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屠龍のリベカ  作者: CK/旧七式敢行
1942:ガーディアン・エンジェル
6/8

ガーディアン・エンジェル

 ぼんやりとした意識の中で、かすかな唸り声が聞こえた。

 エンジン音だと理解した俺は枕元に置いた短刀を掴んで天幕を飛び出す。

 音の源はすぐに分かった。双発の機影が朝日に照らされながら何かを探すように旋回している。細い胴体に描かれているのは水色の識別帯。

「俺の……キ四五!」

 ――まさかリベカが飛ばしているのか?

 信号拳銃を取り出し。空めがけて重い引金を引いた。

 大げさな発砲音と共に飛び出した黄色い煙が弧を描いて空の青を切り裂く。

 信号弾に気づいたキ四五がこちらへ旋回を始める。

「おーい! こっちだ!」

 だがキ四五は手を振る俺の頭上を通り過ぎる。

 後席の旋回銃が曳光弾を撃ち出した。

「こんなときにか!」

 曳光弾の飛んでいった先を目で追う。

 竜が一頭、降下しながらキ四五に迫っていた。

 キ四五は急旋回で躱し、反撃を仕掛けようとするがなかなか優位を取れない。

「馬鹿野郎! キ四五で巴戦は無理だ!」

 何もできない歯がゆさと、自分だったら落とせた悔しさで地団駄を踏む。

 キ四五は竜の撃墜を諦め、高度を落として翼を振った。

 強行着陸。こんな馬鹿をやるのは俺以外には一人しかいない。

 フラップを下ろし、原野におっかなびっくりといった様子でキ四五が降りてくる。

 上からかぶろうとする竜を旋回銃が追い払い、後席のキャノピーが開いた。

 滑走する愛機に追いつき、足掛けを掴んで主翼によじ登る。

「マサ、乗って!」

「リベカ!」

 俺の伸ばした手をリベカの手がしっかりと握った。

「東さん、出して!」

 俺が後席に飛び込むと、リベカが前席に叫んだ。

 予想通り、操縦していたのは東だった。

「どう乗れと?」

 エンジンが唸りを上げ、機体が加速する。

「こうするしかないでしょ!」

 リベカは縛帯を緩めて俺を抱きかかえ、その上から金具を留める。

 足元からの振動がなくなり、機が再び飛び上がったことが解った。

「……ありがとう。助けてくれて」

 じっと向かい合っている気まずさに耐えきれなかった。

「よろしい」

 リベカは鼻を鳴らした。

「もうちょっとどうにかならないのか」

「しょうがないでしょ、狭いんだから」

 リベカの翼があるので後席と燃料タンクの間には隙間がない。

 そのうえ旋回銃のレールがあるので後ろにも下がれない。

「膝の上でいいか?」

 リベカがうなずいたので膝の上に座りなおそうと背もたれを支えに後ろを向こうとして、手が滑った。

「つっ、痛い!」

 下敷きになったリベカが悲鳴を上げた。

「悪かった、一昨日もあんなこと言って」

「私も……ごめんね」

 リベカは俺が後席に飛び込んだ時よりも強く抱きついてきた。胸の膨らみが背中にあたって苦しい。

「なんでお前が謝るんだ?」

「おにぎり……具抜きにしたから……」

 両方具無しはやはり故意だったらしい。

「二人共」

「うわっ!」

「ぎゃーーーっ!?」

 後席に響いた東の声で俺とリベカは飛び上がった。

「いちゃつくなら電話を切ってくれ。五月蠅い」



 リベカの膝の上で揺られること半時間、ようやく俺たちはハルビンに帰り着いた。

「キ六一の墜落地点を報告しに行ってくる」と言って東は司令部に行き、俺がリベカと一緒に弾を補充していると飛行場の小僧が大声で俺を呼んだ。

「松山さーん! 満鉄から電話です!」

「満鉄が、おれに?」

 ただ事ではなさそうだ。

 電話のある事務所に駆け込んで「つながってます」と渡された受話器を耳に当てた。

「はいこちら武装民間機操縦士、松山です」

 電話の向こうでは相当の騒ぎが起きているらしく、怒号や何かのひっくり返る音も聞こえる。街中に竜の幼体でも紛れ込んだのだろうか。

「満鉄ハルビン駅長の五十嵐だ、武装民間機はいるか!?」

 リベカが弾薬庫からリアカーに乗せた予備の弾薬を運び出すのが窓の外に見えた。

「ええ、さっき戻ってきたばっかりのがありますが」

 まだオイルも冷えていないだろうから、ガソリンを補充してエンジンを始動すればすぐに飛べるだろう。

「京浜線の信号所から『超大型竜現る』の通報があった。今度の特急に内地のお偉いさんが乗ってる。追い払うだけでいい、一五〇圓で受けてくれないか?」

 一ヶ月の稼ぎに匹敵する依頼料を提示され、思わず自分の耳を疑った。

「ひゃくご……ええ、わかりました。やりましょう!」

「頼むぞ、竜が出て走れませんでは我社の面子が立たん」

 叩きつけるように受話器を戻し、事務所の外へ飛び出す。

「リベカ! 今すぐ出るぞ、弾の補充終わってるよな!?」

「ちょっと、何事!?」

「特急の進路上にデカブツが出た。追い払うだけで一五〇圓出すそうだ」

「一五〇圓!? 詐欺じゃないの?」

「でもやるだろ?」

「当たり前でしょ!」

 リベカは始動用のクランク棒を掲げた。


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