14話 『学仙殿試』
「あれっ、乍ちゃん、もう体調は良くなったの?」
「? ……あっ、そうね! もう元気いっぱいよ!!」
慌てて、サラ聖官は両腕で力こぶを作るような恰好をした。
その動作で右手に持っていた容器から牛乳がこぼれそうになっていたので、先んじて支えてあげる。
「昨日の晩頃から回復したようですよ。今日も良くならなければ医師に診せようかと思っていましたが」
サラ聖官がボロを出さないうちに、横から口添えする。
幸い陳さんは特に不思議に思わなかったようで、人のいい笑顔を向けながら、
「もし医者に診せるなら私に言ってね! そんなに安くもないから、私が出すよー。昨日、尹ちゃんのおかげで余裕があるからねー」
昨日、庶民の四、五年分の給金と同額を手に入れた陳さんは、気前のいい事を言ってきた。
もちろん、サラ聖官の腹痛は仮病だから、医師に診せる必要はない。……それ以前に、サラ聖官の強靭な内臓が腹痛なんて引き起こす事自体あり得ないのだけれど。
――
昨日、武仙殿試において、サラ聖官は一回戦で敗退した。私の指示通り、何もしないまま舞台で倒れて、不戦敗。優勝したのは五番。
競技場は、大金を賭けた者たちの怒号に包まれた。
まあ、それは置いておいて。
競技が終わった後、五番、十二番、十五番、三十六番、六十番が武仙府によって指名された。五番から三十六番は競技で上位四人となった者たち、サラ聖官だけは競技と関係なく指名された。
順当な結果だろう。
華、武仙の高官となれば、聖官と等しい能力を持っている。相手の力を見極める程度、できて当然だ。
こうしてサラ聖官は無事、国府に潜入することに成功したわけで……次は、私だ。
「ごめんねー。私、今日は仕事があって……」とのことで、今日も陳さんは忙しい。
私とサラ聖官は、二人で競技場へと向かっていた。
「それで、乍。今日はどうするんですか?」
「うーん、イプ――」
「尹」
「あっ、そうだった……インが今日がんばるんでしょ? ちゃんと見に行くわよ!!」
「……ですが、多分乍にとっては詰まらないですよ?」
「つまらなかったら、ねるわ。だから、だいじょうぶ!!」
……あっ、そうですか。
「学試が終わったら、また初日のように山車が出るようですから、一緒に見に行きましょうか」
「そうね!!」
「もし学試の途中で競技場から出るなら、ちゃんと通信してくださいね? その時はどこかで待ち合わせして合流しましょう」
――
サラ聖官と別れ、昨日、観客として通ったものとは別の入り口に向かう。警備の武官が立っていて、朱印の入った手形を見せると、何かの冊子と参照されてから、
「尹 狼鮮様ですね」
「はい」
「中に入って真っすぐ歩くと係の文官がおります。その者の指示に従って頂くようお願いします。どうぞ、中へ」
武官が道を開けてくれ、所々に分岐のある石製の廊下を抜けると、突き当たりに細縁の眼鏡をかけた文官が立っていた。
「学仙殿試の参加者でしょうか?」
「はい」
「手形をお持ちですか?」
「はい、どうぞ」
チラリと、私の手形に目を通して、
「ありがとうございました」
丁寧に私に返してきた。
「尹 狼鮮様ですね」
「はい」
「本日の受験番号は一二三番となります。後に必要になりますので、覚えておくようにお願いします。控室は右方、六番目の部屋となります。表に番号札が掛かっていますので、そちらを見て頂けたらと」
スラスラと、何を見るでなくの言葉に従って、私は廊下を右へと曲がった。
先ほどまでは直線的な道だったのに、微妙に弧を描いている。おそらく、競技場の形に沿って廊下が作られているのだろう。
時折通過する扉には、『一一一~一一五』といったふうに、壁に打たれた杭に木札が掛かっている。
『一二一~一二四』の札が掛かっている扉を開くと、中には既に二人の人物が座っていた。男が二人。服装を見るに、どちらも裕福な家の者だろう。
二人は湯飲みを片手に談笑していたようだが、私が入ってきたのに反応して口を噤んでこちらへと目を向けている。視線が私の顔から足元へと動き……
「お前、何番だ?」
片方が聞いてきた。
何番……とは、何の事だろうか?
私の様子に自身の言葉が通じていないと察したのか、
「受験番号だ」
男が補足してくれた。
……というと、さっき文官が教えてくれた番号のことか。
確か……
「一二三番です」
チッと、男は二人とも舌打ちをして、私に背を向けてきた。
……どういう意味だろうか?
ちょっとだけ動揺したけれども、こうして入り口に立っていても仕方が無い。私は部屋に踏み入り、二人の男からは出来るだけ離れた椅子へと腰かけた。
二人の男がコソコソと話す音だけが聞こえる部屋で待つこと、しばらく。
再び部屋の扉が開いた。
そちらへと目を向けると……知っている顔だ。学仙予試で、私の次の受験番号――つまりは、列で私の後ろに並んでいた男性だ。
ちょっとしたやり取りがあったので、偶々顔を覚えていた。
それは向こうも同じだったらしい。一瞬私と目が合って、
――想定外な事に、私の方へと足を向けてきた。
「お前、一二三番だよな?」
受験番号を名前代わりに使う決まりでもあるのだろうか?
「はい、そうですが……」
「僕は一二四番だ」
「……そうですか」
だから、なんなのだろう? 意味が分からない。
混乱していると、男は私の目をキッと睨み付けながら、
「殿試では、僕が勝つ! 蔡本家の者として、お前に必ず勝つ! 僕は蔡 丘錬だ、覚えておけ!」
「……はぁ」
どうして、こんなに熱い闘志をぶつけられなければならないのだろう? 意味が分からない。えーっと、蔡 丘錬さんだったか? 知らない名前のはずだけれど。
「お前、名前なんていう?」
「えっ、えーっと、尹 狼鮮ですけど……」
突然聞かれたから、思わず反射的に答えてしまった。
「尹 狼……鮮?」
私の名前を口の中で繰り返した蔡さんは、一瞬ちらりと私の顔を見てきて、慌てたように目を逸らす。小さく首を振って、
「まあ、いい。尹 狼鮮だな、覚えておく! 『殿試』では、僕の名前がお前の上に書かれているからな。ちゃんと見ておけよ!」
私を指差しながら大きな声で言って、フンッと鼻息を一つ。
それで満足したのか、ドカッと私の隣に腰を下ろした。
……部屋は広いのだから、もっと別の所に座って欲しいのですが……。
かといって、ここで私が立って席を移動するのも角が立つ。仕方が無いので、私は蔡さんの隣に座っておくことにした。
「なんだお前、復習などしないのか?」
静かにしていたいのに、蔡さんが話しかけてくる。
「……今焦った所で、仕方がありませんから」
「ふんふん、感心な心掛けだな! 確かに、ここで本を捲るような未熟者など話にならないだろう。普段からの積み重ねが大事なのだからな」
蔡さんの言葉に、離れた所に座っていた二人の男たちが、ビクリと肩を震わせたのが分かった。……二人共、そそくさと開いていた本を懐に戻している。
……ちょっと気分が悪くて隣に目を向けると、蔡さんは薄く笑っていた。どうやら、わざと彼らに聞こえるように言った言葉だったらしい。
眼鏡の横の隙間から、蔡さんは私に目を向けてきた、
「こういう直前には、情報を叩きこむよりも、情報を引き出す練習をするべきだ。――どうだ、試しに僕と問答をしないか?」
「遠慮しておきます」
デルタなしの私に、それほど高い知性は無い。目の前の男――蔡さんは、『学仙予試』を通過してきた叡才だ。一部の領域では私の方が上だろうけれど、幅の広さで言ったら完全に負けている。勝負にならない。
当然、本番でもなんでもないのに、デルタに負担をかけるような事をするつもりもない。
「なんだ。つまらないぞ! 開始までまだ時間が……ん、それほど時間があるわけでもないようだな」
――コンコン、と。
控室の扉が叩かれた。
「失礼します。受験生の方々、準備が整いましたので移動をお願いします」
――
学仙予試は筆記試験……つまりは知識を見る為の物だったが、殿試となると少し様子が違う。
昨日、武仙殿試に使われたのと同じ競技場を使って行われる学仙殿試は、一つの催物と言って差し支えの無い代物だ。
観客席も、昨日ほどではないけれど、半分程度までは埋まっている。
私が先導の武官に続いて出た舞台には、既に他の者たちが勢揃いしていた。
白亜の円舞台を囲むようにして、黒く漆塗りされた椅子がズラリと並んでいる。その一つ一つには、色とりどりの晴れ着を来た受験者たちが座っていた。
私たちが腰掛けて少しして、何人かの受験生たちが武官に引き連れられてやって来た。彼らも椅子に腰かけ……これで全ての椅子が埋まった。
それを見計らったかのように、予試の時に色々と語ってくれた老爺が舞台へ上ってきた。
「ここに集まってくれ――」
――とまあ、口上を述べ始めたので聞き流しつつ、私は観客席にサラ聖官の姿を探すことにした。
入り口で別れてから、既に一刻以上経っている。私の予想としては『殿試』が始まる前に飽きて、どこかへ向かうという連絡が来るかと思っていたけれど……。
……うーん――いた!
私から向かって左側。腕を組んだまま座っている少女がいる。顔は伏せられているけれど……微かに感じるこの気配。サラ聖官の物だろう。
サラ聖官の両隣には偶々親切な女性が座ってくれたらしく、不埒な事を考える男が寄って来ないか、監視してくれているらしい。
なにはともあれ、私の視界にサラ聖官が入っていてくれると、心配事が一つ減る。緊急の時は私から通信を繋げられるから。
「「「「――では、一番から十五番。舞台へ」」」」
私の意識がズレている間に老爺の話は終わったようで、別の、進行役たちの声が何重にも重なって競技場に響いた。
会場には一定間隔に声士と呼ばれる官が立っていて、彼らが事前に伝えられた文章をそのまま読み上げることによって、会場のどこにいても何が行われているか分かるようになっている……らしい。
昨日、疑問に思った私が尋ねたら、陳さんが教えてくれた事だ。
彼らの声に応じて、私の数個右の椅子に座っていた女性から数えて十五人が舞台の上へと登った。
それぞれが舞台の上を歩き、等間隔に円状に並ぶ椅子の傍へと向かう。
舞台上に設えられている椅子は、私が今座っている椅子よりも数段豪華な物で、私の身長よりも高い背もたれから両肘掛まで、鏡のように黒漆が塗られている。
十五人が全て椅子に座ったのを見計らって、
「「「「議題、法学。尖 汪逸著、『法典古録』において、秋の法典について述べられている。それに対する自身の立場を述べつつ、十五人全員で統一した見解を形成しなさい」」」」
銅鑼が一度鳴り、舞台上で議論が開始した。
同時、会場の至る場所で、観客たちが意見を交わし始めた。
「おい、尹! お前はどう思う?」
右隣りから、蔡さんが話しかけてくれた。
取りあえず曖昧な笑顔を返しておいて、私は思案に耽っているフリをすることにした。
……観客として集まっている知識人と呼ばれる階級の人たちや、私と同じような参加者は楽しんでいるようだが……天地がひっくり返っても、サラ聖官が楽しめる事はないだろう。
ちなみに、私にとっても楽しい物ではない。
なぜならさっぱりだからだ。
今出ている議題も、『秋』という国がこの地域に数百年前にあった事は知っているが……尖 汪逸も法典古録も全く聞き覚えが無い。デルタ無しの私が同じ議題を出されたら、何も話す事が出来ず、確実に落第だろう。
舞台の上には、参加者の他にも数人の文官が立っている。
詳しくは知らないけれど……おそらくは採点しているのではないだろうか?
発言内容や態度を逐一記録している……のだと思う。
……およそ、半刻後。
蔡さんを躱すのも辛くなってきた頃、銅鑼が二度鳴った。
どうやら、これで……ようやく終わりらしい。
一回十五人、半刻という事は……全部で四、五刻かかるという事だ。それだけの長時間、蔡さんを無視するのも気が引ける……。
――『デルタ』――
――『イプシロンへ応答。どうしましたか?』――
――『私と聴覚の共有をして、どのような返答をすればいいか、助言を貰ってもいいでしょうか? ――ああ、それと。私の発声器官も同時に操作してもらってもいいですか?』――
――『了解。イプシロンの聴覚をデルタと共有、イプシロンの発声器官の制御権を一部デルタに移行します』――
デルタに申請を出しつつ舞台を見ると、女性――一番活発に発言していた参加者が、何やら役人に伝えているようだった。
「蔡さん。あれ、何をしているか分かりますか?」
この半刻で、案外近くの人と話してもいい雰囲気だと理解したので、私は一番話しかけやすい相手――蔡さんに疑問をぶつけた。
「ん? ああ、解答を伝えているんだろうな。なんだ? もしかして、学仙殿試を見るのは初めてか?」
――『聴覚の共有と発声器官の制御権の移行を完了しました。聴覚共有は常時発動。発声器官の制御は、その都度申請が必要になります』――
「ええ、はい。先日、田舎から出てきたので」
――『はい、了解です。ありがとうございます、デルタ』――
「なるほどな。だから予試なんて受けていたのか。確かに、尹みたいな奴が鴻狼にいたのなら、僕の耳に入っているだろうしな……」
「……私みたいな奴って、どういう意味ですか」
「それは、びっ――」
何かを言おうとして、直前で蔡さんは言い直したようだった。
「……僕と並べるほどの才がある奴、って意味だよ」
……これは、褒められているのだろうか?
マジマジと蔡さんを見つめると、なぜだか顔を逸らされてしまった。
――『デルタよりイプシロンへ。ベータより通信の申請が来ています。許可しますか?』――
突然の声に、一瞬にして私の意識は蔡さんから飛んでいった。
……ベータ?
――『……許可します』――
――『了解。ベータとイプシロンの間に通信を構築します。少々お待ちください』――
――『イプシロン、聞こえていますか?』――
どうやら繋がったようだ。
――『はい、聞こえています』――
――『イプシロンのことだから分かっていると思いますが、少しだけ注意を。デルタに負担をかけ過ぎです。他の通信に障害が出ています』――
……。
――『すみません。ですが、もうしばらくは続けさせてくれませんか? やはり、通信が無ければ今の任務に支障が出ますから……』――
――『……はぁ、分かりました。まったく、手のかかる妹ですね。お姉ちゃんが何とかしてあげますよ』――
――『……ありがとうございます』――
――『いえいえ、感謝など要りませんよ。聖国に帰ったら少し、ね?』――
――『はい、分かっています』――
――『それならよろしい』――
満足気な声を最後に、プツッと、ベータとの通信が切れた。
――
「「「「――では、一一七番から十二八番。舞台へ」」」」
何度も他の人たちの様子を見てきたので、いい加減私も流れが分かっている。
椅子から立ち、舞台上の自分の席へと向かう。
木製の椅子は、さっきまで座っていた人の体温で少しだけ温かった。
日は中天から少しだけ傾き、静かな競技場には鴻狼の喧騒が遠くから流れ込んでいる。
観客席の左方で、未だにスヤスヤと眠っているサラ聖官を見ていると、
「「「「議題、交易。現在、華は西方と、その中継地である共和国との交易を主として行っているが、新たな交易先として南方の島々という選択肢がある。これに対する自身の立場を述べつつ、十二人全員で統一した見解を形成しなさい」」」」
銅鑼が一度鳴り……これまでの問と毛色の違う問に唖然としていた私を置いて、議論が開始した。
最初に口を開いたのは、
「解答としては、南方との交易に賛成か反対かの二択だな」
私の右隣に座っている蔡さんだった。
「あ、ああ、そうだな」
慌てたように、私と控室が同室だった男の片方が追従し、他の何人かも無言で頷いている。
私としても、特に異論は無い。
最初は様子見で――
「尹はどう思う?」
蔡さんが突然話を振ってきたので、様子見をするわけにはいかなくなってしまった。
――『申請』――
「もっと具体的に言うならば、今のまま西方のみとの交易をするか、多少の危険は負うことになっても新たな交易先を開発するか、ですね。検討すべき事は多いですから、少し急いだ方が良いでしょう。まずは、それぞれの意見を端的に出して、それらをより合わせて最終回答を作るのが合理的かと思いますが……どうですか、蔡さん」
スラスラと、勝手に私の口が動いた。
私がやったことと言えば、最後の台詞に会わせて蔡さんに視線を向ける事くらいだ。
「そうだな。なら……お前!」
言って、蔡さんは三十代ほどの男を指差した。
「一一七番だな?」
「はい」
「よし、一一七から順番に、さっさと意見を述べていく事にしよう」
蔡さんが勝手に全てを決めてしまったが、言い返すものは誰もいない。まあ、言い争っている時間なんてないから当然だけれど……どうやら、他にも理由があるらしい。
蔡さん、どうやらかなりの有名人のようで、彼が仕切るのは当然、という空気が流れている。むしろ、彼と会話をしていた私に向けて、厳しい視線が向けられていたくらいだ。
なので、自分よりも年下に指図された一一七番は不満の特に無い口調でハキハキと語りだした。
「私は――」
それなりの時間をかけて、全員の意見が出尽くした。
割合としては現状維持派が多かったが、改革派も三人ほどいた。
現状維持派の主な主張は二つ。
教会と対立するのは望ましくない。
そもそも南方には何があるかも分からない。
……いずれにせよ、現状を変えるには対価が大きすぎる、という話だ。
比して、改革派は現状維持派の裏返しだ。
教会のみに依存している状態は危険だ。
南方以外に向かうべき場所が無い。
なんだか教会の人間としては複雑な気分になる話だったけれど……確かに、全員とも頷ける意見だった。
ちなみに、私の口は現状維持派らしい。
なので、必然的に改革派との舌戦となる。
改革派の中心は、
「――例えば、今の状態はどうだ? 王国はガタガタ、朝国の動きも怪しい。交易路の安全に不安があるからと言って、茶葉の輸送が滞っている。そのせいでかなりの商人が破産しただろう! こうやって西方の状況が悪くなるのは別に珍しいことでもない。数十年に一度は起こっている。そのたびに同じことを繰り返すのか?」
蔡さんが現状維持派を説得しようと声を張り上げている。
反応したのは一二七番だった。
「確かに一二四番の意見は正しいですけれど、でも仕方が無いではないですか! 仮に南方の開発を進めようとしても、それに怒った教会が禁輸措置などしようものなら、その比ではない被害が出るのですよ、それこそ華が潰れてしまいかねないほどの! 数十年に一度の小さな被害程度、耐えるべきではありませんか?」
一二一番が反論する。
「ふんっ、それは臆病に過ぎるってものだろう。教会が何をしようと華には人民と土地がある。その程度で華が潰れるわけがないだろう」
「それは短慮だぞ」
即座に反論したのは、味方であるはずの蔡さんだった。
「教会を過大評価する必要はないが、過小評価をすべきではない。実際、教会を起因として潰れた国もいくつかあるのだからな。例えば今日も課題に出ていた『秋』だって、対朝戦争のせいで交易路が破壊された事が崩壊原因だった事くらい、一二一番も知っているだろう」
……そういえば、そんな事も昔あった気がする。
私は直接関わっていないから詳しくは知らないけれど、確か、ガンマが大暴れしたのではなかったか?
……そろそろ、私も発言するべきでしょうか?
――『申請』――
「その点については私も賛成です。南方開発で仮に教会の不興を買ったなら甚大な被害が出る、それは共通認識として確定させるべきだと思うのですが、どうでしょうか?」
「そうだな、いつまでも話し合っていても意味がない。固めるべき部分は固めたほうが効率的だろう。皆はどう思う?」
蔡さんの問いかけに、反対する者はいなかった。一二一番だけは居心地悪そうにしているけれど、他の九人は頷いている。
「よしっ、ではこの部分については確定と。尹、他に何かあるか?」
えっ……また私?
――『申請』――
「今回の議論にあたってもう一つ重要なのが、南方に何かあるのか、ということでしょう。さらに言うなら、教会に睨まれる可能性を背負ってまで探すべき、何かがあるのか。――結論から言ってしまうと、無いでしょうね。仮に華や王国に比肩するような大国があるのなら、とっくの昔に見つかっているでしょうから」
ちなみに、聖女曰く。南方には小さな島々と小規模な集落程度しかなかったらしい。少なくとも、二千年前には。
今はどうか分からないけれど、仮に一千万人以上の規模の国が南方に生まれているなら、確実に魔物の発生分布に影響が出る。つまり……ほぼ確実に、今も存在していないのだろう。
――内心思っていても、当然そんな情報をここで開陳するわけにはいかない。
だから……
「大国があるだなんて僕も思っていない。けれど小規模な国家なら幾つかあるのではないか? だとしたら――」
蔡さんを論破できる気が全くしないのですけれど……。
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