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53話 『黒狼 後編』



 人は、男と女が交わることによって数を増やす。


 獣も似たようなものだ。必ず親がいて、その親から子が生まれていく。


 でも、魔物は違う。


 少なくとも私が知ってる範囲では、誰も魔物が生まれる瞬間を見た事がなくて、いつの間にかそこにいる。


 魔物とはそういったもの……と、深く考えたことはなかったんだけど、


「魔物は、自然現象なの。魔素が滞っている場所から、魔物は自然に生まれるの。種を植えなくても、どこにでも雑草が生えてくるのと似たような物だと思えばいいの」

「……なるほど」


 マオ様の言葉を聞いて、私は特に違和感を覚えることなく納得していた。


 自然現象……言い得て妙だ。


 魔物にお父さん魔物とお母さん魔物がいて、普通の獣と同じように子魔物を生んでいるって考えるよりは、よっぽど受け入れやすい。


 魔素が滞っている場所から、魔物が自然に発生する。


「あっ、もしかして……戦などで大量の人が死んだ時、そこで魔物が発生しやすくなるのは、人から放出された魔素が、その場所に滞るからですか?」

「おぉ! そうなの! さすがイーナ、アルが褒めてただけあって、頭の回転が速いの!」


 アルさんが……私を。


 やっぱり、ちょっと嬉しいと思ってしまう。


 マオ様は嬉しそうに頷いて、口を開いた。


「そこまでちゃんと分かってくれてるなら、話が早いの! 世界の魔素の流れが混乱する、それが意味するのは、地理的に魔素が滞る場所が変化するってことなの。例えば不帰森とか、火焔山、氷洞穴……他にも色々、強い魔物が発生しやすい場所は、全部教会が管理して、定期的に聖官が魔物を駆除してるの。そういった場所が普通の場所になって、今まで普通の場所だった所で、どんどん魔物が発生するようになるの。

 もちろん、調べ直せばいいだけだけど、調べ直すにはどうしても時間がいるの。調査が間に合わなかった新しい魔素溜まりからは、強い魔物が発生して……たくさん人が死ねば、さらに魔物が発生しやすくなる。そういった悪循環がどんどん起こるようになるの」


 マオ様が、一言一言噛んで含めるように言った言葉は……理解すればするほど、マズイ事態だと理解できる。例えば、エンリ村が新たな魔素溜まりにならないとも限らない。


 ついこの間までは長閑な村だった場所が、普通の人間では足を踏み入れることさえできない極限地帯に変化する。そこに暮らしている人がどうなるか……考える必要もない。


「……私が守らないといけない決まりは二つある。一つ目は、一年の内三の二は華にいること、二つ目は弧帝に逆らわないこと。――つまり、私が世界の魔素の流れに影響を与えることなく、華の外にいることができるのが、一年の内で三の一……ということでしょうか?」


 コクンと、マオ様は頷いた。


「そうなの、それがギリギリなの。イーナが今ここにいることで、すぐに影響が出ることはないの。でも、時間が経てば経つほど、無視できない影響で出てくるの。私は、人間のことが好きなの。たくさん人が死ぬのはイヤって思うから……イーナが、エンリ村で前みたい暮らしたいと言っても、それを許すことはできないの」


 マオ様はショボンとした顔をした。


「ごめんなさいなの。全部私の我儘だけど、それでもイーナには我慢してもらわなきゃなの」

「いえ、そんな……マオ様が謝るようなことではありません。私も、そんな事態は嫌ですから。……でも、一つ質問なんですけど、私は……少なくとも十歳から十二歳までの約二年間、ずっとエンリ村で暮らしていました。マオ様の言葉が正しいなら、既に魔素の流れは乱れているんですか?」

「――乱れています」


 私の言葉に応えたのは、聖女だった。


「せ、セージョ……それは言わない約束なの!」

「いえ、マオ様。その娘は、自分の責任を理解するべきです。本人には自覚はないようですが、それでも黒狼であることに違いはないのですから、多少なりとも責任はあるはずです」


 聖女は私を睨み付けて、


「王国で、動乱があったことは知っていますよね?」


 突然そんなことを言ってきた。


 王国の動乱……国王の民への圧政と、それに反抗する貴族たちの起こした紛争。


 国王が処刑した国民の数よりも、貴族たちが起こした戦闘で死んだ民の数の方が多いという……皮肉な結末だったはずだ。


 無言で、頷く。


「王国で起きていたこと自体は、あなたの責任ではありません。あれは上手く舵取り出来なかった私の責任です。ですが……私も私なりに、全体的な魔素の流れを計算して、具体的に対策を練っていたのですよ。残念ながら、全くの無意味でしたが」


 聖女は、膝の上で指を組んだ。


「どういう意図で、あなたが黒狼の身でありながら教会の領域に無断で侵入したのかは知りませんが、あなたの存在によって、今後百年程度は教会領域の魔素の流れの予測が付きづらくなったのは事実です。マオ様が、許すとおっしゃっていますから、これ以上は言いませんが……あなたの行動が、かなり被害を生んでいることだけは、理解してください」


 聖女の言葉を最後に、部屋には静寂が満ちた。


 聖女と、無言で見つめ合う。


 真っ赤な瞳。かといって、情熱は感じられない。


 どちらかと言うと、冷たい、冷徹な瞳。


「い、イーナっ! そんな、気にしなくてもいいの、イーナが何も知らないことを私は知ってるから。セージョも、その……私の顔に免じて、許してあげて欲しいのっ!」


 マオ様は椅子から立ち上がって、アワアワと私と聖女の方を交互に向く。


 ……正直、聖女の言には色々反論したい所はあるけれど……マオ様を困らせるのは私の本意ではない。


 それは、聖女もたぶん同じだろう。


 私は、椅子から立ち上がった。


「結局の所、私が黒狼として華で過ごせば、全て丸く収まるということですね。分かりました、すぐに華に戻って二度とこちらへは戻りません。……私には、華まで自力で移動する手段がありません。すみませんが、聖女様……私を華まで送ってもらってもいいでしょうか?」

「えっ……」


 マオ様が、キョトンとした顔で私を見上げてきた。


「二度とって……ずっとこっちにいたら困るけど、ずっと来ちゃダメってわけじゃないの。エンリ領に行ったり、アルに会ったりはしてもいいし……」

「それは分かっています。ですが、それなら来ないこともまた私の自由ですよね? なら、私はずっと華で大人しくしてますから」

「で、でも……」

「別にいいではありませんか」


 聖女が割り込んできた。


「黒狼がそうしたいと言うのなら、それで。華にただ留まっているだけなら、これまでの通り大人しくしていてもらうだけで良くて、新たにマオ様が諸々を教える必要もありませんし」

「でも……アルは……」

「それは……」


 聖女が珍しく、困った顔で声を詰まらせた。


「アル聖官については……弧帝が欲しがるのではないでしょうか?」

「それはダメなの! 私がアルに会えなくなっちゃうかもしれないの。それならやっぱり今のまま私の眷属にするの」


 マオ様と聖女が何かを話している。


 何か……アルさんに関係すること?


 ……私には、関係ない。


「聖女様」


 声をかけると、マオ様と聖女は会話を止めた。


「ともかく、私がここにいるのはあまりよろしくないのですよね。なら、早く華まで送ってもらえるとありがたいのですが……」

「ちょ、ちょっと待つの」


 マオ様がテテテ、と机を回ってきて、私の手を握った。


「行っちゃ、やなの」


 私を見上げるマオ様の目は、潤んでいた。今にも泣いてしまいそうな……。


 『行っちゃ、や』って……ついさっきまでの話と矛盾してる。


 一人、戸惑っていると、


「イーナには、私の生徒さんになってもらわなきゃ困るの。私は中央教会から出られないから、イーナに華から来てもらわないと……」

「生徒、ですか?」


 生徒って言うと、王国の高級貴族が通う学院での、教師に対応する呼び名だったはずだ。


 教師から、教えを受ける者。


 でも、もちろん私が学院に入るって話ではないだろうし……意味が良く分からない。


「最初に言ったの。イーナには、魔物の先輩として、私が色々ミッチリ教えるの。イーナが華に行ったまま出てこなかったら、何も教えられないの」


 教える……魔物として守らないといけない決まりは二つあって、決まり以外にも学ばないといけないことがあるってことだろうか? 確かに、私は魔物としての知識なんて全くない……というより、自分が魔物だとさえ思ってないけど。


「その、具体的にどういった内容を教えてもらえるのでしょうか?」

「えっとね、一番は魔石の操作法なの! 魔石をちゃんと使えるようになったら、眷属を作ったり転移したり、色々便利なの」


 マオ様は、「取りあえず座るの」と私のお腹を押してきた。


 押されるがままに私は椅子に戻って、なぜかマオ様は私の膝の上に座った。


 お尻のぷにぷにした感触がする。


 それに混じって何か固い感触がするな、と見てみると……何か、マオ様の腰の辺りから、生えている?


 黒い……尻尾?


 矢印型の尖った先端が、服の裾から覗いている。

 

 一瞬触りたくなったけど、すんでの所で思い留まる。


 自分にも尻尾が生えてるから知っている。


 尻尾は、あまり触られて嬉しいものではないのだ。


 私だって、アルさん以外に触らせたことはない。


 代わりに、マオ様を後ろから抱きしめると、マオ様は私の手首を握った。


「眷属は、魔物が作る子供みたいなものなの。生き物に自分の魔石を埋め込むと、その生き物を自分の眷属にすることができるの。眷属は魔物の生命線なの。仮に自分が誰かに倒されたり、何か事故に遭っても、眷属がいればまた蘇ることができるの。だから、眷属は一人でもたくさんいた方が有利なの」

「その作り方を……私に?」

「作り方というか、魔石の操作方法なの。それが分かれば、眷属も何となく作れるようになる、と思うの」


 そこまで言って、マオ様はポスンと私の胸に後頭部を埋めた。


「本当なら、イーナが誰かに倒されることなんてほとんどないから、急がなくてもいいんだけど……ちょっと事情があって、三十年くらいで身に付けて欲しいの」


 三十年って……それ、かなりノンビリしてるような?

 時間感覚が全然違う。

 それに――


「事情?」

「うん。実は……イーナにはもう、眷属が一人いるの」

「私に?」


 眷属なんて……そんなの、いるはずが……。


「アルなの。アルは、イーナの眷属なの。そして、私の眷属で、弧帝の眷属でもあるの」

「アルさん……」

「そう。でもアルはかなり変な眷属だから、普通の眷属とは性質が違うの。アルが生きてる間は大丈夫なの。問題は……アルが死んじゃった後」


 そこでマオ様は言葉を止めた。


 下を見ると、綺麗な銀色の髪の毛があった。


「普通の眷属なら、死んじゃったらそれで終わりなの。でも、アルは……死んだら、魔素の塊としてずっと残るの。その時、残るのはアルが生きてた時に一番大きな割合を占めていた魔物との眷属関係だけなの。そして、その関係は変わることがないの」


 ……?


 ほとんど言ってる意味が分からなかった。


 頭を捻っていると、こちらを見ていた聖女と目が合った。


「つまり、まあ……色々と事情があって、アル聖官は死んだ後も消えることなく、自我を保ったまま生き続けるということです。例えば、私は元々人間ですが、マオ様の眷属として二千年以上を生きています。アル聖官も同じような状態にあると思えばいいでしょう」



 ――



 色々マオ様と聖女に聞いてみた所、何とか理解ができた。


 簡単にまとめると、こうらしい。


 普通の人間が、生まれながらに保有する魔素量を十とする。


 その人間にある魔物が加護、つまりは自分の魔素を五だけ分け与えて、その人間を眷属としたとする。


 この時、自分の魔素は十で、魔物の魔素が五となって、自分の魔素が占める割合は三の二となる。


 この状態でその人間が死んでしまえば、その人間が持っていた魔素は全て空中に拡散する。


 これが、普通の眷属。


 問題は、自分の魔素量を魔物の魔素量が越えてしまった時だという。


 さっきの例えだったら、魔物が魔素を十以上与えた時。


 そういった眷属が死んだ時、その眷属は……死なない。


 肉体は普通の人間のように死ぬ。けれど、その人間が持っていた魔素は空中に拡散されず、その場所にずっと留まる。つまり、自我を保ったまま不死の存在になる……らしい。


 ここで、アルさんの場合。


 全体を十としたら、アルさんの自身の魔素が四、マオ様の魔素が三、弧帝の魔素が一と五、そして……私の魔素が一と五。


 どうしてこんな異常な魔素構成になってるのか、そこがまず気になったけど……マオ様も、自分が与えた加護以外については知らないらしい。私も、アルさんに加護を与えるなんてことをした記憶はないし……そもそもやり方を知らない。弧帝は……あまり深く考えても意味がない気がする。あの人は何でもありみたいだから……。


 ともかく、アルさんは自分の魔素の割合が半分を下回っているから、死んでも魔素が拡散しない。


 もしも加護が一つだけだったら単純で、その眷属関係は継続するらしい。


 でも、アルさんの場合は加護が三つも付いている。


 この時、眷属関係が保たれるのは、一番大きな割合を占めている魔素だけ。つまり、マオ様とアルさんの間で眷属関係が保たれる。そして、死んでしまってからは、もうその関係を変えることはできないんだとか。例えば、アルさんが死んだ後に私が新しく加護を与えたとしても、アルさんを私の眷属にすることはできない。


「――だから」


 依然として私の膝の上に座っているマオ様は、大きく頷いて、


「イーナには、まだ生きてる間にアルに加護を与えて……アルが死んだ時に、アルがイーナの眷属になるようにして欲しいの」



 ○○○

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