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03話 『旅の塔』



 塔の地上部には穴が開いていて、そこから中に入れるようだったが、「壁を登った方が早い」とフレイさんが言ったので、俺たち三人は岩石の塔を登った。


 窓らしき穴が開いていたので、そこから中に入る。


 岩石の塔の中は、くり貫かれて人が住めるようになっているらしい。どこか、巨樹の森でのフレイさんの家を思い出す。

 塔の中は広くて、ゆとりを持ってソファとか机が置かれている。ほとんどのソファは無人だが、ついさっき俺たち三人が入ってきた窓の近くの物には、神官服の男が足を組んで座っていた。


 肩の三環は金色。

 ……というか。


「……先生、ちゃんと入り口から入ってくださいと、何度も言っているではないですか」

「相変わらずクルーエルはかてぇな。細かいことは気にすんなよ」


 クルーエル――師匠は、読んでいた本をパタリと閉じた。本を机の上に置いて、立ち上がる。


「せっかく掃除したのに、先生の靴のせいで汚れたではないですか。入り口には砂取り用の敷物を置いていますから、そこで落としてくださいと何度も――」

「――分かった分かった、次からは気を付けるから」


 とか言って、フレイさんはどかっとソファの一つに腰かけた。机の上に靴を履いたままの足を乗せている。


 その姿を見て、師匠は溜息を一つ吐いた。それから……俺に目を向ける。


「アル聖官、お久しぶりです」

「し、師匠……お久しぶりです」


 何も応えず、師匠は俺の方へと向かってきた。


「邪魔です、どいて下さい」

「あっ、すみません」


 慌てて横に避けると、サラにぶつかった。


「おい」

「す、すみません」


 フレイさんにドヤされたので、そっちにも謝りつつ俺は場所を移動した。

 窓の方を振り返ると師匠がしゃがみ込んで、ホウキと塵取りで床を掃除してる所だった。……どこから取り出したんだろう?


「ね、すわらないの?」

「ん? ああ……」


 後ろからサラに声をかけられて、俺は我に返った。

 ここに突っ立っててもそれこそ邪魔だろうし、座っていい、のかな? まあ、怒られたりはしないだろう。


 ソファはたくさん空いてるので、どこに座ろうか迷う。

 迷った結果、フレイさんの対面。二、三人かけの長ソファーを選んだ。すると隣にサラが座ってきたので、左に避けてサラと隙間を取った。


 キョトンとした顔でサラが見上げてくる。それを気にしないようにしながら、俺は窓際の師匠へと目を向けた。次いで、フレイさんの方を向き、


「あの、フレイさん……クルーエル聖官も同じ任務に就いているんですか?」

「同じ……と言うと少し違うがな。クルーエルたちも数月前からこの任務に就いてるのは、俺らと同じだ」

「……たち?」


 引っ掛かった言葉を繰り返すと、フレイさんは大あくびを一つして、師匠を指差した。


「あとは、クルーエルに聞いてくれ。あいつの方が話すのは得意だろ。俺は少し寝る」


 言って直後に、フレイさんは腕を組んで目を閉じてしまった。師匠から話を聞いてくれって……。


 窓際に目を向ける。

 師匠は、俺たちが汚した床をホウキで念入りに掃いていた。


 師匠と会うのは久しぶり。王国での護衛任務の前のことだ。ずっと昔のような気がする。


 師匠から一人前だと認めてもらった直後の任務で俺は失敗して、そのまま教会には何も言わずに失踪したわけだが……要は、俺は師匠の顔に泥をたんまりと塗りたくった立場なのだ。


 猛烈に気まずい。


 けど、ここでダンマリしているわけにもいかない。ちょうど師匠が立ち上がったので、俺は軽く息を吸い込んで、


「ししょ――」

「――ねぇ」


 その師匠の隣に、いつの間にかサラが出現していた。慌てて隣を見ると、そこは空っぽ。


 サラが動いたのに気づけなかった?

 そんなバカな。


 俺の魔素感知能力は、それなりの物だと自覚している。サラみたいに気配駄々洩れの奴が動いたら、いくら考え込んでいても気づけないはずがない。

 インドラでも感じた……変な感覚。どこか、自分の周りにベールがかかっているような。


 暑さのせいかと思ってたけど……。


「あんた、なんでここにいるの?」


 サラの声が聞こえて、我に返って師匠の方を見る。

 師匠に話しかけているサラの顔は……不機嫌。


 そう言えば、サラと師匠って仲が悪かったような……。


「なんで、とはどういう意味か捉えかねますが、端的に答えるならば任務でここにいます」

「あんた、アルの師匠なのよね? まえは負けたけど、いまはワタシのほうがつよいわよ!」

「そうですか」


 二人の会話をハラハラと見つめていると、サラは、ガンつけるヤンキーみたいに師匠を下から見上げながら、ビシッと窓の外を指差した。


「ソト。モギセンやるわよ。勝ったほうが、負けたほうのウエ」

「――ちょっ、ちょっと待て」


 堪らず、俺はソファから立ち上がって、二人の会話に割り込んでいた。


「サラ、何やってんだよ。模擬戦って……」

「だって、こいつとワタシ、おなじ任務なんでしょ? どっちがウエか決めないと。ワタシはこいつの言いなりになるのはイヤッ!」


 ふんすー、と鼻息荒く、サラは両拳を握る。

 ……もしかして、サラのやつ、イオタに毒されてないか? 上だとか何だとか……。


「何か誤解があるようですが」


 右から師匠の声が聞こえた。


「私とアル聖官たちの任務は、大きな意味で言えば同じものですが、基本的に別行動ですよ」

「大きな意味?」

「ええ。対朝国戦ではありますが、私たちが防衛任務だとすれば、アル聖官たちは攻撃任務です」


 攻撃任務?

 ……全然話、聞いてないんだが。


 フレイさんへ非難の眼差しを向けるが、フレイさんは早くも大口を開けて寝息を立てていた。


「先生からも言われましたし、詳しくは私が説明します」


 師匠は言って、右手にホウキ、左手に塵取りを持ったまま歩き始めた。

 そう言えば……先生って?


 数歩歩いてから、師匠は足を止めた。

 頭半分だけ振り返って、


「ところで、紅茶はいりますか? 少し長くなりますが」



 ――



「さて」


 紅茶をすすった師匠は、一言呟いた。

 師匠と机を挟んで対面に俺が座っていて、俺の隣にサラが座っている。


 ちなみにフレイさんはいない。


 というのも、フレイさんが大いびきをかき始めたので、師匠がフレイさんを叩き起こしたからだ。師匠が「寝るなら二階に行ってください」と言うと、フレイさんは冬眠から目覚めた熊みたいな足取りで、部屋の中央に開いている穴――階段へと消えていった。


「何から話したら具合がいいか――アル聖官、一つ」


 俺は紅茶の入ったコップを傾けるのを中断して、師匠の顔を見た。


「アル聖官は、朝国についてどの程度を知っていますか?」

「えっと、朝国ですか……」


 ……えっと、確か。

 昔、母上から習った歴史の授業と、中央教会で読んだ報告書の記憶を思い出しながら、


「小大陸を支配する国家で、王国や華に並ぶ規模を誇る。世界三大都市と言えば王都、鴻狼、メフィス・デバイで……歴史は古く千年を越える歴史があって、その間には教会と何度か戦争もしてる……くらいでしょうか」


 これくらいで、俺の知識は終了。

 中央教会の図書館に、対朝戦争について幾つかのエピソードがあったが……それほど真面目に勉強しなかったから、あまり覚えていない。


 魔物関係の任務と違って、人間との戦争はどうしても地味。正直、報告書を読んでもつまらなかったし。


「そうですか、では……燃えろ――」



 ――ボッと音がして、机の上に小さな火球が出現した。



 師匠の行動の意図が分からず、俺は無言でその火球を見つめる。

 橙色の、暖炉の火のような色。


「あの……これが――」


 口を開こうとした時に炎に変化が起きた。

 風なんて吹いていないのに、火球が大きく揺らめいた。

 何事かと見ていると、その揺らめきはどんどん大きくなって、やがて……フッと。

 炎が消えてしまった。


「アル聖官は、感じませんでしたか? 魔素を扱いづらいと」


 魔素を扱いづらい。

 言われてみたら……まさにそれだ。

 インドラに付いてからずっと感じていたモヤモヤ、それを上手く言葉にしてもらった感じ。


「はい。確かに、感じます。何と言うか……世界に膜がかかっているような」

「それが、今回の任務における最も大きな敵です。私たちが相手するのは朝国兵ではありますが、それ以上にこの地に特有の環境、それについての理解をしなくては致命的となります。ですから、先にそちらについての説明をしましょう」

「……環境?」


 想定外の単語に聞き返すと、師匠は一つ頷いた。


「我々のような聖官からすれば寒暖や乾燥なんてものは、体を魔素で覆えば大した意味を持ちません。問題は、この地帯――インドラ以南の砂漠地帯には魔素がないという点です」

「魔素がない」

「ええ。正確には、インドラ周辺から徐々に魔素が薄くなり、最終的にはほとんどゼロになっています。インドラが繊細な魔素操作をする限界圏、そしてここ『旅の塔』が魔素を放出する限界圏です」


 どうやら、この塔は『旅の塔』と言うらしい。

 で、師匠の表現は相変わらず難解だけど……例えば師匠で言ったら、インドラまでは火球を自由自在に操れるけど、この辺りでは形を保つのさえ難しいってことか? そして……この塔からさらに砂漠を進んだら、火球を出すことさえ出来なくなる……。


「あれ? それって……戦闘なんて不可能じゃ?」

「理解が早くて助かります」


 師匠は淡々とした調子で言った。

 俺はどんな反応をしたらいいか分からなくて、なんとなしに隣を見ると、サラは渋い顔をしながら紅茶を飲んでいた。どうやらお口に合わなかったらしい。


「帝国と朝国の間に広がる砂漠地帯には、ここと同じような『旅の塔』が幾つも並んでいます。この塔は、『能力』持ちが『能力』を放出することのできる境界線を示し、この塔よりも南で我々『能力』を行使する者たちは、戦闘力を大幅に制限されます。私も、体を守ること程度はできますが、火球なぞは極短時間しか出せません」


 師匠は、コップを机の上に置いた。


「私だけでなく、緑『能力』持ちの大半は役立たずです。空中に魔素が満ちていないから、例えば私なら火球を放出しても、解けるようにしてすぐに火球は霧散してしまいます。だから、私がこの塔から打って出て、戦闘することは不可能です。その点、赤『能力』は体内で魔素を使用するから比較的変化なく行動でき――」


 師匠はチラリとサラの方へと目を向け、


「先生は緑『能力』ではありますが、膨大な魔素と極端な魔素操作力を背景に活動はできます。それでもかなり『能力』が制限されるようですが。そして、アル聖官も……魔素のない環境でも問題がないと私は聞いています」


 師匠は、真っすぐ俺を見た。


 魔素がない環境……か。


 正直上手く想像ができない。

 魔素なんて空気みたいなもので、それが存在しない空間なんてよく分からない。

 既に、魔素が薄くなっているらしいが。


「ちょっと、失礼します」


 言って、俺は碧色の霧を展開し……ようとした。

 上手く広がらなかったので、今度は意識して展開してみると、滑らかとは言えないけれど霧が球状に広がった。 


 試しに、雷撃を色んな方向に流してみる。

 違和感は……ないな。

 専用武器の操作は制限されるが、霧の中で電流を流すことは難しくないようだ。

 ただ、電流の威力は五割減。ここからさらに南に向かったら、もっと厳しくなるのだろう。


 霧を指先で突いてるサラからしたら、ピリピリ程度にしか感じないらしい。

 首を捻って、目をパチパチとしている。


 ――だが。


「威力はかなり小さくなってますけれど、問題ないかなと思います。そもそも威力を売りにしてませんし。それに……私たちが『能力』を制限されるなら、同様に朝国兵も制限されるわけですよね。慣れてしまえば相対的な話ではないですか?」


 俺の電気は、師匠の炎と違って威力があるものではない。雷みたいにそれ単体で敵を黒焦げにすることなんてできない。絶命させることが目的なら、心臓をちょっと刺激してあげるだけで人間は死ぬのだ。

 もちろん、魔素でキッチリ保護されればそれでおしまいなのだが……電気が身近でないこの世界の人間にとって、初手を防ぐことなんて実質不可能。幸いと言うか何と言うか、『アル聖官』の記録なんて、朝国はほとんど持ってないだろうしな。


「ああ、そうそう。一つ言い忘れていましたが」


 師匠の声に、俺は霧を体内に取り込みつつ目を向けた。


「朝国の人間に『能力』持ちは一人もいません。だから、彼らの『能力』を意識する必要はありませんよ」


 抑揚なく師匠は言った。

 思わず、師匠の顔をマジマジと見つめてしまう。

 言葉の内容が上手く頭に入って来ない。


「えっと、『能力』持ちが一人もいない?」

「ええ、そうです。我々からしたら奇妙なことですが、よくよく考えてみれば論理的なことです。朝国を取り囲む砂漠地帯には魔素がない。だとすれば、『能力』持ち、つまりは極端に大量の魔素を保有する人間が存在しないのは違和感がないのではありませんか? 同様に、砂漠地帯に魔物は一体たりとも出現しません。これも、正確な所はどうなのか私は知りませんが、魔物が魔素を保有する存在、だと考えたら、それほど不思議でもありません」


 インドラから徐々に大気中の魔素量が減り、ここ『砂の塔』を越えればほとんど魔素が存在しなくなる。そんな領域に、朝国は存在する。

 その朝国の民の中には、『能力』持ちが一人もいない。なぜなら、『能力』の元となる魔素が存在しないから……深海魚に目が存在しないのと同じ感じだろうか? 深海には光がないから、光を感知するための器官が退化する。同じように、この地帯には魔素が存在しないから、魔素を扱える人間が出現しない?


 人間以上に、魔物は魔素との関係が深い。

 魔物を倒せば、魔石を残して他の部分は光の粒子――魔素として大気中に溶け消えてしまう。要は、魔物にとっての魔素は、人間にとっての血肉に等しい。

 魔素がなくとも人間は『能力』が使えないだけだが、魔物はそもそも存在できない……って感じかな?


 あくまでも俺の理解だが……しっくり来るような来ないような、変な感じだ。そもそも、魔素だって何なのか未だに良く分からないし。

 でもまあ、師匠がそう言うのなら、そう理解する他ないのだろう。


 だが、朝国兵に『能力』持ちが一人もいないのだとしたら、疑問が一つ浮かぶ。


「師匠、ですが。そうなんだとしたら……こう言っては何ですが、楽勝ではないですか? 例え『能力』に制限がかかるのだとしても、相手が無防備なら……それこそ聖官が数人でもいれば、どうとでもなると言うか。ただの剣で切りかかられても、棍棒で殴られても、痛くもありませんし、逆にこっちが一発殴れば、向こうは吹き飛ぶんですから」

「それは最もな意見ですね。ですが、いくら蠅とはいえ、寄り集まればそれは人間を殺し得る力となります。……加えて、蠅の中に毒虫が混じっている、というのも脅威です」


 師匠は憂鬱そうな溜息を吐いて、紅茶の入ったカップを傾けた。


「それに、そんなことは相手も分かっています。わざわざ聖官と戦ったりはしません。私たちから打って出ることができないことを良いことに、手薄な場所のみを選んで攻め込んで来ます。だからこそ――アル聖官たちの任務は、重要なのです」



 ○○○

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