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屠龍のリベカ  作者: CK/旧七式敢行
1942:ガーディアン・エンジェル
4/8

狩人の休息

 一五メートル級駆除の報告を終えて飛行場に戻る頃には、すっかり日も傾いて、駐機場に並ぶ飛行機が地面に長い影を落としていた。

 俺のキ四五の操縦席の下には真新しい撃墜マークが書き入れられていたが、それを書いたらしきリベカの姿がない。

「おーい、リベカ見なかったか?」

「おう松山か、鳥娘ならさっき宿舎の方に行ったぜ」

 武装民間機用の宿舎は格納庫の横にへばりつくように建つ、ありあわせの建材ででっち上げた小屋だ。

「リベカ、居るか?」

 建て付けの悪い扉を開くと、かちかちと規則的な音が響いていた。

 旋回銃の弾倉に予備の弾を装填していたリベカは俺に気づいて手を止めた。

「マサ、飽きた」

 武装民間機が欧州で生まれたとき、基本的な整備や補充はほとんど自前で行っていた。

 それはこの満州でも変わらない。

 不満げに揺れる翼は夕日を受けて紅に色づいている。

「そんなに要るか?」

 すでに装填が終わったらしき弾倉が五個、積まれていた。

「代わりにやる?」

 リベカは口をとがらせて立ち上がって、わざとらしく翼を大きく伸ばす。

「これで押し込むだけだろ?」

 俺はリベカがよこした装填しかけの弾倉の前に座り、レバーを押し込む。

「これ、きちんと油さしてるか?」

 予想よりもバネが硬い。

「さっき塗ったばっかりだよ」

 レバーを押し、弾二発を隙間に差し込み、またレバーを押して弾を差し込むのだが、このレバーが見た目とは裏腹にかなり重い。

「ドイツ人はこんなことを延々とやってるのか?」

 がさがさと紙袋を漁る音に振り向くと、リベカが饅頭を見つけて目を輝かせていた。

「ひらはーい」

 饅頭を頬張りながらリベカは首を横に振った。

 食い物を買ってきたとはいってないのに、なぜこいつは目ざといのか。

「おい、それ俺の夜食だぞ」

「もうはべひゃった」

「没収だ、没収」

 リベカが食べようとしていた饅頭を取り上げる。

「あー!」

「おい、半分も残ってないじゃないか」

 歯型のついた饅頭をかじると、ほのかな甘味が口の中に広がる。

「おなかすいてたんだもん……」

「こんなに脂身が付いてるのに?」

「ぎゃーっ!?」

 作業服の上からでも分かる胸の膨らみを指でつつくと、リベカは悲鳴をあげて飛び上がった。

「マサのばか! すけべ!」

「悪かった、晩飯は好きなもん食っていいから機嫌直せ」

 晩飯、という単語でリベカはすぐに目を輝かせた。

「駅前にすっごい美味しい羊串出す店があるんだって!」



 夕食は要望通り、ハルビン駅前の食堂に決まった。

 週半ばだからか、席も空いている。

 リベカの翼に気づいた何人かが好奇の視線を向けたが、すぐにもとのおしゃべりに戻った。

 俺たちの他には満鉄の制服を着た男が数人、ほかにロシア人だろうか、金の髪を束ねた若い娘がひげ面の男と楽しそうに喋っていた。

「マサはお酒飲む?」

「ああ」

 お品書きは日本語と中国語で書かれているが、ロシア人も来ているから何かしらの酒はありそうだ。

「ここ、ビールある?」

 給仕を呼んで聞いてみる。

「ビールはァ……ありますヨ」

 訛りの強い日本語で返事が来た。

「じゃあビール、お前は茶でいいか?」

 リベカが頷き、茶も頼む。

「ヤンローチュアン、スイズーユイ、ホアジュアン」

 俺がどこまで日本語で伝わるかと考えている横でリベカは矢継ぎ早に中国語で注文を入れた。

「なにを頼んだんだ?」

「羊の串焼き、魚の挙げ煮、あと花巻」

 自分の欲望のためなら賢くなるもので、リベカは食い物の名前は日中露の三ヶ国語を使いこなす。

「どっぞぉー、ビール、お茶ちょっと待つネ」

 ビールとグラスが俺の前に置かれる。

「はい、どっぞぉー」

 給仕の訛りを真似ながらリベカが酌をしてくれた。

「ありがとさん」

 ひんやりとしたグラスに口をつけると、麦の香りと炭酸の爽快感が喉を駆け巡った。

「やっぱり稼いだ日のビールはうめぇ!」

「おまたせしましゃあ」

 まずはリベカのお目当ての羊の串焼きが運ばれてきた。様々な香辛料に脂の混じり合った空腹をくすぐる匂いが立ち込める。

「すごい美味しそう!」

 早速一本頬張り、幸せそうに表情をほころばせた。

「うまいか?」

「おいひい」

「食いながらしゃべるな」

 行儀の悪いリベカをたしなめ、俺も一口頬張ってみる。

「うん、なかなかいけるじゃないかこれ」

 香辛料が臭みをいい具合に打ち消し、旨味を引き出している。噛むほどに溢れる肉汁があとをひく。

 悲しいかな、ビールですっきり流し込んでもう一本食べようと手を伸ばす頃には羊串は向かいに座るリベカの胃袋に消えていた。

「ヤンローチュアン、スー!」

 すでに三本を平らげたはずなのに、リベカの勢いが衰える気配はない。それどころか追加がはいった。

「なぁリベカ」

「どしたの? 急に改まって」

 あのあと運ばれてきた四皿を文字通り完食したリベカが茶を飲み始めたのを見計らって、俺は話を切り出した。

「さっき組合に募集があったんだが、大東亜航空が航法士を募集してるらしいんだ。そっちに行く気はないか?」

「へ? なんで?」

 この三年間、リベカには操縦の基本も含めて座学を少しずつ教えた。

 とくに航法の飲み込みは早かった。その血に刻まれた鳥の野生がなせる業か、今では空を見るだけで自分がどの辺りを飛んでいるのか見当がつくくらいだ。 

「なんでってそりゃ、こんな商売にいつまでもお前を巻き込むわけにはいかないだろう。お前だってもういい年だ」

 武装民間機は当たりはずれはあるが、それなりにいい暮らしはできる。

「それに、満州全土から竜がいなくなったら商売あがったりなんだ」

 実際、俺が軍をやめた時よりも竜と遭遇する機会は減っていた。その分大物は増えているが。

「そしたらインドでもシャムでも行って稼ごうよ」

 狩場の問題ではない。

「俺はお前に普通の暮らしをしてほしいだけなんだ」

「普通って何? 私に嫁に行ってほしいの?」

「だいたい俺はお前のために……」

「じゃあどうして私を拾ったの!?」

 あの時、残骸の中で助けを求めた顔が死んだ妹に似ていたから、とは言えなかった。

「それは……お前がかわいそうだったから――」

 リベカの背で、俺を威嚇するように白い翼が広がった。

 ――しまった。

 失言を取り消す前にリベカの拳が食卓を叩きつけ、談笑していた店内の客が俺たちに注目する。

「結局マサが好きなのは私じゃなくて『かわいそうなリベカ』なんでしょ!」

 ぴしゃりと言われて返す言葉が浮かばず、俺が口をつぐんでいるとリベカは椅子を蹴飛ばして出ていった。


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