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29話 『面会 サラ』



 その後、俺は祭事殿に帰って、イーナの昼の調節をした。


 で、そこにいた白虎に頼んだ。


 『富麗天』という店の予約を取って欲しいと。


 二つ返事で白虎は請け負って……それから二刻後。


 書類仕事をしている最中に、予約が取れたとの連絡があった。


 夕方。『富麗天』に行ってみたら、笑顔のお姉さんがお出迎えしてくれて、スムーズにお店の中に通された。


 中を見る限り、別にいかがわしい店ではなさそう。


 こっちの世界に来てからは初めての形式のお店だが……前世でいう所の高級スーパー銭湯って所か?


 中々に気持ちよかった。


 ご飯も美味しくて、サービスも最高。


 お持ち帰りをお願いしたら快く了解してくれた。


 会計時、目ん玉が飛び出るほどの額を請求されたけどな。


 『富麗天』を出た時、既に空は暗くなっていた。


 食事の入った包を持って鴻狼を北へと歩き、闘仙府に向かう。



 ――



 監獄を抜け、特別監獄の一室に入った俺は、


「どうも」

「アル……理円さん」


 石壁を背に、寝台の上で体育座りをしていたイプシロンは、少し驚いた様子で顔を向けてきた。


「もう、夕飯は食べましたか?」

「いえ、まだですが……」


 何の用でしょうか、と首を傾げたイプシロンに、俺は右手に持っていた包を見せつけた。


「差し入れです。もちろん、富麗天の物です」

「……わざわざすみません。ありがとうございます」


 微かにだが、イプシロンの表情が明るくなった。


 よっぽどコレを食べたかったらしい。


 鉄格子の下の方には、物を入れるための小さな扉が付いている。


 監獄の武仙から受け取っておいた鍵を錠前に差し込んで、その扉を開ける。


 床の上を滑らせるように押し込むと……ギリギリ、中に入った。


 寝台から立ち上がって、跳ねるように俺のすぐ傍まで来たイプシロンは、両手で包を拾い上げた。


 その場で左右を見渡して……結局、寝台の上で食事をとることにしたらしい。


 まあ、牢獄の中には、寝台と目隠しの半襖以外には何も無いからな。


 寝台が牢獄の左奥、半襖が右奥にある。


 半襖の向こう側には……多分、トイレがあるのだろう。


 半襖の上には小さな壺が置かれていて、中からは煙が細く立ち昇っている。


 その香の薫りであまり気にならないけど、混じって微かに特有の匂いがするからな。


 ――というか、イプシロンってトイレするのかな?


 今まであまり考えたことなかったけど……イプシロンは普通の人間ではない。聖女様の分身みたいなものだという。だとしたら、トイレもしないのか?


 いや、でも食べはするからな……。


 食べたら出る。それが真理だと思うが……この不思議ワールドでは何とも言えない。


 物凄く答えが気になるけど……イプシロンに直接聞くのはアウトだということは、流石の俺にも理解できた。


 寝台の上で、イプシロンが包の帯紐を解くと、ハラリと布が左右に落ちた。


 中から現れたのは、木目の美しい木箱だ。


 続いて、イプシロンが丁寧な手付きで蓋を取ると同時に、香の薫りに混じって食欲を誘う匂いが木箱の中から噴き出す。


 ――いや、本当に噴き出していた。


 どういう仕組みか、箱の中からはとめどなく真っ白な煙が噴き出している。イプシロンなんて、その煙に包まれて、ボンヤリとしか輪郭が見えない。


その煙が俺の立っている場所まで流れてくるのだが、物凄く美味しそうな匂いがした。


 ……これ、ここだったから良かったが、家でやったら最悪だったな。


 色んな物に匂いが付くじゃん。


 ――華では、派手さが重視される。


 傘や服しかり、地味な物を選ぶ人なんてほとんどいない。


 地味な恰好をしてるのは、俺みたいなそういうお仕事に就いている人か、ダサい人くらいだ。


 ただ、かといってとにかく目立てば褒めてくれるのかというとそうでもなく、逆に奇抜は嫌われる。出来るだけ派手に、かといって奇抜にならないように。微妙な塩梅が求められるのだ。


 その性情は食事においても同様。


 華やかさが重視されるため、高級であればあるほど目がチカチカするような彩りだし、他にも派手さを演出するために様々な工夫が凝らされる。


 その点、『富麗天』は分かっているのだろう。


 パッと見、よく言えば上品、悪く言えばつまらない外装の包物。


 ところが一転、蓋を開けば玉手箱……というサプライズ?


 いや、まあ、俺は華と感覚が違うから、これが嬉しいことなのかどうなのか、判断が付かないが。


 息を殺して待つこと数秒。


 ようやく煙が止まって、徐々にイプシロンの姿が見えてくる。


 イプシロンの髪の毛は煙に乱されて、真っ白なおでこが丸見えだった。


 そのおでこの下では、ただでさえ鋭いツリ目が、いつも以上に逆立っていた。


 どうやら、イプシロンにも華は合わないらしい。


 サラ辺りだったら喜んだのかな?


 イプシロンはムスーっとしたままに荒い手付きで前髪を整え、無言で木箱の中から箸を取り出した。


「あれっ? イプシロン、箸上手ですね」


 その所作が、元日本人の俺からしてもあまりにも綺麗だったので、思わず聞いてしまう。


「えっ、あ……ありがとうございます。華に来るにあたって、箸の使い方が下手だと目立つかと思いまして、教会の方で練習したんです」


 ……流石イプシロン、真面目だなぁ。


 イプシロンは褒められてちょっと嬉しかったようで、ツリ目も平常の角度まで戻っている。口の中に、赤い……なんだろ、アレ。

 ……まあ、赤い何かを放り込むと、美味しかったようで、さらにイプシロンの目尻が下がった。


 喜んでもらえたようで何よりです。


 その後も、パクパクとテンポよく食べていくイプシロンの姿を、何をするでもなくボーっと眺めていると、


「ど、どうしました、理円さん。そんなジッと見てきて……」


 箸の動きを止めたイプシロンが、おずおずと言ってきた。


 ……そりゃそうか、飯中にガン見されたら食べにくかろう。


「すみません、あっち向いておきますね」


 言って、イプシロンに背中を向けようとすると、


「いえ、そこまでしてもらわなくてもいいです。むしろ、そっちの方が居心地が悪いので……」

「そうですか?」


 イプシロンがそう言うなら、そうするが……一回指摘されてしまうと、視線のやり場に困る。イプシロンは左方、寝台。右方にはトイレがあるから、視線をやりづらいし……。


「そういえば、理円さんはもう夕食を食べたのですか?」


 俺の内心を知ってか知らずか、イプシロンの方から話しかけてくれた。


 せっかく垂らしてくれた蜘蛛の糸。頑張って掴ませてもらおう。


「はい、ついさっき、富麗天で食べてきましたよ」

「あっ、そうなんですか。――じゃあ」


 小声で言って、イプシロンは木箱の中から一口大のオレンジ色の物体を摘まんだ。


「これ、美味しかったですか? ずっと気になっているのですが、見た目からは味の想像が付かなくて……」

「それは……私が食べたメニューには出てきませんでしたね」

「めにゅー?」

「おっと、すみません……私が富麗天で食べた時は、そんなの無かったので、味は分からないですね」

「そうですかぁ……」


 イプシロンは残念そうに言って、


「それなら、試しに食べてみるしかありませんね」


 オレンジ色の物体を口の中に勢いよく放り込んだ。


 そのまま、何度か口をモグモグさせてから、ゴックンと喉が微かに動く。


「橘の味――食後の口直しだったようですね。美味しかったです」

「へぇー、良かったですね。当たりだったみたいで」

「はい!」


 柔らかに笑って、イプシロンは再び木箱の中に視線を落とした。


「理円さん、さっきの食べてないって言ってましたよね……。一つ、食べますか?」


 小首を傾げつつ聞いてくる。


 俺は右手を左右に振って、


「いや、いいですよ。イプシロンのですし」

「もともと理円さんが買ってきたものじゃないですか。それに――」


 イプシロンは三十度くらい木箱を傾けて、俺に中身を見せてきた。


「あと二つありますから、一つ理円さんが食べても、まだ一つ残りますから」

「……」


 ……そこまで言うなら。


「それじゃあ、一個だけ」


 俺の答えを聞いて、イプシロンは寝台から立ち上がった。


 両手で木箱を持って、鉄格子のすぐ傍まで近付いてくる。


 そこで、俺ははたと気付いた。


 イプシロンも、ほとんど同じタイミングで気付いたようだった。


 俺とイプシロンの間には鉄格子がある。


 はいどうぞ、と木箱を渡すことはできない。


 それに……そもそも、この場に箸は一本しかなかった。


 最もシンプルで、なおかつ自然な解決策は――


「……あの、どうぞ……口を開けて下さい」


 一度言ったことは必ず守る責任感の強いイプシロンは、微かに頬を赤らめながら……オレンジの物体を箸で摘まんで、鉄格子の間から俺の方へと差し出してきた。


 据え膳食わぬは何とやらとは違うけど、ここで断るのも逆に恥ずかしい。


 幸い、この場には俺とイプシロン以外には誰もいない、ので。


 俺は特に意識していないふうを装って、黙って口を開けた。


 そのまま、イプシロンの持つ箸の先っぽが、俺の口の中に入る直前。


「そういえば、理円さん。サラ聖官とはもう話しましたか?」

「え、いえ。まだですけど」


 反射的に答えた瞬間、イプシロンの箸はスッと鉄格子の向こう側へと引っ込んでしまった。そのままスピードを緩めることなく、イプシロン自身の口の中へと投入される。


 唖然とする俺の目の前で、イプシロンの機嫌が急降下しているのが手に取るように分かった。まるで、砂でも食べているかのような顔だ。……さっき、美味しいって言ってたのに。


 コクン、と微かに音がして、


「やっぱり、理円さんにはあげません。私が全部食べます。早く、この部屋から出て行ってください」

「……え?」


 ええ……なんで?


 イプシロンがこんなふうに、丸出しの敵意を向けてくるのなんて初めてなんだけど。


 ちょっと……いや、だいぶ、精神にダメージが。


 あれ?


「なにを、ボーっと突っ立っているんですか。こんな所に来るよりも先に、行くべき場所があるでしょう」


 さらにイプシロンが追い打ちをかけてくる。


 衝撃が大きすぎて、頭が追い付かない。


 ただ「この部屋から出て行け」という強い意思だけは感じ取ることができた。


 ……まあ、もう夜だし。


 急ぎではないけど、イーナの調節もしないといけない。


「……分かりました、じゃあ、私はもう帰りますね」


 その場で振り返って、さっさと出口に向かおうとすると、


 パシッと、後ろから手首を掴まれた。


「待って下さい。どうして帰るのですか」

「え、いや……ちょっと今日はイプシロンの具合が悪いようですから、ひとまず帰ろうかと……」

「そういう意味ではありません」


 俺の手首を掴んだままに、イプシロンは「はぁ……」と長い溜息を吐いた。


「私に会いに来る時間があるなら、早くサラ聖官に会いに行ってあげてください、と言っているんです」



 ○○○



 扉を開けた途端に、寝息が聞こえた。


 部屋の形、大きさは、イプシロンの牢獄と全く同じ。


 右奥にはトイレと目隠し用の半襖。


 左奥には固そうな寝台。


 その寝台の上で、サラは大の字になって眠っていた。


 ……起こすべきだろうか?


 折角面会に来たんだし、ただ眠っているサラを眺めていても仕方が無い。


 早速声をかけようかと思って鉄格子に近付いて……そこで俺は気が付いた。


 大の字のサラ。


 寝台から投げ出された右手には……グルグルと真っ白な包帯が巻かれていた。


 包帯が何重にも巻かれているせいか、サラ自身の拳と比べて倍以上の大きさになっている。


 ――さては、全力で壁でも殴ったな。


 無意識に、常に魔素によって強化され、鋼鉄装甲並の強度を誇っていたサラだ。


 そして、今のサラは魔素を使えない。


 ガラス細工のごとく容易に拳の骨は粉砕されたことだろう。


 ……治る、のだろうか?


 サラは気持ち良さそうに寝っている。うなされている様子もない。


 ということは、大した怪我じゃないのかな?


「アル」


 白い包帯を眺めていると、突然そんな声が聞こえた。


 見ると、パッチリとサラの瞼は開いていて、逆さまの深紅の瞳が俺に注がれていた。


 寝返りを打って、落下するように床に着地する。


「アルっ!」


 物凄く嬉しそうな顔をしながら、小走りにサラは近づいて来る。なんだか、ブンブン振られる犬の尻尾が幻視できる感じだ。


 サラは勢いそのまま鉄格子に突っ込んで――


「うおっ!?」


 サラの頭と鉄格子が衝突し、けたたましい音が牢獄の石壁に木霊する。


 床にひっくり返ったサラを恐る恐る上から覗きこむと、


 ピョンッとサラは背中で跳ねるように起き上がって、足の裏で着地した。


 見ると、少しだけ額が赤い、


 ……あんだけの勢いで鉄格子に突っ込んで、なんで額が赤くなるだけなんだ。


 今のサラは完全に魔素が封じられているはず。一般人以下だ。


 ……魔素とか関係なく、ただ単に物理的に体が強靭なんだろうな。


「アルっ!」


 全く痛がる素振りも見せず、サラは両手で鉄格子をつかむ。


 正確には、右手は包帯でグルグルだから、鉄格子に押し当ててるだけだが。


「……大丈夫か?」

「なにが?」

「いや、その……色々と」


 サラは一瞬きょとんとした顔をして、


「そんなことより! アレどうやったの? おしえて!!」


 瞳をキラキラ輝かせながら、鉄格子の間から俺の右手首を掴んできた。


 左手首は、結構な勢いで殴られた。包帯のおかげでソフトな触感かと思いきや、石膏か何かで固められているらしく、かなり硬かった。


「アレ、とは?」

「いまもやってるでしょ! ソレっ!」


 どれ?


 今もやってると言うと……ああ、隠形的なやつか。


 一年近くも二十四時間ずっとやってたから、もう半ば無意識だし、なんだか周りに気配を漏らすのも落ち着かないんだよな。


「教えろって言っても、多分サラには難しいと思うぞ」

「むぅ」


 途端にサラは機嫌の悪そうな顔をして、


「できる!」

「……いや」


 絶対に無理だろう。


 そもそも、完全に気配を隠すのは、保有魔素量が少なくても難しいのだ。


 一握りの適した者が、幼い頃からの鍛錬を通じてようやく身に着けることのできる技術。


 ましてや、サラは聖官に見合った量の魔素を持っている。


 それを完全にコントロール下に置こうとするのは無理だし、それに時間を費やすのも無駄というものだ。


 ……という考えが一瞬で頭の中に浮かんだが、これをそのままサラに伝えた所で通じまい。


「そもそも、ここでサラは魔素を使えないだろ。教えようにも教えられないな」

「……? アルがやめればいいでしょ?」

「ん? よく意味が分からないんだが」


 「だから」と、サラは苛立ったように言って、


「アルがコレをやめたら、魔素つかえるようになるでしょ! だからやめたらいいでしょ!」


 やっぱり意味が分からない。むしろ、余計に理解できなくなった気がする。


「いや、俺が魔素を解放しようと、だからと言ってサラが魔素を使えるようになるわけじゃないから」

「かいほう? なに、ソレ?」


 ……ああ、もう面倒くさいな。


「ほらっ、解放したぞ。別に、魔素が使えるようになったりしないだろ?」


 言いながら、久しぶりに魔素の操作を止めると、サラは小首を傾げて、


「ぜんぜん変わらないわよ?」

「だから、さっきからそう言ってるだろ……」


 全く実りの無い会話に徒労感がつのる。


 やっぱ、サラと会話するのって、相変わらず疲れるな。


 どれだけ経ってもサラはサラということなんだろう。


「ねぇ、アル」

「……なんだ」

「かえろ」


 突如、ポツリと言われた言葉に、思わずサラの瞳を覗き込む。


 サラの深紅の瞳は、最初から俺の目を覗き込んでいた。


「かえりたくないの?」

「いや……」


 帰るって、多分……教会のことだろうか?


 帰りたいか帰りたくないか、と聞かれたら……どうだろ?


 そもそも、聖官は色んな場所を飛び回ってるから、中央教会にいる時間はそれほど長くない。だから、懐かしいという感覚もあまりない。


 それと比べて、黒衣衆の首領としての俺は、基本的に鴻狼から出ることはない。


 むしろどっちかというと、中央教会よりも鴻狼にいる時間の方がもう長くなってしまった。


「……そうだな、俺は帰るつもりはない」

「ちがう」


 いつになく真剣な表情で、サラはピシャリと言って、また同じ質問を続けた。


「アルはかえりたい? かえりたくない?」

「いや、だから……俺は帰るつもりはないって……」


 無言でサラは俺の顔を直視してくる。


 それが何だか居心地が悪くて、俺は逃げるように答えた。


「どっちかと言われると、帰りたくないな。ずっとここにいるつもりだ」

「そう」


 短く言って、サラは天井を見上げた。


 視線を落とし、再び俺の顔をジッと見て、


「分かったわ、ワタシもここにいる」


 ……ん?


「ここにいるって、どういう……」


 困惑する俺をよそに、サラは満面の笑顔で宣言した。


「アルが帰らないなら、ワタシも帰らない! ずっとここにいる!」




 ○○○

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