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33話 『強制帰還』



 独特の、久しぶりの感覚。


 軽い乗り物酔いをしたような……こんなに気持ち悪かったか。


 昔は慣れてたけど、一年振りとなると、かなり、くる。


 最初に視界に入ったのは、鋭い目つきの女性。


 ――体が強張る。


 理解が追い付かない。


 どうすればいいのか?


 俺はどうすればいいのか?


 聖女様の鋭い視線。


 その目は……俺に向いていなかった。


 俺の……後ろ?


 息を殺したままに、体を凍らせて、視線だけを動かす。


 そして、


「――ぁ、え? いー、な?」


 瞬間、俺の金縛りは解けていた。


「イーナっ!!」


 俺は聖女様へと無防備に背中を向けて、床にうつ伏せに倒れていたイーナを抱き起こした。


「なんっ!? イーナ!!」


 えっとえっと、まずは、体は温かい。


 息もしてる。


 心臓は?


 ……いや、何してるんだ、俺は。


 魔素を解放して、電気をイーナの体に流す。


 即座に俺の頭の中に、イーナの全身状況が刻まれる。


 魔素の流れ――問題無し。

 空気の流れ――問題無し。

 血液の流れ――問題無し。

 電気の流れ――問題無し。


 正常。


 気絶しているだけ、か?


 安堵の気持ちが体を満たしてきて、ここでようやく、俺は周囲の様子に注意を向ける余裕が生まれた。


 ここは……見覚えがある。


 中央教会の、聖女様の執務室だ。


 ふと見ると、扉の傍にイプシロンが立っている。


 白メイドの服を纏って、どこか困惑した表情だ。


「それは、なんですか」


 視界の左端に、靴の先っぽが入る。


 見上げると、すぐそばに聖女様が立っていて、俺の腕の中のイーナに視線を向けていた。


「……それ?」

「あなたの、その腕の中の者です」


 ……腕の中の者?


「……私の、妹ですが」


 言って、俺は強くイーナを抱きしめる。


 ――たとえどんなことになろうとも、イーナには……指一本触れさせるつもりはない。


 状況はいまだに全く分からないが、それだけは、絶対だ。


「妹、ですか」


 呟いて、聖女様はすぐそこに立っているイプシロンに目を向けた。


「イプシロン。何かしましたか?」

「い、いえ……私も驚いている所で……」

「……そうですか」


 再び聖女様と、今度はイプシロンの困惑した視線も加わって、両方ともがイーナに注がれる。


 俺は何も言えず、ただ、二人の視線からイーナを隠すことくらいしかできない。


 そうしていると、


「まあ、いいです。ひとまず――」

「お呼びでしょうか、聖女様」


 背後に突然気配が生まれて……それが、振り返るまでもなくベータだと分かった。


「ガンマにロー、オメガの調整を。……病人です。寝台の用意もお願いします」

「了解しました」


 登場したのと同じように突然気配が消える。

 

 ……ほんと、ズルいよな、その『能力』。


 対策のしようがないんじゃないか?


「……はぁ」


 聖女様は溜息を吐いて……ようやく、初めて俺と目が合った。


「さて……久しぶりですね、アル・エンリ。お元気でしたか?」

「……おかげさまで」

「それはよかったです」


 クスリとも笑わずに、かといって怒っているわけでもなく、聖女様は興味なさげに俺を見る。


 ……なんだか、腹の奥の方が、少しだけ重い。


 聖女様は言葉を続けることなく、俺に背中を向けた。


 青絨毯の上を歩いて、窓際に置かれている巨大な木製の机へと向かう。


 グルリと机を回ってから、聖女様は椅子に腰かけた。


 机に両肘をついて、手のひらを組む。


「少し時間がありますから、申し開きがあるなら聞いておきましょう。任務を放棄して、勝手に姿を消して……それで、言うべきことがあるのなら、ですが」


 ……もちろん、言うべきことなんてない。


 俺の都合で勝手に、俺は教会を捨てたのだから。


 聖女様が怒っているのも、当然だろう。


 無言で目を伏せる。


 ――と、そこにあったイーナの頭から……狼の耳が生えていた。


 ついさっき、調節を終えたばかりなのに。


 耳や尻尾が生えてくるには、あまりにも早すぎるが……。


「立場は理解しているようですね。率直に言うと、私の中でのあなたの評価は、最低です。……ですが、それでも仕方がないと飲み込むことも大切だと、説得されましてね。アル・エンリ……いえ、アル聖官。再び戻る気はありますか?」


 聖女様の声に、俺の意識はイーナから引きはがされた。


「……それは、どういう」

「つまりですねっ!」


 聖女様の代わりに、慌てたような声が扉際から響いた。


「また、一緒に働きませんかってことです! また、もう一度、アル聖官として――そうすれば、以前までの通りに戻れますから!」


 いつもと比べて、少しだけ早口になっている。


 俺の目をジッと見ながら、イプシロンは小さく頷いていた。


 ……以前までの通りって、要は、全く御咎め無しってことか?


 そんな虫の良い話、普通あるはずもないが……。

 

 相変わらずに鋭い目つきの聖女様。


 どうやら、親切に説明してくれる気はないらしい。


 正直、聖女様の考えていることなんて、俺にはサッパリだが……少なくとも、俺にいい気は抱いていないのだと思う。


 チラリと、イプシロンに目を向けると、微かに分かる程度に小さく頷き返してきた。


 ――イプシロン。


「一つ、聞いてもいいでしょうか?」

「……なんでしょうか?」


 自分の腕の中に目を向ける。


 静かに、深い息をするイーナ。


 起きる気配は全くない。


「妹は、どうなるんでしょうか?」


 全く頭は追い付いていない。


 なんで自分がここにいるのか、それさえも分かっていない。


 だけど、結局の所、俺のすべきことは変わらない。


 聖女様は目玉だけを動かして、イーナに視線を向ける。


「それは、結果しだいです」


 ……結果?


 困惑する俺をよそに、聖女様は机に両手をついて椅子から立ち上がった。


「ちょうど準備ができたようです。それを抱えて、付いて来なさい」



 ――



 中央教会は、全く変わっていなかった。


 シャンデリアにはホコリ一つなく輝いていて、床の大理石は眩しいくらいに磨かれている。


 時折すれ違う黒メイドは壁際によって、頭を下げてくる。


 ……誰も一言も話さない。


 先頭を歩くのは、聖女様。


 その後ろを、イーナを抱えた俺が続き、さらに俺の斜め後ろをイプシロンが付いてくる。


 聖女様の背中からは、ピリピリとした気配が伝わってくる。


 本当は、色々と聞きたいんだけど、とてもそんな雰囲気ではない。


 イプシロンに目を向けても、気まずそうに目を逸らすし……。


 腕の中に目を向ける。


 もう、十分以上は経ったのに、やはり目を覚ます気配がない。


 時折心配になって確認してみるけど、身体状況は安定している。


 気絶してるだけだ。


 心配する必要なんてない、はずだ。


 突然、聖女様が足を止めた。


 背中にぶつかりそうになって、慌てて足を止める。


 視線を上げると、ちょうど、聖女様のすぐ目の前の扉が開くところだった。


 部屋の内側からドアノブを掴んでいたのは、ベータだ。


 一瞬だけ俺の上を視線が横切って、聖女様に向かった。


「どうぞ、準備は整っています」


 言って、ベータは大きく扉を開けた。


 聖女様を先頭に、三人で室内に入る。


 ここは……初めて入る部屋だ。


 ツン、と。独特の……消毒液の香り。


 室内は純白で統一されていた。


 真っ白なベッドに、白い壁。


 そして……白メイドの服に身を包んだ、三人。


 ガンマにロー。二人は見覚えがあるが……もう一人は知らない。


 けど、どういった人なのかは露骨に分かる。


 顔の下半分を覆うのは、白いマスク。白メイドの服も、アレンジが加えられていて……どこか、あの人を思い出す。


 エルシアさん。マエノ医師の助手。あの人も、いつも看護師服を着ていた。


 受ける印象も似ている。


 真面目そうな顔だ。


 切れ長の目に、キッチリと整えられた髪の毛。


「アル・エンリ。それを寝台の上に乗せて下さい」


 聖女様が振り返って、言ってきた。


 寝台……というと、そこのベッドか。


 マスクの白メイドのすぐそばに置いてある。


 ……でも、『それ』を置けって。


 何を置けばいいんだ?


「おらっ!! たったとしろよ! あたしも暇じゃねぇんだよ!」


 荒い足どりで、褐色の女性――ローが近付いてくる。


 俺の目の前で足を止めて、そのまま俺の方に倒れ込んでくる。


 あまりに自然な動作だったので、驚く間もなく、俺の顔のすぐ隣にローの顔が出現していた。


「……くくっ、久しぶりだな。一発いいの、もらったか?」


 耳元で囁いてくる。


 吐息が肌をくすぐって、ゾワリと背中が震えた。


 スルリと、腕の中から重さが消えたのが分かった。


「あっ」


 ローの腕の中に、イーナが移っている。


 反射的にイーナへ手を伸ばそうとして、手首を後ろから掴まれた。


「大丈夫です」


 振り返ると、小声でイプシロンが言ってきた。


 その言葉に……俺は腕から力を抜いた。


 ローが、イーナを抱えてベッドへと向かう。


 普段のガサツな言動のわりに、ローは丁寧な手付きでイーナをベッドの上に乗せた。


「始めて下さい」


 聖女の言葉と同時に、まずガンマが動いた。


 青色の半透明な壁が、俺とベッドの間を区切った。


 いや、俺じゃなくて……イーナが隔離されたの方が正しいか。


 イーナの横たわるベッド。


 それを包むように、立方体の壁が出現している。


 立方体の中にいるのは、イーナとガンマ、それに……マスクの白メイド。


 それ以外は、俺と同じように立方体の外だ。


 ……ひたすらに困惑する。


 何が始まった?


 誰も、何も説明してくれないし。


 ただ、イーナが何かされているのは分かる。


 派手に、何かされているわけではない。


 何をされてるのかも分からない。


 けど……ローとマスクの白メイドが、何かをしている。


 ローはイーナの枕元に立っている。


 人間耳の上に両手を添えて、その手のひらから微弱な魔素が発生しているのが理解できた。


 マスクは、逆に足元の方に立っている。


 イーナの両足首を掴んでいて、こっちは……発生しているのではなくて、吸い込まれている。


 ローの手のひらから発生した魔素がイーナの体の中を通って……マスクの手から吸い出されている?


 同じようなことは、俺もやっていた。


 一日三度の調整。


 イーナの体の中に過剰に溜まっている魔素を、吸い出すための作業。


 でも、少しだけ違う。


 ローが注ぎ込む魔素と、マスクから吸い出される魔素の量は等しい。


 実際、イーナの様子に変化はない。


 ついさっき生えてきた狼の耳も、引っ込むことなくそのままだ。


 仮に、明らかに何かをされていたら、俺は何が何でも止めただろう。


 だが、俺の目から見ても、それほど害のあることをされているようには見えない。だからこそ……無理やりに止めるための踏ん切りがつかない。


 聖女様も、何も言ってくれないし。


 目線だけを動かして、聖女様を見る。


 ピンと伸ばされた背中。


 青色の神官服にはシワの一つも無く、綺麗に整えられている。


「アル・エンリ。それは、あなたの妹なのですか?」


 突然、聖女様が言った。


 思わぬことに俺は体が強張って、すぐには答えられない。


 見ていたのに、気付かれた?


 聖女様なら、あり得るが……。


 ……息を整えて、聖女様の背中に向けて声をかける。


「はい。そうです……」

「本当に、そうですか?」


 不可解な言葉に眉をひそめていると、聖女様は振り返ってきた。


「実の所、私が驚くのは、本当に珍しいことなのです。それほどに……これはあり得ないことです」


 言って、聖女様は手を向けてきた。


 瞬間、俺の上下に回転する二つの円陣が生まれる。


「こうやって――」


 キンッ、と金属音がすると、俺は聖女様のすぐ目の前に移動していた。


 微かにだが、ミントのような匂いがする。


「『聖官拘束』によって、聖官であれば、私は好きにすることができます」

「……それが」


 「どうしましたか?」と続けようとして、俺もはたと気付いた。


「逆に言えば、聖官以外を対象とすることは私にもできません。そして、そこのあなたの妹だという者……それを聖官にした記憶は、私にはありません」


 ……確かに、そうだ。


 イーナは聖官でもなんでもない。


 だから、聖女様の『能力』の対象になるはずがないのだ。


 そのはずなのに……イーナは、俺と一緒に中央教会に転移してきた……。


 ……どうして?


「であるならば、私には、解答は一つしか思い付かないのです」


 無言で、聖女様の瞳を見つめ返す。


 真っ赤な、鋭い瞳。


 熱いようでいて、冷たい。


 そこに、俺の姿は映っていない。


「あなたの妹。あれは……本当に生きているのですか?」



 ○○○

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