからどうだという話じゃない。俺は前世で死んだんだし、こっちの世界で再び生まれた。そこら辺は、とっくの昔に整理を付けている。この世界が何だろうと、俺にとっては重要じゃない。


 俺はあくまで、アル・エンリなのだから。



 ○○○

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