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屠龍のリベカ  作者: CK/旧七式敢行
1942:ガーディアン・エンジェル
3/8

汝は戦闘機なりや?

「でかっ! マサ、これ本当に戦闘機なの? 爆撃機と間違えられてない?」

 奉天の北陵飛行場で格納庫の前に鎮座する機体を見るなり、リベカが騒ぎ立てた。

「東は戦闘機っていってたぞ」

 全体のシルエットは新京で見た軽爆隊の双軽に似ているが、爆撃照準用の窓もないし、爆弾倉の膨らみもない。

「松山様ですな」

 俺とリベカに気づいた昭和通商の社員が声をかけてきた。

「あぁ、俺です」

「ご注文のキ四五改です。軍での呼称は二式複座戦闘機」

 確かに、あのとき東は「ちょっとガワはデカいけどな」と付け加えていたが。

「こんなにでかいのか?」

「全幅一五メートルです」

 俺が下取りに出した九九式がたしか一〇メートルなかったから、五割増しのでかさだ。

「エンジンは九九式と同じですから、説明は省略して……武装は一二・七ミリが二丁、それと腹に二〇ミリ砲が一門、旋回銃は七・九二ミリです」

「七・九二ミリ?」

 聞き慣れない寸法に俺は首を傾げた。確かに後席の旋回銃は九九式についていたものとは形が違う。

「ドイツ製機関銃の複製品です」

「ドイツねぇ……」

 俺が促されるまま足掛けを頼りにキ四五の翼の上に登ると、続いてばさばさと大きな羽音を立ててリベカが降り立った。

「やった! 思ったより広い!」

 後席を覗きこんだリベカの背中で嬉しそうに翼が揺れる。操縦席も九九式に比べて広そうだ。

「よっと」

 足から翼、最後に身体を納めてリベカは旋回銃の銃把を握る。

「見てマサ、ゆりかごみたいに動くよ!」

 リベカは馬蹄型の銃架に乗った銃を振り回して射撃範囲を確かめていた。

「試験飛行がしたい、一回りできる燃料と始動車を頼む」

「へい」



「さすがに速いっ!」

 速度は九九式とは比べ物にならない。振り向くと奉天の滑走路があっという間に小さくなっていた。

 倍に増えたエンジンのおかげで上昇も申し分ない。高度二〇〇〇メートルまで三分とかからなかった。

「リベカ、聞こえるか?」

「よく聞こえるよ!」

 機内の通話も明瞭で、九九式が人力車だとすると、タクシーにでも乗っているような快適さだ。

「少し揺らすぞ」

 レバーを開き、操縦桿を引いて急上昇をかける。座席に押し付けられ、地平線が溶けるように下に流れる。

 速度計をちらと見る。三〇〇キロ。

 一五〇キロあたりで揺れが始まった。これくらいから失速になるようだ。操縦桿を押して水平飛行に戻る。

 それから一時間ほど、奉天の外れで八の字や宙返り、横滑りと一通りの空中機動を試した。

 バンクが遅いのと旋回が大きい以外はおおむね満足の行く性能だった。


 キ四五に乗り換えて二週間あまりが経ち、ようやく空中戦の機会が巡ってきた。

「3時方向! 何かいる」

 チチハルの南を飛行中に見つけたのは一五メートル級。

「いくぞ」

 増速しつつ、安全装置を「発射」に切り替える。

 こちらに気づいた竜が首をこちらに向けるが、それよりも早く薄黄色の十字が浮かぶ光学照準器に捉えた。これも九九式

 機首銃が軽快に吠え立てる。

 二条の曳光弾が竜の背中めがけて伸びていく。

 命中し、外皮が弾けた。

 振り返ってすれ違った竜を肩越しに目で追う。

 右ペダルを軽く踏みながら操縦桿を引き付け、死角に入った竜を探し出す。

 長い尾を振り、こちらに向き直ろうとしているのが目に入った。

 濃灰色の外皮が陽光を鈍く反射し、俺は目を細めた。

「来るっ!」

 リベカの叫び声が響く。

 操縦桿を強く引き、竜に向き直る。

 爪楊枝ほどの細さだった竜の胴が瞬く間に鉛筆の太さになり、大きく口を開けて威嚇しているのが分かるころには発射ボタンを押していた。

 火炎溶解液を受けないよう、いつもより早く上昇して離脱する。

「どうだ?」

「8時方向に抜けた! まだ飛んでる!」

 今の射撃は見越しのあてがはずれていた。今度は機体を左に傾ける。主翼の向こうにはいまだ健在の竜の姿。

「二〇ミリに切り替える」

 キ四五ではどうしても旋回が大きくなるから、一発が重いほうがいい。

 操縦桿を握る右手の親指をずらし、二〇ミリ発射ボタンに乗せ替える。

 今度は頭上から逆さ落としに突撃をかける。

 早太鼓のような発射音と振動。

 二〇ミリ砲弾は竜の左翼に風穴を穿った。

 さすがに大きいだけあってしぶとい。もう一撃、どこかに当たれば。

 竜の腹の下に潜り込んだ。白い腹側は表皮が柔らかい。

 ――まだ、まだだ……

 二〇ミリの弾道は素直だが連射が効かないのでよく狙ったほうが当たる。

 必要な見越しはわずか。

「いけっ!」

 短く発射ボタンを押した。

 キ四五の腹から放たれた曳光弾が竜の頸を貫いた。

 漏れ出した火炎溶解液に引火し、炎にまかれながら竜は落ちていく。

「リベカ、駆除証明書は書いたか?」

「今書いてるよ。時間は?」

「午後一時三二分」

「よし、書けたよ」

 竜はいまだ煙を上げながら原野の上に横たわっている。

 あの高さから落ちたのだから、流石に息はないだろう。

「マサ、角はどうする?」

 竜の死骸は漢方薬の材料に珍重される。特に角は嵩張らない割に高値で売れるのでちょっとした小遣い稼ぎになる。

「持ち帰ってこれるなら降りてとってきていいぞ」

「……やめとく」

 九九式なら飛行中に彼女だけ飛び降りて角だけ切って持ち帰る「曲芸」もできたが、さすがにキ四五で試したときはフラップを降ろしても追いつくのがやっとだったのでこれはなしになった。

「あれだけでかいなら、角をくれてもお釣りが来るさ」

 竜の死体を低空でゆっくりと飛び越えた俺は通信筒がすぐ横に落ちたのを確かめて飛行場へと戻った。


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