幹線上の怪物
「超大型竜は京浜線一四〇キロポスト付近を南進中」
無線が目標の位置を知らせる。
全開で南に飛べば、特急より先に接触するはずだ。
「マサ、一〇時方向、上空」
見つけたのはリベカだった。
「おい、何だこいつは」
「二五メートル……もっとでかい?」
悠然と飛んでいる巨竜はキ四五よりも遥かに巨大だ。
火炎溶解液どころか、翼を打ちつけるだけで小型機を粉砕できるかもしれない。
「やろう、マサ」
信じて後席に乗っている相棒のためにも、立ち向かう。
安全装置を「発射」へ切り替え、逆光で見づらい照準器の明るさを上げた。
竜もこちらに気づき、尾を向けるがスピートに乗ったキ四五の方が速い。
緩降下しつつ突進。
大きさで見越しを見誤らないよう気を張りながら発射ボタンを押す。
「こいつ、弾いたぞ!」
七・七ミリや演習弾を弾かれたことはある。だが一二・七ミリ弾がこうも簡単に弾かれるとは。
追い越しざまにリベカが旋回銃を撃ったが、更に口径の小さい旋回銃では焼け石に水だった。
「だめ! 弾かれる!」
あれほどの大きさに成長すると外皮も相応に固くなっているのか。
水平線に伸びる線路の先にうっすらと黒煙が見える。満鉄の内規では竜と遭遇すると緊急停車するはずだ。
線路近くから巨竜が遠ざかる様子はない。
二〇ミリも合わせた三門同時発射を試みるが、榴弾が小さな爆発を起こしても竜は怒り狂ったように火炎溶解液を吐くだけで、飛び姿は変わらない。
「くそ、弾切れか……」
最初に座席の下から突き上げてくる二〇ミリ砲の振動が途切れた。
残った機首の一二・七ミリを撃ち尽くすまで数度攻撃を仕掛けたが、効果はさっぱりだ。
今や特急の吹き出す黒煙がはっきり認識できる。
「マサ」
途方に暮れていると、受話器からリベカの声がした。
「なんだ?」
「二〇ミリには予備弾倉が一個あるの」
「装填、できるか?」
今は彼女に賭けるしかない。
「なるべく揺らさないで」
「無茶言うな!」
空戦中に揺らすなと言うのは鴨撃ちの的になって死ねと言われているようなものだ。
「マサならできるでしょ! 四〇秒ちょうだい」
だんだん信頼されているのか無理を言われているのかわからなくなってきた。
幸運にも、ガタイが大きすぎるせいで巨竜の攻撃は緩慢だ。距離さえ取っていれば動きは読みやすかった。
「まだか?」
「今やってる!」
背後からガンガンと何かを蹴飛ばす音がした。
「装填!」
リベカの叫び声を合図に、遊覧飛行のように巨竜の周りをぐるぐる飛んでいた俺は機体を裏返し、急降下で突進。
臓物が浮き上がる不快感をこらえ、操縦と射撃に意識を集中する。
速度計が六〇〇キロを超え、機体がガタガタと震え始める。巨竜は照準器からはみ出すほどの距離に迫った。
「くたばりやがれ!」
徹甲弾が巨竜の頭を砕いた。
「どうだ……?」
「やったよマサ!」
相棒の歓声が聞こえる。
空中分解しないよう慎重に水平飛行に戻る。
脳天に一撃を食らった巨竜は竿立ちになって失速し、地面に墜ちていった。
「うーん……」
飲みすぎたな、と目を覚ました瞬間に後悔した。
飛行場に戻ったあと、この間喧嘩別れした店でたらふく飲み食いし、それから「ちゃんとした布団で寝たい」というリベカの我儘に付き合って旅館の空き部屋に転がり込んだ。
で、そのあとは――
「リベカ?」
隣で眠っていたはずの相棒の姿を探す。
鏡の前で髪を結んでいたリベカが俺を振り向いた。
「おはよう」
「お、おはよう……」
リベカは恥ずかしそうに俺から目をそらし、再び髪を結び始める
できるだけ優しくしたつもりだったが。
「リベカ?」
昨夜何度も呼んだ名を口にすると、相棒の翼がピクリと震えた。
「まだおなかの奥がジンジンする……」
鏡に映る頬が赤く染まっている。
起き上がって翼越しに銀色の髪をなでてやる。
「たぶん羊串の食べすぎだな」
「マサのせいでしょ!」
とぼけた俺の頬を白い翼が叩いた。
「あのね……このままだとうまく飛べないから……羽繕い、手伝ってくれる?」
二回目のときはちょっと乱暴に掴んだりもしたから、そう頼まれると言葉に詰まる。
渡されたブラシで毛羽立ったり乱れた翼を均してやると、リベカは昨夜よりも蕩けた表情を浮かべ、されるがままになった。
「それ羽ペンにでもするのか?」
鏡の前に、一際大きな羽毛が置かれている。
「これ?」
リベカは風切羽をつまみ上げ、俺の顔と見比べる。
「んー、マサにあげる。お守りにして」
「お守りかぁ……」
結局、遅い朝食をとってから買い出しを済ませ、飛行場に戻る頃には昼過ぎを回っていた。
見慣れない作業着姿の男たちが格納庫で翼を休める俺のキ四五を囲んでいた。隣で東がその様子を眺めていた。
「東、昨日は助かったよ」
「なんだマサ、水臭いことしやがって」
箱入りの煙草を差し出すと東は苦笑いしながら受け取る。
「あの連中は?」
「この間のキ六一の件を調べに来た川崎の連中が、ついでにお前のキ四五も見せろといって聞かないんだ」
「まさかこれを載っけるなんてことはないよな」
格納庫のそばに置かれた大八車に乗っているのは戦車砲だろうか。相当に重そうだ。
「ご名答! 当たればどんな大物でもコロリですよ」
俺と東の会話に聞き耳を立てていた技術者の一人が目を輝かせながら教えてくれた。
「なにこれ、あの大砲の弾?」
俺たちのやり取りをよそに、所在なげにしていたリベカが弾薬箱に収められた砲弾に気づき、手に取った。
「マサのより太いかも」
「おい」