03話 『舎弟の舎弟』
大の男四人が、俺の目の前で正座させられていた。
二十代から四十代と年齢に幅はあるが、見た目に関しては、黒髪に黒目で統一されている。
男たちは全員、切迫した表情を浮かべていた。
息を殺して、身を僅かにも動かさないように気を張っている。
俺はチラリと、男たちの脇に仁王立ちしている少女に目を向けた。
イオタは、険しい表情で男たちを睥睨している。
その視線が、男たちをこんなにも緊張させている原因なのだと、何となく悟ることができた。
「お前たちっ!」
イオタが怒鳴った瞬間、四人の肩が微かに跳ね上がった。
「私を騙していた事については、取りあえず置いとくっす。後でミッチリ指導するとして、今は――」
イオタの右手が、俺に向けられた。
「こちら、アル兄貴っす! お前たちに聞きたいことがあるそうっすから、失礼の無いように! もちろん、正直に答えろっすよ!」
「はいっ!」
四人の男の、野太い声が重なった。
「ねえ、アル。ワタシ、ちょっとソトに出てていい?」
横に座っていたサラが、突然立ち上がりながら言ってきた。
「うん? どうかしたか?」
「おしっこ」
「……」
「行ってきていい?」
「……ああ、行ってこい」
俺が答えると、サラは玄関から出て行ってしまった。
……さて、と。
「その、イオタ?」
「はいっ! なんっすか、兄貴!」
「イオタと……この人たちは、どんな関係なんですか?」
「関係っすか?」
俺は、無言で頷いた。
さっきまでのイオタの言動……明らかに、面識がある間柄の物だった。
しかも、ただの関係では無い。なにか、上下関係のような物。
「こいつらは、私の舎弟っすよ!」
「舎弟……と言うと?」
「私がこいつらをボコったっす! 私の方が強いので、私が姉貴で、こいつらは私の舎弟っす!」
「えっと、つまり――」
つまり……どういうことだ?
ちょっと、整理しよう。
この男たちはイオタの舎弟……まあ、部下みたいな物だろう。
イオタは白メイド。
その部下となれば、普通の人ではないだろう。実際、セイレーン領では人並外れた身のこなしをしていた。
――というか、聖官なのかもしれない。
白メイドのイオタが、聖官を部下として引き連れている……という構図は、自然な物だ。
で、その男たちが……あの時、セイレーン領で俺に危害を加えようとした。
少なくとも、そんな風に見えた。
そこを、サラが助けてくれて……俺は、明らかに不審者の四人を拘束しておいてもらうように頼んだのだ。
……あれっ? そもそも――
「イオタ。一つ、聞いてもいいですか?」
「そんな丁寧に頼まなくてもいいっすよ! 兄貴が命令したら、何でも答えるっすから!」
「……うん、ありがとう。それで……そもそも、どうしてイオタはエンリ村にいたんですか? 何か、用事があって、ここに来たんですか?」
「用事っすか?」
ボケッとした表情で聞き返したイオタは、首を傾げていたかと思うと……突然、ハッとしつつ両手を叩いた。
「そうでした! アルファ姉ちゃんに仕事を任されてたんだった……忘れてたっす!」
……アルファ姉ちゃん?
名前的には、白メイドの誰かなんだろう。
それはそれで気になるが、それよりも――
「仕事ってなんですか?」
「えっと、たしか……エンリ領を調べなさい、だったっすかね? そんな感じだったと思うっす!」
「……調べる?」
「そうっす!」
「何を調べるように命令されたんですか?」
「……何を調べればいいんっすかね? 私も知りたいっす! あっ、そうだ! エンリ領って、何か美味しい物とかあるっすか? 持って帰ったら、皆も喜ぶと思うっす!」
……駄目だ。
薄々気付いてはいたが……やっぱり、イオタはアホの子らしい。
聞いても、埒が明かなそうだ。
「エンリ村では小麦くらいしか育ててないですよ。隣のシュバルツ子爵領なら色々あるので、そっちで購入した方がいいと思います」
「そうなんすか? 分かったっす!」
イオタの馬鹿でかい声を聞きつつ、俺は……聖国に帰ったら、聖女様に聞きただすことを決意していた。
村の人たちに危害を加えられたような形跡は見えないから、ひとまず、この話は置いておけば良いだろう。
視線を、押し黙っている四人の男たちへと向ける。
「それで、話は戻りますが……イオタはこの人たちが誰か、知ってるんですか? 舎弟……聖官か何か、教会の関係者なんですか?」
「えっ、そうなんすか?」
イオタの返答の意味を捉えかねて、無言でイオタの目を見つめる。
イオタの方も、困惑した表情を浮かべていた。
「……すみません、いいですか?」
イオタに聞くのは諦めて、俺は四人の中で最年長らしき男に声をかけた。
「はい、なんでしょうか」
答えた声は、四十代の見た目に見合った渋い声だ。
少しだけ、訛っている。やっぱり、教会語圏の人間ではない。
「あなたたちは教会関係者、聖官……あるいは神官なのですか?」
「いえ、違います」
違う?
「けど、イオタの……舎弟というか、その……部下みたいな物なんですよね?」
「……現在は、そのようになっております」
「では、あなたたちは、どこの誰なんですか? どうして、私に危害を加えようとしたんですか?」
「……」
……この質問には答えないらしい。
――質問に答えなかった男の頭を、鷲掴む手があった。
「イチゴウっ! 兄貴が聞いてるのに、なに無視してるっすか! ちゃっちゃと答えるっす!」
「――っ!?」
イオタだった。
掴まれた方の男はと言うと、歯を食いしばって、されるがままに耐えている。
「……イチゴウ?」
俺の呟いた声に、イオタは男の頭を放り出して、俺に顔を向けてきた。
「はい、こいつの名前っすよ! イチゴウ、ニゴウ、サンゴウ、ヨンゴウっす!」
四人の男を、老けている方から順番に指差しつつイオタは言った。
……イチゴウって、一号かよ。
「イオタ、舎弟なのか何なのか分かりませんが、ちゃんと名前で呼んであげてくださいよ」
「そうは言っても……」
不満そうな表情を浮かべながら、イオタは男たちに顔を向けた。
「こいつら、名前聞いても答えないんですもん。しょうがないんで、一号って――」
カタリ、と。
玄関の扉が開いた。
サラが返ってきたようだ。
サラは玄関に立ち止まったまま、嬉しそうな顔で言った。
「アル! クレアさんが、お昼だって!」
――
「今日も美味しいっす! おかわりっす!」
「うふふ、イオタちゃんが美味しそうに食べてくれるから、私も作り甲斐があるわ!」
イオタから皿を受け取って、母上が椅子から立ち上がろうとすると。
「クレア様、私が」
三号が、母上の傍に出現していた。
「ほんと、良いのよ? 私の仕事が無くなっちゃうわ」
「いえ、クレア様はお席でごゆるりと。私共に働かせてください」
「そう? ごめんね、それなら……お願いするわ」
母上から皿を受け取った三号は、台所に向かった。
そこには……エプロンを付けた一号が立っている。
鍋にお玉を突っ込んで、三号から受け取った皿にスープをよそっている。
「おかわり!」
サラが言うと、即座に四号が現れた。
サラから皿を受け取って、台所に向かっている。
「アル様は、いかがですか?」
いつの間にか、二号が俺の傍に現れていた。
どういう意味か一瞬捉えかねて……すぐに俺は、彼が何を言わんとしているか理解した。
俺の目の前の皿は、ちょうど空っぽになった所だった。
それを見て取って、事前に声をかけてきたのだろう。
「いえ、私は……すみません、やっぱり私もおかわりお願いします」
二号は小さく頭を下げて、俺の皿を台所に持って行ってくれた。
二号の背中を見送って……視線を正面に戻す。
「すみません父上、話の続きをいいですか?」
「ん? ああ、構わんぞ」
口からスプーンを取り出して、父上は口を開いた。
「まず、一ヶ月ほど前だったか……イオタさんが突然家を訪ねてきてな。それで、エンリ領を調べに来た、と言うから、最初は驚いたな。迷子か何かかと思って……取りあえず、しばらく預かっておくことにしたのだ」
「この家にですか?」
「ああ、そうだぞ。アルの部屋が空いていたからな。そこに泊ってもらった」
……俺の部屋、勝手に使われてたのか。
まあ、一年以上帰って来なかったら、そんな物か。
あとで、どんなふうになってるか確認しておこう。
「もちろん、ただの居候ではいけないからな。クレアの仕事を手伝ってもらってて……三、四日ほどして、今度はイオタさんが一号さんらを家に連れてきたのだ」
「父上も一号さんって呼んでるんですね」
「まあ、そうだな。失礼だとは思うが、本人たちが教えてくれないし、不服も無いようだったからな。
せっかく聞いてくれたのに悪いが、私が知っているのはこれくらいだ。
最初は警戒していたが……イオタさんも、一号さんらも、皆よく働いてくれている。悪い人ではないと思うが……」
父上は、伺うような目を向けてきた。
「普通の人だと思っていたが……セイレーン領で、見てしまったからな。イオタさんも、アルと同じように、不思議な力を使えるのか?」
……詳しくは知らないが、サラは、あの黒い直方体を作り出したのはイオタだと言っていた。
「まあ、そうですね」
「つまり、イオタさんは神官様ということか?」
「……少し違いますが、似たような物です」
「ははっ、そうか……」
乾いた声で笑った父上は、ガツガツとスープをかき込んでいるイオタへと顔を向けた。
「イオタ様」
「はふぃ?」
頬を一杯に膨らましたまま、イオタは顔を上げた。
「イオタ様が神官様だとは露知らず、色々と失礼を働いてしまいました。申し訳ありませんでした」
深々と、頭を下げている。
イオタは頬っぺたを膨らませたまま、困惑した表情を俺に向けてきた。
ゴクリと、喉を動かして。
「兄貴! どうすればいいっすか!」
スープと唾の混じった物が、顔面に降りかかる……。
「父上、頭を上げて下さい」
「しかし……」
「心配いりません。イオタはそんなことを気にするような性格ではないですし」
父上はゆっくりと顔を上げて……そこを見計らって、俺はイオタに声をかけた。
「ですよね、イオタ」
「そうっす! ウスラさんにはお世話になってるっすから! 兄貴のお父様でもありますし、これまで通り、存分にこき使ってくださいっす!」
馬鹿でかいイオタの声を聞いて、俺は父上に目を向けた。
「でしょう?」
「ああ……そうだな」
父上は、苦笑いを浮かべていた。
父上は典型的な王国民だ。俺とは違って、教会への信仰心が強い。
こんな子どもみたいなイオタが、教会関係者だということを知って、色々と複雑なのだろう。
「アル様、どうぞ」
そこへ、二号が皿を持ってきた。
「ありがとうございます」
受け取って、俺は早速スプーンをスープの中に突っ込んだ。
久しぶりの母上の食事。
中央教会の食事の方が美味しいはずなんだけど……また別の、あたたかい味がする。
スープを味わいながら――ふと、俺はあることに気が付いた。
「あの、父上?」
「どうした?」
「イーナがいないですけど、どこにいるんですか?」
そう。イーナの姿が見当たらない。
台所にいるのかと思ってスルーしてたんだけど、食事が始まって結構な時間が経っている。
父上は、パンを千切りながら言った。
「ん? 知らなかったのか? イーナなら、一年ほど前に出て行ったぞ」
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